第315話半年後のブルーリング

315.半年後のブルーリング






アルドが精霊グリムに飛ばされて7か月ほどが経ち、季節は真冬である。

アルド家では主人不在のままではあるが、妻達が朝の団らんを楽しんでいた。






「おはようございます」

「おはよう」「おはよう……」


「今日のパンは私が焼いてみました。食べてみてください」

「うん。良い匂い。美味しそう」

「うん。これは美味しいヤツ」


オリビア、ライラ、ボクの3人生活もそろそろ半年になろうとしていた。

ここにアルドがいれば最高なのに……オリビアとライラも同じ気持ちなのは痛いほど伝わってくる。


だからボク達はアルドの事で泣き言は決して口に出さない。

でも、どうしても我慢出来なくなった時はベッドに入った時だけ……毎日3人一緒にアルドのベッドで寝ている、その僅かな時にだけそっと弱音を吐く。


これは3人で暮らす内に自然と出来たルールであり、お互いが折れそうな時にはしっかりと支え合っている。

今はアルドがいないけれど、ボク達は紛れもなく家族なのだと感じられる瞬間だ。


「アシェラ、魔の森の開拓は順調なんですか?」

「うーん。もう少しで新しい住居が出来るから、そしたらグラン家の残りが引っ越してくる予定」


「そうですか。直に開拓も本格的になるのでしょうね」

「先月、エルファスに東側を焼き払って貰って、ブルーリングとの街道がやっと馬車も通れるようになった。これからは作業員も増えて、どんどん開拓されていくはず」


「じゃあ、アシェラはもっと忙しくなりますね」

「うん。それと今日はマナスポットの南側のオークの巣を潰す予定。今日から開拓団にお父さんが参加するからたぶん簡単に潰せると思う」


「あ、今日からでしたっけ? でもハルヴァさん、本当に副団長を辞めてしまったんですね……」

「元々、お父さんはボクと同じで指示を出すより、体を動かしてた方が好きだから。最近はいつも楽しそうにしてる」


「アシェラのお母様も住居が出来たら向こうに住むんですよね……向こうに家が出来てもアシェラはちゃんとこの家に帰ってこないとダメですよ……」

「大丈夫。ボクの家はここしかない。アルドが一生懸命用意してくれて、家族がいるここがボクの家」


「それを聞いて安心しました。それじゃあ、はい、これ、お弁当です」

「ありがとう、オリビア。じゃあ、行って来る」


「はい、いってらっしゃい」


ボクは家を出て、ここ半年の日課である領主館へとやってきた。


「おはようございます、アシェラ様」

「おはよう、ローランド」


「申し訳ありませんが、今日の分の荷物をお願いします」

「うん、大丈夫」


「ハルヴァ殿は、先に指輪の間で待つと言われてました」

「はい。ボクも向かいます」


「お気をつけて」


実はこの半年の間、開拓団への食料はボクが毎日、マナスポットを使って運んでいる。

魔の森までのしっかりした街道は出来たばかりであり、今までは馬でしか行き来できなかったのだからしょうがない。


食料の運搬やボクの移動のために、開拓に際して一番最初に実施した事がマナスポットを木の板で覆い隠す事だった。

開拓団の者には許可が無いと、この囲いに入らないことを厳命している。


禁を破った者は……大木を魔力拳で吹き飛ばす所を見せると、全員が何も言わず頷いてくれたので大丈夫のはずだ。

影でボクの事を『ブルーリングの裏番』やら『暴君』と噂していたのは聞かなかった事にしようと思う。


こうして毎日、夕方になると囲いに入り、次の日の朝には食料を持って出てくると言う怪しさ100%の行動をしているが、何とか大事にはなっていない……と思う。

クリスさんからは”もう少しマシな隠し方は無かったのか?”と苦言を呈されているが……


実はグラン家だが、結局2つに分かれる事になってしまった。

やはり全てが秘密では、信用してもらえない人が出るのは仕方が無い事なのだろう。


クリスさんも最後まで説得したが両者の溝が埋まる事は無く、半分はブルーリングで回復魔法使いとして生きていく選択をした。

話が全て纏まってから、エルファスの名前で懇親会を企画させてもらった時には、”道は違えるがお互いに頑張ろう”と話していたので、わだかまりは解消出来たと思いたい。


カシュー家への根回しはお義父様が全てつつがなく終わらせていた。

正直、カシュー家の中でもグラン家を持て余していたらしい。優秀ではあるがブルーリングと個人的な伝手があり、完全な味方と言えないグラン家を優遇は出来ないし、かと言って冷遇するにはブルーリングが怖い。


