第109話撲殺少女 part4
109.撲殺少女 part4
ルイスとネロの2人に空間蹴りを教える事になったのだが。
エルやアシェラに教えるより、かなり丁寧に教えたのだが…ルイスとネロは空間蹴りが出来なかった。
どうも魔力の足場と言うのがまったく想像出来ない様だ。
期待が高かっただけに2人の落ち込みようは見ているこっちが辛くなる。
少し発想の転換をしてみようと思う。これ魔力を通すと足場が出来る道具…そんな魔道具は作れないのだろうか…
「ルイス、ネロ、少し待っててくれ」
オレはローザの元へと急ぐ。何故かアシェラが付いてくるのが謎だ。
直にローザの部屋に到着し、扉越しに声をかけノックをする。
「アルドだ。少し急だが話をしたい」
部屋の奥でゴソゴソと音がしたと思ったら扉がゆっくりと開いてゆく。
「貴族のお兄ちゃん、どうぞ」
オレの後ろのアシェラをチラチラ見ながら、サラは部屋の中へと入れてくれる。
「アルド、こんにちは」
「ああ、今日は魔法陣の勉強じゃない。これからオレが言う魔道具を作れるか教えてほしい」
「ちょっと待って。まずはそちらのお嬢様を紹介してくれないかしら」
少し色々な事を端折り過ぎた。まずはアシェラの紹介を、それからローザとサラの紹介だ。
「すまない。アシェラだ。氷結の魔女の弟子で凄腕の魔術師。オレの婚約者でもある」
「初めまして。ローザと申します。こちらは娘のサラ。アルド様に買って頂いた奴隷でございます」
普段のオレと話す時の口調と違いアシェラにはへりくだった話し方をする。
「アシェラです。ボクにもアルドと話す時と同じで良い」
ローザが少し迷った顔をしながら視線でオレに判断をゆだねてきた。
「ローザ、アシェラはオレと同じで序列が好きじゃない。普段の口調で頼む」
「分かりました」
次はアシェラへローザとサラの紹介だ。
「アシェラ、ローザだ。奴隷ではあるがオレの魔道具作りの師匠でもある」
「アルドには多少の無理を言われますが、楽しんで魔道具の研究をしています」
「無茶を言ったら断ると良い。放っておくと暴走する」
取り敢えずは紹介は終わった、本来の目的の”空間蹴りの魔道具が作成可能か?”を聞かなければ。
「ローザ。魔力を込めると空中でもどこでも足場を発生させる魔道具は作れるか?」
「足場?ごめんなさい。言ってる意味が良く分からないわ…」
「ちょっと見せる。こういう事だ」
オレは空間蹴りで空中に足場を作ってその上に立つ。他の人からは空中に立っている様に見えるだろう。
ローザとサラは眼をいっぱいに開いて手を口に当てている。
魔力がガリガリ削られるので地上へ降りると、先程と同じ事をローザに聞いてみた。
「どうだ?魔力を通すと空中に足場を作る事は出来るか?」
驚いていた顔から一変して職人の顔になる。
「空中…足場…」
足場と言ったがオレの空間蹴りは斥力だ。本当は弾くチカラでその場に静止し続けるのは重力と斥力を同一にする必要があり実は難しい。
ローザに空中に足場と言ったのは、斥力を理解するのも実装するのも難しいと思われるからだ。
斥力を理解するには磁力や物理、化学の基礎知識がどうしても必要になる。この世界でそれらを教えるつもりは無いし、教えられる程の知識もない。
オレの思考が逸れている間にローザなりの答えが出た様だ。ゆっくりと語りだす。
「アルドが言う空中に足場を作ると言うのは……出来ると思う…発動した魔法は完成するまでその場所から動かす事は出来ない…それを利用して発動を限界まで遅らせれば…恐らくは…」
「ローザ、その限界まで発動を遅らせた魔法陣を今、書く事は出来るか?」
「…出来るけど何の魔法を発動させるの?」
「そうだな…風が良い。風なら痕跡は残らない」
「風…人が乗れる程の風……分かったわ。アルド手伝ってちょうだい」
「ああ」
オレはルイスやネロを待たせている事、この場にアシェラがいる事、全てを放ってローザと魔法陣を書く為にあーでもないこーでもないと議論を戦わせていた。
時間にして2時間程だろうか。遂に本当に簡単な試作品が出来上がる。
この試作品は靴の底に魔法陣を組み込んであり、魔力を通すと1秒だけ風の塊を発生させる事が出来るのだ。
魔力を通してキッチリ1秒だけの足場。相当な熟練が必要な魔道具である。
オレは片足だけの”それ”を持ってルイスやネロがいるだろう裏庭へと向かった。何故かアシェラはローザの部屋に残ったままだが……
裏庭へ向かうとルイスとネロはエルに魔力操作と魔力変化の修行を付けて貰っている。
オレは2人に向かい笑みを浮かべて話しかけた。
「ルイス、ネロ、試作品だが空間蹴りの魔道具が出来たぞ」
ルイスとネロだけじゃない、エルまでもが”何言ってるのオマエ…”と言う眼で見てくる……うがー!
