第203話家
203.家
夏休みも残り3日と迫った日の事。
オレは婚約者であるアシェラとオリビアに、卒業後の新居を一緒に見に行こう、と誘おうとしている所だ。
「アシェラ、オリビア。以前から言ってる通り、オレは学園を卒業したら貴族の籍を抜くつもりだ」
「うん、聞いてる」
「はい、聞いています」
「当然、家も出る事になるんだが……ブルーリング領の屋敷と演習場の間にある、今は使っていない家を改装して住もうと思う」
「うん」
「はい」
「お、オレと……け、結婚すると2人にとっても新居になるはずだから……一度、見に行かないか?」
「うん……」
「はい!」
アシェラは頬を染めて嬉し恥ずかしそうに、オリビアは満面の笑みで返事を返してきた。
早速、ブルーリングへ飛ぶためにアオの間へ向かっていると、何時の間にかライラが一番後ろに付いてくる。
これは婚約者同士の新居の見学だ……流石に部外者の同行を許して良いとは思えない。
オレは立ち止まりゆっくりと振り返ると、アシェラとオリビアがライラを守るかのように立ち塞がった。
「アシェラ、オリビア、前から言いたい事があったんだが……」
「ボクは無い」
「私もありませんわ」
「……」
「アルド、早く見に行こう」
「楽しみですね」
結局、いつものように流されてしまうのか、オレは……何かオリビアと婚約してから数の論理なのか、オレの意見が更に通らなくなった気がする……
割り切れない思いを抱えながらも、念の為にナイフを2本装備してアオの間へと入っていく。
やはりこの部屋では畏れを感じるらしく、3人は必死に耐えている。
直ぐにアオを呼びだして飛ばしてもらおう。
「アルド、どうしたんだい?」
「すまないが、ブルーリングに飛ばしてほしいんだ」
「了解だ」
アオがそう言った瞬間、相変わらず長いのか短いのか分からない感覚があった。
そして気が付いた時には、目の前に青い指輪が見える。
畏れで顔が強張っている3人を促して、直ぐに指輪の部屋を出ていき、目的の家へと向かおうと思う。
屋敷を出ようとすると王都では晴れていた空が、ドンヨリと曇っている事に気が付いた。
折角の新居の見学なのに……何か不穏な物を感じてしまう……
日を改めても良いのだが、折角ここまで来たのだから少しだけでも見ておきたい。
今にも雨が降りそうな天気の中を歩いていくと、目的の家が見えてきた。
オレの第一印象は……オバケ屋敷……ナニコレ?前に見た時は、これよりだいぶ綺麗だった気がしたんだが……
家の外壁には何かのツルが所狭しと巻き付いており、元の壁の色が分からないほどだ……
ここに人が住んでたら、ソイツは間違い無く頭がおかしいか、この世の者では無いだろう。
オレは恐る恐る後ろを見ると、アシェラは思ったより平気そうだったが、オリビアは想定していなかったのだろう、挙動不審になっている。
ライラなど眼に涙をためて今にも泣き出しそうだ……このまま住むとは言って無いぞ!
「お、思ったよりボロボロだな……だ、大丈夫。痛んでいる所は建て直そう」
オレの言葉にやっと安心したのか、3人は少しだけ笑みを見せてくれた。
「じゃあ、間取りだけでも見ておくか。希望があれば改築の時に取り入れるからな」
「ボクはお風呂とトイレを、王都の屋敷と同じにしてほしい」
「私は厨房機器と書斎がほしいです」
「わ、私は……アルド君の寝室への扉がほしい……」
ライラが何か言っている……だからお前は婚約者じゃないと言ってるだろうに……
「ぼ、ボクもアルドの部屋への扉が欲しいな……」
「私も当然、作ってくれますよね?」
構造上、3部屋からの扉は無理だと思いますよ?
