第312話グラン家 part2
312.グラン家 part2
煙の上がる方角へ2時間ほど歩くと畑が現れ、農民が集まって枯れた草を燃やしていた。
やはり見えた煙は焼き畑の物で、戦闘の物では無かったようだ。
早速、火の番をしている男にヴェラの街に付いて聞いてみた。
「ヴェラの街はどの方角か教えてほしい」
ボクはドラゴンアーマーを着込み冒険者、お父さんは片手剣に盾で騎士そのもの、お母さんに至っては平民の普段着である。
怪しさ満載のボク達ではあるが、男は怯えながらもヴェラの街へ向かう道を教えてくれた。
30分ほど言われた方角へ歩いていると、ヴェラの街の城壁と門が見えてくる。
どうやら思ったより街は近かったようだ。
今日は陽が既に傾いているので、グラン家を訪ねるのは明日にするつもりだけど……間が悪くクリスさんが門番をしていた場合、このまま交渉になる可能性もある。
ボク達は少しだけ気を引き締めて、ヴェラの街の門へと歩いていくのだった。
「見ない顔だな。ヴェラに何の用だ?」
門には2人の門番がおり、年配の門番に声をかけられた。しかし、もう1人いる若い門番はクリスさんの息子ラバスなのだが……
数ヶ月前に会った事があるはずなのに、何故かラバスは訝しげな顔でボクを見つめているだけだ。
「お前、アシェラか?」
「うん、久し振り」
「どうした? 酷くやつれて……人違いかと思ったぞ」
「うん……色々あって……」
「……そうかよ。今日はアルドは一緒じゃないのか?」
ラバスはボクの周りを見回しながら聞いてきた。
「アルドは来ていない。今日はお父さん、お母さんと一緒にクリスさんに会いにきた」
「お前の母親……親父の妹か……」
お母さんはラバスに1歩踏み出すと、嬉しそうな顔で話しかけていく。
「初めまして、クリス兄様の妹のルーシェよ。ラバス君でよかったのよね?」
「え? あ、ああ。どうも……クリスの息子のラバスです……」
ボク達がラバスと話していると、どうやらもう1人門番は状況を察してくれたようだ。
「ラバス、後1時間もすれば交代が来る。今日は上がっていいぞ」
「え、でも……」
「クリスの客人だろ。いいから案内してやれ」
「……すまねぇ。今度、昼飯奢るよ」
門番の男は少しだけ笑って門の前へと移動していった。
「家に案内するぜ。着いてきてくれ」
「待ってくれ」
ラバスが歩き出した所でお父さんが口を開く。
「何だ? 親父に会いに来たんだろ?」
「それはそうだが、もう暫くすると日が暮れる。明日の朝、改めて伺わせてもらおうかと思う」
お父さんの言葉にラバスは何かを考えてから口を開いた。
「話ってのはオレがアルドに頼んだ件も入ってるんだろ? それならあまり焦らさないでくれ。こっちはどんな結果だとしても、少しでも早く聞きたいんだよ。これはオレだけじゃない、一族全員の思いだと思ってくれて良い」
「そうか……そうだな……すまない。配慮が足りなかった。クリス殿の下に案内をお願いしたい」
ラバスはお父さんの返事に満足そうに頷いて、クリスさんか待つ家へと歩いていくのだった。
ラバスに付いて30分ほど歩くと周りよりは立派ではあるが、貴族の家としては少々趣深い家へと到着した。
「親父に話してくる。悪いが少し待っててくれ」
「了解した」
そう言うとラバスは、ボク達を置いて裏口へと回っていく。
「ルーシェ、クリス殿とはお前が話すか?」
「いいえ、私は妹としてしか話せませんから。アナタが話して下さい」
「分かった。但し、私は交渉事には向いていない。マズイ方向に向かいそうな時は止めてほしい」
「はい、分かりました」
家の中が慌ただしくなったかと思うと、クリスさんが現れ驚いた顔でお母さんを見つめている。
「ルーシェ……本当に元気に……」
お母さんは何も言わず、優し気な微笑みを浮かべゆっくりと頭を下げていく。
「クリス殿、お久しぶりです。本日は先触れも出さずに急に押しかけてしまいました。先ずは失礼を詫びさせてください」
お母さんに気を取られていたクリスさんは、お父さんの挨拶を受け直ぐに居住まいを正して向き直った。
「これは失礼を。ルーシェの元気な姿に目を奪われてしまいました。改めてハルヴァ殿、遠い所をわざわざお越し頂きありがとうございます。狭い家ではありますが、上がってください」
「ありがとうございます」
取り敢えず挨拶は滞りなく終わり、ボク達は客間へと通された。
客間に座っている者は、ブルーリング側ではお父さん、お母さん、ボクの3人。グラン家側ではクリスさん、ラバスの2人である。
「それで今日はどういった用件でしょうか?」
クリスさんの声が響く中、お父さんが話し出した。
「今回は次代のブルーリング家当主ヨシュア=フォン=ブルーリング様より命を受け、以前そちらのラバス殿がアルド様へお話した件とそれに付随した諸々についての交渉に伺いました」
クリスさんとラバスの顔に緊張が走る。
「いきなりで不躾で申し訳ありませんが、グラン家としてブルーリング家に仕えるつもりはあるのでしょうか? 勿論、色々な条件次第だと言うのは承知しておりますが、そもそもそんなつもりは一切無いと言われるのであればお話を進める意味もありませんので……」
