第319話西へ part1

319.西へ part1






イリルの街を西へ旅立ち、早い物で4ヶ月が過ぎた。

後1ヶ月もすれば年が明ける……そうすると飛ばされてから1年半もの時間が経ってしまう事になるのだ。最近は徐々にアシェラやオリビア、ライラの顔を思い出そうにも細部があやふやになってきている……


飛ばされて直ぐの頃はあんなにハッキリと思い描けたのに……きっと3人の中のオレの記憶も、徐々に劣化してしまっているに違いない。

言い様の無い寂しさと憤りに思わず涙が出そうになってくる。


「アルド、どうかした?」

「いいえ、何でもないです。もう少ししたら終わります」


「そう? それなら良いんだけど……」


ここらは冬でもそんなに寒くは無いが、流石に水浴びは辛いので交代で体を拭いているのだ。

焚き火を眺めながら体を拭いていると、不意にアシェラ達の事を思い出してしまった、と言うわけである。


今は帰る事だけ考えるべきだ、焦ればそれだけ判断を見誤ってしまう。

もうどれだけ自分に言い聞かしたか分からない言葉を反芻して、替えの服に袖を通し終わると全員を呼び寄せた。


カズイはオレの隣までやってきて、ワザと軽く話しかけてくる。


「さて、ここからどっちに向かおうか?」


イリルの街を出て1ヶ月を過ぎた頃から、既に街道と呼べる物は無くなっていた。

それからは道無き草原や荒野を、ひたすら西へ向かって歩いている。


そんな中で、このカズイの言葉はどういう意味か……実はこのまま真っ直ぐ西を目指すと、山にぶち当たってしまうのだ。

一応、山と山の間が抜けられそうなので完全な山越えとはならないだろうが、草原を行くのとはわけが違う。


一度、空間蹴りで上空から目の前の山脈を一望してみたのだが、だいぶ北の方で一カ所だけ途切れているように見えた。

このまま山と山の間を抜けるのが良いのか、だいぶ時間はロスするが北に迂回した方が良いのか……


「僕にはどちらが良いのか判断が出来ません……」

「それは誰にも判断できない事だから。こんな時はリーダーが独断で決めれば良いんだよ」


「独断ですか?」

「うん。誰にもどっちが良いか何て分からないんだから、リーダーのアルドが勘でも何でも決めちゃえば良いんだ」

「そうだぞ。私は戻る事になっても文句なんて言わないからな。安心して決めてくれ」

「うんうん。私もカズイやラヴィと同じだ。少し朝食のスープを多くしてくれれば、文句なんて絶対に言わないぞ」


3人の言葉に少し楽になった気がする。ただしメロウ、朝食のスープの量は変わらないからな。


「分かりました。今分かってるのは”北で山脈が途切れているように見える”って事だけです。であれば、このまま西へ向かって山越えをしようと思います。北に回っても、確実に西へ抜けられる保証はありませんから」

