第317話1年後のアルジャナ

317.1年後のアルジャナ






魔族の上位精霊グリムに飛ばされて、早いもので1年が過ぎてしまっていた。


「アルド、まだか?」

「もう少しですから待ってください」


「もう、これは焼けてるんじゃないか?」

「あ、メロウさん、触らないでください!」


そう言ってオレは肉をつついていたメロウの手を、少し強めにはたいてやる。


「邪魔をするなら、メロウさんの肉は1枚減らしますからね!」


そう言うとメロウは劇画調の顔になって、驚くべき速さで何処かに行ってしまう。


「もぅ、メロウさんは……」

「メロウじゃなくてもこの肉の匂いは暴力的だねぇ」


「そうですね。こんな所にマッドブルがいるなんて驚きました」

「僕達じゃあ、あの群れの中から1匹だけ仕留めるなんて絶対に無理だからね。これもアルドと一緒に旅をしている役得かな」


「僕だけの手柄じゃないですよ。解体はカズイさんがやってくれたじゃないですか」

「アルドに任せると、折角のお肉が勿体ないから……」


そう、カズイの言う通りオレの解体の腕は、ある所で止まってしまったのだ。

最低限、食える程度には解体出来るようにはなったのだが、やはりグロ耐性が無いオレには解体の深淵に到達するのは無理なのだろう。


「これが前にアルドが言っていたマッドブルの肉か。匂いだけでもパンが食べられそうだな」

「そろそろ焼けますから、ラヴィさんも手を洗ってきてください」


「ああ、そうさせてもらう」


そう言って身体強化の修行をしていたラヴィは、近くの小川へ手を洗いにいくのだった。






カズイ達とベージェを旅立って1年以上の時が過ぎた。

今はアルジャナの最西端であるイリルの街で、路銀を貯めてこれから始まる長旅の準備をしている所だ。


恐らくだが、ここから西には街は無い。

伝承にある端の見えない湖が海の事だとするなら、海を越えない限り次の街には辿り着けない事になる。


そして端が見えないと言う事は……向こう岸に500mの高さの山があったと仮定して水平線に隠れるまでの距離は約80キロ……

それに伝承には3日3晩歩いたとあった……実際には不眠不休で歩くのはは無理だし、中には老人や子供もいたはずだ……1日20キロ歩いたとして3日で60キロ……


おおよそだが大陸間の距離は60~80キロ、余裕をみて100キロと想定すれば大丈夫だろうか?

