第309話ゴッドファーザー part1

309.ゴッドファーザー part1






アルドが飛ばされて2週間が過ぎようとしていた頃。


「ユシュア様、手紙が届いております」

「ありがとう、ローランド。誰からだい?」


「王家の紋がありますので、例の件の許可証と思われます」

「そうか……ハァ、アルが飛ばされて行方不明でも、色々な出来事は待ってくれないみたいだね」


「そうですね……しかし失礼ですがヨシュア様はアルドぼっちゃまをそこまで心配していないように見えますが」

「そう見えるかい? そうだね……そうなのかもしれない。僕には正直な話、アルが道半ばで倒れる姿がどうしても想像出来ないんだよ」


「それはアルドぼっちゃまが使徒だからですか?」

「どうなんだろう。アルならどんな困難でも簡単に解決しそうな気がする。ここだけの話、アルは僕にとっての英雄なんだろうね……」


「なるほど。では、この件はアルドぼっちゃまが持ってこられた話でもあります。であればいつも以上に抜かりなく対処させて頂きます」

「そうだ……そうだね。分かったよ。僕も気合を入れ直すよ。英雄様のためにもね」






僕の名はヨシュア=フォン=ブルーリング。アルとエルの父親だ。

今回の事の起こりは、アル達がミルド領の翼の迷宮を踏破した事から始まったと思われる。


アル達がミルドから帰って暫くすると、匿名で1通の手紙と荷物が送られてきたのだ。

手紙の内容は驚いた事に、数年前に起きたブルーリング領主館襲撃の詳細であった。


既にエルフの娘ファリステアを狙いブルーリングの領主館を襲った族は、王家の取り調べにより現カシュー家当主の次男、ノーグの指示であると確定している。

指示役のノーグは事件後、早々に処刑されており賠償金の神金貨10枚も数年前、既に受け取った。


言わばこの件は終わった話であったのだが、手紙によると事件は次男だけでなく現カシュー家当主の奥方や弟、要は当主と跡継ぎ以外の主要な者が加担していたと記してあったのだ。

しかも証拠として、手紙ややり取りした書類、金の流れなどが記した物などが別の木箱に詰め込まれていた。


こちらとしても独自に裏を取ったが、どうやらこれらの書類は本物のようだ。

この手紙と資料を送ってきたのは誰なのか……そしてその意図は……ブルーリングの諜報部隊を動かしてみた所、微かにだがミルドの関与と思われる痕跡が見つかった。


翼の迷宮踏破のタイミングに闇ギルドへの伝手、色々な情報を加味してどうやら本当にミルドが関与していると思われる。

恐らく向こうからすれば、迷宮踏破の感謝だとかそんな馴れ合いのつもりは無く、これで借りは返したと言いたいのだろう。


ブルーリングとミルドの関係からすれば、きっと次に何かあれば気兼ねなく攻撃できるぐらいに考えているに違い無い。であればこちらとしても遠慮無くこの資料を使わせてもらおうと思う。

終わった話ではあるが、流石にこれだけの証拠があってカシューを放置していては、ブルーリング家が舐められると言うものだ。


王都の父さんとも相談した結果、事の次第を王家に伝え、ブルーリングとして単独で処理すべく王家に請願する事を決めた。

請願の内容はブルーリングからカシューに対する宣戦布告の許可と、王家不介入の約定の2つ。


王家としてもこれだけの証拠が出てしまえば、エルフへの配慮もあってカシュー家を庇う事も難しい。

こちらとしてもアルとエルがドラゴンスレイヤーであると公表したばかりである。申し訳無いがブルーリングの『武』を見せ付けるのにカシューであれば丁度良い相手だ。


こうして関係各所に根回しを終え、王家へ使いを出したのがエルの結婚式の前である。

それから何度か父さんが王家に呼び出されたようだが、これは貴族家としてのメンツの問題だ、と王家の仲裁を突っぱねさせてもらった。


結果、内々で『やり過ぎるな』と言う言葉と共に、王家から2つの書類をもぎ取ったのが今回の手紙の中身である。

しかし父さんとの話し合いでも出ていたが、こちらとしては本気でカシューを攻めるつもりはあまり無い。


勿論、状況によっては武力を使う事になるだろうが、こちらの本当の目的はヴェラの街である。アル達の話では、魔の森のマナスポットとヴェラの街は1日もあれば行き来できてしまう距離なのだと言う。