この調子ではいつまで経っても話が進まないので、さっさと中へ入ろうと思う。
屋敷でこの家の鍵は借りてきたので早速、鍵を開けようとするのだが、錆びているのか鍵が回らない。
しょうがないので……身体強化をかけて鍵を回す!ゆっくりと回り出したと思ったら、なんと鍵が折れてしまった。
呆然と折れた鍵を見つめていると、アシェラが空間蹴りで空へ駆け出していく……白か。
2~3分でアシェラが戻ってくると、2階に鍵がかかっていない部屋があった事を教えてくれた。
「2階に鍵がかかっていない部屋があった……」
「流石アシェラだ。どこの部屋だ?」
「あそこ」
アシェラが2階の真ん中の部屋を指差している。先にアシェラが跳ぶのかと思ったら、頬を染めてオレを上目遣いで見つめてきた。
「見たいの?」
思わず「見たい!」叫びそうになったが、他の2人の眼が冷たい。
「……中から鍵を開けてくるからここで待っててくれ」
そう言ってオレは空間蹴りで空へ駆け出していく。
アシェラに教えてもらった通り、窓には鍵はかかっていなかった。
ゆっくりと窓を開け部屋の中へと入っていく……
部屋の中は真っ暗だ。窓も扉も全て閉まっているのだから当たり前なのだが……
正直に言おう……実は滅茶苦茶ビビッている。竜種にも向かって行くオレだが、幽霊の類は苦手なのだ。
だって幽霊切れないじゃん!ウィンドバレットも効くか分からないし……
恐る恐るライトの魔法を発動し天井付近に設置した。
これで部屋は明るくなった訳だが……これは……家の中が滅茶苦茶になっている。
雑草が家の中に生えているのだ。
床板と床板の間や隙間からひっきりなしに生えている。
本当に基礎部分以外は全部、建て直しになりそうだ……お金足りるかな……
いっその事、全部 壊して建て直した方が早いんじゃないか?とすら思えてくる。
アシェラ達を待たせている事を思い出し、ライトの魔法を自分の頭の上に持ってきた。
視界を確保し玄関に向かうため、廊下に出ると更に酷い光景が……
どれ程、放っておいたらここまで荒れ果てるのか……家の中は壁が傾き、玄関前の大階段は半ばから崩れていた。
オレは使えなくなった階段を横目に空間蹴りで1階まで下りて行く。
玄関の鍵を中側から開けてゆっくりと扉を開くと、3人が心配そうな顔で待っていた。
「アルド、遅い。少し心配した」
「悪い。思ったよりボロボロでな……階段もこの通りだ」
全員が半ばから崩れた階段を見て、驚いた顔をしている。
「これは、本当に基礎部分以外は使えないかな……」
「そうですね。無理に残して事故でも起こすとマズイですから……あ、新しい種族のために……あ、赤ちゃんを早めに生まないといけませんし……」
いつも挑発的なオリビアも、流石に赤ちゃんを産む話は少し恥ずかしそうだ。
ここにいてもしょうがないので、家の中を見て回る事にする。
一通り見て回り、どの部屋も同じような惨状だったが、オレはこの状況に違和感を感じ始めていた。
良く見ると大階段も小さな木が継ぎ目から生えてきた事で、壊れてしまったようだ。
しかも壊れた破断面を見ると、まだ新しい……
雑草もそうだ。これだけの雑草が生えているのに枯れた雑草が1つも無い。
オレが考え込んでいると、アシェラがオレの背中をつついてきた。
「どうした?」
「何かいる……」
アシェラの言葉に全員がすぐに臨戦態勢に入る。
二刀のナイフを構えたオレと格闘のアシェラが前衛でオリビアとライラが後衛だ。
「ライラ、オリビアを任せる……」
「はい!」
普段はモジモジしてあまり話さないのだが、流石は紫の少女、戦闘の時は頼りになる。
「ソナーを使う。刺激して襲い掛かって来るかもしれないから注意してくれ」
「分かった」