お義父様の”グラン家を引き取りたい”との打診に二つ返事で了承したそうだ。

後はヴェラの街だが……大筋では譲渡される事が決まった。しかし、細かい部分でカシュー家も難色を示している。


マナスポットの存在と魔の森の開拓の事実を知らないカシューからすれば、カシュー領の中にブルーリングの領地が飛び地で誕生してしまうからだ。

それを理由に”領地を徐々に削り取られるのでは”と、戦々恐々としているとか……


お義父様としては何処かのタイミングで魔の森の中に作った街道を見せるつもりらしいが、そちらの件にボクは関与していない。


「少しずつだけど皆、前に進んでるよ。アルド……」


地下への階段を下りながら独り言を呟くと、指輪の間の前にお父さんが待っていた。


「アシェラ、遅いぞ。オレはいつでも良いからな」


そんなに嬉しそうな顔で言わなくても……騎士団で出世して色々とストレスが溜まる事があったのだろう。

アルドとボクは『ブルーリングの英雄』と呼ばれている。その親であると言う事で、裏では陰口を叩く者もいたとか……


今回のグラン家の事が無くてもボクが正式にアルドと結婚した事から、どこかのタイミングで副団長か騎士自体を辞職するつもりだったと聞いた。

”ブルーリングの英雄の父親”に”ブルーリング騎士団副団長”……騎士団の中で自分に権力が集中しすぎるのを感じていたらしい。


お父さんからすればグラン家の事は良い機会だったようだ。

お母さんも以前からお父さんの気持ちは聞いていたらしく、止めるどころか喜びながら背中を押していた。


こうして長かった引き継ぎも終わり、お父さんは今日から開拓団付きの騎士になる。

正直、こんなに楽しそうなお父さんは久しぶりに見たかもしれない。


「今日はオークの巣の討伐。お父さんは後詰めをお願い」

「何を言ってる、お前が後詰めだろう。オレが先に攻める」


「むむむ……」

「今日は開拓団付きの騎士の初日だ。初陣ぐらい花を持たせてくれても良いだろ?」


「……分かった」


ボクの返事を聞いてしてやったりと笑いながら、お父さんは指輪の間へと歩いて行くのだった。






話は変わり、ボクはこの半年間、家の事はオリビアに任せて、朝から魔の森に出かけて夕方に帰ってくるという生活を続けている。

オリビアも絶えず家にいるわけではなく、ボクが出て行ってから直ぐに領主館へ向かい、お義父様とローランドから村や街の運営を教わっているそうだ。


オリビアは元々、サンドラ伯爵家で育っただけはあり、基礎的な知識は既に持っていた。

今は細かな点やサンドラとブルーリングの違いを重点に、教えを受けている。


同じくエルファスやマールも政治を習っているが、エルファスはブルーリング領全体の運営を学び、マールは主に領全体の経済、お金の流れを学んでいる。

皆、毎日をしっかりと生きている、そう感じられた……1人を覗いて……そう、問題の主はライラ。ボク達アルドの3人の妻の1人だ。


ある日の朝食の後でオリビアから相談を受けた。なんでもライラが日に日にボロボロになっていく、と……

確かに先ほどの朝食でも肌は荒れて髪はボサボサ、風呂だけは毎日入らせているが、放っておけばきっと入らないに違いない。


どうやらオリビアが見つけた『使徒の叡智』が書かれた書物に心を奪われているようだ。


「毎日、一緒に寝てるので睡眠は取っているのですが、あのまま放っておくといつか色々と手遅れになりそうで……」


確かにライラをこのまま放っておくと、女性としての大切な何かを無くしそうな気がする……

アルドが帰ってきた時に肌はボロボロ、髪はボサボサ、着ている服もヨレヨレでは最悪、愛想をつかされかねない。


「うん。ライラに言った方が良い」


こうして無言で頷くオリビアと一緒に、3階にあるライラの部屋へと向かったのだった。


「ライラ、ボクだけど入って良い?」

「開いてる」


ボク達の間では気を使って話したりする事は無い。

オリビアだけは誰に対しても敬語だが、それは癖であり内容は歯に物を着せずに話す。


ライラの返事に部屋の中へ入ると窓は閉め切られて薄暗く、当のライラは部屋の隅で必死に何かをノートに書き込んでいた。

これは……おおよそ人が生きていくのに良い環境とは思えない。


こんな所に引きこもっていれば、何処か悪くなりそうである。


「ライラ、たまには外に出る」

「そうです、これでは病気になってしまいます。たまにはアシェラと一緒に開拓なんて楽しいかもしれませんよ」


ライラはこちらをチラッと見ると、特に気にした様子も無く口を開いた。


「いい、行かない。今は方程式をやり出した所で忙しい……」


ボクはオリビアと顔を見合わせるながら、小さく溜息を吐いた。

あまりこの手は使いたくなかったが……ライラがそう言う態度ならしょうがない。


オリビアとアイコンタクトを交わし、ライラのすぐ横まで歩いていき、口を開いた。


「ライラ。今すぐにアルドが帰ってきたとしたら?」

「凄く嬉しい。絶対に離さない」


「ボクも。きっと3人でアルドに抱きついて、離さないはず」

「うん。アルド君……」


「ライラ、オリビアを見て」


ボクの言葉にライラは不思議そうな顔をしながらもオリビアを見つめている。


「普段と同じ格好。次はボク。開拓にいくからドラゴンアーマーを着てるけど、アルドからすれ見慣れた格好のはず」


ライラはボクが何が言いたいのか計りかねているようだ。キョトンとした顔でボクを見つめている。


「そして最後、ライラはこれでアルドの前に出る事になる」


ボクの言葉と同時にオリビアは、反対向きにしていた全身鏡をライラに向けた……

ライラの目の前には髪はボサボサで寝癖だらけ……引きこもっているからか肌はカサカサで不健康そう……服は寝間着のままで首の当たりは延びてヨレヨレの少女が写し出されている。


「え? あ、え?」


ライラは鏡と自分の手元を交互に見て、徐々に青くなっていく。


「これ、私? え? 嘘……」


未だに困惑中のライラに、オリビアが爆弾を落とした。


「本当にアルドが今すぐに帰ってきたとしたら……ライラに何を言うのでしょうか? ねぇ?」


オリビアの何かを含んだ物言いに、ライラは直ぐに立ち上がり洗面所に走っていく。


「ちょ、ちょっと顔を洗ってくる!」


そのライラの姿を見てボクとオリビアは呆れながらも小さく笑い合っていた。

この日を境にライラは、身だしなみには気を付けるようになり、週に1回ほどではあるがボクと一緒に開拓に出かけるようになったのである。





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