第134話王都へ(弐)
134.王都へ(弐)
ハルヴァと話してから3日。あの日からハルヴァとアシェラ、オレの3人は騎士団の宿舎で昼食を食べるのが日課になっていた。
オレとハルヴァとの関係も以前と同じ程度には気を許して貰えている。
アシェラもハルヴァが嫌いな訳では無く、親離れの頃合いだったのだろう。
そこに今回の件が混ざっておかしな方向に行ってしまった。
この3日間はそんな絡まった糸を解く良い機会だった。
お互いの言葉を聞きゆっくりと”親離れと子離れ”をしていくのだろう。
そんな席にミロク騎士団長が何かと理由を付けて同席しようとしてくるのを”身内だけで”と追い払うのが日課になっていた。
ミロク騎士団長としては何とかオレかエルをブルーリングに引き留めておきたい様で、あの手この手で引き留めて来る。
一度など自分の娘を妾に出しても良い。と言い出しハルヴァとアシェラに本気の殺気を浴びせられていた。
申し訳ないがミロク騎士団長にオレから言う事は無い。母さんに任せるつもりだ。
そんなこんなで王都へ出発の日-----------
恐らく昨日か今日のどちらかに父さん達の元へ”終息した”と第一報が届いているはずだ。
もしかしてこちらへ向かって来るかも知れない。
行き違いにならない様に道中はなるべく周りを警戒して立ち寄る街には伝言を置いて行こうと思う。
「じゃあ皆、準備は良いわね?」
「はい、母様」
「はい、母さま」
「はい、お師匠」
「じゃあ、出発よ!」
母さんの掛け声で一行は進み出す。
母さんとアシェラが箱馬車に。もう1台の箱馬車にメイドが2人。オレとエルが馬に。残り馬2頭に騎士が乗っている。
箱馬車2台、馬4頭の総勢10名での移動だ。(御者2名)
メイドが2人いるのは休憩の時に女性のお花詰みで衝立や見張りが必要になるためだ。
因みに騎士の2人だが知らない顔だった。オレ達への態度はまるでアイドルにでも会ったかの様で、オレとしては苦手意識を感じてしまう。
そうは言っても旅程は6日間で話す機会もそうそう無い。小さく溜息を吐き王都への道を進んで行った。
特に問題が無いと思われた6日目の最終日。目覚めて窓を開けると外はみぞれ混じりの雨が降っていた。
宿の主人が言うに、恐らくは2~3日は降るだろう。との事だ。
しかし正直な所、王都へはなるべく早く到着したい。
「母様、どうしましょうか?」
「そうねぇ……」
暫く俯いて考えていたが何か思いついたのか、いきなり顔を上げて話し出した。
「皆、聞いて。私、アル、エル、アシェラの4人で先に王都へ向かわせて貰うわ。アナタ達は雨が止んでから来て頂戴」
母さんの言葉が意外だったのだろう。騎士の1人が反対する。
「それでは護衛はどうされるのですか?」
「必要ないわ」
「我々もお供します」
騎士の言葉に母さんが小さく溜息を1つ吐く。
「気持ちはありがたいけど、この寒さでどうやって付いてくるの?」
「それはラフィーナ様も一緒のはず。我々も耐えられるはずです」
「私達には魔法があるわ。暑さも寒さも脅威にはならない」
「寒さなど耐えてみせます」
母さんが騎士を一瞥して今度は大きな溜息を吐いた。
「ハァ、本当に私達だけで大丈夫なの。分かって頂戴」
「我々は足手まといだと……?」
「そうね……」
「……」
「……」
「……分かり……ました」
「ごめんなさい。ここまでの護衛はとても助かったわ。雪の中の強行軍には不向きなだけ」
「はい……お気遣いありがとうございます……」
こうしてオレ達4人は雪混じりの雨の中、強行軍で王都まで移動する事になった。
移動方法は馬2頭にオレとアシェラ、母さんとエルで2人つずつ乗り移動する。
何故2頭かと言うと魔力の節約のためだ。エアコン魔法を自分と同乗者にかけながら移動して少しでも魔力の節約をする。
それでも魔力が尽きた場合はどこかで野営の可能性もある。
簡易テントを張る可能性を考えて防水の布を2枚、買って馬へ乗せた。
「じゃあ、行くわよ」
「「「はい」」」
防水の布の手配や打合せで出発が少し遅れてしまった。もうすぐ昼食の時間だ。
順調に王都へ着いたとしても到着する頃には日は暮れているだろう。
馬を走らせるオレの前にはアシェラがチョコンと座っている。雨が降っているが寒さは特に感じない。アシェラがエアコン魔法を使ってくれているからだ。
エル達は母さんからエアコン魔法を使っているはずだ。話し合いの結果、片手のアシェラと空間蹴りの使えない母さんから魔力を使う事に決まった。
オレ達は魔力共鳴で魔力を譲り合えるのも大きい。要するに何かあっても汎用性が高いオレ達の魔力を温存すると言う事だ。
正直、ここ数日はブルーリングで好きに魔力を使っていたので、久しぶりの魔力のやり繰りが煩わしく感じる。
これが本来なのだ。と心を引き締めないと、どこかで大きなミスをしそうだ。
因みに馬は寒さに強いようで雨が殆ど雪になった今でも寒そうにしている様子は無い。
馬の休憩のついでに遅い昼食を摂る。雪が降る中で黒パンと干し肉に齧りつく。
エアコン魔法は使っているが少し寒いので体を温める為に水をお湯にして飲んだ。非情に味気ない……オレは次回からお茶の葉を持って来る事を決めた。
雪が深々と降る中、馬を走らせていると前方に幌馬車が一台止まっている。
どうやら車輪が轍に入り込んだ様で馬車が動かないみたいだ。
馬を幌馬車に近づけようとすると母さんが小声で話しかけてくる。
