第262話結婚 part2
262.結婚 part2
来賓の視線が何故かオレに集中する中、小さく溜息を吐きながら重い口を開いた。
「皆さん、先程から気になっていると思われます、こちらの少女を紹介しようと思いますが、1つだけ約束をして頂きたい。彼女の存在は使徒の件と同じかそれ以上の秘密ですので、絶対に他言無用でお願いします」
オレは周りを見渡すとブルールング家の者は何とも言えない顔で、サンドラ家とハルヴァ家の者は戸惑いながらも頷いてくれた。
「では紹介します。アオと同じ上位精霊のドライアドです」
「最初の精霊のドライアドだよーーーー。今はアオちゃんの眷属になってるのーーー」
アドは紹介されたのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて話しかけるが来賓の反応は無い……当然の如く、ブルーリング家の者以外は全てフリーズしている。
何よりアドのテンションが横にいるオレですら困惑するほどで、初見の者からすればアドが上位精霊である事実を更に受け止め難くしているに違いない。
「あー、皆さん、アドが言ったように、今は仮にですがアオの眷属になっています。上位精霊としてのチカラは殆ど使えない状態ですので、無茶なお願いはしないでやって下さい」
「何よーー。チカラが使えれば凄いんだからーー。アルドちゃんの言い方、イジワルなんだーーー」
「アド、そんなつもりは無かったんだ。ごめん」
「……許してあげるー」
オレとアドの会話を傍から見ていた来賓達の眼は、徐々に死んだ魚のようになっていくのだった……
本日の計画では、先ずは新居の中を案内する予定だったのだが、全員が疲れた様子だったので急遽、居間に案内をさせてもらった。
因みにアドは新居が珍しいらしく、キャッキャッと笑いながら探索へと出かけてしまったので、この場にはいない。
「皆さん、一度楽な姿勢で寛いでください」
本日のホストであるオレは、客への配慮を忘れない。直ぐにエアコンを入れ、嫁3人衆にはお茶請けと冷たい物、温かい物を用意してもらいながら、客が退屈しないようにウィットに富んだ軽快なトークを披露するのだ!
「いやー、精霊がこれで2人?2体?になっちゃいましたー。ブルールングは精霊に愛された土地ですねー。この調子で魔族や獣人族、ドワーフの精霊も呼んじゃいましょうかーー。なーんてね……」
「「「「「「「止めろ!!(てくれ!!)」」」」」」」
オレのウィットに富んだトークにほぼ全員が反応した……何その食い気味な突っ込み、怖いんですけど……
「アルド、冗談でもその手の事は言うな……既にこの地はエルフとの火種を抱えていると言って良い……」
爺さんが重い口調で話す言葉に、これまたほぼ全員が頷いている。
「エルフと?どう言う事ですか?」
「お前は後2ヶ月もすれば、エルフの一団が精霊様に会いにやってくる事を覚えているか?」
「はい、夏の期間の数日間、エルフがアドに会いに来るんですよね?」
「そうだ。その事を決めた時にエルフの宰相達が”この地は聖地になる”と話していたのを聞いたのだろう?」
「確かに聞きましたが、直ぐに釘を刺してエルフからは謝罪の言葉をもらいました」
「宰相や村長の人となりは信じられるかもしれんが、その上、王が同じとは限らんだろう……もっと言えば、今代は友好な関係が続いても次代、その次、お前は100年後にも同じと言い切れるのか?」
「それは……」
「この地にエルフの精霊ドライアド様が降り立ったのは事実だ。今現在、友好な関係であるエルフと事を構える必要など無いが、この事が火種である事は忘れるな。それが精霊様の純粋な気持ちが発端で、争いなど望んでいないとしてもだ」
「はい……」
オレのウィットに富んだトークが、特大の地雷を踏み抜いた瞬間であった……
場の空気が重い物になる中、気を取り直して新居の説明をしようとしたのだが、来賓の多くがアドとの関係や経緯を聞きたがった。
ここにいる人は既に全員が身内である。爺さんを見ると小さく頷いていたので、アドとの出会いからエルフとの邂逅を、新しい種族と独立の件を隠して説明していった。
サンドラ伯爵家としても独自の情報網はあるだろうし、恐らくは新しい種族の件も凡そは知られていると思う。
しかし、何も言って来ないのは信用されているのか、畏れられているのか……
アドの件はやはり皆、興味があるらしく、幾つも質問が飛んできたり、詳しい描写を知りたがったりで、思ったより時間がかかってしまっている……そろそろ厨房に行かないと、昼食の時間に間に合わない。
そんなオレの焦りに気付いてか、爺さんが説明を肩代わりしてくれた。
「アルド、昼食の準備があるのだろう。ここからはワシが説明しておく。下がって良い」
「はい、ありがとうございます。では一度、下がらせてもらいます」
それだけ言うとオレ、オリビアは部屋を辞退させてもらった。アシェラとライラは客の飲み物のおかわりや、トイレまでの案内など客人の世話を任せてある。
さて、アドやエルフの説明は爺さんに任せて、オレは仕込んである料理を完成させる事に全力を尽くさねば!