「嘘じゃ無い。これだ!」
オレは魔道具の効果と使い方、まだ片足しか無い事、これは本当の試作品で、完成するには相当な時間がかかると思われる事、を包み隠さず話した。
「使い方は…こうだ。オレがやってみる」
オレが自分で試してみる。考えてみれば本当の1回目だ。普通は魔力を通してみて問題無いか確かめるよな…
流石に爆発する事は無いだろうが安全性も確認しないで使った事に一抹の不安を感じるが、もう遅い。
試作品は右足だ。オレの左足は空間蹴りを使っているが、右足はタイミングを見て魔力を送っているだけ。しかし傍目からは普段と同様、空間蹴りを使っている様に見えるだろう。
勿論、自前の空間蹴りに比べれば使い易さには雲泥の差があるのだが…
オレが空を駆けるのを見て、ルイスとネロが待ちきれないらしく下から”降りてこい”との罵声を浴びせてくる。
意地悪するつもりは無く、純粋に安全を確認していただけなのに……解せぬ。
そして地上へと降りるとルイスとネロが”欲しかった玩具”を買って貰った子供の様にオレの履いていた右足のサンダルを奪い取って行った。
ルイスとネロも交代で効果を確かめている。お互いに使い方のコツを話し合って少しでも長く試作品を試したいらしい。
この靴は、正に試作品らしく機能の発現だけに特化したものである。当然ではあるが効率化等は先の先の話だ。
ルイスもネロもオレよりも魔力量は少ない。この試作品を本気で使うと15分もすれば魔力が底をつく。
この靴は空間蹴りの感覚を掴む練習用にすれば良い。この魔道具で色々と試せばいつか靴無しでも同じ事が出来る様になる可能性がある。
魔法には魔力操作、魔力変化と同じぐらいイメージが大切なのだから。
「ルイス、ネロ、この試作品どうする?」
オレがそう聞くと2人はお互いの顔を見て苦笑いを浮かべた。
少し意地が悪かっただろうか。オレはもう一度2人へと話しかける。
「この性能の物なら1時間もあれば両足セットで1つは作れる。持って帰るか?」
「本当か?!」
ルイスが眼をキラキラさせながら食いついてきた。
「但し、約束してくれ。空中で魔力が切れたら最悪は死ぬんだ。絶対に自分の背の高さ以上には行かないと」
オレの言葉にルイスとネロは真剣な顔で頷いている。
「分かった。付いて来てくれ」
ルイスとネロ、エルも一緒にローザの部屋へと向かう。
奴隷とは言え女性の部屋に大勢の男を部屋に入れるのはどうかと思うがローザは足が悪い。呼び出すのも躊躇われるのだ。
しょうがなく全員でローザの部屋へ到着するとアシェラがくつろいでお茶を飲んでいる。
アシェラの後ろには、いつだったかローザの部屋を教えてくれたメイドのステラが立っていた。
何故かは分からないが流石はアシェラだと感心してしまう。
「ローザ。すまないが、さっきの魔道具を両足揃えてで2セット大至急、作ってほしい」
「2セット…分かりました。靴は何を使うの?」
ワイバーンレザーアーマーの足装備に組み込むのはまだ早い。効率化も何もしていないのだから。
今の段階なら練習用に普段使いのサンダルでも十分だ。
「ステラ。この2人に合うサンダルを用意してやってくれないか?」
いきなり声をかけられると思っていなかったのだろうステラは、大袈裟に驚いてからルイスとネロに足のサイズを聞いている。
緊張の面持ちで2人のサイズを聞いた後は脱兎の如く駆け出していく。
