第313話グラン家 part3

313.グラン家 part3






お父さん、お母さん、ボク、クリスさんの4人で、昨晩は逃げるようにヴェラの街を後にした。

もしも、グラン家の者が追手を出したとしても、こちらはマナスポットに向かっている。方角が全く違うので絶対に追いつく事はないだろう。


一応、万が一を考えてお父さんがクリスさんを抱え、ボクがお母さんを抱えて空間蹴りを使って小さな谷を越えておいた。

お母さんは驚きながらもキャーキャーと喜んでいたが、クリスさんは青い顔でこの世の終わりのような顔をしていたのは何故なのか。


思えばお師匠もお母さんもクララも最初から空を駆けるのは喜んでいた……でもお父さんもお義父様もクリスさんも何故か最初は怖がっていた気がする。

前にアルドから聞いた事があったような……『男はな、高い所から落ちる時に金〇がヒュンってなるんだ』略して玉ヒュンってアルドは言ってた……もしかして男の人は高い所が苦手なのかもしれない。


そんなアルドとのくだらない話を思い出し、ボクの顔には笑みが浮かんでしまう。

こうやって気持ちを切り替えられたのは、間違いなくマールのお陰である。心の中で親友に感謝しながら、改めて今の状況を確認した。


朝食を少し前に摂って、今はスライムのマナスポットに向かっている所だ。このまま進めばお昼には到着するだろう。

その後は、お義父様とクリスさんが、領主館で直接話しをするはずである。


クリスさんには昨晩の内に使徒の件を含めて、殆どの事を話してあるはずなので、お父さんは「交渉が難航する事は無い」だろうと話していた。

例えクリスさん達が魔の森の開拓を断ったとしても、ボクは開拓団に参加するつもりだ。


恐らくこれ以上グラン家のために出来る事は、ボクにもお父さん、お母さんにも殆ど無いと思う。

そんな事を考えながらどこか緩い空気の中で歩いていると、お父さんの慌てた様子の声が響いた。


「全員隠れろ!」


先頭のお父さんが素早く身を低くし、木の影へと全員を誘導していく。


「ハルヴァ、どうしたの? 急に……」

「オーガだ。見えただけでも2匹はいた。恐らく4~5匹、流石に10はいないと思うが……」

「オーガだと? この辺りでは滅多に見ないはずだ」


お父さんの話ではオーガが数匹いるらしい……ここで放置してこの辺りに巣でも作られると面倒だ。

ヴェラの街を攻めるにしても奪い取るにしても、ここのオーガは邪魔にしかならない。


「ボクがやる」


そう言い放つと、ボクはオーガの下へ向かってゆっくりと歩き出していく。


「アシェラ、何を?」「アシェラ、戻って!」「何を言っている? 無茶だ!」


3人から制止の声が聞こえる中、ボクは徐々に速度を上げていき最後には走り出していた。

オーガまでの距離は100メード。数は2、4、5、全部で5匹……上位種はおらず全て只のオーガである。


距離が50メードを切った時には5匹、全てのオーガがボクに気が付き、驚いた顔の後に厭らしそうな笑みを浮かべた。


「行く!」


ボクは全力で走り出しバーニアを吹かせる!その瞬間、一番近いオーガの頭が爆ぜた。次の瞬間には2匹目、3匹目のオーガの頭も同じように爆ぜて行く。

空間蹴りとバーニアを吹かせ続ける事で一瞬たりとも立ち止まらずオーガの間を駆け抜けたが、流石に病み上がりの体にはキツかったみたいだ。


残り2匹を残した所で、軋み音が出るんじゃないかと錯覚するほど、体中の関節が悲鳴を上げている。


「少し修行をさぼり過ぎたかも……」


最初は目に怯えを浮かべていたオーガだったが、ボクの弱っている様子を見るとチャンスとみて咆哮を上げ襲い掛かってきた。


「舐めるな……オーガ如きが!ボクは使徒アルドの妻、アシェラ=ブルーリングだ!」


軋む体は無理を許してくれる気配は無い……であれば!

ウィンドバレット(魔物用)を13個を起動して、最速でオーガ2匹の周りへ均等に配置してやった……全ての配置が終わった時にはオーガとの距離は20メードを切っている。


「いけぇぇぇーーーー!」


13個のウィンドバレットが一斉にオーガ2匹へ襲い掛かっていく。

魔法の発動した後には、オーガの肉片が転がっているだけで、この場に立っている者はボク以外には誰もいなかった。


そんなボクにお父さんが近づいて来て、驚きながら絞り出すように言葉をかけてくる。


「アシェラ……お前……今の動き……」

「これはアルドに貰ったチカラ。空間蹴りもバーニアも……全部」


「アルド様から……」

「うん。だから、このチカラでアルドがやろうとしていた魔の森の開拓を手伝う」


「そうか、そうだな……」


そう呟いたお父さんの目には、何かの決意の光が灯っていた。






私はクリス=フォン=グラン。昨日の夕方、妹一家が訪ねてきてから、私の人生は平凡とはかけ離れた物へと変貌を遂げた。

グラン家は今、カシューとブルーリングの確執に巻き込まれ、断絶の危機に陥っている。


正直、領地持ちの貴族でも無ければ良くある話であり、普通は毒を吐きながらも新しい暮らしを模索していくものだ。

しかし、もしかしてだが、グラン家には違う道が開かれているのかもしれない……


妹リーシェの旦那、ハルヴァが言うには、次々代のブルーリング当主は創世神話にある『精霊の使い』なのだと言う。

名前はエルファス=フォン=ブルーリング。非情に慈悲深く、礼儀正しい人物と言う事だ。


最初に聞いた時には『いきなり何を……コイツは頭がオカシイのか?』とも思ったが、エルファス様の双子の兄である『アルド君』も同じく”精霊の使い”であると言われ、色々な事がストンと納得出来てしまった。

