第314話グラン家 part4

314.グラン家 part4






1秒なのか1時間なのか分からない不思議な感覚の後、周りを見れば神殿のような場所に立っていた。

先ほどまでいた大岩の前では無く、今は目の前に指輪が浮いており青い光を放っているが、この一連の出来事からすれば大した意味は無い。


「こちらへ」


ハルヴァがそう声をかけてくれ、私は畏れを感じる青い光から急いで遠ざかっていくのだった。


「ここはもうブルーリングの領主館です。先ずは客間へ案内しますので休んでください。その間に次代の当主であるヨシュア様へ、クリス殿の到着を報告してきます」

「わ、分かりました……話は聞いていたが、実際に体験してみると頭が付いてこない……」


「分かります。私も未だに驚く事ばかりですよ」

「ハルヴァ殿でも?」


「ええ。少し見ない内に、娘が眼で追えない速さで動くようになっていたりしますから……」

「……それは……お気持ちを察します」


ハルヴァは苦笑いを浮かべると、踵を返して先頭を歩いて行く。そのまま後ろを付いて行き、1フロア分ほどの階段を登りきるとどこかの廊下に出た。

ここまでにあった不思議な出来事から推測するに、ハルヴァから聞いた全ての話は事実なのだろうと理解は出来る。


しかし、どうしても私の感情の部分が受け入れてくれないのだ。

幻術か何かで私を騙そうとしている? 薬で正常な判断ができていない? もしかして全部、夢?


自分でこのように考えられる事こそ冷静な証拠であるのだが、この時の私には全てを受け入れるには幾ばくかの時間が必要だった。

そうして私の混乱を尻目に事態はどんどんと進んで行く。


言われていたように客間へ案内されると、ルーシェだけが残されハルヴァとアシェラは部屋を出ていった。

これは目に見えて狼狽している私への配慮なのだろう。ルーシェは心配そうな顔で私を見て、ゆっくりと話しかけてくる。


「クリス兄様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫……なのかな? 今は少し混乱しているよ。話は聞いていたが……さっきの青いタヌキが精霊様だね?」


「はい。私も数回しかお会いした事はありませんが、とても聡明で優しい方です」

「そうか……随分とアシェラには気安かったが……」


「アシェラは使徒様の伴侶ですから。精霊様も配慮しているのでしょう」

「伴侶……アルド君。彼がお前の治療法を見つけた時の事を思い出したよ」


「はい。あの時、アルド君は『ブルーリングの秘蔵の書物に治療法が書かれていた』と言っていましたが、実際には『使徒の叡智』だったのでしょう。であれば、世界中でアルド君以外、誰にも私の治療法は分からなかったはず……私は精霊様の奇跡によって生かされたんです」

「『使徒の叡智』か……」


「はい。この命は精霊様が与えてくださった物。きっと生きて私に何かを成せ、と言っているのだと思います」

「何かを……」


「はい。今は私にどんな使命があるのか分かりません。でも、もしかしてもうすぐ分かるかもしれない、そう思えるんです」

「そうであれば、私にも……いや、私達グラン家にも使命があるのだろうか?」


「私には分かり兼ねます。クリス兄様から見て、グラン家に起きた一連の出来事に何か感じる物があるのですか?」

「一連の……分からない……少し……考えさせてくれ」


「はい、分かりました。ハルヴァとアシェラはゆっくりとヨシュア様へ報告するはずですので、時間には多少の余裕がありますから」

「……助かる」


話してみて思ったのだが、もしかしてルーシェの言うように一連の事件に何らかの意味があるのだろうか……

カシュー領の回復魔法使いとしてのグラン騎士爵家……ルーシェの病気……左遷……ヴェラの街の管理と防衛……


言われてみれば左遷されてからのグラン家は、ヴェラの街……要は村に毛が生えた程度の街の運営に注力してきた。

ヴェラの街に左遷されなければ、街の運営などと言う知識はグラン家には無かったはずだ。


昔なら無理だったが、今のグラン家であれば小さな街の運営ていどなら……もしかして開拓も可能?

まさか……ブルーリングで新しい街を作るために、我等はヴェラに左遷されたとでも言うのか? バカな、そんな事……


急に私の背中を怖気が走り、何か途方もない大きな物の手の平の上で踊らされている気がしてくる。


怖い……


「る、ルーシェ、お前は得体の知れない物に、運命を決められるのが怖くないのか?」

「いいえ、私は既に一度死んだ身ですから。それに自分が何か使命を持ってるなんてワクワクしませんか? 子供の頃、クリス兄様に読んで貰った本にもあったじゃないですか」


「……本……試練の塔か」

「そう、それ。英雄を目指す男の子が、精霊に試練を与えられて塔を登るお話」


「あの話では結局、塔では何も手に入らなかったが、塔へ登った事で鍛えられて、街を救うチカラを得たんだったな……」

「はい。物語の男の子とは違いますが、私は『時間』を頂きました。本当なら4年前に終わっていたはずの時間を。まだ誰にも言っていませんが、私も開拓に参加しようと思っているんです。恐らくはそれが私の使命では無いかと思えるんです」


「ルーシェ……お前は、グラン家も開拓に参加するべきだと言うのか?」

「それはグラン家当主である、クリス兄様が決める事です」


「……」


沈黙の時間が流れて30分ほどが経った頃、ノックの音が響きハルヴァとアシェラが次代と次々代のブルーリング当主を連れて戻ってきたのだった。






「お初にお目にかかります。グラン騎士爵家当主、クリス=フォン=グランであります。本日は…………」


私の挨拶が終わると、次代の当主と思われる男性が口を開いた。


「先ずは遠い所をありがとう。僕が次代のブルーリング当主、ヨシュア=フォン=ブルーリングだ。こっちは僕の次に当主になる予定のエルファス=フォン=ブルーリング。立ち話もなんだし座って話そうか」


