第318話覚悟
318.覚悟
長旅の準備を始めて1ヶ月が過ぎ、2頭ではあるが目標だった馬を手に入れる事ができた。
ここから先は街が無いはずであり、全ての物資は簡単には手に入らない事が予想される。
念の為、特に重要な塩や保存食、雨具や防寒具を兼ねた予備の衣類、ロープの類は多めに持っていくつもりだ。
思えばフォスタークにいた頃は、馬の手配もローランドやセーリエに頼めば直ぐに用意してくれ苦労などした事はなかった。
お金を貯めて全て自分でやってみて、あれがどれほど恵まれた環境だったのかを改めて実感している。
無事にブルーリングに帰れたら、あの2人には改めてお礼をしようと思う。
「カズイさん、目標の馬も2頭ですがやっと手に入りました。後は必要な荷物を買い込めば何時でも出発できます」
「やっとだね。しかし、いきなりアルドが馬を買うって言い出した時はビックリしたよ」
「ここから先は、恐らく街はありませんから。しかも馬車が通れる街道もどこまで続いてるか分かりません……ですから馬には荷物を載せて、僕らは歩きの予定です」
「しょうがないね。山のような荷物を担ぐ事を考えたら、楽しみながら歩けそうだよ」
カズイ達には言ってないが、前にタメイから聞いた事がある。
馬は種族を越えて売る事が出来る資産であり、どうしようもない時には食べる事もできる、と……
無いとは思うが、心の片隅には覚悟しておこうと思う。
馬屋から宿への帰り道でカズイへ話かけてみた。
「カズイさん、後は買い出しだけなんですが、いつ頃出発しましょうか?」
「うーん。ラヴィもメロウもこの街でやる事は特に無いだろうし、何時でも良いんじゃないかな」
「じゃあ、準備に2日、休息に1日を充てて、3日後の朝でどうでしょう?」
「僕は問題無いよ。ラヴィ達にも伝えておくよ」
「はい」
こうして出発は3日後に決まった。取り敢えず明日からの2日間は、手分けをして買い出しに走り回る事になるだろう。
漏れがあると大変なので、今日の夜にもう一回カズイと必要な物資の洗い出しをしなければ。
残りの2名には、聞いても意味が無さそうなのでそっとしておこう。
実は出発の前に、3人には聞いておかなければいけない事がある。
宿での夕食の時に思い切って話してみた。
「皆さん、ここからは未知の旅になります。きっと危険な事も今までよりもずっと多いでしょう。本当に僕に付いて来るくんですか?」
オレが聞きたかったのは3人の覚悟だ。
今まではアルジャナ国内の旅であり、ハッキリ言ってしまえば帰ろうと思えば何時でも帰る事が出来た。
しかし、ここからの旅は違う。途中で帰ろうと思っても帰れない……
もしかしてカズイ達はこれから先、アルジャナの土を踏む事は無いのかもしれないのだ。
その事を分かっているのか……オレは3人の表情を覗いながら見つめた。
3人はオレの質問に驚いた後に、困ったような顔で口を開く。
「アルド、僕達もバカじゃないよ。この旅が片道切符になる可能性は分かってるさ」
「カズイの言う通りだ。私はアルドに弟子入りしたのだから、一人前になるまではアルドのいる場所が私の居場所だ」
「私はいろんな国の料理を食べたい!きっともっと美味い物があるはずだ」
どうやら3人はそれぞれの理由と覚悟?を持って、この旅に臨んでいるようだ。
であればこれ以上は野暮と言うものか。
「皆さんの気持ちは分かりました。そうであれは僕から言う事は何もありません」
考えてみれば、カズイ達も20歳になった。外野がどうこう言わなくても、自分の足でしっかりと立てる年齢である。
この話題はこれで終わり、残りの夕食の時間は保存食の話題へと変わっていった。
夕食を終えてオレ達の部屋に戻ると、カズイへ明日からの準備に付いて聞いてみた。
「カズイさん、荷物ですが、僕なりに必要な物をメモに纏めてみました。足りない物はありますか?」
「見せてみて」
必要な物資を書き出したメモを渡すと、真剣な顔で読み進んでいく。
