第136話腕

136.腕



アシェラと一緒にエルの部屋の前やってきた。

部屋からは物音一つ聞こえてこない……オレはノックを躊躇っていた。


もしノックして裸のエルが出てきたらと思うと……ノック出来ないのである。

オレがどうしようかと躊躇っていると見かねたアシェラがオレの左手を握ってきた。


覚悟を決めてエルの部屋の扉をノックする……返事が無い。ただのしかばn…ごほごほ

3分程待つが一向に返事が無い。


流石におかしいと思い扉を開けようとするが鍵がかかっている。

オレは意を決して10メード程の範囲ソナーを使った……いない。


エルの部屋の中には誰もいない。もう一度、範囲ソナーを使う。今度は100メード程の大きさだ。

いた。屋敷の屋根の上に2人の反応がある。特殊なプレイ……げほげほ


こんな雪の降る中、何を。と思って窓を開けると何時の間にか雪は止み、星と月が顔を出していた。


「アシェラ、エルとマールは屋根の上だ。行くか?」

「うん」


オレは一つ頷いて窓から空間蹴りで空へ駆け上る。

空から見るとエルとマールはすぐに見つかった。屋根の上で並んで座りお互いの手を繋いでいる。


オレはエルの横へと降りて行く。すぐにアシェラもオレの後ろに降りてきた。


「エル、マール、話がしたい」


エルとマールはこちらを向いて恥ずかしそうに頷いた。ソナーの気配でオレ達が来ると思っていたらしい。

オレ達はアシェラ、オレ、エル、マールの順番で屋根の上に座っている。


「兄さま、マールへ使徒の事。新しい種族の事。国の事。全て話しました……」

「そうか…」


「それでプロポーズしました……」

「!そ、それで…?」


「僕と結婚してくれるそうです」

「そうか!おめでとう、エル。マール」

「おめでとう。エルファス。マール」


「ありがとうございます。兄さま、アシェラ姉」

「ありがとうございます。アルド。アシェラ」


「それでマールなんですが、2学期が終わったら商業科へ編入試験を受けるって話になりました」

「商業科?何で?」


「ぼ、僕達が結婚して……子供が出来たら新しい国を作らないといけません」

「そうだな」


「その時に回復魔法使いより商業、お金の流れが理解出来た方が国の為になる。とマールが……」

「それは、そうだろうが……でも本当に良いのか?」


オレはマールへと話しかけた。


「はい。元々、商業科と魔法学科を最後まで悩んでいたし良い機会かと。それにやっぱり私には皆程の魔法の才能が無いのが良く分かったの。中途半端な回復魔法使いになるぐらいなら商業科で勉強した方が良いって思えた」

「そうか……」


「それに魔法ならラフィーナ様やエルファスから教えて貰えば良いしね」


そう言ってマールは笑った。そんなに簡単に割り切れるはずは無いだろうに。

しかし、マールとエルが考えて出した答えだ。オレが簡単に口を出して良い事でもない。


それから4人で色々な事を話し合った。今までの思い出から始まり、今回のゴブリン事件の一連の流れ、そして結末。

アシェラの腕。オレとアシェラが一度、婚約破棄をした話ではマールは泣きそうな顔をしていた。


4人の話は母さんが2階のベランダからオレ達を呼ぶまで続いた。


「さて今日は寝るか」

「そうですね」


「アシェラとマールで先に風呂に入ってくれ。オレはエルと後で入る」

「うん」

「ありがとう」


エルがマールを降ろしアシェラが降りて行く。

オレだけが屋根の上に残り考えていた。


15年で独立……その時に恐らくは戦争になる。前の世界でもそうだった。どんな国もその成り立ちは戦いだ。

アメリカやインドの様な独立する為の戦争。イギリスやフランス等の連綿と続く国でも貴族階級との戦いを経て民衆が主権を獲得していった。


正直な所、コンデンスレイと領域があれば戦争は一方的な物になるだろう。勝利するのは今回のゴブリン事件より、ずっと簡単だ。

しかし、シレア王国騎士団長やマリク王国騎士副団長、ダンヒル宰相、オレはあの人達をコンデンスレイで焼き払えるのか?


