第34話遠征 part4
34.遠征 part4
遠征3日目の夜。
全員がキャンプ地の広場に集められた。
「遠征軍 第1部隊長ゲイツだ。今回、集まってもらったのは気が付いている者もいると思うが、4つの部隊の内、第3部隊がまだ帰らない」
ゲイツ部隊長の言葉に動揺が走り、辺りから仲間を心配する声が聞こえる。
「第3部隊は北西の担当だった。明日の朝まで待って帰らなければ現状の隊を、そのまま捜索隊に移行する」
オレ達は独立部隊のままという事らしい。
「では各自、休憩を取って英気を養ってほしい。解散!」
母さんの顔色を見ると明らかに動揺していた。
「母様、どうしたんですか?」
「……」
「母様?」
「第3部隊の部隊長はライラ隊長よ……」
母さんの言葉にオレ達は、何も言えなくなってしまった。
「取り敢えず天幕に戻りましょうか」
「「「はい」」」
天幕に戻るまでに誰も何も話さないが、恐らくは同じ事を考えているのだろう。
オレは意を決して話し出した。
「母様、朝からの捜索に参加しましょう」
「アル、ライラ隊長は手練れよ。きっと大丈夫よ」
「そうですか……」
「ええ、きっと直ぐに戻ってくるわ……」
そのまま会話が途切れてしまう。
何とも言えない重苦しい空気の中で夜は更けていった。
遠征4日目の朝。
次の日の朝になっても第3部隊は帰ってきてはいない。
オレは昨日、言った言葉をもう一度、母さんへとはなした。
「母様、ライラ隊長を探しにいきましょう」
オレの言葉にエルとアシェラは賛成のようで、気合の入った顔を母さんに向けている。
「捜索には参加しないわ……」
「母様、何故ですか?」
「危険だからよ」
「オレ達なら問題ありません」
「アル、驕らないで。初日のゴブリン程度は、中堅の騎士や魔法使いなら誰でも倒せるの。10歳の子供だから驚かれただけなの」
「驕ってません。あの程度はエルやアシェラでも、余裕なのは分かっています」
「ハァ……アル。ライラ隊長は魔法使いの中でも上位の手練れなの。その隊長が戻らないって事が、何を意味するか分かる?」
「ライラ隊長でも敵わない敵がいるって事ですか?」
「そうよ。ライラ隊長が勝てない敵に対して、私はアナタ達の安全を確保する自信が無いの」
「……」
「アル、お願いだから分かって」
「分かりました……」
「ありがとう。今日はキャンプ地で1日、待機にしましょ」
「「「はい……」」」
こうしてオレ達はキャンプ地で、魔力操作や魔力変化を修行する事になった。
キャンプ地の端で修行をする。
「エル、魔力共鳴しようぜ」
「分かりました」
「じゃあ手を出してくれ」
「はい、兄さま」
手を繋ぎ、魔力共鳴をすると……オレの成果がエルへ、エルの成果がオレへお互いの魔力を使った技術が、より高い方へと標準化される。
「兄さま、僕、回復魔法が使えるようになりました」
「それ覚えるの、本当に苦労したんだからな!」
「はい、ありがとうございます」
「うむ」
「あと、ソナーも使えるようになりました」
「それも、大変だったんだからな!」
「ありがとうございます」
ライラ隊長でも敵わない敵がいる以上、少しでも戦力を上げた方が良い。
オレもエルの成果を貰って魔力操作の練度が一段上がったみたいだ。
遠征軍野営地の端でオレは短剣を投擲して引力の魔力で戻していた。傍から見ると遊んでる様に見える事だろう。
その通り!実際に遊んでいるのだ。
投擲した短剣をどうやって戻すのがカッコイイのか……オレは今、真剣に悩んでいる。
「エル、アシェラ……」
「何?」
「何ですか?」
「短剣を戻すのって回転させながら戻した方がカッコイイよな?」
「ボクは真っ直ぐの方がカッコイイと思う」
「僕は兄さま派です。ただ回しすぎは恰好悪いかも」
短剣の戻し方を真剣に話しあうオレ達を、母さんは苦い顔で見ていた。
そんな弛緩した空気の中にありながら、突如 森の中から血濡れの騎士と魔法使いが1人……2人……5人が出てくる。
