第316話2人の魔族

316.2人の魔族






時間は少し遡り、アルドが飛ばされて間もない頃のサンドラ邸での事。


「……………………と言う事で、アルドは魔族の精霊グリム様によって世界のどこかに飛ばされてしまいました」

「ルイスベル……そ、その話は本当の事なのか? 使徒が精霊に害された? そんな事が有り得るのか?」


父さんは報告をどう受け止めて良いのか分からないようだ。オレも同じ気持ちなので良く分かる。


「一番の問題は、新しい種族の始祖を魔族の精霊が害したと言う事実です。これは将来、種族同士の確執に繋がる大きな問題です」

「お前は将来、新しい種族と魔族が争うと言いたいのか?」


「残念ですが、可能性はあるかと……」


父さんは目に見えて頭を抱えてしまった。それはそうだろう、オレは魔族でありオリビアは新しい種族の母になるのだ。

遠い未来の出来事かもしれないが、自分の子孫同士が争い合う……そう言われたも同然なのだから。


「アルド君が帰ってから和解の話は出来ないか?」

「恐らくアルドの性格では、オレや魔族と言う種へと怒りをぶつける事は無いと思います。きっと怒りをグリム様本人へ向けるはずです。しかし、後世のアイツを始祖として信仰する者達は……」


「そうか……ハァ、それでお前はどうするつもりなんだ?」

「オレは……アルドを探す旅に出ようかと思います。魔族と言う種の贖罪と親友を探すために……」


「……お前が探してアルド君が見つかると思うか?」


オレはゆっくりと首を振りながら答えた。


「アルドの精霊様に見せてもらった世界は、オレなんかが想像出来ないほど大きかった。そこから将来アルド1人を見つける可能性は0に近いと思います」

「それなら、何故?」


「魔族であるオレが、新しい種族の始祖を探しに行くと言う事実が重要だと思っています……そして、何よりオレ自身がアイツを探しに行きたいんです。たとえ何の役にも立たなかったとしても……オレは行こうと思います。オレは自由な冒険者ですから」

「冒険者か……お前はリーザスそっくりだな。何者にも縛られず、自分の信じた道を自分の足で歩いて行く……それは私がかつて失くした物だ。分かった、好きにして良い。但し、何年かかっても良い、絶対に帰ってこい。良いな?」


