第110話年末

110.年末



明日は2学期の終業式だ。いよいよ明後日から冬休みが始まる。

冬休みが始まると同時に”爪牙の迷宮”探索なのだが、今だにエルは参加を決めかねていた


エルは参加したいようなのだが、どうもマールが反対している様だ。

オレとしてはマールの気持ちも良く分かる。今回の迷宮探索は完全にオレのワガママだから。


迷宮に潜る意味もそこで得られるかもしれない何かもエルが欲している訳では無い。

オレとしては本当は1人で潜れるならそれが一番良いと思っている。


しかし、実際は何日も潜る訳で、1人での探索では睡眠時間や休憩時間を確保する事が難しい。

ゲームの様に安全地帯なんて物は無いのだ。多少は魔物が少ない場所ぐらいはあるだろうが。


オレとしてはエルがどんな答えを出そうとも尊重しようと思っている。



迷宮探索の準備は母さんが中心になって進めていたのだが、余りにも適当だった為に見かねたナーガさんが進めてくれる事になった。

ギルドマスターから2ヶ月の有給をもぎ取り、オレ達と一緒に迷宮探索を進めてくれるそうだ。


”休まずに何年も働き続けたのだから良いんです”とはナーガさんの談である。

後はジョーが参加の意思を伝えて来た。憧れだった”氷結の魔女”と”修羅”2人、”是非とも参加したい”とオレの顔を見るなり頼み込んでくる。


念の為に一応、前にも言った迷宮探索の目的である”転移罠を踏む”事を伝えるとレ〇プ目になって暫くフリーズしていた。

暫く考えていた様だが、ジョーはそれでもオレ達と迷宮に入りたいらしく


「ほ、本当に踏むのか…て、転移罠…上等じゃねぇか。   お互いを紐で繋げば一緒に飛ぶんだよな?」


とヘタレた事を言っていた。

これで今のメンバーはオレ、アシェラ、氷結さん、ナーガさん、ジョーの5人だ。


多すぎても邪魔になるらしくナーガさんが言うにはベストな人数らしい。後はエルがどうするか…




そんな事を考えていると夕飯の後にエルから風呂に誘われた。オレとしては嬉しい誘いなので勿論”了承”の意思を返した。


2人で風呂に浸かっているとエルがポツリポツリと話し出す。


「マールが怖がっているんです」

「そうか」


「学園で迷宮の死亡率の高さや罠の種類を調べたらしく…泣かれてしまいました」

「そうか…」


「兄さまやアシェラ姉、母さまが心配ではあるんです」

「……」


「……」

「……」


「でも僕は迷宮には入れません……」

「分かった」


そう言ったエルは今にも泣き出しそうな顔だ。


「エル、聞いてくれ」

「はい…」


「オレ達は双子で、生まれた時から一緒だったよな」

「はい」


「オレにとってエルは弟であり、一番の親友であり、一番のライバルだった」

「はい…」


「オレ達は13歳。後、半年で14歳だ」

「はい」


「良い機会だから言うが、オレは15歳になって学園を卒業したら家を出るつもりだ」

「え?何故ですか?どうして…」


「ぶっちゃけるが貴族が性に合わない」

「兄さまならうまく出来ます!」


「出来るか出来ないかで言えば出来るのかもな。ただ好きじゃないんだ。誰かに跪くのも跪かれるのも」

「……」


「ローザに習う魔道具を作っても良い。アシェラと冒険者になっても良い。騎士団なんてのも良いかも知れない。ただ、これからの一生を領主で終わるのは嫌なんだ」

「……」


「……」

「……」


「最初の話に戻るが後1年半でオレだけじゃない、ルイス、ネロ、ファリステア、お前はガイアス、ティファ、マークもか。皆が違う道を歩き出すんだ」


エルが泣きそうな顔でオレを見てくる。


「オレ達はそろそろ”弟離れ”や”兄離れ”をしないといけない」

「……」


「お前は迷宮には潜るな。お前が自分で決めた事なら途中で情に流されるなよ」


最後は少し笑いながら話した。

エルは風呂を出てからも終始無言で何か自分の大切な物が壊れたかの如く悲壮感を出していた。


後でマールにフォローを頼んでおこう。

きっとマールだけは生涯をかけてエルと共に歩いてくれるはずだから。




さてエルは不参加か。良い機会だったのだろう。きっと、これから少しずつお互いの道がズレていくのだ。

ただし、15歳までの時間はしっかりとお兄ちゃんをさせて貰う。




次の日--------




憂鬱な通知表を貰う日だ。嫌な気持ちを抱えつつも学園に向かう。

学園に着くとルイスとネロが気だるげな雰囲気を纏っている。最近は毎日、こんな感じだ。


2人共、オレが理由を聞くと心の底から嬉しそうに話し出す。

要は”空間蹴りの魔道具”で毎日、鍛錬しているらしい。


オレは心を鬼にして言わなくては…


「ルイス、ネロちょっと良いか?」


2人でどれだけ飛べたか嬉しそうに話している所をオレはぶった切る。


「先に謝っておく”スマン”」


いきなりのオレの謝罪にルイスとネロが驚きながらも理由を聞いてきた。


「オレが言った”寝る前の魔力操作”は出来てるのか?」


オレの言葉にルイスとネロはバツが悪そうな顔で首を振る。


「魔道具を簡単に渡したオレが悪い。スマン。魔力操作の修行は一番と言っても良い程の修行なんだ。空間蹴りなんかどうでも良いと言える程に…」


オレの言葉にルイスとネロは心底驚いた様で理由を聞いて来た。