そう言って優し気な笑みを浮かべるヨシュア様は、私を値踏みするように見つめてくる。

一挙手一投足を見られている……そんな感想を抱きながらテーブルについた。


席は対面にヨシュア様、エルファス様、アシェラの順番で座り、こちらは私、ルーシェ、ハルヴァの順番で座る。

どうやら本来はハルヴァ、ルーシェも向こう側に座る所を、私に配慮してこちらに座ってくれているのだろう。


アシェラはアルド君の妻であれば、どうやっても向こう側なのは当然の事である。


「ハルヴァから全ての事は話してあると聞いているから、単刀直入に聞くよ。グラン家はどうしたいのかな? アルとアシェラが世話になった事でもあるからね。なるべく便宜を図るつもりではあるけれど、開拓以外では騎士爵は諦めてもらう事になる。これだけは変わらないと思って欲しい」

「はい。それはブルーリングにある、既存の騎士爵家に配慮すれば当然の事かと思います。それと返事をする前にいくつかお聞きしたい事が御座います」


「ああ、僕に答えられる物なら何でも答えるよ」

「ありがとうございます。先ずは………………」


そこから条件の詳細を聞き、決まっていない事はその場で決めていった。

勿論、この場で決められない物もあったが、ヨシュア様やエルファス様からはグラン家に対する並々ならぬ配慮が感じられる。


「ヨシュア様とエルファス様は何故、そこまでグラン家に配慮して頂けるのでしょうか?私には少々不可解に感じます」


私の質問に当の2人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべ始めた。


「そう見えるかい?」

「はい。グラン家は回復魔法の大家とは言え、所詮は1騎士爵家に過ぎません。領地持ちのブルーリング家がここまで我らに配慮する理由が無いはずです」


「理由は色々あるかな。先ずは今回のカシューとの確執は僕の婚約破棄が発端だ。そして4年前の件もこちらの都合にグラン家を一方的に巻き込んだ事になる。先ずはそれに対するお詫びだよ。次にアシェラの母親の実家と言うのも大きい。アルの妻としてだけではなく、アシェラは修羅と呼ばれ使徒にも匹敵するブルーリングの最高戦力だ。これだけでも配慮する理由としては大きいかな。最後に、やはりアルの意志はブルーリングにとって大きい。アルが帰ってきた時にグラン家を冷遇したなんて知られたら……まぁ、そんな所かな」

「アルド君の意志……」


「そうだね。今のブルーリングでアルとエルの意見を完全に無視できる者はいないよ。何と言ってもアル、エル、アシェラ、ラフィの4人はブルーリングの英雄だからね」

「それは私も噂では聞いた事があります。何年か前にゴブリンの群れを返り討ちにしたとか……」


「ああ、僕は報告を聞いただけだけど、実際に見た者は声を揃えて誉め称えるんだ。『ブルーリングの英雄』ってね」

「ブルーリングの英雄……」


「だからこちらとしてはアルとアシェラ、英雄2人の頼みを無碍に出来ないんだ。ブルーリングからは出来る支援は最大限でさせてもらう。是非、グラン家にはブルーリングに来てほしい。頼むよ、この通りだ」


そう言ってヨシュア様は頭を下げた……ブルーリングの次期当主が、グラン家の当主である私に、非公式とは言え頭を下げたのだ……


「や、止めてください。あ、頭を上げてください!」

「それじゃ?」


「はい。私、クリス=フォン=グランはブルーリング家に忠誠を誓います」


椅子から降り、その場で跪きながらヨシュア様へ頭を下げる。


「ありがとう。クリス=フォン=グラン、君の忠誠は受け取った。これからはカシューでは無く、ブルーリングの将来のために働いてほしい」

「はい。グラン家の全てをかけて魔の森に街を作ってみせます」


こうして私とグラン家はブルーリングへ忠誠を尽くす事になったのだが、実はとびきり大きな問題が1つ残っている。

それは、カシュー家に何と言えば良いのか……遠い昔ならあったと聞いているが、最近では騎士爵家が主を変えるなど聞いた事が無い。


問題は後回しにするほど大きくなるのは世の常だ。

早速、私はヨシュア様へカシュー家との話をどうするか悩んでいる、と打ち明けてみた。


するとヨシュア様は、何故か悪い笑みを浮かべながらハルヴァへと口を開く。


「ハルヴァ、クリスにはカシューへの宣戦布告の件は話して無いのかい?」

「はい。流石にその件は話してありません」


「そうか。実はね………………」


それからユシュア様から聞いた話では、ブルーリングはカシューへ宣戦布告をするそうだ。

マナスポットに近すぎるヴェラの街の割譲を企んでいるのだとか……


え? ちょっと待って……もし、この話を断っていたら、グラン家ってヴェラの街を守るために、ブルーリングと戦ってたの?


修羅3人と? その内2人は使徒なのに? 間違って殺しちゃったら世界が終わっちゃうのに? いやいやいや、無いわー。今のブルーリングってカシューどころかフォスターク王国と戦争しても勝つんじゃないですかね? それと戦うとかどんな罰ゲームだよと……


私は自分がどれだけか細い糸の上を歩いていたのかを、嫌と言うほど思い知ったのだった。





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