第310話ゴッドファーザー part2

310.ゴッドファーザー part2






お義母様と一緒に執務室を出てアシェラの部屋へと向かう途中の事。お義母様から躊躇いがちに話しかけられた。


「マール、大丈夫だと思うけど、あまりアシェラを追い込まないであげてね」

「はい、気を付けます。それと……私、子供の頃、アシェラに聞いた事があるんです。アルドと会うまではアシェラの周りには、片手で足りる数の人しかいなかったそうです。それがアルドと出会ってからはエルファス、お義母様、お義父様、クララ、教会の子供達……アルドと一緒にいると世界がどんどん広くなって、今では数え切れない人が周りにいるって言ってました。きっとアシェラにとってアルドは太陽のような存在だったんだと思います」


「太陽……そう……じゃあ、今のあの娘の心の中は、太陽が無くなって真っ暗ってところかしら」

「はい……きっと今は周りが見えなくなっていると思います。アルドがくれたはずの物も全部……」


「ハァ……そう、先ずはアシェラと話をしましょう……でないとどうしようもないわね」


そう言って会話は終わり、お義母様とアシェラの部屋へと向かうのだった。






「アシェラ、私、ラフィーナよ。少し話がしたいの。開けて頂戴」


お義母様が扉越しに声をかけるが、アシェラからの返事は無い。


「しょうがないわね……」


そう言ってポケットからメイドに借りた鍵を取り出すと、お義母様は鍵を開けてそのままゆっくりと扉を開けていく。

部屋の中に入ると灯りはついておらず薄暗い……机の上にはタライが置いてあり、中には氷漬けになったアルドの腕が入っていた。


私達が部屋に入ったにもかかわらず、アシェラは椅子に座りボンヤリと腕を見つめ続けている……時折、動いたかと思うと、アルドの腕に手を伸ばし魔法で氷を大きくするだけだ。

これは……想像以上にアシェラの状態は悪いように見える。


「アシェラ、気分はどう?」


お義母様が声をかけると、たった今、気が付いたかのようにゆっくりとこちらに顔を向けた。


「お師匠……マール……」


眼が合っているはずなのにどこか焦点があっていない。正に心ここにあらずと言うのがピッタリである。

それからはお義母様が主にアシェラを励まし続けたが、アシェラの心には届かなかった。


「ハァ……アシェラ、このままではアナタが参ってしまうわ。アルは必ず帰って来るから、元気を出して」

「……はい、お師匠」


会話をしていても視線はアルドの腕に向いており、返事をしているだけで聞いていないのは明白である。


「アシェラ、アナタが本当に心配なの。悲しいでしょうけど元気を出して……お願い」


そう言って悲しそうにお義母様は部屋を出て行った。今はアシェラと私の2人きりである。

私は椅子をアシェラの隣に動かして肩が触れ合うほどの距離に座ると、アルドに出会ってからの思い出を聞かせていく……アシェラの中にあるアルドが思い出されるように。


「私が最初にアルドに会った時はね、いきなりお父さんが叩頭礼をしてアルドに怒られたのよ。その時のアルドの慌てようったら……次に会った時にはリバーシを……」


アシェラは私が話している間もアルドの腕を眺め続けており、私を視界に入れる様子は無い。

それでも私はアルドに出会ってからの出来事を、順番に話していく……アシェラは私の独り言を黙って聞いているのだった。






「アルド達の10歳の誕生パーティの事、覚えてる? ドレスに着替えてエルファスとアルドの前に出た時、アルドったらアシェラに見とれてたわよね。眼を見開いて口を開けて……私、アルドのあんな顔初めて見たわ」