「はい。取り敢えずエルフ、獣人族、魔族の国を回ろうと思います。それぞれの国から手紙を書きます」

「分かった……旅に出る事は止めない。だが元々はお前が背負う必要の無いものだ……ルイスベル、お前さえ良ければサンドラから護衛を付けても良いんだぞ……」


「父さん、冒険者は護衛も仕事の内ですよ。護衛が護衛されてちゃ笑えません」

「そうか……そうだな」


こうしてオレはアルドを探す為に、この世界を旅する事を決めたのだった。

行き違いになる可能性も考え、定期的に実家へ手紙を送ってこちらの安否の報告とアルドの帰還の有無を尋ねようと思う。


父さんの下をお暇して、自室で旅について考えてみた。


「さて、出来れば2~3人のパーティで移動したいが……ソロはどうしても野営が難しいからな」


現実問題として気持ちだけでは、何も成せないのは分かっている。

世界を旅するには最低でもオレと同程度の実力を持つ者が、あと1人、出来れば2人ほしい。


であればオレが最初に声をかけるのは、もう1人の親友以外にあり得ない。

早速、ネロを尋ねるために、スラムにある教会へと向かった。


「すみませーん。誰かいませんか?」


オレが大声で呼びかけると、教会の中から子供がワラワラと出て来てオレに纏わりついてくる。


「あ、ルイスだ」「ルイス、お菓子は?」「こいつはルイスベルって言うんだぞ。略したらダメって言われただろ」「ルイス、抱っこ」「腹減った」

「あー、また今度、差し入れ持って来てやるから。今日はネロに会いに来たんだ。いるか?」


「ネロは依頼で帰ってきてない」「ネロちゃんいなくて寂しいよ……」「ネロの尻尾の付け根、見た事あるか?スゲーんだぞ!」「ネロの耳もかわいいねー」


子供達にもみくちゃにされていると奥からシスターが出てきて子供を諫めてくれる。


「これこれ、ルイスベルさんが困ってますよ。さぁ、皆、戻って勉強の続きをしますよ」

「はーい」「勉強つまんない……」「遊びたいー」「シスター、オヤツは?」「オレも勉強してヤマトみたいに騎士になる」


「すみませんね、ルイスベルさん。ネロは護衛の依頼で出てるんです。今日か明日には戻ると言っていたんですが……」

「そうですか。分かりました、また今度、差し入れを持って寄らせてもらいます」


「ありがとうございます。子供達も喜びます」


こうして教会を後にしたのだが……ネロは不在か……ギルドでいつ帰るか聞いてみようと思う。

恐らくは堅物のナーガさんは教えてくれないとは思うが。






ギルドに移動すると運の良い事にネロとジョーさん達が、ナーガさんと話していた。

恐らく護衛依頼を終えて、ギルドに結果報告をしているのだろう。


オレは邪魔しないように隅によって、ジョーさん達の報告が終わるのを待つ事にした。

10分ほどの後、ジョーさんはナーガさんから金貨袋を受け取って隣の酒場へと移動していく。


オレは待ってましたとばかりに、すかさずネロへ声をかけたのだった。


「ネロ、久しぶりだな」


オレの言葉にネロは振り返り、驚いた後に満面の笑みを返してくる。


「ルイス、久しぶりだぞ。元気だったか?」

「ああ、元気だぜ。ネロも元気そうだな」


「オレはいつも元気だぞ。今から依頼の打ち上げをするんだ。ルイスも来ると良いぞ」

「打ち上げか……オレは参加してないからな、今日は遠慮しておくよ。それより少しだけ時間をくれないか? 話があるんだ」


オレの真剣な様子にネロはジョーさん達へ視線を向けた。


「大事な話みたいだからな。オレ達は先にやってるから行ってこい」

「ありがとうだぞ、ジョー」


ジョーさんにも聞こえていたようで、ネロを快く送り出してくれる。

早速、酒場の隅に移動して誰にも聞かれないようにしてから、旅に出る件を話していく。


「実はな、オレはブルーリングを出ようと思うんだ……」


実はネロ達には、アルドが上位精霊のグリム様に飛ばされた事は伝えられていない。

本来はそこから説明しないといけないのだが……しかし、使徒であるアルドが、味方であるはずの上位精霊に害された事を、オレが勝手に話して良いわけがない。


確かにネロやジョーさん達は、アルドが使徒だと言う事を知っている数少ない者ではある。だが、この件は非常にデリケートな一面もあるのだ。

全てを正確に話せば、”魔族と新しい種族の関係”や”救世主でもある使徒の失踪”が大々的に広まる可能性がある。


ブルーリングは苦渋の選択として、貴族籍を抜いて出奔してしまったアルドの行方を捜している、と言う体で動いていると言うのに……

悩んだ末にオレは、アルドの件は一切伝えずに一緒に世界を回らないか? とネロを誘う事にした。


「ネロ、一緒に世界を回ってみないか? オレ達ならそろそろ獣人の国『グレートフェンリル』や魔族の国『ティリシア』にも行ける実力は付いたはずだ。それにエルフの国『ドライアディーネ』に行けばファリステアにも会える。どうだ、ネロ、お前と一緒なら楽しい旅ができると思うんだ」


オレはそんな事あるはずが無いのに、殊更、旅が楽しさで溢れているように話していく。

ネロはと言うと、そんなオレを訝しそうな目で見つめ、怪訝そうに口を開いた。


「ルイス、お前、何を隠してるんだぞ……今のお前の目は、オレを騙そうとするヤツと同じに見えるぞ」


雷に撃たれたような衝撃がオレを貫いていく……オレは何をやっている。ネロに全てを隠して連れて行こうとするとか……これじゃあ、騙すのと何も変わらない。これは親友に対する行動じゃない!