思えばアルド君と初めて会った時に彼はまだ12歳の若さで、私達が知らない医術の知識を持ちルーシェの治療方法を難なく見つけ出してしまった事を思い出す。


悔しかった……グラン家は回復魔法の大家と言われていたにも関わらず、何年もかけて分からなかった実の妹の治療法を、わずか12歳の子供がものの5分で言い当てる……こんな屈辱があるだろうか。

アルド君の話では原因は腎臓の機能不全……2つある片方の腎臓を摘出すれば命は助かる、と言う……意味が分からない。


人の臓器を取り出す事が治療だと? バカな……そんな事……ありえない……

そう思いながらも彼の理路整然とした内容に、私は一縷の望みをかけた。


万が一の場合は娘の思い人の考えた治療方法と言う事で、ルーシェも納得できるだろうと打算が働いたのも確かだ。

しかし、ルーシェは生き延びた……彼は本当に私達の知らない医術の知識があり、本当の事しか言っていなかったのだ。


しかも手術中の出血の多さに危篤となったルーシェに、輸血魔法? と言う聞いた事も無い回復魔法を使い、再度命を救ってもらっている。

『天才』の二文字が浮かぶが、そんな言葉では測れないのは一目瞭然であった。


例えるならそう、まるで全く違う世界から……精霊から遣わされたかのような……私達とは隔絶した知識を感じさせられる。

そんな彼が”精霊の使い”だと言うハルヴァの言葉は、私の心に沁み込んでいき、素直に受け入れる事が出来たのだった


それからはまるでお伽噺のような内容が続き、正直な所、私には判断が出来ない。

ただ一つ分かる事は、この話が本当であれば私の判断1つで、世界か終わる可能性があると言う事だ。


世界が終わる……全く実感が湧かないが、絶対に誰にも知られてはいけない事だけは痛いほどに理解出来る。

何故こんな重大な話を私などにしたのか……そんな恨み言を腹に抱えながら、大急ぎでヴェラの街を飛び出したのであった。






野営を終え、昨日からハルヴァが言うマナスポットと呼ばれる場所へ向かっている。そこまで行けばブルーリングへ飛べるのだとか……

ハッキリ言おう、これは私の手には余る事態であり、言われるがまま流されるしか私に出来る事はない。


そんな旅でも久し振りに元気なルーシェと話すのは楽しかった。

思えば兄弟とは言え、1番上の私と1番下のルーシェとでは8歳も違う。


しかし昔から何故かルーシェは私に懐き、私も他の兄弟達よりかわいがっていた。

そんなルーシェの娘が修羅と呼ばれ、ブルーリングでも最強の1人だとは……世の中は本当に何がどうなるか分からないものだ。


そんなアシェラは数ヶ月前に見た時よりも、随分とやつれてしまっていた。

会う度に若返っていたりやつれていたりと忙しい娘ではあるが、私は初めてアシェラの戦う姿を見て不覚にも畏れを抱いてしまったのだ。


目にも留まらぬ速さとは言うが、あれは比喩であり実際に目で追えない何てことは無い。

しかしアシェラは本当に目で追えない速さで動くのだ……ハルヴァも初めて見たのか、アシェラとの会話で言葉に詰まっていたのが酷く印象的だった。


そしてアシェラはその類まれなチカラをアルド君から貰ったと言う……私の中でアルド君の存在がどんどん大きくなっていく。

使徒……私の中で畏れが大半を占める中、僅かではあるが確かに心躍る物がある……これがきっと少年の心と言うヤツなのだろう。


思わぬ自身の心の動きに驚きながらも、オーガ以降は問題も無く順調に進んで行った。

そして目的地だと言うマナスポット?に到着したのだが……何だこれは。岩が薄っすらと青く光っているように見えるが……


青い光はとても澄んでおり美しくはある……しかし、この光からは何か途轍もなく大きな存在を感じられてしまう。

心の底から畏れが湧いてきて、気を抜くと跪いてしまいそうになるのだ。


「これがマナスポット?」

「はい、精霊様の祝福を受けた土地です。尤も魔物に奪われれば災厄の地になってしまいますが……」


昨日の空間蹴りとか言う空の歩行といい、アシェラの戦闘力といい、私の中の常識が音を立てて崩れ落ちていく。

毒を食らわれば皿までとも言う。私は諦めの境地でハルヴァへと口を開いた。


「いつ飛んでもらっても大丈夫だ……」


するとアシェラはハルヴァのアイコンタクトを受け、ゆっくりと大岩へと進んでいく……


「アオ、いる?」

「アシェラか。用事はもう済んだのかい?」


アシェラが大岩に話しかけると、いきなり青いタヌキが現れてアシェラに話しかけている。

しゃべるタヌキとか……意味が分からない……もう好きにしてくれ……


「うん。全員、領主館に飛ばしてほしい」

「分かったよ」


そんな会話の後、私は1秒なのか1時間なのか分からない不思議な感覚を味わうのだった。





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