「……カシューには我々の居場所はありません。このヴェラの街にもいつまで住めるか……ブルーリングに我らの居場所があるのなら是非に!」
「そうですか、分かりました」
お父さんはそう言うと、言い難いのだろう、苦い顔をして続きを話していく。
「では、ここからの交渉はブルーリングの秘密が関係してきます故、クリスさん1人で進めて頂きたい。それと交渉が途中で決裂した場合、秘密が漏れないようにするためクリス殿には10年ほどブルーリングで過ごしてもらう事となるかと……」
あまりの常識外の言葉に、クリスさんとラバスは目を見広げ口を開けて放心している。
30秒ほどの後に、クリスさんでは無くラバスが怒りと共に口を開いた。
「ふざけるな!何だその条件は。親父1人が決めるだけでも厳しいのに、決裂したらブルーリングで10年軟禁だと? お前等、正気か?」
ラバスの怒りは尤もだ。こんな条件を突きつけられて、まともに相手をするのは余程のバカかお人よしである。
「お前等の考えは良く分かったよ。絶対に飲めない条件を出して、こっちから断らせるつもりなんだろ!そうすればブルーリングとしては慈悲を示したと言えるもんな!こんな卑怯な事を考え付くなんて……アルドも顔を出さない理由が分かったぜ。あんなヤツに頼んだのが間違いだった……」
「違う!アルドは関係無い!アルドは本当にグラン家の事を心配してた!」
「じゃあ、何でアイツはこの場にいない。オカシイだろ。嫁とその両親だけ向かわせて、自分は知らん顔か?」
「あ、アルドは今、来られないから……きっと来たかったはず……」
「ん? アイツに何かあったのか?」
「……」
「おい、アルドはどうしたんだ? 生きてるんだよな?」
この場の空気に耐え兼ねたように、お母さんがゆっくりとした口調で話し始めた。
「ラバス君、アルド君は少し遠い所に行ってるの。直ぐに帰ってくるから心配しないで」
ラバスに話しかけた後、お母さんは次にクリスさんへと話しかける。
「クリス兄様、お話は一方的に聞こえるでしょうけど、ブルーリング家としては精一杯の譲歩なんです。理由を聞けばきっとクリス兄様も納得してもらえるはずです」
「ルーシェ、そして話を聞いたら私は10年ブルーリングに軟禁かい?」
「それほど重大な秘密なのです。それこそ、この世界全てに関係するほどの」
「世界全て……また大きく出たね。分かったよ、どの道、このヴェラの街には元々ジェカ家と言う騎士爵家がある。そう遠くない内にグラン家はヴェラの街を追い出されるだろうしね」
「クリス兄様……」
「最悪は騎士爵を失って回復魔法使いとしてでも、一族の居場所は確保しないといけない。ふぅ……グラン家当主、クリス=フォン=グランとしてブルーリング家からの話を聞きましょう」
クリスさんは何処か諦めた顔で、ラバスは怒りと落胆の表情を見せながら交渉を始める事になった。
交渉は客間でお父さん、お母さん、クリスさんの3人で行っている。ボクはと言うと、万が一にも誰かに聞かれ無いようにするため、扉の前で辺りの警戒をする事になった。
隣には何故か仏頂面をしたラバスが立っている……
「おい、アルドは本当に無事なんだろうな?」
「……うん」
そう言うとボクは左手の薬指の指輪に魔力を通して”赤い光”を見せてやった。
「何だよ、その指輪は」
「これは絆の指輪。相手を想いながら魔力を込めると、生きていれば光を放つ魔法具」
「この赤い光が、アルドの無事な証拠って訳か」
「うん。アルドは元気。きっと直ぐに帰ってくる」
「……そうか。さっきはキツイ言い方をして悪かったな」
「ううん、大丈夫」
そうして1時間ほどの時間が経った後、お父さん、お母さんと一緒に青い顔のクリスさんが部屋から出てきたのだった。
クリスさんは部屋から出ると自分から旅支度を始め、直ぐにでもブルーリングへ向かうと言い出した。
朝になってから出発すれば良いと思うのだが、このまま朝まで家にいると一族の者がやってきて、強引に話をさせられる、との判断だそうだ。
慌ただしく準備を終え、逃げるようにヴェラの街を出たのが1時間ほど前の事である。
「ふぅ、もう少し進んだら野営をしましょうか」
「ええ、しかしこんなに急がせて申し訳なかった」
「いえ、素早い行動はこちらとしても助かります。明日は1日エルファス様が屋敷で待機してくれているはずですので」
「あのまま朝まで家にいれば、一族の者に無理矢理にでも話をさせられていました……それと、エルファス様と言うのは次々代のブルーリングの当主で……し、使徒様ですよね?」
「はい、見た目はアルド様とそっくりで、とても優しい方です」
「……アルド君……彼も使徒だったなんて……なるほど。使徒様のチカラがあれば、カシューの追手程度どうとでもなる訳だ」
クリスさんの言葉からは、アルドとエルファスへの畏れが含まれていた。
いきなり使徒だ、精霊の使いだ、と言われて混乱する気持ちも十分に理解できるだけに、誰もクリスさんを攻める事は無い。
結局、その日はヴェラの街から2時間ほど歩いた場所で、野営をして明日の朝に引き続きマナスポットを目指す事になったのだった。
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