オレはそこから、いかに魔力操作が全ての技術の基礎になっているかをコンコンと説明する。


「って言う訳だ。すまなかった…あの魔道具は廃棄した方が良さそうだ」


そこまで言った後でルイスとネロは絶対に返さないとばかりに反論をしたきた。


「あの魔道具は関係無いだろう。オレ達がちゃんと魔力操作の修行をすれば良いだけの話だ」

「そうだぞ。今日からはちゃんと魔力操作の修行をするぞ」


2人はそう言うが魔力枯渇まで起こすのだ…そのまま受け入れるのは難しいが…オレは2人の保護者では無い。対等の関係なのだ。


「分かった。お前達を信じる。どうせ魔道具は改良して消費魔力を減らす予定だからな。改良後なら好きなだけ使える」


2人はオレの言葉に一応の納得をしてくれた。これだけ言っても魔道具は使うだろうが魔力操作の修行も真面目にやってくれると信じる。




それからは特別な事は無かった。オレの成績が中なのも前回通りだ。

2学期、最後の授業が終わり自主練習の時間になる。


ファリステア、アンナ先生、はブルーリング邸で顔を合わすがルイスとネロは2ヶ月間の”さよなら”だ。

2学期の総決算として3人で演習場へ向かう。


演習場に到着すると持ってきていたワイバーンレザーアーマーを装備して備え付けの木剣を取った。


「お前等が”やりたい”って言ってた模擬戦をしようか」

「おう。手加減は無し…と言いたいが、死なない程度に加減してくれ」

「オレは本気でいくぞ。アルド」


「倒す気で来い。ネロ」

「おう!」


もう会話はいらない。ルイスとネロがオレに向かって走り出す。




1時間後---------------




オレが軽く息を乱している隣で、ルイスとネロが大の字になって倒れている。


「ルイスもネロも強くなったな」


1学期の始めにサンドラ邸でルイスと模擬戦をした時は弱すぎてどうしようかと思った程だ。

自主練習を始めた時のネロは身体強化をしながら走る事が出来なかった。


あれから8か月程か。オレと模擬戦を出来る様にまでなっているのだ。

獣人族と魔族と言う事で素の身体能力はオレよりかなり高い。


このまま修行し続ければどこかで抜かれてしまうのは確実だ。

やはりオレの強みは”前世の記憶”からくる”技の多彩さ”なのだろう。


そんな事を考えているとルイスが話し出す。


「2人がかりで手も足も出ないのに強くなったも無いだろう…」

「そうか?1学期の最初は身体強化すらまともに出来なかっただろ?」


ルイスは眉をしかめて入学したての頃を思いだしているのだろう。


「確かに…アルド。オレは強くなってるか?」

「ああ。今のお前には武器無しで完封は厳しいよ」


ルイスは嬉しいのだろうが顔に出さない様に我慢している。鼻の穴が広がってゴリラみたいだ。


「オレはどうだ?」


ネロが少し不安そうに聞いてきた。


「ネロも強くなってるよ。今ならオーク2匹に時間稼ぎをする必要なんか無いんじゃないか?」


ルイス、ネロ、オレ、護衛2名で初めて依頼を受けた時の事だ。オレは護衛枠、ルイスとネロの2人でオーク3匹と戦った。その時、ネロがオーク2匹を引き付け、ルイスがオーク1匹を倒すまでの時間を稼いだのだ。


ネロは思案顔で空を見つめている。


「今ならオーク2匹ぐらい倒せるぞ…」


そう言いながら自分の両手を嬉しそうな顔で眺めていた。


「元の身体能力はお前等の方が高いんだ。身体強化の練度で追いつかれたらお前等には勝てないかもしれないなぁ」


実際は魔法、空間蹴り、魔力武器、があるので負けるとは思わないが、少なくても舐めプは出来なくなる。

ルイスとネロはオレがコンコンと”魔力操作”と言っていた意味を理解したのだろう。


意思を瞳に携えてオレの言葉に答えた。


「アルド。魔力操作を修行すれば身体強化は上手くなるんだよな?」

「ああ、そうだな」


ルイスが何かを考え出す。


「アルド…魔道具を返そうかと思う…」


さっきまであれだけ反対してたのに…まぁ、そう言えるルイスなら上手く使ってくれるだろう。


「魔道具はそのまま持っててくれ。今のお前なら魔力枯渇するまで魔道具で”遊ぶ”なんて事はしないだろ?」


”遊ぶ”の単語にバツが悪そうな顔をして頷いた。


「ネロも。あの魔道具で空間蹴りの感覚を覚えてほしいんだ。どれだけ歩いたかなんてのはどうでも良い」


2人は真剣に聞いてくれる。


「勿論、魔力操作の修行をして、まだ魔力が残っているならだけどな」


笑みを浮かべてそう話すと、2人も少しだけ笑ってくれた。



模擬戦を終えて帰路につく。ルイス、ネロとは既に校門で別れた後だ。

今はオレ、ファリステア、アンナ先生、護衛のノエルの4人で歩いている。


ちなみにオレは護衛無しを許されているから、ノエルはファリステアの護衛なのだが。



明日からは迷宮探索が始まる。エルが不参加なので結局、オレ、アシェラ、ジョー、母さん、ナーガさん、の5人での探索だ。

最後の”転移罠を踏む”と言うのはジョーとナーガさんの参加は保留にしてある。


実際の爪牙の迷宮に入ってしか分からない事もあるはずだ。

明日からの探索に思いを馳せながら屋敷への帰路についた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る