第146話爪牙の迷宮 part5
146.爪牙の迷宮 part5
昨日の夜も相変わらずスライエイブの襲撃があった。倒した敵は隅に纏めて置いてある。
朝食を摂って身支度をしたら、最近の恒例になっているスライエイブの爪と魔石の剥ぎ取りを始めた。
迷宮の中で10時間も放置すると魔物の死骸だけではなく、動かさなかった野営の道具すら迷宮に飲まれてしまう。
スライエイブがすぐ迷宮に飲まれる事は無いのだが、早めに採取しておいた方が間違いは無い。
採取も30分程で終わり全員、身支度も終わっている。後は地上へ戻るだけだ。
「さあ、あのサルの顔も見飽きましたし地上へ帰りましょう!」
「「「「おー」」」」
ナーガさんの言葉にオレ達はテンションMAXで地上への道を上って行く。
今回の迷宮探索ででバーニアの練度はかなり上がり、ストレス無くほぼ思った通りに使いこなせる様になった。
後は胸に噴射口を付ければ完璧のはずだ。王都に戻ったらファイアリザードの皮の件を謝るついでに鎧の改造を依頼しなければ。
オレ達は久しぶりの地上への道のりを、笑みを浮かべながら進んで行く。
朝から足早に迷宮を戻って1階層の半ばまで戻ってきたが、後2時間もすると夕食の時間になる頃合いだ。
この9日間、オレ達が4階層で野営をしていた間、ジョー達は結局、3度も野営地へきてくれた。
そして2度目の時には、なんと“迷宮の外で狩って焼いたと言う野兎の肉”を持ってきてくれたのだ。
普段なら野兎の肉に塩を振って焼いただけの物など見向きもしないのだが、ジョー達が持ってきてくれた肉は涙が出そうになるくらい美味かった。
ジョーの事なので恐らくは地上に出てもそんな物は用意してないだろう。ジョーの気の利かなさは折り紙付きだ。
そう思いオレは2階層である提案をしてみた。
「ナーガさん。地上に出るのは恐らく夕食の頃ですよね?」
「そうですね」
「僕が持って行くのでボアの肉を人数分、狩って行きませんか?」
全員が驚いた顔をしてから、縋る様な眼でナーガさんを凝視する。
「わ、分かりました。そんな必死の眼で見ないでください。食事が辛いのは私も同じです」
そうして1階層に上がる寸前にいたボアを狩り、8人では かなり多い量の肉を採取した。
元々、地上が恋しかったのもあるがボアの肉を食べられると言う事で、オレ達は脇目もふらずに地上を目指している。
オレ達はいつに無く真剣に迷宮を進んで行く。頭にあるのは”ボアの肉”。いつの間にか呆れた顔で見ていたはずのナーガさんまで足早に地上を目指していた。
いつもなら2時間程の道のりを1時間と少しで踏破し、オレ達はとうとう地上への出口までやってきた。
「出口……」
誰の呟きか……只、全員が同じ事を感じていたのは間違い無い。
隊列のままゆっくりと迷宮の外へ出る。
“領域”が変わった様な感覚を覚えたが、特に変わった所は無く全員が笑顔を浮かべていた。
「「「お疲れ様でした」」」
すぐ近くでジョー達が焚火を焚いて野営の準備をしている。
「ジョグナさん。ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
「ジョグナ君、ありがとうね」
思い思いの挨拶をした所でジョー以外の2人が立ち上がり装備を身に着けだした。
「じゃあ、オレ達は先に王都へ行って馬車の準備をしてくるぜ」
ゴド達が王都に戻って馬車を用意してくれる様だ。
「ああ、オレはアルド達がゆっくり眠れるように朝まで見張りだ」
「知ってるよ。その為に昼間から睡眠薬飲んで寝まくってただろうが」
「ば、言わなくていいんだよ。そんな事は……」
ゴド達はジョーを笑いながら王都へと歩いて行く。
辺りはすっかり暗く、すぐにゴド達は見えなくなってしまった。
「ゴド達、大丈夫か?朝になってから出た方が良かったんじゃないか?」
オレが心配でそういうとジョーが呆れた顔で話しだす。
「アルド。オレ達を舐め過ぎだ。今日は星が出てる。星の位置で方角は分かるし、ここらの魔物に遅れは取らねぇよ」
「そうか。すまない」
「なんだ。今日は妙に素直だな」
「そうか?オレはいつも素直だぞ」
「そうかよ」
そう言ってジョーと笑いながら焚火へと移動した。