「アナタ達、どうしたの!?」
「私達は第3部隊です……治療を……お願いします……」
「エル!見張りに第3部隊の生き残りが帰ってきたと伝えて」
「はい!」
母さんの言葉を受けて、エルが弾けるように走りだす。
「アナタ達、怪我が重い人から治療するわ。誰から?」
「すみません……こいつが一番酷いです……」
一番酷いと言われた人は脇腹を怪我したのか脇腹から下を真っ赤にしながら青い顔で倒れている。
「分かったわ、もう大丈夫よ。頑張ったわね!」
「オレ……助かりますか?」
「当たり前じゃない!」
「そうですか……何故か…すごく寒いんです…」
母さんは話をしながらも脇腹の傷を治療していく。
しかし血が足りないのだ。傷は治っても血が足りないためか、騎士に回復の兆しはない。
「傷は治したわ」
「良…かっ…た……」
そう言って騎士は意識を失ってしまう。
「母様、血です。血が足りないんです」
「血?でも、どうすれば?」
今から血液の働きなんか説明してる余裕はない。オレがやるしかないのか……
「僕がやります」
「アンタ、何を……」
オレは騎士の足の下に荷物を起き、足を上げさせる。
上手くできる自信もない。出来たとしても間に合うかも分からない。取り敢えずの保険だ。
オレは騎士の胸に手を当てた。まずはソナーで体の中を調べる。
心臓が悲鳴を上げている。やっぱり血が少ない。
そのまま回復魔法をかけていく。
血が増えるイメージ、輸血だ。血が1滴、もう1滴、さらに1滴……
どれぐらい、そうしていたのだろうか。オレは誰かに手を握られて驚いて目を開けた。
目の前の騎士がオレの手を握っている……先程と違い、顔に赤みがさして健康そうな顔でオレを見ていた。
「ありがとう……君が助けてくれたんだろ?」
「あ、いや、母様が回復魔法を……」
「君の手から温かい何かが流れてきたのが分かったよ」
「温かい……」
「ああ。あんなに寒かったのに、今は暑いくらいだ」
騎士は人好きがする笑顔でそう言った。
それからは残りの負傷者を母さんが治療していく。
「アナタ達、何があったの?ライラ隊長は?」
治療しながらの母さんの言葉に、騎士や魔法使いは苦い顔を見せた。
「ゴブリン……ゴブリンの巣がありました」
「ゴブリン?ライラ隊長がいてゴブリン程度に後れを取ったの?」
「オレ達も最初はゴブリンの巣と甘く考えていました。だから巣を潰す事にも賛成したんです」
「……」
「作戦はライラ隊長が大魔法を撃ち込んで、残りを殲滅する手はずでした」
「それで?」
「実際にライラ隊長が大魔法を撃ち込むと、予想通り半分以上のゴブリンを倒すのに成功したんです……」
「……」
「でも、アイツが出てきました……身長は普通のゴブリンの2倍以上、黒い体に大剣を持っていた」
「……」
「アイツはオレ達を見ると一気に近づいて、騎士の1人を真っ二つにしたんです」
「……」
「ライラ隊長は即、撤退の指示を出しました。でも、遅かった……」
「……」
「なんとか隊を維持しながら撤退したんですが、アイツの攻撃に1人、また1人と減っていき……」
「……」
「そんな中、ライラ隊長がアイツの注意を引いて囮になってくれたんです」
「……」
「そのおかげで消耗はしていましたが、なんとか逃げてここまでたどり着けました」
「……」
「あの黒いゴブリンですが……あの強さと伝え聞いている姿からゴブリンキングではないかと……」
「そう……」
第1部隊、第2部隊、第4部隊は第3部隊の捜索に出て、今この野営地にまともな戦力は無い。
しかしライラ隊長が逃げ延びているのとするなら、当然ながら自分の陣地に向かうはずだ。
オレの考えが正しかったというように、森のすぐ傍で何かが爆発するような音が響く。
「来るわよ!」
母さんの声が響き、森からは血濡れのライラ隊長が飛び出してきたのだった。
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