「そうだね、分かったよ」「よし、このまま山越えだな」「防寒着を用意しておいて良かった。流石に山越えは寒いだろうからな」


ラヴィとメロウだけじゃなく、カズイもこの1年半の間、ずっと身体強化の修行をしてきた。

勿論、ラヴィやメロウよりは拙いが、恐らくは母さんやナーガさんより少し下ぐらいの練度だと思う。


山越えで音を上げる事は無いだろうと見込んでいる。

問題があるとすれば、谷越えがあった場合だが……その時は馬をどう運ぶか……


カズイ達であれはオレが空間蹴りで順番に運べば良いが、馬は流石ににオレ一人で運ぶのは無理だ。

どうかそんな谷が無い事を祈りながら、山越えの準備に取りかかっていった。






結局、山越えの準備に2日をかけた。

今まで使ってこなかった防寒着を引張り出した所、虫が湧いていたので掃除と食料の確認にかなりの時間を取られてしまったのだ。


恐らくは山越えの途中に狩りをする余裕は無い。であれば山を西へ抜け終わるまでは、保存食に頼らざるを得ないはずだ。

干し肉と黒パンと言う悪魔のメニューではあるが、馬には4人で分けても充分1ヶ月は持つ量が積んである。


これなら余程の事が無ければ、食料が足りなくなるなんて事は無いだろう。


「では行きましょうか」

「分かったよ」「ああ、了解だ」「いつでも良いぞ」


こうしてオレ達は山あいに沿って歩き出したのだった。






かれこれ山越えを始めて4日になるが、遅々として進まない。

草原とは違い木が生えているのもあるが、街道があるわけでも無く1日で1キロしか進めなかった日もあった。


更に厄介な事に、やはり山の中は想定していたよりもだいぶ気温が低いのだ。

防寒具を着こみ寒さを耐えてはいるものの、これ以上気温が下がるのは流石にマズイ。


空間蹴りで上空から眺めると今いる場所は殆ど頂上に近いので、これ以上は下がらないとは思うのだが……

この寒さの唯一の救いは、魔物の姿を殆ど見ない事である。


たまに見かけるのはジャイアントスパイダーが繭にくるまって寒さを凌いでいるぐらいで、近寄らなければ特段危険は無い。

近づくと繭を破って襲い掛かってくるが、元々、雑魚な所に動きが遅くなっておりオレ達からすればどうとでもなる。


「食べられる魔物なら喜んで狙うのに……」そうメロウの声が響く通り、ジャイアントスパイダーには毒があるので食べられ無いのだ。

毒が無かったとして流石にクモは食べたくは無い所ではあるが……メロウなら食べるのだろうか?


「今いる場所が殆ど頂上です。山を下れば徐々に温かくなっていくはずですので、もう少し頑張りましょう」

「良かった。実は景色が変わらないから、本当に進んでるのか不安だったんだ。アルドが空から見てくれて助かるよ」


こうして声を掛け合って山を越えていく。

そして更に3日が経ち、想定していた最悪の出来事がオレ達の前に立ち塞がったのだった。


「アルド、これ……」


オレ達の目前には100メードはあろうかと言う深さの渓谷が、横たわっている。

対岸までの距離も同じ程度あり100メードはあるだろう。


「少し早いですが、今日はここで休憩にしましょうか」


オレの言葉に3人は微妙な顔で頷くのだった。

簡単な野営地を作り終わり、各々が焚火を囲みながら座るとカズイが口を開く。


「今回は流石に困ったね。アルドも馬を背負っては空を歩けないでしょ?」

「そうですね。空間蹴りで運べる物は精々100キロまでです。荷物や皆さんなら小分けにして運べますが馬は最低でも300キロ以上あるはずです。流石に無理です……」


「そうなると馬を捨てるか。別の道を探すか。そのどちらかになるね」

「防寒具は着てますし、4ヶ月前に街を出て残ってる保存食は大体1ヶ月分……他は塩とロープ、野営の道具ですか」


「色々と捨てる事にはなるだろうけど、4人で分ければ1人当たり10~20キロぐらいには減らせるかな」

「その時にはトイレ用の衝立なんかも捨てて行く事になるけどしょうがないのか」


ラヴィとメロウが微妙な顔をしているが、口を挟むつもりは無さそうだ。


「一番の問題はこの子達を捨てていく事ですか……」


カズイ、ラヴィ、メロウが辛そうに馬達を見ている。

この4ヶ月の間、この2頭は確かにオレ達の仲間だった。メロウなど密かに名前を付けて可愛がっていたほどだ。


これからも何があるか分からない以上、本音を言えば荷物を捨てたくは無い。

何かに急かされているわけでもない以上、こんなに急いで決める必要も無いはずだ。


オレはもう少し足掻いてみるために立ち上がった。


「どこか向こう側に通れる場所が無いか探してきます」

「分かったよ。簡単な物になるだろうけど、夕飯は3人で作っておくよ」


「助かります」


そう言ってオレは空間蹴りで空へ駆け上がって行く。

元いた場所を忘れないようにしっかりと目印を覚えて、どんどん高さを上げていった。


木の高さを越えて見下ろすと、山だけでなくここ等一帯の地形がハッキリと分かる。

どうやらさっきの渓谷は眼下に見える川の源流にあたるらしい。


遠い先には川が海に流れ込んでいるのが見える……ん? 海? あれ? 海……うみ!!!!!