”そこまで急がなくても……”この場にいる全員の総意であった。
暫くして息を切らせたステラが戻ってくる。真冬だと言うのに額には汗が滲んでいた。
「あ、ありがとう。座って休んでくれ…」
オレはやりきった顔のステラに椅子を用意してから2足のサンダルを受け取る。
ローザにサンダルを渡し早速、魔法陣を刻んでいく。オレは助手…まあ、雑用だな。
1時間程で1セット目が出来上がった。2人に見せるとどうやらネロの分らしい。
ネロは嬉しそうに受け取りオレへ聞いて来た。
「アルド。本当にありがとうだぞ。この魔道具を試してきていいか?」
待ちきれない犬の様だ。いや、ネロはネコの獣人なんだが…
「ああ。無理して壊すなよ。後はくどい様だが絶対に背より上には行くな」
「分かった。行ってくるぞ」
嬉しそうな顔で魔道具を抱え、庭へと走って行く。
その様子をルイスは微妙な顔で眺めていた。
もう1時間もするとルイスの分も完成する。ルイスにもし尻尾があったらすごい勢いで振られていた事だろう。
「ローザ。ありがとう。助かった」
思ったより長居してしまったローザの部屋を退出させて貰った。
何故かアシェラだけは残っていくらしい。そうなるとステラも残らざる得ない様だ。
庭に移動するとネロが壁に背中を預けてグッタリしている。
オレはすぐに魔道具の影響を考えネロの元へと走った。まずはソナーをかけ体の様子を調べる。
問題無い…外傷も無い…まさか、この症状は…オレも覚えがあるが魔力枯渇だ。
「魔力枯渇だ。どんだけ無理して使ったんだよ、ネロ」
思わず出たオレの呟きにルイスが反応する。
「それだけ嬉しかったんだろ。お前に少しでも近づけた気がして…」
オレが振り向いた時にはルイスは背を向け魔道具を履いていた。
ルイスは何度も練習して歩くだけなら何とかなる様になった頃、いきなり地面に手をつき蹲ってしまう。
まさか!と思ったがソナーをかけても可笑しな所は無い…魔力枯渇だ。
こいつ等2人共かよ…2人に呆れながらも”よっぽど嬉しかった”のだろうと少しだけホッコリする。
執事のセーリエに頼み2人を馬車で送って貰う。驚いた事にルイスのサンドラ邸は兎も角ネロの教会の位置まで知っていた。
このセーリエが優秀なのか、オレの友人と言う事で身元を洗ってあったのか…まあ、両方なのだろうが。
馬車の中でグッタリした2人に苦笑いしながら言葉をかける。
「じゃあな。また明日」
2人は朦朧とした意識の中で右手を上げて返事を返した。チカラの入らない左手で魔道具をしっかり抱き締めて。
エルと一緒に2人を見送った後、ローザの部屋へと向かう。エルとはここで別れた。
ローザの部屋に到着し中へ入れて貰う。
アシェラがまだお茶を飲んでいる。流石にアシェラがここまで1人の人間に執着するのはおかしい。
さり気なく聞いてみる事にした。
「アシェラ。ローザを気に入ったのか?」
アシェラがオレとローザを一瞥してから答える。
「何か気になるだけ」
「そうか、魔道具に興味があるのかと思ったぞ」
「魔道具。少し興味はあるけど…」
「一緒に習うか?」
アシェラはゆっくりと首を振った。
「そろそろお暇する。長い間ありがとう」
そう言ってアシェラはローザの部屋から出ていく。申し訳ないが後片づけはステラにお願いする。
屋敷までの短い道のりでアシェラがポツリと話し出す。
「アルド。あの人と何かあった?」
