第108話撲殺少女 part3

108.撲殺少女 part3



全員がスライムを狩れる事を確認してから散開して”スライムの捕獲”を開始する。

湖に沿って広がるので端からオレ、ルイス、アシェラ、ネロ、エルの順番だ。


オレとエルが端なのは他の魔物が出た場合の保険。アシェラが真ん中なのは”最高戦力をどこにでも移動出来る様に”と”魔眼で全体の索敵”だ。

オレやエルは範囲ソナーを使えば広範囲の索敵が可能だが、魔力消費が激しい為に頻繁には使えない。


常時、使えるアシェラの魔眼はやはり別格の性能だと思い知る。

散開する前に1回だけは最大の範囲ソナーは使ってみた。1000メードの中にはオークの巣やワイバーンはいない。


ウィンドウルフやゴブリン、オーク、等は無数にいたので出てくるとしたらこいつ等だろう。

気を取り直してスライムの捕獲に取り掛かる。


数匹のスライムを狩ると判ってきた。核を取るのはウィンドバレット1発で済むが、スライムを探す方が時間がかかる。

ルイスやネロ、エルも苦戦している様だが、アシェラだけは見えてるかのようにスライムを見つけていた。実際、魔眼で見えているのだろうが…


「やっぱり勇者枠だな…アイツ。基本性能が違いすぎる」


それでも悔しいので何か良い方法を考えてみる。

範囲ソナーの改良……探索と言っても方向は上も下もいらなくて横方向も前方だけで良いんだよな…


方向を指定してオレから見て前方だけに範囲ソナーを打つ…距離も100メード程に縮めたのが良かったのか普通に打つ範囲ソナーの1/20程の魔力しか消費しなかった。

前方100メード…普通なら武器を構えて走り出す距離だ。こんな距離で範囲ソナーは使わない。


早速、改良版範囲ソナーを使ってみる。スライムがどこにいるのか一発で判った。

ただ、改良版範囲ソナーって言いにくい。このソナーの事を局所ソナーと呼ぶ事にする。


局所ソナーを使い出すとあっという間にスライムの捕獲数がアシェラに並ぶ。

休憩の時に捕獲数を数えたらアシェラ23個、オレ21個 エル12個 ルイス3個 ネロ3個だった。


アシェラの魔眼の事は皆が知ってるが、オレとエルの捕獲数の差を訝しげに見てくる。


「アルド、何かズルした?」

「ズルって何だよ!お前の魔眼がズルじゃねえか」


オレとアシェラがぎゃーぎゃー言い争っているとエルが背中に手を当ててきた。


「なるほど…範囲ソナーの改良ですか」


魔力共鳴だ。エルには秘密は作れそうに無い。


「バレたか。局所ソナーって名前を付けた。長期連休に迷宮も入るしベストなタイミングだろ?」

「そうですね」


オレがエルと話しているとルイスとネロが話に入ってきた。


「アルド。今、迷宮って聞こえたが…」

「ああ、長期連休に母様とオレとアシェラで入る予定だ。エルは保留中」


「オレも行きたい」


ルイスの言葉にそれまでの賑やかさが嘘の様に静寂が訪れる。


「ダメだ。オレ達でも危険なんだ。お前の安全を確保できない」

「……オレが弱いからか?」


「……」

「そうなのか?」


「ああ、そうだ…」

「……」


場の空気は最悪で周りの気温が何度か下がった様な錯覚さえ感じた。


「判った。無理を言った」

「すまない…」


「謝るな。お前は悪くない」

「……」


「1つ教えてほしい」

「何だ?」


「お前に近づくのに一番、磨かないといけない技術は何だ?」

「魔力操作と魔力変化だ。身体強化にも空間蹴りにもオレの基盤はその2つだ」


「魔力操作と魔力変化…」

「そうだ。勿論、武器の修練も必要だが、まずはその2つだとオレは思う」


ルイスはそれきり言葉を発せず何かを考えている。ネロを見るとルイス程では無いが思う所があるのだろう、こちらも思案中だ。

ルイスとネロはオレやエルと一緒にいるから感じ難いが、同学年では既に別格の実力を持っている。


ジョーに言わせると普通はガイアスやティファでも将来有望らしい。確かにアイツ等は騎士学科のSクラスだ。

そう評価されてもおかしくはない。