「クスッ……」


アルドの腕を見つめながらではあるが、アシェラは少しだけ笑ってくれた。


「それからダンスの時も。他の子がアシェラをダンスに誘おうとすると邪魔してきて……あれ絶対、身体強化して走ってきてたよね」

「うん……」


それからのアシェラは相槌だったり少し笑うだけではあったが、しっかりと私の話を聞いてくれている。

それから1時間ほどの間、私の中のアルドの思い出を語っていくだけの時間が過ぎていった。


「アシェラは昔からアルドに愛されてたわよね」

「うん……」


「きっと今もアルドは一生懸命アシェラの下へ帰ろうと頑張ってると思うの。それこそ命懸けで……」

「うん……」


「そんな頑張り続けたアルドは、戻ってきたら前よりずっと強く逞しくなってるんでしょうね」

「うん……ぐすっ……」


「だから……アシェラも少しだけ頑張ってみない? 私とエルファスも応援するよ?」

「……うん……うぅぅ…ぐずっ……」


嗚咽を漏らしながら涙を流すアシェラをそっと抱きしめながら、私の眼にも同じように涙が溢れてくる。

どれだけそうしていたのか……最後は子供のように大声で泣いた後、アシェラは振り絞るようにアルドの腕を埋葬すると言い出した。


今は氷漬けとは言え、このままアルドの腕が少しづつ朽ち果てていくのには耐えられないそうだ。


「本当に良いの? アシェラ」

「うん……アルドは必ずボクの下へ帰ってくる。マールの昔話を聞いてそう思えた……今はそれで良い」


「分かった。お義母様に話してから、オリビアとライラも呼んで腕を埋葬しましょう」

「うん……」


「アシェラ、私はアナタの強さを心の底から尊敬するわ」


一瞬だけの儚げな笑顔ではあったが、アルドが飛ばされてから初めてアシェラが心から笑ってくれた瞬間だった。






ラフィとマールにアシェラの様子を見に行ってもらった次の日。


「ローランド、何とかマールがアシェラを元気付けてくれたみたいだ。様子を見てアシェラにグラン家の件を話そうと思う」

「そうですね。アシェラ様に話を通しておけば、ハルヴァ殿とルーシェ殿にグラン家との橋渡しを頼んでも問題無いと思います」


「ふぅ、これでやっと話を進められる。王家との折衝より、アルへの配慮の方がよっぽど気を使ったよ」

「ふふっ、それだけアルドぼっちゃまとエルファスぼっちゃまは、大きな存在になられたのでしょう」


「まあね。しかし、英雄の父親がこんなにも大変だとは思わなかったよ」

「ヨシュア様の名は使徒の父として歴史に残るのですから、きっとこれからも楽は出来ませんよ。覚悟しておいた方がよろしいかと」


「ローランド、止めてくれ。これ以上忙しくなったら僕は過労死してしまう」

「英雄の父が過労死ですか……何とも後々美談として語られそうな内容ですね」


僕はローランドの言葉に肩を竦めて返してやった。

将来どんなに美談として語られようが、流石に過労死は勘弁してほしい所だ。






それからラフィにアシェラの状態を聞いてみると、想像よりずっと良くなったらしい。

マールとどんな話をしたのかは不明だが、長い時間を共にした幼馴染だからこそ言葉に出来る物があるのだろう。


改めてラフィにアシェラの状態を聞いてみた。


「じゃあ、アシェラにグラン家の件を話しても大丈夫そうかい?」

「ええ。今のアシェラなら問題無いと思うわ。但し、一応アルの事はあまり口にしないであげて」


「分かった、そこは配慮するよ」

「じゃあ、アシェラを連れてくるわね」


「すまない、ラフィ」


ラフィは笑みを浮かべて執務室を後にした。

直ぐに戻ると思って執務室で待っているのだが……アシェラを呼びに行って既に1時間になろうとしている。アシェラを呼びに行くだけで、何故こうも時間がかかるのか? もしかして忘れてどこかで寝ている?


