第320話西へ part2
320.西へ part2
予定通り沢を下るために、馬を渓谷の下まで運ばなくてはならない。
上げるのは無理だが下ろすだけなら馬に板を当てロープで縛り、重量物を降ろす要領で近くに生えている大木を利用して下ろしていった。
そこからは事前に調べてあったルートを3日かけて降りていき、とうとう延べ10日に及ぶ山越えに成功したのだ。
「雨が降らなくて本当に良かったです。アルジャナはスコールみたいな降り方をするので……」
「スコールが何かは分からないけど、雨が降ると一気に水かさが増えるからね。危なかったよ」
オレとカズイの隣ではメロウが歩きながらキキとククに話しかけている。
「良かったな、お前達。あんな場所で放置されたら死んじゃうもんな。おい、舐めるな。ハハハッ、くすぐったいだろ」
確かに鹿やヤギなら兎も角、馬をあそこに放置すれば高確率で死んでいただろう。
しかし、メロウがこんなに動物好きだったとは……肉は大好物なのに。
もしキキやククを食べる事になったらどうするんだろう、と意地の悪い事を考えてしまったのは秘密だ。
無事に山を越え、海まで数日で辿り着けると思っていた時期がオレにもありました……
海から半日ほどの距離に大きな森があったので迂回しようとした所、この森がマナスポットだと言う事に気が付いてしまったのである。
しかも、このマナスポット、オレが今まで見た中でも最大に近い大きさだ。
恐らくはゴブリンエンペラーを倒した魔の森と同じか、それよりも少し大きいかもしれない。
この規模のマナスポットの主……使徒じゃなくなって弱体化した今のオレに、倒せるのだろうか?
一通り悩んだ挙句、一度、海まで出る事を決めた。
海辺に安全な場所を確保して、カズイ達にはそこで待っていてもらう。
偵察ならオレだけが戻れば良い事だ。万が一、見つかっても飛べない主であれば、空間蹴りで簡単に逃げられる。
空を飛べる主だった場合は……その時に考えよう。
そうしてマナスポットの森を大きく迂回して、先ずは海に向かって移動していった。
カズイ達には使徒の件を話せていないので、適当な理由を考えないといけない。
本当は使徒の件も全て話したいのだが、今の関係が壊れる事が怖くて言い出せないでいる。
そう言えばライラもオレに何かを隠している様子だったが、これでは誰にも何も言えないな、と独り言を呟いた。
結局、色々と考えさせられたが、山を越えてから7日後の昼に、当面の目標である海へ到着する事が出来たのだった。
海に出て一番最初にやった事は、向こう岸を確認する事である。
地上からでは水平線しか見える物は無かったが、空間蹴りで空から見るとかなり遠くにハッキリと陸地が見えた。
感覚ではあるが、空間蹴りで登った高さと向こう岸に見える山の高さから計算してみるに、恐らく向こう岸までの距離は50~100キロぐらいでは無いだろうか。
100キロ……想定通りとは言え、簡単に渡れるような距離ではない。
どうやって渡るか……伝承にあるように精霊が海を割ってくれれば簡単なのだが、そんな精霊が現れる気配などある訳が無かった。
暫く自分なりに考えてみたものの、そんなに簡単に良い案など直ぐに出てくるはずも無く……結果、向こう岸に渡る方法は保留として、直近の問題であるマナスポットの偵察へ向かう事を決めたのだった。
