第135話受け継ぐモノ

135.受け継ぐモノ




雪が舞う中王都のブルーリング邸へ到着した。

体に付いた雪を払い、馬から荷物を降ろしていると爺さん、父さん、クララ、そしてマール、ファリステア、アンナ先生、ユーリ、が飛び出してくる。


どうやら食事中だったようでクララは片手に白パンを握っていた。


「ラフィ、アル、エル、アシェラ、良く無事で……か…えって……」


父さんがオレ達の無事を喜ぼうとした瞬間、アシェラの左腕が眼に入ったのだろう。

酷く痛ましげにアシェラの左腕を見てから告げた。


「……大まかな報告は聞いているが色々、聞きたい事もある。食事をしながら話そう」

「ええ。分かったわ」


急遽、オレ達の分の夕食も用意され席に着く。

オレはアシェラの左側に座る。片手では上手く食べられないのでオレが補助をする為だ。


報告は母さんが行った。オレ達は聞かれた事を話す程度で殆ど出番は無い。

オレはと言うと、ここ1週間ほど毎日行っているアシェラの左腕代わりになっていた。


フォークで肉を刺し口に運ぶ。サラダは自分で作った箸を使い口に運んでやる。

勿論、合間に自分の食事も勧めていく。


クララなど母さんの話よりオレ達の食事を夢中になって見ていた程だ。

因みに母さんの報告では”使徒”の件は伏せていた。この場には少し人が多すぎる。きっと後で別に話をするのだろう。


母さんは30分程で一通りの話を終えた。ここからは執務室へと移動する様だ。

オレとアシェラも付いて行く。エルも付いてこようとするのをオレは止めた。


「エル。お前は良い。それよりマールへ大事な話があるだろう」


爺さん、父さん、は何かを察しているのかオレ達を一瞥しただけで何も言わずに執務室へと歩いて行く。


「……分かりました」


エルは覚悟を決めた顔でマールへと向き直る。


「マール……話があります。僕の部屋へ来て貰えませんか?」

「はい……」


いつもと違う雰囲気を感じたのかマールは固い表情でエルへ返した。


「じゃあ、オレ達は行く」

「はい……」


オレとアシェラ、母さんは爺さんと父さんが待つ執務室へと向かう。

執務室へ到着すると爺さんと父さんが厳しい顔で座っていた。


「改めてご苦労だった。3人共、特にアシェラは……その腕……ブルーリング家として責任を持って治療させて貰う」


爺さんがオレ達に声をかけアシェラの腕の治療を約束する。


「ご当主様、この腕はアルドに治して貰う事になっております。お気持ちだけ、ありがたく頂きます」


アシェラが綺麗な礼と共に爺さんへと返した。


「……そうか。分かった。アルド、任せるぞ」

「はい。お任せください」


一通りのやりとりが終わり全員の視線が母さんへと向く。


「先程の報告の中で話していない事があります……」


そこからオレが使徒になった事。そしてエルも使徒になった事。使徒の子共は新しい種族になる事。

マナスポット……マナストリーム……主……証……迷宮……魔瘴石……全てを包み隠さず話す。


爺さんと父さんは終始、眉間に皺を寄せて聞いていた。


「………っと言う事です。私達は早急に”爪牙の迷宮”を踏破して仮の領域をここに作らないと、アルかエルのどちらかをブルーリングに返さねばなりません」


母さんの言葉に爺さんと父さんはさらに難しい顔をする


「ラフィーナ、危険を侵さずアルドかエルファスのどちらかをブルーリングに返す事は出来ないか?」


爺さんが言う事は想定していた言葉だ。


「アル、お父様はこう言われるけれどどう?」

「はい。僕もエルも後2年半、学園で勉強したいと思っています。それに領域を解放するにも魔瘴石が大量に必要になるはずです。今の内に出来るだけ沢山の魔瘴石を手に入れたいと思います」