「アル。この雪の中でわざわざ盗賊が出るとは思わないけど警戒はしておいてね」
「分かりました」
母さんから忠告を受けて馬車へと近づいて行く。
「どうしたんだ?」
商人風の男が雪の中汗を流して車輪を何とか出そうとしている。
「車輪が轍にはまってしまって……」
男はオレ達を見渡し露骨に落ち込んだ。母さん、オレ、エル、アシェラ、とてもチカラがある様には見えない。男手があれば助けて欲しかったのだろう。
オレは馬を降りて身体強化をかけ、幌馬車の底を掴みゆっくりと持ち上げる。
「今の内に轍を埋めろ」
オレが幌馬車を持ち上げたのが余程、驚いたのだろう。呆けた顔をして突っ立っている男へ声をかけた。
男は驚きながらも急いで轍に石を敷いていく。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
その言葉を聞きオレは馬車をゆっくりと降ろす。
「オレが言うのも何だが何でこんな雪の中を?」
商人はバツが悪そうな顔で話し出した。
「実はエルフの国と王都を往復して行商をしているのですが……」
商人の話ではどうしてもエルフが作っている調味料を今日中にある貴族へ届けないといけなかったらしく雪の中を強行軍で移動したそうだ。
オレは今のこの情勢でエルフの国と行商をしている、この商人に興味津々だった。
「オレはアルド=フォン=ブルーリングだ」
オレが貴族だと思わなかった様で商人は驚いている。
「き、貴族様とは気が付きませんで、無礼の数々、ご容赦頂ければ……」
「オレは序列が好きじゃないんだ。普通に話してくれ」
「そうは申されても……」
「じゃあ好きに話してくれ。そんな事より、これからもエルフの国へは行商に行くのか?」
「は、はい。このご時世でエルフとの交易などと……言われる方も見えますが私どもにも生活がありまして……ご容赦頂きたく……」
「ああ、問題ない。実はエルフの国の物で欲しい物があるんだ」
「エルフの国の物でですか……秘薬の類は私どもでも手に入らないのですが……」
「そんな物はどうでも良い。石鹸が欲しい。エルフ語で”ムーニ”これを売って欲しい」
「せっけん?”ムーニ”ですか。ムーニであれば問題無く手に入れられます」
「是非、売って欲しい」
「それは構いませんが……失礼ですがアルド様へ直接、売ると言う事でしょうか?」
「違う。ブルーリング家に売ってくれ。王都のブルーリング家の執事セーリエかブルーリング領なら
屋敷の執事ローランドと話して欲しい」
「わ、分かりました。アルド様のお名前を出しても宜しいでしょうか?」
「勿論だ。王都の執事セーリエには今日中には話を通しておく。値段や量は相談して決めてくれ」
「分かりました」
石鹸の単語が出てから母さん、アシェラ、エルまでもオレの話を切り上げさせようとはしなくなった。
恐らく皆、石鹸の在庫が切れるのを心配していたのだろう。
向こうも急いでいたし最低限の話だけして商人とは別れた。後はセーリエやローランドが在庫を見ながら管理してくれるだろう。
石鹸の確保に喜びながらも引き続き馬を走らせ王都を目指す。
商人と別れてから2時間程、アシェラと母さんの魔力が尽きた。
2人の残りの魔力は1/3程だ。まだ多少の余裕はあるが、これ以上は何かあった時の為に取っておきたい。
エアコン魔法をオレとエルで交代する。時刻はそろそろ18:00になろうとしていた。そろそろ進むか野営するかの判断をしなくては……
空は暗く景色は白一色になりかけており、ここがどの辺りなのか判断できない。
「母様、王都まではどれぐらいなんでしょう?」
「うーん。こう景色が分からないと……」
「そうですね。意味が無いかもしれませんが空から見たら多少は分かりますかね?」
「どうかしらねぇ。運が良ければ王都の灯りが見えるかもしれないわね」
「なるほど。エル、悪いが上から見てくれないか?」
母さんとの会話でダメ元でも空から王都を確認したいがアシェラは馬に一人で乗れない。
母さんなら問題なく馬に乗れるのでエルに頼んでみた。
「分かりました」
エルはそう一言だけ告げると空間蹴りで空を駆けあがって行く。雪のせいだろう。エルの姿はすぐに見えなくなった。
思ったより雪の中での視界は悪い様だ。オレはエルの報告に期待は持てない。と小さな溜息を一つ吐いた。
すぐにエルが降りてきて苦笑いを浮かべている。
「兄さま、王都はすぐそこでした。恐らく1000メードも無いと思います」
「そんな近くに?」
「はい」
母さんを見るとエルと同じ様に苦笑いを浮かべていた。
「行くわよ……」
「はい……」
お互いに肩を竦めて王都への道を進み始めるとエルの言う通り、すぐに城壁が見えてくる。
貴族用の出入り口でも良いのだが、このメンツと恰好では怪しまれても面倒だ。
この雪で門には並んでいる者などいない。普通に門を通る事にする。
身分証は冒険者カードを使えば新人冒険者と、その指導役とでも思ってくれるはずだ。
門番は”この雪の中で何の依頼なんだか……”と呆れた様子だったがそれだけだった。
王都の中では馬を歩かせて進んで行く。薄っすらと雪化粧をした王都は見慣れているはずの景色だが少しだけ綺麗に見えた
直にブルーリング邸が見えてくる。王都を飛び出して、まだ1週間ちょっとしか経っていないのに何故だかとても懐かしく感じた。
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