外は迷宮と違い寒かった。しかし暖かいからと言って迷宮に戻る気にはならない。
持ってきたボアの肉を”コブシ”程に切りそこらに落ちている木の棒を刺していく。
肉は全部で18個になったので1人に3個ずつ渡した。
自分の分の肉をそれぞれが焚火にかけ塩を振って好きに焼いて行く。
気が早いジョーなどは焼けたと思ったら齧り赤身が出てきたら、また焼いて……を繰り返している。
黒パンと干し肉の食事に嫌気がさしていた全員が会話も無くもくもくとボアの肉を齧り続けた。
結局、全員がコブシ3つ分の肉を食べきってしまう。
コブシ3つ分……1つで200gとしても600g良く食べれたものだ。
少し驚きながら満腹になったお腹をさする。
そこからはジョーが迷宮の中での様子を聞きたがったので詳しく説明してやった。
ジョーの様子を見ると本当は参加したかったのが良く分かる。
ただ実際に迷宮に入ってみて分かったがCランクのジョーでは迷宮踏破はキツイ。
前回の様に転移罠にかかるだけ。と言うならフォローのしようもあるが地竜に挑むには力不足だ。
ジョーにもそれが分かっているのだろう。だから自分から辞退したのだ。迷惑になる事が想像できたから。
オレの説明にいちいち驚いたりスライエイブの話では一緒に怒ったり……時間に余裕があって、もう少し簡単な迷宮なら一緒に探索したいと素直に思った。
「ジョー、オレ達は後2年半したらブルーリングに帰るんだ」
「そうか……寂しくなるな」
「その時にはジョーもブルーリングに来ないか?」
「オレが、ブルーリングに?」
「ああ。ノエルも付けてやるぞ」
「ば、バカ。お前。何言ってるんだ」
「気が向いたらで良い。考えておいてくれ」
「……ああ。気が向いたらな」
ボアを食べてお腹が膨れたら……やはり眠気が襲ってきた。周りを見てもエルやアシェラは勿論、ナーガさんまで眠そうだ。
母さんなんて既に目を瞑って船を漕ぎだしている。
「ジョー。見張りを任せて良いか?」
「ああ、任せろ」
「危なかったら、無理せずに起こしてくれ」
「分かった」
そこから母さんを寝かせ、それぞれが好きな場所で横になっていく。
アシェラなどオレのマントに入ってきやがった。アシェラさん目が冴えて眠れ無くなるんですが……
ナーガさんがこちらを睨んで、ジョーが肩を竦めているのは見なかった事にしよう。
そのままアシェラに腕枕をし、オレはリュックを枕にして眠りに落ちていった。
次の日の朝-----------
ボンヤリと意識が覚醒してくるとアシェラはまだオレの腕枕で眠っていた。お互い同じ方向を向いているので本当に眠っているかは分からないのだが……
ナーガさんがチラチラ睨んでくるし、ジョーも呆れた顔を向けてくる……あ、ジョーと眼があった。
オレは眼を閉じ、寝たふりをするがジョーにつっこまれてしまう。
「おい!目が合ったよな、今。どうして誤魔化せると思ったのか聞きたいわ!」
ちっ。だからお前はジョーなんだ。そこは空気を読んで見ないフリだろうが。
オレが起きる為にアシェラの頭を動かそうとすると、アシェラがムクリと起き出し何でもない風に話し出す。
「おはよう。アルド」
「お、おう。おはよう、アシェラ……」
こいつ絶対に起きてただろ。
「アシェラ。起きてたのか……」
「今、起きた」
「おま。それで押し通すつもりなのか……」
「今、起きた」
「……」
「今、起きた」
「分かったよ。それで良い……」
「うん」
騒がしくしていたらエルも起き出した。母さんだけは、いつもの通り熟睡だったが。
朝の身支度を終え、いよいよ出発である。
「ちょっと荷物が多いけど、賢狼の森を抜ければゴドさんたちが馬車を用意してくれているはずよ」
「「「はい」」」
「じゃあ行きましょう」
ナーガさんの号令で一向は出発しだした。
荷物は確かに多く木箱10個。殆どはスライエイブの爪と魔石だ。
実は今回の迷宮探索に当たってブルーリング家から資金援助の話があったのだが、ナーガさんが難色を示した。
ナーガさんはサブギルドマスターで今回は休暇を取っての個人的な迷宮探索である。
これが実はサブギルドマスターが休暇を取ってブルーリングの資本の迷宮探索をしていました。となるとブルーリングとの癒着が噂されてしまう。