早速、カズイにマナスポットを調べるため、森まで戻りたいと話してみる。
「すみません。ここに来る途中の森で、少し気になる事があるんです。本当に申し訳ないのですが、この洞窟で待っていてもらえませんか?」
実は海に到着して辺りを捜索した時に、丁度良い洞窟を見つけていたのだ。
範囲ソナーで調べても、近くには魔物の反応は感じられ無い。
カズイ達にはこの場所で待っててもらえると、非常に助かるのだか……
「森の横を通る時、アルドが珍しく緊張してたから何かと思ったら……僕達では危ない何かがあるの?」
オレは何も言葉は発さずに、ゆっくりと頷いた。
「分かったよ。アルドが言うなら本当にそうなんだろうしね。ただ絶対に戻って来ないとダメだよ。危なくなったらちゃんと逃げてね」
「分かりました。恐らくあの森には、ベージェのファングウルフよりも強い魔物がいるはずなので、戦うつもりはありません。本当に見てくるだけです」
「あれより強いって……アルド、絶対に見に行かないといけないの? このまま放っておけば良いんじゃない?」
「そう言う訳にも行かないんです……ただ、今回は本当に偵察だけです。戦うつもりは無いので2~3日で戻れるかと」
カズイは納得してない顔だが、それ以上は言ってこなかった。
恐らくはオレの真剣な様子に、配慮してくれているのだと思う。
こうして悪魔のメニュー5日分をリュックに詰め込んで、オレはマナスポットへ向かって歩き出すのだった。
カズイ達の下を発って、昼前には森の手前に到着した。
どうやら身体強化をかけて走れば、2時間もかからない距離だったようだ。
今いる場所は森から少し離れているが、ここから10メードも進むと領域が始まっている。
この距離で気付かれないとは思うが、念のため、気配を殺してゆっくりと領域の中へ入っていく……
領域に入ると一息に森の手前まで走り、大木の影に身を隠した。
それから15分ほど気配を殺して隠れているが、特に異変は感じられない。
次に空間蹴りを使い木の枝に飛び乗ると、極力音を立てずに森の中心を目指していく。
本当は範囲ソナーを打てれば早いのだが、今は相手に気付かれるリスクは絶対に負いたくない。
あくまで今回は偵察なのだ。
このマナスポットにはどんな主がいるのか、どれほどの脅威なのか、分かる範囲の情報を仕入れる事に集中する。
流石に過去最大級のマナスポットだ。夕方から中心を目指して進んでいたが、探索しながらでは夜になっても主の下へは辿り着けなかった。
魔の森の大きさも考慮すると後、数時間は進む必要があるのだろう。
但し、これは予想通りであり、オレは悪魔のメニューを齧りながらハンモックを編んでいく。
今日は木の上で野営をして明日の朝になったら、改めて進むつもりである。
オレの予想では警戒しながら進んでも、恐らくは明日の昼前には森の中心であるマナスポットに到達出来るはずだ。
そこに主がいてくれれば良いが……どちらにしても充分に警戒しながら進むしか方法はない。
なるべく音を立てずに、辺りに意識を割きつつ眠りに落ちていった。
次の日の朝、太陽の眩しさに目を覚まし、辺りを眺めてみる。
特に昨日と変わった様子は無いが、強いて言えば昨日より少し寒いだろうか?
