第36話遠征 part6
36.遠征 part6
眠りからゆっくりと覚醒していく。
(ここはどこだ?)
周りを見渡し、ここが馬車の中である事に気が付いた。
母さんやエル、アシェラはどこだ……
黒ゴブの首は叩き落としてやったから無事なはずだ。
自分1人しかいない馬車から外に出ると、外はまだ暗く空がボンヤリと明るくなる所だった。
一瞬、朝か夕方か判らなかったが、夕方なら人がいないのはおかしい。
きっと今は早朝で皆はベッドの中なのだろう。
オレ達の天幕に移動し、中を覗いた。
母さん、エル、アシェラが眠っている。
家族を守れた……皆の寝顔を見て、やっと実感できた。
皆を起こさないように、そっと天幕から離れる。
近くの木の根元に座り、昨日の黒ゴブとの戦闘を思い出す。
あの戦いに勝てたのは本当に運が良かった。
黒ゴブの攻撃を躱しきれた、ソナーの魔法で状態を知れた、第3部隊が魔力を削ってくれていた、そして何よりコンデンスレイの魔法を当てる事ができた。
黒ゴブの攻撃は確かに見えていた。
ただし1回でも掠っていれば、きっと立場は逆になっていただろう。
それだけの膂力を黒ゴブは持っていたのだ。
攻撃を掠る事さえ無く倒す事ができたのは、間違い無く運によるものだろう。
まだ練度が足りないソナーが、黒ゴブに効いたのは助かった。
3回のソナーで黒ゴブの状態が知れたのも大きかった。
今回の戦いではソナーの可能性が知れたのが成果かもしれない。
第3部隊が黒ゴブの魔力を削ってくれていなければ、ヤツが魔力を纏い最悪コンデンスレイを防がれたかもしれない
顔も知らない彼等の助力には心からの感謝をしたいと思う。
コンデンスレイ……正直、欠陥だらけの最強魔法である。
光を凝縮して放つため、簡単に反射するのだ。鏡は当然として磨かれた鎧でも反射する。運が悪ければ撃った瞬間に自分が蒸発してしまう。
煙や蒸気にも光が拡散して威力が著しく落ちる。
全力での発動には溜めが30秒ほどの時間が必要だ。実戦の中での30秒は長すぎる……今は5秒削るのを目標にしているが難しいだろう。
後は魔力消費が多すぎる……1発で魔力枯渇になるのは流石にキツイ。
しかし、短所も多いが長所も沢山ある。
まずは弾速だ。光の魔法の特性ゆえ1秒で地球7周を回る。撃ってから躱す事は不可能だ。
次に黒ゴブの首を切った光の剣だ。2秒の照射時間は果てしない可能性を感じさせる。
後は圧倒的な攻撃力。4000℃に耐えられる生物は恐らくだが……いない。
ただし、この世界には魔力がある。
魔力を防御に注ぎ込めば止められる可能性がある事は忘れないようにしなければ。
オレはこの欠陥だらけの最強魔法をいたく気に入っていた。
当てさえすれば確実に勝てるというのは、今回の黒ゴブとの戦いを終えると一番重要なのだと思えるからだ。
弾速、汎用性、攻撃力を考えると、このコンデンスレイを基軸に戦術を組み立てようと思う。
後は……短距離転移をどこかで覚えたいのだが。
木にもたれ掛かりながら、そんな事を考えていた。
先程から視線を感じる。
敵意は無さそうだが尋常じゃない熱意に肌がピリついてくる……
なんだ、このプレッシャーは……どこかのニュータイプの如きプレッシャー。
オレはそっと視線を感じる方を見ると、誰かが木の陰に隠れるのが見えた。
ガン見はマズイ……顔を前に戻しながら考える。
(今のってライラ隊長だったよな……)
しっかりとは見えなかったが、恐らくはライラ隊長だと思う。
(何か用か?もしかして監視か?黒ゴブでの戦闘は少しやり過ぎた。警戒されたとしてもおかしくは無い)
無視して後が面倒なのはマズイ。
(しょうがない……こちらから声を掛けてみるか)
重い腰を上げてライラ隊長の方へ移動した。
「ライラ隊長、何か御用ですか?」
……何の返事も無い。
オレはしょうがなくライラ隊長が隠れてる木に近づいていく。
「ライラ隊長ですよね?どうしたんですか?」
オレは声を掛けながら木に近づいた。
木まで、あと3歩と言う所で、ライラ隊長が木陰からやっと出てきた……
顔を俯き、肩を震わせている……ヤバイ何だか分からないがメッチャ怒ってる。
オレは一気に警戒LVを上げて咄嗟の場合に備えた。
ライラ隊長は顔を俯かせたまま何かを渡してくる。
紙?……便箋?封筒?何かの命令書なのかも知れない……
オレはその紙を受け取ると、ライラ隊長は最後まで顔を上げずにそのままどこかに走り去っていく。
(これは何だ?命令書?もしかして果たし状?!)