早速、厨房に入ると、カレイの煮つけの入った鍋に火を入れ温めている間に、仕込んであったアジフライを出し、油の入った鍋に火をかけた。
本当なら火起こしから始めないといけないが、この厨房は現代日本に匹敵する快適さである。
ボタン1つで火を付け、レバーで火力を調整していると、その姿を見ていたオリビアが呆れた様子で呟いた。
「本当なら火起こしから始めるのですが……平民の嫁になるために私が覚えた事って一体……」
しみじみと呟くオリビアには悪いが、自分でカマドに火を入れ、煮炊きをする生活はちょっと……
面倒な貴族籍を抜け、やっと自由になったのだ。ローラに習った魔道具の知識で住生活を1ランク上げる程度は許してほしい。
心の中で言い訳を考えながら、鍋にパン粉を少量入れると気泡が出来て丁度良さそうな温度の気がする。
「オリビア、油が飛ぶと危ないから少し離れてくれ」
「分かりました」
オリビアに鍋から離れてもらい、自分は魔力を体に纏っていく……これで油が刎ねようと防御は完璧だ。
人によっては油如きと思うかもしれないが……だって熱いじゃん……いや、魔力を纏うだけで防げるなら使った方が絶対に良い。
戦闘の技術を料理如きに!と憤る人がいるかもしれないが、この件に関してオレは全く拘るつもりは無い。
どんな技術も便利になるなら、幾らでも使えば良いと思う。身体強化を使っての肉体労働なんて、多くの人がやってる事でもあるのだから。
思考が逸れた……
オレがアジフライを揚げている間に、オリビアは出来上がったカレイの煮つけを人数分の小皿に盛り付けている。
どうやらカレイは小皿に分け、アジフライは大皿で振る舞うつもりのようだ。
オリビアの料理を一生懸命に盛り付けている姿を見ていると、忙しい中にも新しい生活を感じられて、幸せな気持ちになってくる。
「そろそろ良いかな。冷める前に持って行っていこうか」
「はい」
総勢13人分の料理となると、やはりかなりの量になるのは当然で、オリビアと2人、満載になったワゴンを慎重に押していく。
食堂は厨房の隣にあるので直ぐに到着したのだが、如何せん量が多い……言葉も無くオリビアと一緒にテーブルに料理を並べていると、直ぐにアシェラとライラも手伝いに来てくれた。
小さな気遣いではあるが、お互いにこの気持ちを忘れなければ、きっと助け合いながら4人で楽しく過ごせるのだろう、と素直に思えた。
オレの思いを知ってか知らずか、皆で小さな笑みを浮かべながら4人で料理を並べていくのが、とても楽しく感じる。
全ての料理を並べ終わると、オレは部屋の隅に即席で作ってある鉄板の前に立ち、オリビアへと口を開いた。
「オリビア、準備完了だ。お客様を入れてくれ」
「はい」
暫くするとオリビアが客を連れて戻ってくると、一度オレ、アシェラ、オリビア、ライラの順番で並び、改めてお客様へ頭を下げた。
「お待たせしました。大した物はありませんが、精一杯おもてなしさせて頂きます」
アシェラ、オリビア、ライラの3人で客を席へとエスコートしていく中、オレはと言うと、携帯型のコンロの魔道具の上に鉄板を置き、油を塗って焼肉の準備中である。
母さんやエルなどの焼肉に魅了された者達は、既にアジフライには眼もくれずオレの横に置いてあるネギ塩タンが気になってしかたがなさそうだ。
「お手元の料理も美味しいですが、こちらでマッドブルの焼肉を調理しますので声をかけるか、取りに来てもらえると助かります」
「マッドブルか……随分、高級な食材を用意したな」
「それがですね、お爺様。早朝にミルド領まで飛んで買ってきたので、そこまで高くなかったんですよ」
「ミルド領……」
爺さんは驚いてから、何とも言えない顔をして口を閉じてしまった。
他の客も苦笑いを浮かべている……いやいや、使徒なんて無理矢理やらされてるのだから、マナスポットを少しくらい私用で使っても、バチは当たらないと思うのだが……
オレは静まり返った場の空気を変えるように、マッドブルの焼肉の説明をしていく。
「最初に調理するのはタン。マッドブルの舌になります。このタンは火が通ると少し固くなるので、薄く切ってあります。それと片面にはネギを乗せているので、火を通すのは下側だけ、片面だけでもしっかり火は通っていますので安心してください」
オレは説明を終えると早速、ネギ塩タンを焼き始めた。
部屋の中には焼肉の匂いが立ち込め、イヤでも食欲を刺激する、と言う物だ。
焼き始めたばかりだと言うのに、既にオレの前には母さん、ルーシェさん、エル、マール、クララ、ルイス、リーザスさん、ミリヤさん、オコヤ君が陣取っている。
爺さん、父さん、サンドラ伯爵、ハルヴァはこちらをチラ見しながらも、カレイの煮付けをつつきながら酒を飲み始めていた。
そこからはいつもの如く、ただひたすらに肉を焼き続けていく。
タンの次はカルビとロースを焼き、女性陣やオコヤ君がひとしきり食べ、満足した頃、食堂に声が響き渡った。
「あーーー!ズルイんだーー!私だけのけ者にしてーーー!私も食べたいーー!!」
エルフの精霊であるアドが、本気で怒っていると思ったのか、部屋の中が凍り付く……
そんな空気を無視するように、アドと替わらない年頃の少女の声が響いた。
「アドちゃん、こっちー。アル兄様が直ぐに新しい肉を焼いてくれるよ」
「アルドちゃん、本当?アドの分ある?」
「ああ、食べきれないほどあるぞ。アドのために鉄板を変えて、ネギ塩タンから焼き直してやるからな」
「アルドちゃん、ありがとーー!」
「さあ、沢山食べろよー」
「うん!」
このやり取りの後ろで、大人達が青い顔をしていたのに気が付いた者はどれだけいたのだろうか……
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