「大きな漏れは無いと思うけど、幾つか気になる所はあるかな」
「どこですか?」
「アルドのソナーだっけ? あの探索魔法があれば、食事は現地調達が増えると思うんだ。調味料はもう少し多くても良いかもね」
「そうか、迷宮探索や主の討伐じゃないなら、そこまで保存食に依存しないのか……分かりました、香辛料をメインにもう少し増やします」
「迷宮に主? よく分からないけど……調味料だね。それとね、馬用の雨具も無いと荷物が……それと……」
お互いの知恵を出し合って必要な物資を書き出していく。
やはりカズイは、オレよりもずっと冒険者としての経験が豊富だ。
オレでは気が付かなかった所を、丁寧に埋める事が出来た。
「カズイさん、ありがとうございました。僕では細かな所で漏れが出る所でした」
「はは、いいよ。少しは先輩らしい所を見せとかないとね」
「そう言えばさっきの話なんですが、カズイさんがこの旅を続ける理由は何ですか? もしかして、アルジャナには帰ってこれないかもしれないのに」
「理由か……僕にはラヴィやメロウみたいな、しっかりとした理由があるわけじゃないんだけどね。ただ、見たいんだ……アルドから聞いた各種族の国や街を。それにドライアディーネに行けばドライアド様に会えるかもしれない…………なんてね。流石に精霊様に会えるわけないか。なに言ってるんだろ」
そう言って笑うカズイの顔を、オレは見る事が出来なかった……ブルーリングに来れば、普通にそこらを歩いてますが……
オレは喉まで出かかった言葉を呑み込むのだった。
それからの2日は手分けして物資を買い込んでいき、何とか全ての準備が完了した。
「お疲れさまでした。これで明日1日ゆっくりと休んだら、明後日の朝はいよいよ出発です。次はいつ休めるか分からないですから、明日は鋭気を養ってくたさい」
「分かったよ。因みにアルドは何をするの?」
「僕ですか? そうですね、僕はアルジャナ製の魔道具を見て回ろうと思います」
「魔道具を?」
「はい。僕は自分で魔道具を作るので、アルジャナの魔方陣に興味があるんですよ」
「え? アルドって自分で魔道具を作れるの?」
「まだ半人前ですけどね。この空間蹴りの魔道具も僕が自分で作ったんですよ」
「はぁ……アルドって何でも出来るんだね……」
「何でもは無理ですよ。買い被りです。と言う事で明日は魔道具屋を見て回ろうと思います」
「なるほどね。僕は何をしようかな。ラヴィとメロウはどうするの?」
「そうだな、私は武器屋を見てこようと思う。予備武器に丁度良い短剣が欲しかったんだ」
「私は勿論、食べ歩きだ。この街の名産を食べてくる」
ラヴィとメロウは明日の予定をしっかりと考えていたらしい。
こうなると何も無しはカズイだけとなるが……
「そうか。皆、予定があるんだね。じゃあ、僕はギルドに行こうかな。ここから西の魔物の種類を、分かる範囲で調べてくるよ」
こうしてアルジャナを発つ最終日は、それぞれが思い思いに好きな事をして過ごす事に決まった。
次の日の朝、オレは朝食を終えると早速、魔道具屋へ向かうために、宿屋の主人へ魔道具屋の場所を聞いてみた。
どうやらこの街には魔道具屋が2件と工房が1つあるらしい。
魔道具の工房……この情報を聞いてオレはワクワクが止まらなくなってきた。
やはりオレは魔道具を作るのが好きなのだろう。
宿屋の主人から工房の場所を聞き出すと、直ぐに宿屋を飛び出して最速で走っていく。
工房は街の外れにあり、辺りには大工の工房やら倉庫やらの建物がひしめき合っていた。
やはり街中ではこういった施設は音や匂いなど迷惑になるので、市街地から離して一カ所に集められているのだろう。
その中の魔道具工房らしき場所を覗いてみると、男が数人それぞれの机で魔方陣を刻んでいるのが見えた。
アルジャナの魔方陣……遠い昔のルーツは同じでも、これだけの時間があれば独自の進化を辿っているに違いない。
ハッキリ言おう、凄く見たい!