問題は距離が分かったとしても、100キロもの距離を空間蹴りだけで移動するのは……身体強化を使いながら半日の間、走り続ける。


オレは良いとしても、カズイ達は空間蹴りの魔道具を作ったとしても厳しいかもしれない。

どちらにしろ空間蹴りの魔道具にはミスリル線が必要になる。アルジャナでミスリルを手に入れるのは難しいだろう。


元々、フォスターク王国でもミスリルは希少な金属だったが、このアルジャナでは希少金属の類は殆ど採掘されないらしく、更に価値が高いのだ。

旅の途中での話だが、出会った時には気の良い男だったのにオレの腰にミスリルの短剣を見つけると、盗賊へジョブチェンジすると言う事案が後を絶たなかった。


オカシイと思いつつもその事に気付いたのは、ベージェを出て3ヶ月ほど経った後である。

それからは普段使いには鉄の短剣を使い、ミスリルの短剣は布を巻いてリュックに封印する事に決めた。


そうは言っても魔法具のミスリルナイフだけは、超振動用に急遽、使う可能性があるので、黒く染めて予備武器として右の脛に装備しているのだが。

そんな背景もあって空間蹴りの魔道具の制作は難しそうである。


しかし海越え……日本なら海辺には漁村もあるのだろうが、ここは異世界で魔物の脅威がある。期待はあまり出来ないだろう。

そうなると船を自作……一番簡単な船はイカダだとして、外海をイカダで100キロ……自殺行為だ、頭が悪すぎる。


本当にどうにもならない場合はこのイリルの街まで引き返して、オレだけで海を越える必要が出てくるのかもしれない。

どちらにしても1度、行ってみない事には分からない事ばかりではあるのだが。


それとフォスタークへの手掛かりだが、沢山の街を回って新しい物を幾つか見つける事が出来た。

やはり伝承は教会にしかなく、期待していた歴史学者のような者はこの世界にはいないらしい。


見つけた伝承は2つ。1つ目は魔族の国ティリシアの端から、精霊に導かれた旅が始まった、と書いてある文献を見つけたのだ。

フォスタークに帰りたいオレからすると、ティリシアを目指すのが最も効率的な気がする。


2つ目は直接手掛かりになる物では無いが、過去の精霊に導かれた旅では寒さに困った事は無かったそうだ。

最初に思ったとおり、この地は緯度が赤道に近いのかもしれない。


フォスタークに帰るには何処かで南か北に移動する必要がありそうだ。

こうなると、もっと真面目にフォスタークの星座を勉強しておけば良かった……本当に悔やまれる。


こうして一見、順調ではあるが、依然として不安だらけの旅を続けている。






「アルド、おかわり!」

「またですか。メロウさん、お腹壊しても知りませんよ」


「大丈夫だ。私は食べ過ぎで死ぬなら本望だ」

「それ全然、大丈夫じゃないですから!」

「メロウ、それで本当に最後にしないとダメだよ」

「そうだぞ。私も我慢してるんだからな!」


「……分かった」


メロウの絶対に分かってない“分かった“を聞きながら、野営の夕食は終わったのだった。



夕食を終えて暫くすると睡魔が襲ってきて、それぞれが適当な場所で体を横にしていく。

只一人、最初の見張りであるカズイだけは、焚き火の前に陣取り火の番を始めた。


見張りの順番だが、旅の間はずっとオレが一番最後である。

これはそのまま朝食を作れるようにと、メロウが言い出した事であり、特別な事が無い限りオレの見張りは一番最後が固定となった。


カズイとラヴィとしても、時間をかけて少しでも美味しい朝食を食べられるなら不満はないようだ。

この日も夜が明け、空が少しだけ明るくなり始めた頃にラヴィから起こされた。


朝食の準備には少しばかり早すぎるが、昨日の夜、朝食用にと焚き火へかけておいたスープを覗いてみる。

おぃぃぃぃ!つまみ食いを想定して多めを作っておいたはずなんですが……


スープは半分以下に減ってしまっており、マッドブルの肉に関しては2切れしか残っていない。

見張りを代わったばかりのラヴィは、オレに背を向け知らん顔で横になっている……そんなに早く眠れるはずがないだろうが!


「ラヴィさん?」


オレの呼びかけに一瞬、ビクッと体を硬直させたが、こちらを振り返る様子は無くバレバレのイビキまでかき始めた。


「ぐーぐー」

「……ラヴィさん。ラヴィさんのイビキはそんなに可愛くありません。もっと地面が揺れるような音です」


ラヴィはオレの言葉へ瞬時に反応を返す。


「そんなわけあるか!私のイビキは可愛らしいって、リースが言ってたぞ!」

「そうですか。では、そんな可愛らしいイビキをかくラヴィさんに、スープの事を聞きたいのですが……」


「あ……ず、ズルイぞ!私を嵌めたな!」

「ラヴィさんがつまみ食いを?」


ラヴィは諦めたようで、男らしく胡坐をかいて腕を組んで偉そうに話し出した。


「肉は1つ、スープは1杯しか食べてない!」


素直に白状しすぎる……コイツの顔は嘘を吐いてるヤツの顔だぜぇ。オレは何も言わずにライの顔をジッと見つめてやる。


「な、何だ……ほ、本当に私はそれだけしか……食べてないと思う……たぶん……きっと……」


やっぱり、こいつぁ、嘘を吐いてやがった。この”取り調べの鬼”と言われたぁ、アルド様にかかっちゃぁ、隠し事は通じないぜぇ。


「それで本当はどれだけ食べたんですか?」

「スープは1杯半……肉は1つと細かい歯切れを沢山……」


「ふむ、それだと数が全然合わないですねぇ。昨日の夜はかなり余分に作ったはずなので」


ラヴィは何も言わずに、マントにくるまって眠っているメロウを見つめている。

ヤツは何故かネコ耳だけは出しており、時々、ピクリと動いてとても可愛らしい。


ん? 耳が動く? もしかして……コイツ、起きてるんじゃないか? カマをかけてみるか……


「あー、ラヴィさんは自首したので許しましょう。でもメロウさんは朝ご飯抜きです!」


その瞬間、ヤツはここからでも分かるほど、ガクガクと震え始めたではないか。

終いには、グスグスと鼻をすする音まで聞こえてくる……マジか、泣くほどかよ。


これは……流石に少し可哀そうになってくる。


「あー、ちゃんと謝れば許すんだけどなー(棒)」


そんな言葉を吐いた瞬間、メロウは飛び起きて綺麗な土下座を披露したのあった。






「ふぁー、おはよう……」

「おはようございます、カズイさん」


「これ、どうなってるの?」

「ああ、ラヴィさんとメロウさんですか?」


「うん、何で2人共、正座してるの?」

「僕はいいって言ったんですけど、2人がやるって聞かなくて」

「アルドから反省する時は正座と聞いた」

「うむ、それに魔力で表面を覆えば大した事はない。これは中々、良い修行になる」


オレは肩を竦めカズイへ向き直った。


「見張りの時につまみ食いをしたみたいで、少し強めに言ったんですよ。そしたら2人共、正座を始めちゃって……」

「なるほど……そう言う事か……」


カズイはそれだけ言うと、ラヴィの横に移動していきなり正座をしだすではないか……


「え? あれ? なんで?」

「つまみ食いは正座なんだよね?」


お前もか!そんな3人に見つめられながら減った朝食を補充するために、オレはマッドブルの肉を焼いていくのだった。





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