第133話父親
133.父親
まどろみの中、徐々に覚醒していく。
ゆっくりと瞼を開けるとオレを覗き込む母さんの顔があった。
「うわ!」
「うわって何よ!失礼ね」
周りを見るとエルとアシェラも起きてきた様で近くに座っている。
「アル。さっきのアオの話はエルとアシェラに話しておいたわ」
「はい。ありがとうございます」
「それでなんだけど……アンタ達が休みの間に爪牙の迷宮を踏破するのが良いと思うの」
「爪牙の迷宮……でも地竜が……」
「迷宮主なんてどこも似たり寄ったりよ。そうじゃなきゃとっくに全部、踏破されてるわ」
「それは、そうですが……」
「魔瘴石が手に入らなかった場合、アルかエルのどちらかは学園を辞めて領域に戻るしか無いでしょうね」
オレはエルとお互いの顔を見合わせる。
お互い学園を辞めたく無いのが良く分かり、苦笑いを浮かべ合う。
「エル、今度は意味の無い戦いじゃない。迷宮に一緒に入って欲しい」
「それは分かります……只、一度マールに相談させてください」
「そうだな。分かった」
「マールはアシェラ姉と違って僕達の戦いに付いて来れない。だから余計に心配してしまうんです」
「大丈夫だ。分かってる。マールは少しばかり心配性なだけだ」
「すみません……」
「謝るな。それだったらオレがお前達を無理やり巻き込んだんだ。すまない」
「兄さま、何度も話した事です。そういう運命だったんですよ」
「そう言ってくれると……ありがとう……」
それから母さん、オレ、エル、アシェラで細かい話をした。
いくつか決まった事がある。まずオレ達はハルヴァを置いて王都へ向かう事になった。
ハルヴァを置いて行くのは、アオとの連絡役をして欲しいからだ。ハルヴァには1日に朝晩の2度、指輪の部屋でアオにブルーリングの様子を話して貰う。
オレ達はアオ経由でハルヴァからの報告を聞いて、ブルーリングに危機があるようなら強行軍でブルーリングへ戻る。
この体制を作っておかないと爺さん、父さん、がうるさそうなのと、オレ達も心配で迷宮探索に集中できない。
ハルヴァとアオには申し訳ないが現状ではそれが最良と思われる。
因みに何故ハルヴァかと言うと、オレとエルが使徒になった。と言うのは伏せておく事にしたからだ。
で、あれば秘密を知っている人間は少ない方が良い。
しかも義理とは言えオレの親になる人であれば信用できる。と言う事だ。
母さんからハルヴァへの”説明とお願い”はオレとアシェラの2人で行く様に言われた。
話を聞くとアシェラもハルヴァを振り切って飛び出したそうだし、オレとの会話もよそよそしい。
母さんは一度、オレとアシェラの2人で話をしに行け。と言いたいのだろう。
ハルヴァとはなるべく早めに話をしに行かねば。
ハルヴァの件とは別に、王都へ向かう件をミロク騎士団長とグラノ魔法師団長へ伝える必要がある。
恐らくだがオレとエルの2人共がブルーリングを離れるのに難色を示すだろう。
その根回しは母さんに任せるつもりだ。氷結さんなら何とかしてくれそうな変な信頼がある。
しかし、全てが順調に行くとは思えない。
そう言った根回しや説明、事後処理を考えて王都への出発は4日後の朝に決まった。
次の日の朝-------------
オレとアシェラは朝食を済ませた後、騎士団の宿舎へハルヴァを訪ねた。
ハルヴァは屋敷の客間で寝起きだけはしているが、食事等は騎士団の宿舎で摂っている。
宿舎の入口から中の様子を伺っていると、見たことの無い騎士に話しかけられた。
「先日の魔法、感動しました。あれだけのゴブリンの群れを1発の魔法で焼き払う……アルド様とエルファス様はブルーリングの英雄です!」
眼をキラキラさせてオレを見てくる騎士は本気で言っているのだろう。
「ありがとう……」