爺さんが露骨に溜息を吐く。


「分かった……迷宮の件は任せる。しかし、アルドだけで無くエルファスまで”使徒”……ブルーリング男爵家もここまでか……」

「お父様、クララがいますわ」


爺さんが疲れた顔で首を振る。


「ブルーリング邸の地下には指輪がある。あの地が新しい種族の”始まりの地”になるのだろう……」

「それは……」


「ブルーリング領から魔の森。そこに新しい国を作る…か……」

「……」


「……」


暫く何かを考えてから爺さんは父さんへと話しだした。


「ヨシュア、この事は絶対に秘密にしろ。そして信用できる者だけを仲間にするんだ……」

「……」


「10年……いや、15年後を目標にブルーリング領はフォスターク王国より独立する。これは決定だ」

「分かりました……父さん……」


「ブルーリングの民は新しい種族へと生まれ変わって貰う」

「……王国は独立を許すでしょうか?」


「恐らくは無理だろうな。戦になるだろう。その前にアルドかエルファスの”使徒”のチカラを見せ付けられれば……或いは……」

「”使徒”のチカラ……」


爺さんが母さんに向き直る。


「ラフィーナ。今回の戦いでアルドやエルファスの騎士や魔法使いからの評判はどうか?」

「はい。ミロク騎士団長、グラノ魔法師団長を始め多数の騎士や魔法使いが、アルとエルの魔法でブルーリングが救われた事を知っています。”英雄”に近い憧れを抱いている者も多数いるかと」


「そうか……市井の民からの評判はどうか?」

「そちらは分かりませんが、ゴブリン軍を押し返した時の熱狂は騎士や魔法使いだけの物とは思えませんでした。少なくとも悪評は無いと思われます」


「そうか。ありがとう」


爺さんが目元を揉みながら溜息を一つ吐いた。


「アルド」

「はい」


「精霊を呼び出せるか?」

「はい」


オレは指輪に魔力を集めアオを呼び出す。


「どうしたんだい?連絡には少し早いよ。まだハルヴァからの報告は聞いて無い」

「今回は少し違う。オレのお爺様と父様を紹介する」


オレが爺さんと父さんを紹介すると自己紹介を始める。


「ふーん。アルドのねぇ。まあ良いや。僕がアルドの精霊のアオだ。よろしく頼むよ」

「はい。私がアルドの祖父のバルザ=フォン=ブルーリングです。よろしくお願いします」

「ヨシュア=フォン=ブルーリングです。アルドとエルファスの父です」


「用事はこれだけかい?」

「あ、アオ殿に少し伺いたい事がありまして。よろしいでしょうか?」


「アルドと違って礼儀正しいじゃないか。アルドも見習いなよ」


アオがオレの額をテシテシしながら言い放った。


「質問か。何だい?」

「アルドかエルファスどちらかを人族に戻す事はできますか?」


「それは”使徒”を辞めるって事かい?」

「はい……」


「無理だね。もう契約は終わってる」

「”証”である指輪ごと指を切り落としてもでしょうか?」


「無理だね。”使徒”は”主”とは違うんだ。マナスポットと契約しただけの”主”よりももっと強い結びつきがある」

「どうやっても無理なのでしょうか?」


「さっきからそう言ってるじゃないか。アルドとエルファスが”使徒”じゃなくなるのは死ぬ時だけだよ」

「……そうですか」


「聞きたい事はそれだけかい?」

「もう一つ。人族を”使徒”にする事はできますか?」


「それも無理だね。契約はそんなに簡単な事じゃない」

「それがアルドやエルファスの血の繋がった妹でもですか?」


「血なんて関係が無いよ。魔力と契約をするんだ」

「そうですか……ありがとうございました」


アオは爺さんからオレへ向き直り話しかけて来る。


「じゃあ、ハルヴァからの報告があったら、また来るよ。アルド、指輪に魔力だけ込めて僕が出られる様にしておいてね」

「分かった」


そう言ってアオは消えて行った。オレは言われた様に指輪へアオが出られるだけの魔力を注いでおく。


「お父様……さっきの話は……」

「すまない。エルファスが人族に戻れるのなら……魔の森を開拓してブルーリング領はそのままに。と思ったのだが……クララの件はいっそのこと3人共が使徒であればワシの迷いも断ち切れる……っと。弱い老人の戯言と思ってくれ」


そう言って爺さんは寂しそうに笑った。

オレは貴族に価値を感じ無いが、先祖から代々受け継いできた物を子孫へと受け継ぐ……その行為の大変さは分かるつもりだ。


オレとエルが使徒になった事により受け継いできた”ブルーリング家”と言う物が別の物になってしまう。

それは爺さんにとって人生の根本を否定しかねない大事なのだろう。


その日は微妙な空気のまま執務室をお暇する事になった。



オレとアシェラはエルの部屋へ向かおうと思う。母さんが付いてきたそうだったが遠慮してくれる様だ。

本当に新しい種族の国を作ると言うのならオレ達4人は運命共同体になる。


オレとアシェラはお互いに一つ頷いてエルの部屋へと向かった。




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