回答の無い問題を解いている様な不毛な時間が続く。

ふと、後ろに気配を感じて振り返ると手桶に着替えを入れたエルが立っていた。


「兄さま、マール達が出ました。風呂に入りましょう」


そうだ……オレが1人で悩む必要なんて無い。相談しよう。同じ道を行く同胞達と……


「ああ、行こうか」


オレはエルと一緒に風呂へと向かった。




次の日の朝----------




オレはアシェラ、母さん、エル、マール、ノエル、ローザと一緒に風呂場へとやってきた。

これからアシェラの腕の治療をする為だ。以前、ローザの治療では風呂場を汚す事になると言う理由で部屋での治療になった事がある。


ローザには申し訳ないがアシェラの腕を修復するのに風呂が汚れるとかどうでも良い。

ノエルには失敗した時の腕の切断を頼んである。オレもエルも治療の為とは言えアシェラの腕を切り落すなんて出来そうもないのだ。


ローザには治療後のフォローを頼んだ。修復した個所の違和感の感じや感覚。唯一の経験者のローザーの言葉はきっと役に立つだろう。

ローザの足も今は踵までは修復されている。走ったりは出来ないがゆっくり歩くだけなら問題は無い。


「アシェラ、気分はどうだ?少しでも迷いがあるなら今日は止めよう」

「大丈夫」


「本当に良いんだな?」

「うん」


「分かった……治療を始める。今日は手首前までだ……」

「うん」


アシェラの左腕は肘から5センド程で切断されていた。ローザの足と違い体積は大した事が無いのでオレの回復魔法の練度が高ければ指の先まで一気に修復する事も出来る。

しかし、オレにはそれだけの練度は無い。まずは手首まで修復して次に手の治療にかかりたい……


オレは自分の左腕やアシェラの右腕、エルやマール、母さんの左腕にソナーをかけてイメージを固めて行く。

時間にして1時間程。何十回もソナーを掛けてイメージを完全に近づける。オレの集中を邪魔しない様に誰も声を出さない。


途中、エルに魔力を補充してもらう。準備は完了した。


「アシェラ、行くぞ」

「うん」


アシェラが緊張した様子も無く自然な声で返事をする。


「ヒール!」


次の瞬間にはアシェラの左腕が手首の手前まで修復されていた。


「どうだ?」


アシェラは左腕を動かしたり触ったりしている。ローザも自分の体験を細かく話し、違和感が無いかを尋ねている。


「問題ない」


アシェラは動かしたり、触ったり、振り回したり、魔力を込めたり、一通り試した後、最終的にそう答えた。

次の治療は1週間は空けたかったがアシェラは強硬に明日を指定してくる。


理由を尋ねるとすぐに迷宮探索が始まるので間に合わせたい。との事だった。

オレは無理をする必要は無い。腕が治ってから合流しても良い。と言ったがアシェラは頑なに首を縦には振らなかった。


結局、最終的には今日のメンバーに明日、同じ時間にこの場所へ集合する様に話し解散する事になった。

オレは明日の予習とばかりにアシェラの部屋へお邪魔してソナーを何度もかけて手の構造の確認だ。


「アルド。そんなに緊張しなくても大丈夫」

「そんな簡単に言うけど手と足の先ってのは指がある分、人体の中でもトップクラスで複雑なんだぞ」


「そうなの?」

「ああ、構造の複雑さなら3位には入るんじゃないか?」


「分かった。じゃあ存分に調べると良い」


そう言ってアシェラはオレに右手を出してきた。

プニプニで柔らかい……色も白くて綺麗だ……色!


オレは今日修復した場所を改めて右腕と見比べる。大丈夫だ……

右腕と同じ色だ。構造ばかりでこの白さを想像するのを忘れてた。


忘れてても再現できるとは……きっとオレは眼を瞑ってもアシェラをイメージ出来る事だろう。

そんな感じでソナーを使っていると気が付いた時には魔力が半分を切っていた。


念の為に昼寝をして魔力を回復し、またソナーをかける。

そんな事を1日中繰り返した。




次の日の朝----------




昨日と同じ時間に全員が風呂へと集合している。


「昨日に続いて皆、ありがとう。今からアシェラの治療を始める」


オレがそう言うと全員が一度だけ頷いた。

昨日と同じ様にアシェラ、マール、母さん、ノエル、ローザにソナーをかける。


どうも男性の骨格と女性の骨格には差がある様でオレやエルの手より同性の手の方がイメージの補填がし易い。

なんだかんだで昨日と同じ1時間ほど経ってからアシェラへ声をかける。


「アシェラ、準備は良いか?」

「うん」


「行くぞ」


昨日と同じ様にアシェラは一度だけ頷く。


「ヒール!!」


これ以上無い程のイメージでオレはアシェラへヒールをかける。

オレの目の前には可愛らしいアシェラの左手があった。


「どうだ……?」


オレの言葉にアシェラは左てを握っては広げを繰り返す。

魔力を纏って散らす。5本の指先に小さなライトの魔法を灯して、そのライトを空中で踊る様に舞わせたり……


ちょっと待て……こいつ、ここまで魔力操作が熟練してたか?


「アシェラ……今の右手でも出来るか?」


オレがそう声をかけると少し渋い顔をして右手で同じ事をするが左手での操作よりだいぶ拙い。


「お前……」

「うん。左手の魔力の通りがすごく良い。右手と全然違う」


「マジか……」


オレはアシェラを改造人間にしてしまったかもしれない。

左手と右手に何度かソナーをかけると神経の太さが違った。左手の方が太い……


どうやら魔力が神経の中を通るのか神経が太い方が魔力を感じられるのか、そのどちらかの様だ。

なんとも言えない空気が漂うがオレは絶対にこの事実を広めない事を心に誓う。


これは最終的には本当に改造人間に行きつく悪魔の技術だ。絶対にオレで止めないといけない。


「何か偶然でこんな感じになっちゃいました」


オレの言葉に全員はなんとも言えない顔をしている。

ただオレが絶対に理由を言わない事だけは空気で察知している様で、誰も突っ込んでは来なかった。


「アシェラ、違和感があったらすぐに言ってくれ。最悪は切り落とす……」

「分かった」


アシェラは言葉ではそういうが絶対にそんな事は無いと自信がありそうだ。

オレのどこをそんなに信用しているのか……謎だ。



アシェラの腕はとんでも無い事実と一緒になんとか修復出来た。

明日からは迷宮探索に向けた準備に入って行くのだろう。




一度、防具屋へも行きたい。バーニア用に鎧の改造をオッサンに頼みたいのだ。

その時にいい加減、名前も聞かないとな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る