「「分かったわ」」
オレは念の為に100メードの範囲ソナーを打った……
魔力の反射に意識を傾ける……
アシェラが言うように確かに何かがいるのは分かるが……反応はオレの目の前から感じられるのだ……
今は2メードほど前にいるが基本、動き回っている……見えない敵……幽霊……背筋に冷たい物が走る……
「いる……め、目の前にいる……」
「「「め、目の前?」」」
「ソナーではオレの目の前……2メード先に反応があるんだ……」
オレの言葉に3人は一斉に後ずさった。
「あ、アシェラ、魔眼でも何も見えないのか?」
アシェラは眼を凝らすが渋い顔をしている。
「見えない……でも、たまに薄っすらと光る」
「そうか……」
ぶっちゃけ逃げ出したい……しかし、アシェラとオリビアを置いて逃げられる訳もなく……
切羽詰まったオレはアオを呼び出した。
アオなら幽霊への対処を何か知っているかもしれない。こいつは精霊だけあってオレ達の知らない事を沢山知っている。
早速、幽霊の事を聞こうとすると、アオがいきなり怒り出した。
「何やってるんだよ!」
いきなり怒られた……意味が分からない。
「来るなって言っただろ!」
え?ここ来ちゃダメだったの?初めて聞いたんだけど……
「流石の僕も今回は本気で怒ったからね……」
アオの剣幕は尋常じゃない。気が付かないうちにオレが何かをやってしまったのかも……
心当たりは無いが、取り敢えずは謝って、幽霊の対処法を聞かねば!
「アオ……良く分からないが悪k……」」
「ちょっとアルドは黙っててくれないか?」
は?謝ろうと思ったのに……アオの言っている事が全く分からない……
「聞いてるのかい!ドライアド!!」
ドライアド?ドライアドってエルフの精霊の?
オレが呆けているとアオが続けて話し出す。
「ああ、もうマナの流れが滅茶苦茶じゃないか。しょうがない……僕のマナと同調して……少しの間、僕の配下に入ってもらうよ!」
「分かったわよーだ。アオちゃん五月蠅いんだーー」
アオが「配下」だかと叫ぶと徐々に10歳ほどの半人半樹の少女が、オレのすぐ隣に現れた。
「うわ!」
オレは驚き過ぎて地面に尻もちをついてしまう……少女はそんな事、知ったこっちゃないとばかりに人好きのする笑顔で、5センドほどの距離まで顔を近づけてきた……
「アナタが今代の使徒ね。ふーん。弱っそうーー、直ぐに死んじゃうんじゃ無い?キャハハハ」
かなり失礼な事を言われていたのだが、驚きが先にきて怒りまで感情が回ってこない。
しかし、この言葉に怒りを表したのが4人?いた。
僅かに立ち昇る怒気……振り返るとアシェラ、ライラ、それにオリビアからも僅かに怒気が立ち昇っている。
しかし相手がマズイ。ドライアドはエルフの精霊だ。
アシェラ達を止めてもらおうとアオを見ると、同じく怒気を立ち昇らせていた……お前もか!ブルータス。
「何よーーすぐ怒ってーーー怒りんぼなんだーーー!」
ドライアドはそう言って、この場から逃げ出そうとしたのだろう……しかしその姿は以前としてオレの隣にある。
想定外の事が起こっているらしく、ドライアドが滝の様に汗を流し始めた。
「もしかして……」
ドライアドがアオに話しかけている。
「ああ、今は臨時で僕の配下にさせてもらったからね。全てのチカラは封じさせてもらったよ」
ドライアドはムンクの叫びのような顔をしてから、ゆっくりこちらに向き直ると綺麗な土下座を始めた。
「どーも、サーセン!」
あまりの切り替えの早さにオレは付いて行けない……少女の土下座とか……
アシェラ達は一応の謝罪に怒気を収めていった。
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