Dクラスなのに、これだけの実力があるオレやルイス、ネロがおかしいのだ。

ジョーから聞いた評価を話してフォローしようかと考えたが、ルイスとネロは真剣に”魔力操作”と魔力変化”について話し合っていた。


どうやらオレのフォローは必要ないらしい。この2人はメンタルも相当に強い。人族の中で他種族として生活してきたからだろうか……この部分はオレから見ても尊敬に値する。

2人の話が一息付いたタイミングで話し出した。


「スライムはまだ捕まえるのか?」


オレからの質問にルイスが難しい顔をして答える。


「普通は1日で多くて10個ぐらいらしいからな。今の時点で62個。これ以上は買い取り拒否されかねん」

「そうか、ちょっと試したい事があるんだが…」


先程、湖を見ていて思った事があった。”試してみたい事がある”旨を話すと全員が一斉に苦い顔をしてくる…何故だ!

オレは空気を無視して湖へ歩きだした。


水辺に立ち壁走りの逆、斥力を足の裏から出る様にイメージする。

少しのイメージの練習の後、オレはゆっくりと水の上に移動した。


普通は水に沈む所だがオレは水の上を歩く。

次は斥力を少し後ろに出る様にイメージする。


足を動かしていないのでゆっくりと前に進みだした。

色々と試していると水の上を滑って移動出来るようになる。イメージとしてはスキーを滑っているのが近いだろうか。


しかし、この移動方法は失敗だ。魔力をガリガリ消費していく。

考えてみれば空間蹴りで空中に浮いているのと変わらない。使うなら一瞬…一気に間合いを詰めたい時や逃げる時…磨けばかなり使える技術になりそうだ。


皆の所に戻り実験の結果を伝えてみる。


「水の上をすべるのは失敗だ。魔力消費が大きすぎる。使うとしたら一瞬の加速か…」


オレが皆に実験の結果を話しているとエル以外、アシェラまでもがオレを呆れた眼で見て来た。


「前は気にならなかったけどアルドは少しおかしい。普通はそんなに簡単に新しい技術は見つけられない」


アシェラがジト目でオレを見て来る。


「そうか?アシェラも空間蹴りの魔力を足の裏に出せば滑る様に移動出来るだろ?」


アシェラがオレに言われた様に魔力操作と魔力変化を始める。

オレの魔力の色や量を見ていたからだろう。すぐに同じ様に滑り始めた。オレとは違って土の上を。


まだまだヨタヨタと滑っているだけだが見てすぐに同じ事を、それも土の上でやれるアシェラはやはり天才だ。魔眼の能力だけじゃない。魔力を扱うセンスが抜群に優れている。


「兄さま、魔力共鳴をお願いします」


ここにももう1人天才がいた。オレが作る魔法をいつもエルはオレより上手く使う。エルはオレに恐縮するが本当はオレが習熟までの過程をエルに頼っているんだ。

今回もそうなるのだろう。オレはエルと魔力共鳴をしてお互いの能力を譲り合った。


エルは早速、効率的な使い方を模索中だ。きっとオレよりずっと早く習熟していくのだろう。

オレ達の一連のやり取りをルイスとネロが見ていた。最初は呆れながら、そして瞳に少しの嫉妬の色を見せ。


やがて瞳には興味の光を灯し出し、最後には羨望と覚悟の炎を宿した。


「アルド、無理を承知でお願いする。オレに空間蹴りを教えてくれ!」


オレが返事を返そうとするとルイスが被せてくる。


「判ってる!”お伽話でしか出て来ない魔法を対価無しに教えて欲しい”なんて恥知らずも良い所だ!それでも覚えたいんだ。頼むアルド、頼む」


今にも土下座でもしそうなルイスに話かけようとすると今度はネロが被せて来た。


「オレも頼みたいぞ。金は無い。ただアルドが言う金額を後で絶対に払うぞ。頼む、オレにも空間蹴りを教えてくれ」


ネロもルイス同様に土下座でもしかねない。


「あー良いか?」


オレの言葉にルイスとネロが身を固くしている。


「空間蹴りだがノエルに乗馬を教えてくれた代わりに教えてやった。ガイアス、ティファ、マークにはエルが友達だから教えてやった。お前等が頼めば嫌って言う訳ないだろ……バカが」