紙を見ながらアレコレ考えてみる。
(読みたくねーーーー!嫌な予感しかしねーーーーよ!)
しかし読まない事には埒が明かない。
オレは大きな溜息を1つ吐き、便箋を開け中の紙を読み始めた。
ラフィーナは周りの気配で眼を覚ました。
最近はたるんでいるが、昔はもうすぐA級に届きそうなB級冒険者だ。
周りの気配で起きる程度は造作もない。
天幕の外に人がいる。
枕元に置いてある杖をそっと手繰り寄せた。
「ラフィーナ、すまない。話がある……」
気を使っているのだろう。小さく声を掛けてくる。
「ライラ隊長?」
「そうだ、少しで良い、話を聞いて貰えないだろうか?」
「分かりました。少々お待ちください……」
「すまない……」
違和感を感じながらも身支度をし、天幕から出た。
「ちょっと人がいない場所に移動したい……良いか?」
「はい、お供します……」
人がいない場所と聞いて一瞬、身構えたがライラが自分を害する理由が見当たらず、移動を了承する。
ライラはキャンプ地からさほど離れていない、見晴らしの良い場所で立ち止まると、ゆっくりと話し出した
アルドは頭を抱えていた……こう見えて、この世界有数の頭と自負している。
四則演算は当たり前、三角関数、微分積分、物理に化学、生物だってこの世界の人間よりは1枚も2枚も上だ。
しかし、解けない難問に当たった数学者の様に、1枚の紙を見つめて固まっていた。
どれくらいの時間、そうしていたのだろうか……アルドは電池が切れたロボットのように立ち尽くし、動く気配はない。
アルドがフリーズした、手紙の内容は……
アルドきゅん☆へ
わたしのハートはドキドキ♡MAX
揺れる思いは星空みたい☆彡
私とアナタ、アナタと私、2人の想いは無限大∞
奇跡の魔法がお星さま☆
お日様ラブリーお星さまキスミー☀
アナタの心にフォーリンラブ
ゴブリン、ごぶごぶ
明日はのんのん
星空MAX無限大☆♡∞
分かってほしいのドキドキ♡MAX
ライラの心はフォーリンラブ
アナタのライラたん♡より
(これは何だ……オレはどうすれば良い……)
先程から何十回読んだか分からない。
しかし、この手紙の只の1つすら理解ができないのだ。
1つだけ言える事は、1回読む毎にアルドの大事な何かがゴリゴリと削られていく……
そうしていつしか、オレは考えるのをやめた。
ライラはラフィーナに向き直り話し出す。
「初めてなんだ。こんな気持ちは……」
「はい?」
「諦めたくないんだ」
「はぁ……」
「どうか許してほしい!」
「何を?」
「お母様!」
「……」
「頼む!」
「あー、隊長……」
「隊長なんて!ライラと呼んでほしい!」
「じゃあ、ライラ……お母様って何の事?」
「アルドきゅん☆と結婚したら、ラフィーナはお母様になるじゃないか!」
「……」
「いやぁ、ラフィーナ……いや、お母様が結婚を許してくれて嬉しいよ!」
「……」
「ちょっとだけ年が離れてるが、愛があれば関係ない!」
「おい……」
「戻ったら、すぐに結婚式をしよう!あ、ドレスが間に合わないか……」
「おい……テメェ……」
「子供は2人は欲しいなぁ……」
「ダマレ!アルドは10歳よ!アンタもうすぐ40歳でしょうが!!何言ってるのよ!早ければ、お婆ちゃんでしょうが!」
ラフィーナは一息に言い切った。
ライラは驚いた顔を一瞬、浮かべてから真面目になって話し出す。
「ラフィーナ……」
「隊長……正気に戻ってくれたんですね」
「初夜は今日でも良いだろうか……」
「死ね!外道が!!」
ラフィーナが本気の魔法を放つ。
しかしライラも魔法師団 第2小隊長までになった人物だ。簡単には倒れない。
「魔法障壁だ、私の障壁を抜けると思ったか!」