新しい国を作るには、どうしてもアル達の魔力を気にしなくても良いマナスポットの位置が重要になってくる。


であれば、どのタイミングかは不明だが、いつか必ずヴェラの街が邪魔になるはずなのだ。

カシューには申し訳ないと思いつつ、憂いは早目に摘んでおいた方が良い。


結果、子爵へ陞爵される話も白紙にされ、王家の影としての働きも無いものとされてしまったが、カシューへの強力なカードを手に入れるに至ったのだった。






アルがヴェラの街から戻って直ぐに、カシュー側へこちらの動きをリークすると、効果はテキメンだった。

エルの結婚式には当主が直々にやってきて、終始、青い顔で佇んでいた姿は気の毒になるほどで、あの態度を見れば恐らくはそう難しい交渉にはならないと踏んでいる。


しかし、カシュー側がヴェラの割譲をどうしても渋るようなら……最悪ヴェラの街は地図の上から消えてもらう事になるだろう。

こちらの手に入らないのであれば、あの街は邪魔でしか無いのだから。


後はアシェラの母方の親族であるグラン家であるが、彼等の事を最も気にしていたのは今はいないアルである。

回復魔法の大家でもあるグラン家を取り込めれば、これからのブルーリングに大きな利がある。


是非ともこちら側に引き込みたい所ではあるが、スパイの可能性や忠誠を誓ってくれるか……もっと言えば新しい種族として、共に歩いてくれるかは未知数なのだ。

本来ならハルヴァとルーシェに橋渡しを頼みたい所ではあるのだが……あの2人を貴族の謀略に巻き込み過ぎると、帰って来たアルが何を言うか……


うーん……悩んだ末に、僕は目の前のローランドに聞いてみた。


「ローランド、ヴェラの街は手に入らなければ消えて貰うのは、以前からの話通りとして……グラン家をどう取り込むか、良い案はあるかい?」

「それは……アルドぼっちゃま次第ですね」


「やっぱりそうなるよね。ハァ、頭が痛い……」

「アルドぼっちゃまはブルーリングの英雄、サンドラの英雄、ミルドの英雄、更にドラゴンスレイヤー。王家の影としての働きも帳消しになったとは言え、無視できる物ではありません。しかも救世主で使徒……私如きではとてもとても……」


「やっぱりエルかアシェラ、ラフィにしかアルの手綱は無理かな」

「そうですね。アルドぼっちゃまは登り始めた竜ですから。御せるのは同じ資格を持つ者か、それと同等の者しか無理かと思います」


「そうだよね。本来ならグラン家との橋渡しにはアシェラが適任なんだけど、今のあの子には無理だろうしね」

「そうですね……正直、あそこまで脆いとは思いませんでした」


「類まれな『武』にばかり目が行って、まだ18歳の少女だと言うのを忘れていたよ」

「それは私もです」


「ハァ……しょうがない、ラフィとエル……それとマールを呼んでくれるかい」

「分かりました」


そうして僕とローランドはもう1人の英雄に泣きつくのだった。






ローランドに呼んでもらい執務室にラフィ、エル、マールがやってきて、僕はここ一連の王家とのやり取りを説明した。


「………………と言う事でカシューに対して宣戦布告をし、ヴェラの街の割譲を目指そうと思う。エルとマールには無慈悲に聞こえるかも知れないけど、政治は綺麗ごとだけじゃ出来ないんだ。将来の禍根になるだろうヴェラの街は奪い取るか、最悪は地図の上から消えてもらう事になる」


僕の言葉にラフィは飄々とし、エルとマールは青い顔をしている。


「しょうがないわね。今なら流す血は最小限で済むでしょうしね」

「エル、マール、辛いだろうが理解してほしい」

「ぼ、僕は兄さまから政治を任されました。であれば清濁併せ吞むのは覚悟の上です!」

「わ、私は……割り切れるように努力します……」


「で、本題はここからなんだ。アシェラの母方の実家、グラン家の事なんだけど…………」


僕はローランドとの話を隠す事なく、皆に全て話して聞かせた。


「………………グラン家を取り込むに当たってハルヴァとルーシェを頼りたいんだけど、謀略にあの2人を巻き込んでアルに怒られるのが怖い……」

「あー、確かにアルならヘソを曲げそうね。アシェラが元気なら問題無いんでしょうけど」


「そうなんだよ。アシェラがあの状態でハルヴァとルーシェに何かあったら……更にアシェラへ負担がかかるからね。それをアルが後から知ったら……」

「……最悪はあの子なら何も言わずにアシェラ達を連れて出奔するわね」

「確かに、兄さまならそうすると思います……」

「アルドなら……確かに」


「だから何か良い案が無いかを考えてほしい。王家からの書状も届いた今、そんなに時間は無いんだ」

「うーん、こうなるとアシェラを元気にするのが一番早いのよね」

「アシェラ姉ですか……」

「アシェラ……」


やはりラフィ、エル、マールでも今のアシェラを元気づけるのは難しいのか……オリビアとライラは自分の事で手一杯だろうし……

そんな僕の気持ちを察したラフィは苦笑いを浮かべて口を開いた。


「そんな顔をしないでヨシュア。私に出来るかは分からないけど、一度アシェラと話をしてみるわ」

「すまない。頼むよ、ラフィ」


そんな僕達の会話にマールが割って入ってくる。


「お、お義母様、私も一緒に……」

「そうね、アナタ達は幼馴染だものね。分かったわ、マール。2人でアシェラと話しましょう」


「はい、ありがとうございます」


こうして執務室には僕、ローランド、エルの男性陣がポツンと残され、ラフィとマールの女性陣はアシェラの下へと向かったのだった。






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