オレが照れながら明後日の方向を見ながら話すと、ルイスとネロはこれ以上無い程に喜んでいた。

そんなオレ達をエルとアシェラが少し離れた所で見ている。


「アルドは良い友達を持った。少し羨ましい」

「そうですね。でもアシェラ姉にもマールがいるじゃないですか」


「…そうだね。マールもオリビアもファリスもいた」

「僕もガイアスやマーク、ティファとの仲を深めないといけませんね」


「ティファ?女の子?」

「そうですけど友達です」


「ダメ。マールが許さないと絶対にダメ」

「え?そうなんですか?」


「うん」

「判りました…マールに聞いてみます」


エルとアシェラが話している間に決まった事だが、少し早いが王都に戻ってギルドに報告する事になった。

そしてブルーリング邸で空間蹴りを教える。もうすぐ長期連休に入るので、休みの間に練習すると良い。


エルとアシェラにその旨を話すと2人共、快く了承してくれる。

早速、王都へと帰路に就いた。


早い時間に王都へと着いて、冒険者ギルドへと向かう。

ギルドに到着すると母さんがナーガさんと酒場でお茶をしているのを見つけた。


2人の会話を聞いているとどうもナーガさんは母さんより年上で40歳ぐらいらしい。

元々の性格もあるのだろうが色々と聞いちゃいけない…聞きたく無い会話が聞こえてくる。


「ナーガさん。依頼を完了したので手続きお願いします」


ナーガさんは声をかけられて初めてオレに気が付いた様だ。


「あ、アルド君…いつからそこに?」


ナーガさんがあからさまに動揺している。


「ナーガさんの年の話をしていた辺りからです」

「おうふ」


ナーガさんが机に突っ伏した…あ、つむじが左周りだ。

どれぐらい経ったか、ナーガさんが再起動して動きだす。


「…依頼を完了したので手続きお願いします」


ノロノロと受付カウンターへ移動して行くナーガさんを見てると”居間でごろごろしてる母さんみたいだ”と思ってしまった。

アシェラとエルも同じ事を思った様でオレ達3人の視線が母さんに向かう。


「な、何よ…私はあんなにノロノロしてないわよ」


自宅での自分の姿を見せてやりたい。

ナーガさんに依頼完了の手続きをしてもらう間に、今日の出来事を母さんに話した。


「範囲ソナーの改良に空間蹴りの新しい使い方?アンタねぇ…ハァ…」


あからさまに溜息を吐かれた…氷結さんのくせに!


「空間蹴りの応用はまた今度、修行します。今日はルイスとネロに空間蹴り自体を教えようと思います」

「空間蹴り…ねぇ」


「何ですか?」

「アルが空間蹴りを教えて使える様になった人は何人いるの?」


「…エル以外ではアシェラだけです」

「ルイス君、ネロ君。聞いたわよね?教えて貰うのは良いけど相当に難しいわよ、出来なくても普通なんだから腐らない様にね」


母さんからルイスとネロへ空間蹴りの難しさを説明している。確かに気負いすぎても良い結果は出ない。

直にナーガさんから報酬を貰い、5人で均等に分ける。オレ達はいつも均等分けだ。これがオレ達の中では一番、納得出来る。


見るとルイスとネロがソワソワしていた。そんなに空間蹴りが覚えたいのか。オレは肩を竦め声をかける。


「行くか」


2人は嬉しそうな顔で返事を返した。


「「行こう!」」


オレ達はブルーリング邸への道のりを、いつもより少しだけ速足で歩く。


昼食の時間が過ぎ少し経った頃にブルーリング邸へ到着した。


「さて早速、空間蹴りを教えるぞ」


オレの言葉に2人は笑みを零しながら頷く。




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