全く意識から無かった海を見て、ちょっと感情の整理が出来ない。


海を見た嬉しさと、やっぱり伝承は海だった残念さ。それに今現在の困難である山越え。

近くの木の枝に降りて、オレが冷静になるには幾ばくかの時間が必要であった。


「ふぅ、ここを越えたら海までは平地みたいだな。川沿いに下れば迷う事もないだろうしな」


ふと思ってしまった。普通、登山で迷ったら頂上を目指すのは常識だ。

何故なら山の裾野は広く、安全に降りられるルートは空から確認でもしないと判断出来ないからである。


その点、山の頂上は1つしかない。体力は消耗してしまうが登り続ければ絶対にいつかは頂上に到達し、下山に必要な安全なルートが確保できるからだ。

であれば、もしかして空から確認して安全なルートを判断出来るのなら、沢沿いに下山するのが最適解なのではないだろうか?


勿論、沢の途中に滝や危険な場所が無い事が、大前提にはなるのだろうが。

そもそも安全な下山ルートなんて日本でもあるまいし、この山にあるのかも分からない。


オレは早速、川を山の上流へと遡っていく事にする。


ひたすらに川を遡っていくと1か所だけ10メードほどの滝があったが、近くに迂回路を見つける事ができ、沢を下るのに支障が無い事を確認できた。

直ぐに野営地に戻ると、メロウが泣きながら馬達の体を拭いている姿が眼に入ってくる。


「メロウさん、大丈夫です。馬も一緒に連れていけますよ」

「本当か?!本当にキキとククも連れていけるのか?」


どうやら馬の名前はキキとククと言うらしい。続けて呼ぶと舌を噛みそうな名前だ。


「はい。下山のルートも説明したいので、夕飯を食べながら話しますね」

「ああ、分かった!」


そう答えたメロウは花が咲くような笑顔を見せ、思わずドキリとしてしまったのは内緒である。






「………………って事で沢を下って移動していけば自然と下山出来るはずです」

「やっぱりアルドの空間蹴りは凄いね。下山のルートまで調べてきちゃうなんて……」


「今回は運よく見つける事が出来ただけです。それより川の下流に海が見えました。山を越えれば海まで数日で移動出来るはずです」

「海って前にアルドが言ってた凄く大きい湖の事だよね?」


「そうです。向こう岸は違う大陸……違う土地になるはずです」

「その土地にフォスターク王国があるの?」


「それは……分かりません。ただウィンドウルフやゴブリン、オークなど、フォスタークならどこにでもいる魔物がこの大陸では1匹も見た事がありません。恐らくゴブリンやウィンドウルフは迷宮から溢れても、この大陸では定着できなかったんじゃないかと思います。これは僕の勘ですが定着した順番が大きいんじゃないかと……」

「この土地では先にコボルトが定着したから、生息地がかぶるゴブリンは定着出来なかったって言いたいの?」


「そうです。なので向こうの岸に渡ってゴブリンやウィンドウルフ、オークがいればフォスタークは同じ大陸にある可能性が高いんじゃないかと思います」

「なるほどね。じゃあ、先ずは山を下って海?に向かおうか」


「はい!」


こうして沢に沿って山を下る事になったのだが、ここらの雨はスコールのような降り方をする。どうか数日の間、雨が降らない事を祈りながら沢沿いを下って行くのだった。






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