オレは好奇心の赴くままに、一番近くで魔法陣を刻んでいる男に声をかけた。
「すみません。実は僕も魔道具を作るのですが、少し見学させてもらえませんか?」
男は訝しげに振り向くと、オレの鎧姿を見て同業者ではないと判断したようだ。
「邪魔しなけりゃ良いぜ。後ろから好きに見てな」
「ありがとうございます!」
男はオレに興味が沸いたのか、手元の魔方陣を刻みながら振り向かずに話しかけてくる。
「なんだ、兄ちゃん。身内に魔道具屋でもいるのか?」
「あ、いえ、たまにですが自分で魔道具を作るんですよ」
「兄ちゃんが? その格好だと冒険者だろ? 魔道具を自分で作るのか?」
「前に少し習ったもので……おー、それってスイッチですよね。へー、アルジャナだとそんな形になるんだ……」
「兄ちゃんが習ったのは違うのか?」
「僕が習ったのはこうして、こうです」
「はっ? なんだこりゃ……いや、行けるのか……むしろこっちの方が小さく収まる……おい、兄ちゃん、ちょっとこっちに来てくれ」
「あ、はい」
そう言って工房の連れて行かれると、男は1冊の本を出してきた。
「これはオレが師匠から受け継いだもんだ。この本にはここらで使われてる魔方陣の種類が大体書かれてる。兄ちゃんの知ってる魔方陣と違いはあるか?」
「そんな貴重な物、僕が見て良いんですか?」
「ああ、大丈夫だ。今はオレの物だからな」
そう言って出された本には、男が言うように基本となる魔方陣が沢山載っていた。
どうやらアルジャナの魔方陣の方が、元になった物に近いようだ。
オレが教わった魔方陣の方が、書かれている物より洗練され小さく効率が良くなっている。
男の懇願するような視線に負け、オレの知っている魔方陣を教えてやった。
「こりゃ……兄ちゃん、お前何者だ……こんな魔方陣どこで……」
アルジャナの魔方陣でオレの利益になる物が無いのかと言うと、そんな事は全く無い。
どうやらアルジャナでは既存の魔方陣の効率化ではなく、新しい魔方陣の開発にチカラを注いできたようだ。
その結果、フォスタークには無い自動化の魔方陣を多数教えてもらう事ができた。
例えば温度。オレの家のエアコンは冷たい風は出るが、自動で動いたり止まったりは出来ない。
部屋が冷えれば自分でエアコンの魔道具を切らないといけないのだ。
しかし、アルジャナの魔方陣には温度の自動化の魔方陣があった。
この魔法陣を利用すれば、温度を設定して自動でオンオフするように改造が可能になる。
更に改良して、風呂も簡単に好きな温度で湧かせる事も出来るだろう。
こうしてオレと男はお互いに未知の技術を教え合いwinwinの関係である。
少し話した結果、念のためお互いに名は名乗らず、互いの詮索はしない事を約束して別れてきた。
明日の朝にはこの街を発つ事から、オレに害は無いだろうが技術は小出しにした方が良いと助言だけはしておいた。
きっと上手く魔法陣を使ってくれるだろう。
こうして各々が好きに過ごした休日も無事に終わり、いよいよ出発である。
「では行きましょか」
「ああ、行こう」「まだ見ぬ世界へ!」「未知の料理へ!」
言ってしまえば今までの旅はチュートリアルだった。
ある意味、人の領域を外れたここからが本当の旅の始まりである。気を引き締めて行かねば!
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