完全に我に返ったオレは、あまりの恥知らずな行動にどうして良いか分からないほどだ……


「……スマン、ネロ。今言った事は忘れてくれ」


絞る出すようにそれだけ言うのがやっとで、オレは逃げるようにギルドを後にしたのだった。






ネロの他に声をかけるあてもなく、ブルーリングの領主館へと向かう帰り道。


「考えてみればネロは王都の母親、ミミルさんにも仕送りをしてるんだよな……何年も稼ぎにならない旅に、付き合える訳なんて無かったんだ……オレは本当に自分の事しか考えて無かったんだな……」


改めて考えてみれば何年もの間、無報酬で人を探し続けるなんて事、何か相当な理由でも無いと無理に決まっている。

オレ自身ですら、魔族の精霊グリム様の事が無ければ、アルドを探す旅に出ようなんて思わなかったかもしれない。


「そうなると、魔族にしかアルドを捜す理由は無いって事になるんだよなぁ……」


魔族であり、無報酬で冒険の旅に耐えられる者……心当たりは1人いる、と言うか魔族の知り合いは他にいない。


「父さんに何て言おうか……」


オレが思いついたのは……魔族であり『鮮血』の二つ名を持つ者。ズバリオレの母親であるリーザス=サンドラその人である。

恐らくオレの気持ちを話せば母さんの事だ、二つ返事で了承してくれると思う。


ああ見えて、人の生き死にを間近で見ているからか、義理人情には厚い人なのだ。

どちらかと言うと問題は父さんである。オレだけじゃなく母さんまで旅に出るなど……ストレスで禿げるんじゃないだろうか。


「ハァ……もう一回王都に飛ばしてもらって、父さんに直接、話してみるか……」


それから父さんに話してみたのたが、予想通り猛反対されてしまった。

しかし、この話を聞き付けた母さんは、これまた予想通り父さんをねじ伏せる恰好になってしまったのだ。


曰く「私は息子の成長を誇りに思う。それを手助けするのを邪魔するとは……親の所業では無い」と啖呵を切り、終いには『どうしてもと言うなら、私はこの家を出て行く』と言い出した所で、父さんが膝から崩れ落ちて無理矢理了承させられていた……哀れ。


こうしてオレは母さんと一緒にアルドを探す旅に出る事となったのだった。






全ての根回しを終えてから、ブルーリング家へ『アルドを探す旅に出る事』、『今まで領主館で面倒をみてもらったお礼』、『魔族の精霊グリム様の犯した罪の謝罪』、『空間蹴りの魔道具の返却』を纏めて話す場を作ってもらう事となった。

この席にはサンドラ家の当主である父さんとブルーリング家当主であるバルザ殿も同席し、アルドの捜索をサンドラとしても内々ではあるが行う事を約束して、両家の信頼を深める形になった。


そうして問題なく場が終わろうとする中、不意にエルファスが口を開く。


「ルイス、兄さまを……頼みます」

「任せろ……とは言え無いが、オレなりに精一杯探すつもりだ。上手く見つけられるよう祈っておいてくれ」


「はい。本当にありがとう、ルイス」


するとエルファスはバルザ殿へ向き直り、真剣な顔でとびきりの頼み事を言い出した。


「お爺さま!ルイスの空間蹴りの魔道具ですが、3ヶ月の縛りを解いては貰えませんか?」

「……空間蹴りの魔道具か」


「ルイスとリーザスさんは、他でもない兄さまを探しに行ってくれるんです。ここまでしてもらって……ブルーリングとしても誠意は示すべきです。お願いします、お爺さま!」

「私からもお願いします、お義父様。空間蹴りの魔道具は、アルを探すのに大きなチカラになるはずです。気持ちには気持ちで返すのが、ブルーリングの流儀かと存じます」


「ふぅ、エルファスにラフィーナもか。どうやら他の者も顔を見ると、同じ意見のようだな……分かった。ルイスベル君やリーザス夫人でも延長できるようローザに、手配しておこう」

「ありがとうございます、お爺さま」「ありがとうございます、お義父様」


思わぬ流れで空間蹴りを使って旅が出来る事になったが……絶対に奪われないようにしなければ。

あの魔道具は、この世界の色々なバランスを壊しかねない。


心無い者の手に渡れば、それこそ大昔の種族間戦争にもつながる可能性すらある。


「絶対に奪われないように気を付けます。ありがとうございます」「心遣い感謝する」


こうしてオレと母さんはアルドを探す旅に出かける事となった。

先ずは一番近いエルフの国ドライアディーネに向かおうと思う。ファリステアに会えれば手伝ってもらう事も出来るだろうか?


アルド待ってろよ。オレが必ず見つけ出してやるからな。





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