第132話指針
132.指針
「母様、実は……」
今日の早朝、屋敷を抜け出してからの事を詳細に話した。
途中、エルとアシェラも補足を入れてくれ、非常に分かり易く説明出来たと思う。
「…………っと言う事で今回のゴブリンエンペラーを巡る全ての騒動は終息しました」
母さんの眼に光が無い。まるで死んだ魚の様な眼で虚空を見ている。
再起動待ち。---NOW LOADING---
暫くすると再起動が終わった様で母さんが眉間に皺を寄せて話し出した。
「その”証”ってのを奪われてゴブリンエンペラーは逃げたのよね?」
「僕は意識を失ったので想像になりますが、恐らくは逃げたと思います」
「また襲ってくる事は無いの?」
「それは大丈夫だと思います。マナスポットも僕が新たに契約しましたし。生きていても何のチカラも無いかと」
「そう……じゃあ、本当に終わったのね?」
「はい」
母さんは心底、安心したのだろう。椅子に崩れる様に座り、背もたれに体重をかけ、天井を見ている。
その姿は普段の”氷結さん”と呼ばれるダメな時の母さんそのものであった。
オレはアシェラを連れて自室へと戻って来た。
「アシェラ、その腕なんだけど、王都へ行って腕の良い回復魔法使いに治して貰おう」
アシェラはオレの言葉が不満のようで眉間に皺を寄せている。
「腕はアルドが治して」
「オレだと失敗する可能性が高い。失敗すればその都度、腕を切り落す事になるんだぞ」
「お師匠から聞いた事がある。熟練した回復魔法使いでも手先や足先を完全に治すのは至難の業だって」
「……」
「アルドなら完全に元通りに出来そうな気がする」
「オレに……そんな……」
俯いていたオレの顔をアシェラが強引に上げて真っ直ぐ眼を見つめられた。
「アルドでダメなら諦める。お願い。アルド……」
「……」
「お願い……」
「……分かった」
こうしてオレはアシェラの腕の修復を請け負わされる事になった。
早速、修復に取り掛かろうと思ったが失敗して腕を切り落とす事を考えると清潔な環境が欲しい。
ローランドに頼んであった、風呂の材料調達の進捗を確認しに執務室へと向かう。
アシェラは魔力も減っていたのだろう。オレの部屋で眠り始めたのでそのままベッドに寝かせてきた。
勿論、普段はかけない鍵も、しっかりかけてくるのは忘れない。
執務室では案の定、ローランドが父さんの不在を埋める様に仕事をしていた。
”全て終わった”事を母さんから聞いたのだろう。事態の収束に向けて様々な指示を部下の執事達へ出している。
忙しそうなローランドに風呂の材料如きで邪魔をするのは正直な所、憚られるが……
しかしアシェラの腕の事もある。心を鬼にしてローランドへと話しかけた。
「ローランド、忙しい所、スマン。風呂の材料手配ってどうなってる?」
忙しいだろうに……ローランドは嫌な顔一つしないで進捗を教えてくれる。
「一番、時間がかかるのは桶ですね。それでも急がせましたので2日後には全て揃う予定でございます」
流石”できる男”は違う。オレはローランドにお礼を伝え執務室をお暇させて貰った。
後は石鹸か……確か迷宮探索の時にナーガさんから1人に1個ずつ貰ったはずだ。
オレのリュックはエンペラーに壊されてしまったから無くしてしまったがアシェラと母さんのリュックには入っているはず。
アシェラが起きたら探してもらおう。勝手にアシェラの部屋に入って荷物を漁る訳にはいかない。
オレもだいぶ疲れた。少し横になりたいが今はオレの部屋でアシェラが寝てる。
しょうがないのでオレは居間のソファーを使って寝るつもりで移動したのだが……
居間には母さんとハルヴァがいた。昨日の件もある。非常に顔を合わせ難いが避けて通れる話でも無い。
オレは緊張で手と足が同時に出そうな感覚を味わいながらゆっくりとハルヴァの前まで進んで行く。
「ハルヴァ、一度は諦めようとしたんだ……でも無理だった。精一杯、守ると約束する。アシェラとの結婚を許して下さい。お願いします……」
母さんが横にいるが構ってる暇は無い。オレは必死に頭を下げて頼み込んだ。
「アルド様。アシェラに言われました。アルド様の為なら死んでも良いそうです。私自身もルーシェを娶る時にグラン卿から”譲り渡す。”と言われました。親なんて物はそんな物なのでしょうね……」
「……」
「アシェラをよろしくお願いします……」
「!!」
「但し、アシェラを粗末に扱ったり泣かした場合は……覚悟してください」
「大切に扱う。約束する」
「……」
「……」
「そうであれば、もう私から言う事はありません……」
「ありがとうございます」
最後にもう一度、ハルヴァへ頭を下げる。
「ラフィーナ様、それでは失礼します。アシェラの事くれぐれもお願いします」
「任せて。”氷結の魔女”の名に懸けてアシェラを守って見せるわ」
今度はハルヴァが母さんに頭を下げてから去って行く。
母さんとハルヴァは何を話していたのだろうか、オレとアシェラの事なのは間違い無さそうだが。
「アル。そこに座って」
「はい、母様……」
「ハルヴァと話しをしたわ」
「はい……」
「ハルヴァは今回の件でアシェラを嫁に出したつもりね。アルが15歳になったらすぐに結婚よ」
「はい」
「迷いは無いみたいね」
「10歳の時と今回。2度も試されましたから。僕……オレはアシェラと結婚します」
「そう。準備は私がしておくわ」
「……父様やローランドとも相談してくださいね……お願いします」
「何よ。私だと不安とでも言うつもり?」
「……」(不安に決まってるだろうが。逆にどこを信用しろと!)