あれだけの苦労をしたのだ。少しくらいは調子に乗っても良いのかもしれない。
この騎士なら無碍にはされないはずだ。ハルヴァを呼んで貰おう。
「実は人を訪ねてきたんだ。ハルヴァ副団長を呼んで欲しい」
「ハルヴァ副団長ですね。少しお待ちください」
まだ若い騎士は走ってハルヴァを呼びに行く。
5分程経つと宿舎の奥から先程の騎士とハルヴァがやってきた。
「おはようございます。アルド様」
「おはよう。ハルヴァ」
ハルヴァはアシェラをチラっと見ただけで特に話しかける事は無い。
「ハルヴァ。少し話がしたい。聞かれる心配の無い場所はあるか?」
「それでしたら騎士団の会議室を使いましょう。防音がしてあります」
「分かった。そこでお願いしたい」
「はい」
ハルヴァは呼びに行ってくれた騎士へ、会議室の使用とお茶の用意を言いつける。
「では行きましょうか」
「ああ」
オレとアシェラはハルヴァの後ろを付いていく。騎士は走って先に向かった。今頃は会議室の簡単な掃除とお茶の用意に走り回っているだろう。
オレ達が会議室に到着すると、ちょうど騎士がお茶を運んでくる所だった。
部屋に入り全員が席に着くと騎士がお茶を配っていく。すぐに配り終え退室して行った。
「さてお話と言う事ですが、どう言った事でしょうか」
ハルヴァからの言葉を受け、オレは昨日の打合せで決まった事柄をゆっくりと説明していく。
途中、何度かハルヴァからの質問があったが一部を除いて答える事ができた。
その一部と言うのは精霊とはどんな物か?と言う至極当然の質問だ。
すぐにアオを呼び出しハルヴァと顔合わせさせる事にする。
「アオ。こっちはハルヴァだ。昨日、説明した連絡役をして貰う」
「アオだよ。お互い面倒な事になったね。連絡はなるべく短くして欲しい かな」
「あ、、はい…本当に…精霊が……」
ハルヴァがフリーズしている。珍しい事なのでアシェラと一緒にハルヴァを観察中だ。
2分程してハルヴァが戻ってきた。
「す、すいません…少し驚きました……」
「大丈夫だ。皆、最初は同じ反応をする」
「はい……」
「で、こいつはアオ。オレとエルの精霊らしい」
「こいつって何だよ。アルドのくせに生意気だよ」
「……」
「こんな感じだ。あまり長い連絡は覚えられないかもしれないから最低限にして欲しい。出来れば一言で頼む」
「アルド!僕は精霊の中でも上位の存在なんだよ。只でさえ今回みたいな使いッ走りをさせて、さらに文句も言うつもりなの?」
「すまなかった。アオ。そう言うつもりじゃないんだ」
「もう、、、用事はこれだけかい?他に無いなら帰らせて貰うよ。僕は忙しいんだ」
「ああ、ありがとう。アオ」
アオは最後にオレを一瞥して消えていった。
「って事だ。ハルヴァ。アオと連絡役を頼む」
「……はい。分かりました」
取り敢えず説明とお願いは終わった。しかし本当の話はこれからだ。アシェラとの仲を本気で許して貰わないと。
「ハルヴァ……いえ。お父さん、改めてアシェラとの仲を許して下さい。お願いします」
オレは立ち上がり貴族の礼をしてハルヴァへとお願いをする。
「その件は昨日お話しました。アシェラをお願いします……」
ハルヴァはオレに少しの笑みを見せながら答えてくれた。
オレはゆっくりと座り、息を大きく吐いた。
少し笑みを浮かべていたハルヴァは真剣な顔になりアシェラへと話しかける。
「アシェラ、アルド様で本当に良いんだな?」
「うん。アルドが良い」
「子供も新しい種族になる。他種族と言う事は恐らくブルーリング家からの支援は無い。相当に苦しい生活になるはずだ」
「うん。覚悟してる」
「……」
「……」
「分かった。私はもう何も言わない。只、もしお前が死ぬような事があれば、私はアルド様を許せる自信が無い……」
「アルドに何かするの?」
「分からない。だから死ぬな」
