第145話爪牙の迷宮 part4

145.爪牙の迷宮 part4




迷宮に入って6日目の朝。


オレ達は未だに4階層に降りてすぐの場所で野営をしていた。

相変わらずスライエイブは定期的に奇襲をかけてくる。知能があるなら敵わないと分かりそうな物なのだが……


きっと魔物としての本能が勝つのだろう。

流石に4日以上あのクソザルと顔を合わせていれば、ナーガさんや母さんが何をオレ達に叩き込みたいのか何となく分かって来た。


要はチカラの入れ方と抜き方。いつも気を張っていては持たないし、いつも気を抜いていては判断が遅れる。

頭では無く感覚としてスイッチの入り切りを出来る様になって欲しかったのではないか。


そう考えるとスライエイブは最適だ。正直あいつら10匹に囲まれても倒せる自信がある。

弱いくせに逃げずに周りをうろつくし、数が揃うと無謀にも突っ込んでくる。


そんな話を母さんとナーガさんに話すと2人は笑いながら”半分正解”と言って話し出した。


「アルド君、エルファス君、アシェラさん、半分正解よ。このスライエイブはBランクに上がる際の試験に使われる魔物なの」

「Bランクに?」


「そう、Bランクになると言う事は護衛などで複数のパーティの纏め役を務める必要があるの」

「はい」


「そこで最低限の冷静さの保ち方や野営の時の意識の裂き方、果ては撤退の判断。そんな物の適正を判断する為の試験よ」

「……」


「この4日間。皆を見せてもらったわ」

「……」


「アルド君、エルファス君、アシェラさん、最初の2日間はいかにスライエイブを倒す事しか考えてなかったでしょう?」

「はい……スライエイブにのみ神経を集中してました……」


「3日目は疲れ果てた顔してたものね」

「……はい」


「4日目の昨日は落ち着いていたわね?」

「はい……スライエイブに疲れたと言うか……一定の意識を向けておけば無理に追わなくても、それが一番楽でした……」


「それで今日ね」

「はい。探索が長くなればなるほど疲れが溜まるので、チカラの抜き方を実際の野営をしながら学んだのかな。っと……」


「そうね。それに加え他の人の様子も見られたら、皆にBランクをあげても良いくらいよ」


そう笑いながらナーガさんが話す横で母さんは肩を竦めていた。





ナーガさんから奥に進むか、この階層でもう少し修行を積むかを、自分達で判断しろと言われてしまった。

Bランク相当ならその判断もしてみせろ。と言う事なのだろう。


「エル、アシェラ、どうする?」

「僕はあのサルの顔は見たく無いですが、今日で6日目ですか……」

「ボクもあのサルたちにはウンザリしてる」


「10日って日程を考えると……ここから7階層を目指すか、それともここで超振動の修行をするか……」

「中途半端に攻略するぐらいなら、超振動の修行に当てた方が良いかもしれません」

「それならボクは魔力盾とバーニアを修行する」


「アシェラにバーニアか……恐ろしい事になりそうだ……」

「兄さまとアシェラ姉の戦い方は、バーニアの恩恵が大きそうですしね」

「すぐにアルドを抜く予定」


「お手柔らかにな。じゃあ、ここで修行って事で良いな」

「はい、兄さま」

「うん」


オレはナーガさんの方に向き直る。


「ナーガさん。今回はこの階層で修行する事にします」

「分かりました。無理しない様に」


「はい」


奥に進めないのは残念だが、まずは超振動の発動に5秒を切って1分以上維持したい。

それを達成して何とか戦闘に組み込めるかどうか……


今のままでは発動までに時間がかかりすぎて、一か八かの特攻にしか使い道が無い。

発動を3秒まで縮められたなら発動>攻撃を1つのセットとして要所で使っていけるはずだ。


先はまだまだ遠いが、一歩一歩進んで行こうと思う。




2日後(迷宮に入って8日後)の朝------------




毎日スライエイプに纏わり付かれながらも必死に修行をして、何とか超振動の発動を8秒まで縮める事に成功した。


「エル、なんとか8秒まで縮める事が出来た」

「流石、兄さまです」


「エルならもう少し何とかできるか?」

「自信は無いですが……」


「ダメ元で良いからやってみてくれないか?」

「分かりました……」


エルは眼を瞑って自然体で立っている。その姿だけ見れば魔力操作を覚える為に瞑想をしていた時のようだ。

30分ほど経ってエルがゆっくりと眼を開けた。


「兄さま。どうでしょうか?」


そう言いながらエルが出した右手を掴み魔力共鳴でどこを直したのかを理解する。


「やってみる」


オレはそう呟くと魔力武器(大剣)を出し超振動をかけていく……

ヒィィィィィィンと虫の羽音の様な甲高い音が響きだす。


すぐに超振動を切りエルへと向き直った。


「エル、すごいぞ。超振動の発動が6秒になってる」

「流石、兄さまです」


「いやいや。おかしいだろ。お前の手柄じゃないか」

「僕は綺麗にしただけなので」


「綺麗?」

「はい。僕は兄さまと違って超振動のイメージが分かりません。ですので僕が出来るのは自分の中の超振動の魔力の流れを見て綺麗に整える事だけなんです」


「魔力の流れを整える……」

「はい」


エルの言う事はオレの頭の片隅にさえ無かった発想である。

もしかして……空間蹴りや壁走りを開発する時、母さんに毎日、魔力共鳴を強制されてた……


オレが大雑把に魔力の流れを決めてエルが調整……これを繰り返してたのか……