ラフィに対して相当に失礼な事を考えていると、不意に執務室の扉がノックされた。


「ヨシュア、遅くなったわ。ごめんなさい」

「入ってくれ」


僕の返事で執務室に入ってきたのはラフィとアシェラだけでなく、驚いた事にハルヴァとルーシェも一緒であった。

経緯を聞くと、ハルヴァとルーシェは毎日アシェラの下に通っていたそうで、アシェラの部屋に向かう途中で偶然2人に会ったらしい。


そこでアシェラの部屋で3人に軽く今回の話をすると、ハルヴァとルーシェから“同席させて欲しい“と頼まれ3人でやって来たそうだ。


「3人にはどの程度の話を?」

「具体的な事は何も。カシューと正面からケンカする事と、グラン家を取り込みたいって事ぐらいよ」


流石はラフィ。確かに詳細は伝えてないとしても、核心はしっかりと伝えてあるようだ。

この場には使徒の件を知っている者しかいない。僕は今回の件を最初から詳しく説明していくのだった。


「事の起こりはアル達が翼の迷宮を踏破してからになる………………」


全員ソファに座らせて、全ての説明が終わる頃には1時間ほどの時間が経っていた。


「………………と言うわけだ。カシュー家に最大の脅しをかけて、それでも首を縦に振らないならヴェラの街は滅ぼす事になると思う」

「ヴェラの街をですか……奪えた場合は良いとしてヴェラの街を滅ぼした場合、グラン家はどうなるのでしょう?」


「その話をする前に聞いてほしい事がある。これは父さんとも相談している内容で、おおよそこの通りに進むと思ってくれて良いんだけど……」


このブルーリング領が将来、新しい国として独立をするのは、以前から話しているように既定路線である。

そして魔の森を開拓して東に領土を広げる事も既に決まっている事であり、アルとエルは魔の森をコンデンスレイで焼いていたはずだ。


まぁ、そのせいでヴェラの街に向かう事になったわけだが、それは置いておく。


「実は魔の森に街を作ろうと思うんだ」

「街ですか?」


「ああ。今のブルーリングには街が3つあるのは知っていると思う。カシュー側のターセルの街、サンドラ側のジェムの街、そしてブルーリングの街の3つだ」

「はい」


「この3つは距離も近すぎず遠すぎず適度な位置関係にある。それにターセルもジェムも城壁があるからね。いざという時には領地を接するカシューとサンドラに対する前線基地にもなり得るはずだ」

「そうですね。しかも王都との間には奈落の谷があるの、でブルーリングを攻めるにはカシュー側かサンドラ側に回る必要があります。このブルーリングは非常に攻めにくい場所にあるかと」


「そうだね。その反面、これ以上カシュー側にもサンドラ側にも領地を広げる事は出来ない。だからこそ魔の森を開拓するわけなんだけど……ブルーリングの街からの開拓では距離が遠すぎて、限定的になってしまうだろうって言うのが僕と父さんの共通した意見なんだ」

「確かに村を作っても精々、魔の森の入口ぐらいが限界ですか……それ以上は騎士団も対応しきれない」


「だったらいっそ魔の森のマナスポットを中心に、街を作った方が早いんじゃないかと思ってね。精霊様の話ではアル達が死んだ遠い未来でも、マナスポットのある土地は祝福を受け続けるらしいから」

「そうなんですか……」


「それでここからが本題なんだけど……グラン家の者には、魔の森の開拓と街作りに従事してほしいんだ」

「開拓ですか……」


「正直な話、グラン家をブルーリングの街で回復魔法使いとして受け入れても良いんだ。きっと数年もすればブルーリングの街でも受け入れられるだろう。ただしブルーリングにも既存の騎士爵家がある以上、それ以上の便宜は難しい……回復魔法使いとして生きるのであれば騎士爵は諦めてもらう事になる」

「……」


「開拓が辛く厳しい仕事なのは僕も良く知っている。きっと街が出来るには何年も……もしかして10年以上かかるかもしれない。ただし、出来上がった暁にはグラン騎士爵家として街の管理をしてもらうつもりだ。グラン家には選んで欲しい、回復魔法使いとして生きるか、新しい街の管理者を目指すのかを。開拓をする場合はブルーリングとして最大限の支援は約束する」

「そうですか……」


「勿論、ブルーリングではなく、引き続きカシューで生きると言うなら、残念だけど縁が無かったと諦めるよ。慰謝料を払う用意もある」

「……」


「こちらの条件としては以上だ。申し訳ないけどグラン家との橋渡しを頼めないだろうか?」

「お話は分かりました。一度、ルーシェと相談させてもらってもよろしいですか?」


「ああ、それは当然だね。答えが決まったら聞かせてほしい」

「分かりました。では失礼します」


そう言ってハルヴァはルーシェとアシェラを連れて執務室を後にしたのだった。





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