実際はそんな事は無くてもお互いに良い結果にならないと判断し、今回の迷宮探索は自費で行う事になった。
こうしてスライエイブの爪と魔石がぎっしりと入った木箱5個を人力車でジョーが引き、オレ、エル、アシェラ、母さん、ナーガさんで木箱を1箱ずつ運んでいる。
1人1箱の手運びを母さんは当然の様にゴネた。
“人力車にもう1個積める”から始まり“アルが2個持てば良い”、挙句に“1箱ぐらい捨てても良いんじゃ?”とのたまいやがった。
結局、“捨てるくらいなら4階層で捨ててくる”とナーガさんに言い返され渋々運んでいる。
途中、何度か茂みの中が騒がしかったがウィンドバレットを撃ち込んでやると驚いて逃げていった。
賢狼の森を1時間ほど歩くとやっと街道へ出た。
一息つき回りを見渡すと近くにゴド達が手を振っている。その横には幌馬車が2台、御者付きで止まっていた。
幌馬車を人力車の横に付けて貰い、木箱を10個片方の幌馬車に乗せる。
もう片方の幌馬車にオレ達5人とジョー達3人、計8人が乗っての移動だ。
道中、ゴド達は昨夜のジョーと同じ様に迷宮の事を聞きたがった。
やはり迷宮探索にワクワクしないヤツはそもそも冒険者になんてならないのだろう。
ゴド達が眼を輝かせてオレ達の話を聞くさまは年齢を感じさせない少年の様だ。
幌馬車の中でそんな話をしていると、何時の間にかかなりの時間が経っていた。ゆっくりと幌馬車が止まり外から話声が聞こえる。御者に声をかけられ外を見ると、門番が呆れた顔でこちらを眺めていた。
「何を話してるか知らんが、こっちも仕事なんでな。身分書を出してくれないか?」
全員が慌てて懐から冒険者カードを取り出し門番へ見せる。
「B2人にC3人E1人F2人……新人の教育か。坊主達、しっかり教えて貰えよ」
「「「はい」」」
オレ、エル、アシェラの3人が門番へと返事をすると、ジョー達3人が何とも言えない顔をしていたのは見なかったフリをする。
馬車は問題なく冒険者ギルドへ到着し、オレ達は手分けして木箱を中へ運んでいく。
ジョー達3人が木箱を運ぶ為にギルドへ入ると色々な人に声をかけられていたが、オレが続いて木箱を持って現れた瞬間、ギルドの中は静まり返った。
流石に気分が悪い。オレは立ち止まり周りを見渡すと、殆どの冒険者がオレと眼を合わせない様に下を向いてしまう。
そこに、この空気を打ち壊す様に笑い声が響いた。
ジョーだ。静まり返り下を向いている冒険者を無視してジョーはオレに指を差して笑っている。
「ガハハハハ……アルド、お前どんだけ怖がられてるんだよ……ぷっ……」
「おま。笑い過ぎだろうが……」
「そりゃ笑うだろ。何だ、この空気。お前、猛獣か何かかよ……ぷぷっ……」
ジョーが1人笑っているせいか、徐々に場は呆れた空気が流れだす。
「お前等も、子供相手にいつまでもみっともない真似するなよ」
最後にジョーはギルド中に聞こえる様に大きな声で叫んでその場を後にした。
木箱を運び終え、ギルドの外で全員が集まっている。
「では、今日は皆さんお疲れでしょうから明後日の朝に報酬の分配をしましょうか」
「「「はい」」」
「「「了解」」」
「では長い間の迷宮探索、お疲れ様でした。次の探索は7日後を予定してます」
こうして長かった迷宮探索に一度、区切りが付いた。7日後に向けて出来る準備をしなければ。
オレ、エル、アシェラ、母さん、と一緒にブルーリング邸への道を歩いているのだが何故かジョーも一緒に付いてくる。
「どうした?」
「あ、いや……ふ、風呂に入らせて貰おうかと……」
「ん?…………ノエルか?」
「あー。それもあるかもな……」
「そっか。それもあるか。ついでだってノエルに言っておくわ」
「ば、おま、それはダメだろ?言うなよ。絶対言うなよ」
ジョーよ。それはフリだぞ。言ってほしいみたいに聞こえるじゃないか。
次の探索は7日後。超振動、バーニア、の修行に鎧の改造、それに食事の改善。次の探索までにやる事が沢山ある。
全部は無理でも出来る範囲にはなるが最善を尽くそうと思う。
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