ハ、ハハハ……参った……オレは心から思う……エルと双子で良かった。


「エル。ありがとう。お前が弟でオレは運が良い!」


エルはオレがいきなり訳の分からない事を言い出したのでポカンとしている。





超振動が一気に6秒まで短縮できた。これなら次かその次の迷宮探索には地竜へ挑めるかもしれない。

超振動の修行に目処が立つとスライエイブを相手にもう少しバーニアを修行したくなってきた。


超振動は最悪、王都の自室でも出来るがバーニアはそうはいかない。


「ナーガさん。スライエイブ相手にバーニアの修行をしたいと思います。野営地を離れても良いですか?」


スライエイブはすぐに逃げてしまう。野営地を離れて自由に動く許可が欲しい。

それと、もし出来れば5階層でファイアリザードの皮を手にいれたいと思う。


「ダメです。1人での行動は許可できません」

「じゃあ、アシェラと一緒では?」


「アシェラさんと……ラフィーナ、どう思う?」


ナーガさんは母さんへと判断を仰いだ。


「アル。何か隠してない?」

「え……いや、もし5階層へ行けたらファイアリザードの皮が欲しいと思ってますが……」


母さんがナーガさんを見つめ再びナーガさんの判断らしい。


「アルド君。何故、ファイアリザードの皮を?」

「防具屋のボーグに頼まれました……」


ナーガさんの隣で、母さんが大きな溜息を一つ吐いた。


「アル、アナタのやってる事はパーティ行動の禁止事項よ」

「え?禁止?」


「考えてみなさい。全員が勝手に依頼を受けて迷宮に入ってまともに探索できると思う?」

「……」


「僕はこれを取りたい。私はここに行きたい。オレはここに用事が……。それで探索なんて出来る訳ないでしょう」

「それはそうです……」


「今回は諦めなさい。次の迷宮探索の前にナーガに相談する事ね」

「分かりました……」


「ただし、それとは別に自由行動については私は問題無いと思うわ」


そう言って母さんはナーガさんへ判断を任せた。




「夕方までには戻ってくださいね」

「「はい」」


オレとアシェラは今日1日の自由行動を許されて、今からスライエイブを狩りに行く所である。


「じゃあ、いってきます」


オレ達はそう挨拶をし野営地から通路の奥へと歩き出した。。

アシェラと2人、普通の早さで歩いて行く。


「アシェラ、右に2、後ろに1だ」

「うん」


「オレが右で良いか?」

「アルドは後ろ。ボクが右に行く」


「分かったよ。ここに集合で無理をしないでいくぞ」

「分かった」


そう言った瞬間、オレは振り向き後ろのスライエイブへバーニアを吹かす。

短剣を抜き空間蹴りとバーニアで逃げようとするスライエイブの前に出る。


驚いて硬直したスライエイブに向かって再度のバーニア。

横をすり抜ける時に首を跳ねた。


スライエイブは驚いた顔のまま屍を晒している。

実はオレ達は自由行動を許された時点で1つの条件を出されていた。


それは倒したスライエイブの爪だ。両手、両足全ての爪を採取してくる様に言われた。

実はスライエイブの爪には微量のミスリルが含まれるらしく、この爪牙の迷宮の魔物の中でもかなりお金になる魔物なのだ。


まあ、そうは言っても本当に微量らしくクランが組織的に動く程には至っていないのだが。

オレはその言葉通り、スライエイブの爪をナイフで切り取り腰に付けた素材袋に入れていく。


魔石は……ソナーを使うと胸にあった……取らないと怒られるので魔力武器(大剣)を出し大雑把に切ってから採取する……うへぇ

相変わらずスプラッターは苦手だ……どこかで、これも治さないとな……


集合場所に戻るとアシェラがオレを待っていた。


「アルド。遅い」

「スマン。採取に手間取った」


「アルドも魔法拳を覚える?弾けさせれば落ちてるのを拾うだけ」

「いや……いい。その光景を想像したら気分が……」


アシェラの魔法拳の威力は魅力ではあるが、あのスプラッターはちょっと……

オレとアシェラは気を取り直してスライエイブを狩り続けた。


途中で昼食を摂ったり、初めての罠にかかったり……色々あったが夕方には野営地に戻り、アシェラと一緒にナーガさんへ今日一日の報告をした。


「今、帰りました」

「おかえり。何も無くて良かったわ」


「実は毒の罠にかかりました。ただオレもアシェラもすぐに自分で治療して、問題は無かったです」

「そう、毒に……大事が無くて良かったわ」


「ありがとうございます」


エルに聞いた事だが、昼ぐらいにジョー達が来て木箱を持って行ったらしい。

明日は迷宮探索を始めて9日目になる。そろそろ地上が恋しくなってきた。


「ナーガさん。地上へはいつ戻るんですか?」

「流石のアルド君でも迷宮探索は辛くなってきたのかしら?」


ナーガさんがニヤニヤしながら質問に質問を返してきた。


「そ、そんな事は無いですが……」

「少し早いですが、明日の朝から地上を目指して、夕方には地上へ出るつもりです。夕食でその事を話すつもりでしたよ」


「そ、そうですか……」


思わず顔がにやけるのを我慢出来ない。周りを見るとナーガさん、母さん、アシェラ、エルまでもが微笑ましい物を見るかのようにオレを見ていた……解せぬ。



後1泊すると長かった迷宮探索も一息つく事になるが、残り一か月で何としても、地竜を倒して魔瘴石を手に入れなければ!




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