「……まあ、良いわ。ヨシュアとローランドとも相談しておくわ」
「お願いします」
一つずつ問題が解決されていく。
後は”使徒”この特大の問題だが、どう解決して行くのか想像も出来ない。
そもそも”使徒”の件を公表するのだろうか……そうなら今までの様な日常生活は送れないだろう。
それと領域がブルーリングと魔の森なら、そこから長期間、離れて問題無いのか?
色々と分からない事が多すぎる。オレは指輪に魔力を込めアオを呼び出した。
「ん?どうしたの?アルド。てっきり休んでると思ったよ」
「休もうと思ったんだけどな。部屋でアシェラが寝ちゃったんだよ」
「お。ちょうど良いじゃないか。アシェラに種を仕込んできなよ。子は多い方が良い」
「ぶーーーーーーーーー」
「汚いぞ。アルド。僕の綺麗な毛並みが汚れるだろう」
「お、おま、、、な、何を……」
「アルド。只でさえ足りない頭なんだから、せめてしっかりと話してくれよ」
「お、お前、いきなり種とか……子共とか……」
「あれ?アルドはアシェラと番になるんじゃないの?」
「いや、、、そりゃ、なる約束はしてるけど……ごにょごにょ」
「なら今すぐに番になれば良いじゃないか」
「そう簡単には……いや、、子作りは簡単なんだけど……もごもご」
「アルドの言う事は理解が出来ない事があるよ。まあ良い。用事が無いなら帰るけど良いかな?」
「ちょっと待ってくれ。やっと少し落ち着いたんだ。色々と聞きたい事がある」
「何だい?」
「オレは後1ヶ月半もすると王都に戻らないといけない。長い間、領域から離れても大丈夫か?」
「大丈夫な訳ないだろ?アルドは使徒なんだよ。領域の管理も仕事の内だ」
「やっぱりか……オレかエルのどちらかが居れば良いのか?」
「うーん。正直、使徒が2人なんて聞いた事が無いからね。たぶん1人居れば良いと思うよ」
「そうか……」
オレとアオの会話に母さんが入ってきた。
「アオ。”使徒”が外に出ても問題無い方法は無いの?」
「使徒が領域の外に……無い事も無いかな」
「もったいぶらずに教えて」
「魔瘴石を仮のマナスポットに見立てて領域を作れば良い。その仮の領域に居るなら2つの領域から出ても大丈夫だよ」
「魔瘴石。迷宮ね……」
「そう。元々、迷宮はマナストリームの中に混じってる瘴気の排出口が壊れた物だからね。大きくなり過ぎて制御不能になって魔瘴石が出来るんだ」
「何か歴史的な大発見を聞いた気がするけど……まあ良いわ」
「但し、本当に仮だからね。魔瘴石の純度に寄るけど早ければ1年持たずに消えるかもしれない」
「どっちにしても迷宮を踏破して魔瘴石を手に入れないと話にならないわね」
「まあね。ちなみに滞在したいのは王都だっけ?」
「そうよ」
「それなら、そこの近くの迷宮が良い。土地が変わると魔瘴石の相性が合わない場合がある」
「相性なんてあるのね」
「そりゃそうだよ。例えば海の中はマナに水の性質が付き易い」
オレは気になった事がある。どうしてもアオに聞いておきたい。
「アオ。魔瘴石で仮の領域を作れるって言ったよな?」
「ああ、言ったよ。それがどうしたんだい?」
「……敵の領域の中でも魔瘴石があればオレ達の領域が作れるのか?」
「それは……いや、出来るのか?ちょっと待って……魔瘴石の性質から言って……」
アオは独り言を呟き思考の海へと旅立って行ってしまった。
10分程してアオが眼を輝かせている。
「アルド!出来るよ。たぶん1時間程になるだろうが敵の領域内に僕の領域を作れる」
「そうか。魔瘴石を沢山、集める必要が出来たな」
「ああ。5個あれば5時間か1時間で5か所で僕の加護を与えられる」
「アオ。マナスポットの開放って急いでいるのか?実際にどれぐらいの時間的余裕があるんだ?」
「アルドが寿命になっても、すぐに世界がどうこうなる事は無いよ」
「前に言ってた”未来は暗い物になる”ってヤツか」
「そう、今はマナスポットが半分以上、魔物に汚染されている。只、実際に影響が出てくるのは100年は後だろうね」
「どんな影響が出るんだ?」
「マナスポットは影響し合うんだ。汚染されたマナスポットに挟まれたりしたら、そのマナスポットも汚染され易くなる」
「半分が汚染されてるのは大変な事じゃないのか?」
「そうだよ。ジワリジワリと首を絞められる様に世界が崩壊していくだろうね」
「責任重大じゃないか……」
「当たり前だろ。使徒なんだから」
「簡単に言うなよ……」
オレと母さんとアオの話はここらで一旦、終了になった。
正直な所、お腹いっぱいだったのだ。
オレはアオを帰らせソファーで横になる。誰かにに頭を撫でられてる感覚の中、意識が薄れていった。
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