「この腐れババアが!死にさらせ!」
「ラフィーナ。地が出てるぞ。その言葉遣い、昔のようじゃないか」
「うるせぇ!行き遅れババアが!」
魔法よりラフィーナの言葉にショックを受け、ライラは崩れ落ちた。
「い、行き遅れ……やっと、アルドきゅん☆と巡り会えたのに……」
「……」
「本当は分かってたわよ……」
「……」
「ちょっとだけ年の差があるって事は……」
「こいつ……」
「でもしょうがないじゃない!好きになったんだもの!!」
「……」
「初めてなのよ……こんな気持ち……」
「……」
「……」
「隊長……」
「……」
「どうしようも無いですが、もし隊長がアルドより年下だったとしたら私は応援してましたよ……」
ライラがゆっくりと立ち上がる。
「ふぅ、ラフィーナごめんなさい。もう大丈夫よ」
そう言うライラの顔は何か吹っ切れたようだった。
「そうですか……隊長」
ラフィーナはそう返すのが精一杯だった。
(言質は取ったぞ。ラフィーナ……ククク)
ライラは心の中で勝ち誇る。
遠征軍は結局、想像以上の損害に帰還する事となった。
帰りの道中での事。
「アルドきゅん☆はい、アーン」
アルドにお菓子を食べさせようとするライラがいた。
「あ、どうも……」
あの手紙も意味不明なら、この態度も意味が分からない。
「オバサン。アルドに近すぎ、もっと離れる」
アシェラがライラ隊長とオレの間に入ってきた。
「ガキはあっちで遊んできたら?」
ライラ隊長とアシェラの仲がおかしい事になっている……昨日までは普通だったはずなのに……オレはこの空気を何とかしようと会話を探してみた。
「ほらほら、2人共、綺麗な顔が台無しですよ~もっと笑ってほしいな~」
「まあ!綺麗なんて!アルドきゅん☆ありがと♡」
「アルドありがと……」
2人が赤くなった……解せぬ。
「アルドきゅん☆はどんな女の子が好みなのかしら?」
「好みですか……特には」
「年とか色々あるじゃない」
「年ですか……年下はかわいいですね。 クララとか」
オレの言葉に空気が凍った。
ライラ隊長は何かぶつぶつ独り言を呟き、アシェラは俯き拳を握りしめている。
オレは耐えられなかった……なんなんだこの空気は。
「ちょっと偵察してきます!」
そう言ってその場を離れるしかなかった。
ライラとアシェラの企み
「小娘……アルドきゅん☆は年下が好みらしいわね」
「私は範囲内。オバサンとは違う」
「ハッ2歳!2歳も上なのに範囲内!小娘は数も数えられないのかしら」
「くっ……」
「小娘、聞きなさい。私は領内に戻ったら魔法師団を辞めて旅に出るわ」
「旅?」
「そう、それで若返りの霊薬を見つけてくる」
「若返り!」
アシェラが若返りの言葉にこれ以上なく食いつく。
「そう、若返りよ……それを飲めばアナタも年下……」
「何が望み?」
「話が早くて助かるわ。私がほしいのは第2夫人の席よ」
「第2夫人……」
「アナタがアルドきゅん☆の夫人の席を狙ってるのは分かってるわ。幼馴染はかなりの強カードだしね」
「……」
「霊薬の対価は、私の第2夫人になるための支援と許可よ」
「それは許さない」
「あら、じゃあ霊薬の話は無しね」
「くぅ……」
「幼馴染ほどじゃなくても、年下のカードも中々の強カードよ……」
「……」
「私は将来現れる誰かと交渉する事にするわ」
「待って……」
「ん?」
「分かった。第2夫人は認める。支援もする」
「話が分かる子は好きよ」
「……」
「じゃあ仲良くしましょ、第1夫人殿」
「分かった……」
アルドの知らない所で恐ろしい企みが進んでいたのであった。
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