「……」
「絶対に死なないでくれ……」
「……分かった」
これで何とか元の鞘に収まった。オレは正直、親の気持ちは分からない。只、ひたすらにアシェラの身を案じるハルヴァの気持ちは、大事にしないといけない。そう感じた。
次の日-----------
今日、風呂用の桶が届くはずである。オレは朝から外から見えない位置で排水の良さそうな場所にエンキャンプメントの魔法をかけて整地中だ。
使徒になって魔力の心配をしないで済むのは非常に助かる。
魔力酔いだがマナから魔力へ変換する機能は、僅かずつではあるが鍛える事が出来るそうだ。
正に使徒にならないと意味の無い修行なのだが、オレとエルにとっては領域内限定だが魔力量が増えるのとイコールである。
アオから教えて貰ってからは絶えず魔力を使う様に気にかけている。
今回の風呂もエルと一緒に調子に乗って排水溝まで作ってしまった。排水溝のフタはローランドに頼んで木の板でも敷いて貰うつもりだ。
こうしてオレとエルの使徒パワーを全力で使い、なんと1日で整地と石板を敷き詰めるまで工事を進める事が出来た。
今は浴槽が来るのを待っている所だ。
昼食を摂り、玄関で浴槽を待っていると馬車の音が微かに聞こえる。
オレは空間蹴りで屋敷の屋根へと駆け上った。
100メード程先を大きな桶を積んだ馬車がこちらへとやってくる。
オレは門から出て馬車を風呂の近くまで誘導してやった。
「行くぞ」
「はい」
「うん」
「良いわよ」
今は馬車から浴槽を降ろしている所だ。メンバーはオレ、エル、アシェラ、母さんの4人。
アシェラは片手なのでどうしても持つ事が出来ない。母さんにアシェラの片手分を持ってもらう。
すぐに4人で浴槽を設置した。ここからはオレ1人でも大丈夫だが母さん以外のエル、アシェラは手伝ってくれる。
氷結さんはどこからか持ってきた椅子に座りオレ達の作業をお茶を飲みながら見ていた。
氷結さんは何か言えば3倍になって返ってくるので放置だ。
衝立を立て目隠しを作り、脱衣所はテントを使う。小物関係も用意して……とうとう風呂が完成した!
早速、使徒パワーでお湯を張り風呂に入ろうとした所で石鹸の件を思い出す。
「アシェラ、前に迷宮探索でナーガさんから石鹸貰ったよな?持ってきてくれ」
「……無い」
「無い?無くしたのか?」
「お師匠が欲しいって言うから渡した……」
オレは母さんを見る。
そこにはニチャっとした笑みを浮かべる氷結さんがいた。
「ア~ル。石鹸が欲しいの~?」
「はい……出来れば貸して頂けると……」
「良いわよぉ」
「本当ですか!」
「た・だ・し・私とアシェラが先に入らせて貰うわぁ」
「くっ、、わ、分かりました……」
「あ、牛乳も用意しておいてねぇ。勿論、キンキンに冷やすのよぉ」
「わ、分かりました……」
こうして母さんとアシェラに一番風呂をかっさらわれた。
しかも長風呂で出てきたのは1時間も経ってからだ。
母さん達が風呂から出るまで怒りゲージがじわじわと溜まっていく。
今回ばかりは一言、言ってやろうとオレは待ち構えていた。
いざ文句を言おうと母さん達に向き直ると、一瞬前までの怒りなど吹き飛んでしまう。
風呂上がりで濡れた髪。ほんのり赤く染まった頬。やばい。可愛すぎる。アシェラから眼が話せない。
当のアシェラはオレの反応に恥ずかしそうにしている。
母さんは肩を竦め屋敷へ入っていった。氷結さんはこう言う時だけは気が利く。
そのまま抱きしめてキスをしようとした所で咳払いが……
「兄さま。流石にここでは……」
エルだった。アシェラは顔を真っ赤にして逃げていく。
オレはエルに微妙な気持ちを抱きながら一緒に風呂へと向かうのだった。
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