マントを被りなおして、朝食である悪魔のメニューに齧りついた後、改めて気合を入れ直した。
当然ながら主は必ずマナスポットの隣にいるとは限らない。今、この瞬間に主と遭遇してもおかしく無いのだ。
1人である気楽さと心細さを噛み締めながら、慎重に森の中心へと進んで行った。
そのまま進んで行くと、森が唐突に開けて広大な広場になっている……中心にはマナスポットと巨大な主の姿が見えた。
竜種……真っ白な体に以前、戦った風竜と同じような姿……要は西洋のドラゴンでは無く日本の伝承に出てくる龍のような姿だ。
そんな主はマナスポットの隣でとぐろを巻き、身じろぎ1つせずその圧倒的な存在感を示し続けている。
オレはその威容を見た瞬間、これほど早く動けるのか、と自分で驚くほどの早さで大木の影に身を翻した。
暑くも無いのに汗が噴出し、心臓が早鐘のように鳴っている。
竜種の主だと? しかも、この大きさのマナスポットの主……戦うなんて自殺行為だ。
例え今ここにエルとアシェラがいたとしても、討伐する事は難しいだろう。
どうしても倒す必要があるのなら、遠距離からコンデンスレイの狙撃でワンチャンあるかどうか……
そんな考えが頭をめぐるが、どちらにしても今は早急にこの場から立ち去るべきである。
頭を振って出来るだけ冷静になり、逃げようと足にチカラを入れた所でいきなり声が響き渡った。
『何用だ? 人ではあるようだが……姿を見せろ」
声は間違いなく主の方から聞こえる。直ぐにでも逃げ出したいが、相手が風竜では空間蹴りでも逃げられない。
どうしよう、どうしよう……竜種の主とか反則だろうが!しかも人の言葉を話すなんて……
思考は自分でも驚くほど回るが、この窮地に役立つ様子は全く無い。
『どうした? 早く姿を見せぬか、人よ』
本来なら一か八かでも逃げ出すべきだったのだろう。しかし、何故かその声音には、優しさが含まれているように感じられてしまった。
結果、オレは身を固くしながらも大木の影から出て行く、と言う暴挙を犯している……
『確かに人の子ではあるが……むぅ、お主、何か持っているな……』
オレが何を持っていると言うのだろうか。悩みの種なら抱えきれないほど持っているが。
主は鎌首をもたげつつ、尚も言葉を続けて行く。
「わ、私が何を持っていると言うのでしょうか?」
『お主から強い魔物の匂いがするぞ……その匂い、証か……どこぞの主か知らんが、証を奪ってきたな。なるほど、人の子よ。我からも証を奪いにきたと言う事か……』
え? ちょっと、待って。確かに奪えれば嬉しいとは思ってましたけど、友好的な雰囲気から一転するのはちょっと違うと言うか……
出来れば平和的に言葉で解決したいんですが? ダメでしょうか?
「ちょ、ちょっと、待ってください。話を聞いてください!」
『問答無用だ!』
そう叫び主は、オレを丸呑みしようと大口を開け襲い掛かってきた。
すかさず主の攻撃をバーニアを吹かして避けてやる。
これだけの大きさのマナスポットだ……恐らく前に戦った風竜よりも数段強いのだろうが、不思議な事に主の動きはだいぶ遅いような気が……
主の全力がこの程度の速さなら、バーニアを使えば楽に逃げられそうである。
であれば……ブレスに気をつけながらも空に駆け上がったてみると、何故か主は追ってこず地上からウォーターカッターの魔法を撃ってきた。
ん? 水の魔法? 風竜の主のくせに水? しかも何で追って来ない?
頭に?を浮かべながら、思わず主を見つめてしまう……すると、今度は魔法では無く声が飛んできた。
『お主、空に逃げるとは卑怯であろう!降りて来て正々堂々と戦え!』
え? あれ? 風竜の主さんですよね? え?
オレはマジマジと主を観察して大きな勘違いに気が付いてしまった。
「お前!白蛇か!竜種じゃ無いじゃん!騙された!」
『ば、バカか、お主!竜種と言えば魔物じゃろうが!我は遠い昔に精霊様からこの地を任された「白蛇のハク」じゃ!魔物と一緒にするで無いわ!」
あー、そう言えばアオが世界中のマナスポットの半分を魔物に汚染されたって言ってたよなぁ。逆に考えれば残りの半分は瘴気に侵されていない動物が主って事になるのか……
コイツはその動物の主の内の1匹って事かよ、紛らわしい!
「あー、白蛇さん。僕は敵じゃないです。ちょっとお話しませんか?」
『は? 竜種じゃないと分かった途端、急に態度がデカくなりおって!お主のようなヤツと話す事なぞ無いわ!バーカ、バーカ』
この野郎……下でに出てれば良い気になりやがって……コンデンスレイで焼いて蒲焼にするぞ!
こうして魔物では無い主との、初となる邂逅が始まったのだった。
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