あの人、勿論ローザの事だろう。最終的には何も無かったが未遂ではあった。
オレは隠し通せる自信が無い…経緯から全てをゲロった。
オレの説明をアシェラはただ黙って聞いている。途中、何度も会話が途切れるが一切の言葉を発しない。
まるで全てお前の口から話せと言わんばかりに。
全てをゲロったオレをまじまじと見つめて一言だけ呟いた”分かった”っと。
オレは許されたのか?それとも許されなかったのか。マールやエルに相談してさり気なく聞いて貰えば良いのに愚かなオレはアシェラへと直接聞いてしまう。
「あ、アシェラ…ゆ、許してくれるよな?」
ゆっくりと振り向いたアシェラの瞳には確かに怒りの炎が宿っていた。
「許してほしいの?」
「も、勿論だ」
「じゃあ、1発で許す」
「1発?」
「ボクの拳を1発、受けたら許す」
なんばゆうとっとや!素でアシェラの拳を受ける。それは死ねと言うことでは無いのだろうか。
しかし、アシェラに浮気がバレた時点でこうなるのは決まっていた気がする。
「わ、分かった」
オレは真っ直ぐに立ち、手を後ろに組んで歯を食いしばる。怖いから目をつぶるのはご愛敬。
音でアシェラが目の前に立ったのが分かる。
暫く待つと唇に柔らかい感触がした。驚いて眼を開けるとアシェラの顔が離れていく所だ。
頬を少し赤く染めながらアシェラが呟く。
「これで許す」
オレは驚きの余りまともに返す事が出来なかった。
「うん……」
”こんな罰なら喜んで受けたい”と思った瞬間、強烈な殺気がオレを襲う。
「ローザの言う事とアルドの言う事が同じだったから信じた。もし嘘を吐いてたら…」
アシェラの拳に活性化した魔力が集まっている。魔力が見えると言う事はアシェラがわざと見せているという事だ。
オレの足が生まれたての小鹿の様に震えている。
拳の魔力を霧散させるとアシェラがオレにゆっくりと抱き着いてきた。
「アルド、浮気はしないで。我慢出来ないなら…ぼ、ボクが…」
良いのだろうか!地平線の彼方へと飛び立っていいのだろうか!!お、大人の階段上っちゃっていいのだろうか!!!
お、オレ達は婚約者同士だ。な、何の問題もないはず!ハルヴァが本気で襲ってきたらアシェラに守って貰おう。
オレはアシェラの手を取りゆっくりと抱きしめる。アシェラの瞳に吸い込まれる…もうアシェラしか見えない…
最初は軽いキス。ゆっくりと舌を入れようとした所で…
「あー良いか?」
爺さんの声が聞こえる。アシェラとお互いに飛び離れて5メードの距離を取った。
声の方を見ると爺さん、父さん、エルが3人で風呂に行く所の様だ。
「アル、あまり言うつもりは無いんだけど、せめてもう少し人がいない所でやって欲しい」
父さんの少し呆れた言葉にアシェラは手で顔を覆って逃げてしまう。
「に、兄さま。さ、流石です…」
何が流石なのか分からないがエルから謎の尊敬を受けた。今のどこに尊敬に値する行動があったのだろう……謎だ。
考えてみればローザの従業員用の寮から屋敷への移動中だった。
人が通るのは当然なのだ。むしろ、ここで盛ってたオレ達がおかしい。”部屋に帰ってからしろ”とオレでも言う。
しかし。しかしだ。アシェラの眼をみるとどうにもアシェラ以外が考えられなくなってしまう…
”我ながら重症だ”と思いながら冬の空を1人、見つめるのだった。
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