第111話探索準備 part1

111.探索準備 part1



朝起きると外はまだ薄暗く真冬なだけあって凍える様だ。オレはすぐにエアコン魔法を起動して快適な温度を確保する。

ベッドから抜け出てゆっくりと窓へと歩くと、窓の外は全て白一色に塗り替えられている。


「あぁ。結構、降ったなぁ」


昨日、寝る前から降り出した雪は見える範囲の全てを埋め尽くし、この世界が純白であると主張するかの様だ。

美しさだけでは無く寒さを伴う雪は昨夜だけで何人の命を天へと返したのだろうか。




今日は1月1日。日本であれば正月の元旦。テレビも特番を組まれ、道には晴れ着を来た女性が闊歩する1年の内で1,2を争う目出度い日だ。

しかし、この世界では数字としてリセットされると言うだけで特に何かすると言う事は無い。


思い返してみればこの国には祝日すら無いのだ。村単位では収穫祭や地元の祭りがある様だが国としての祭りと言うのは聞いた事が無い。

情報が行き渡らないせいなのか単純に文化なのかは分からないが寂しい事である。




今日から”爪牙の迷宮”に入る。窓からの景色に心を奪われるのは恐怖を感じているからか、はたまた歓喜しているのか…

暫く窓からの雪景色を眺め、朝食の用意が出来たであろう時間に合わせて移動した。


朝食の席にエルはいなかった。オレにはエルの考えが何となく分かる。

オレは朝食を急いで食べるとエルの部屋へと移動した。


「エル。オレだ、開けてくれないか?」


扉の前で暫く待つと鍵の開く音がして扉がゆっくりと開く。

部屋に入ると疲れた様子のエルがこちらを泣きそうな顔で見ていた。


「そう心配するな。まずは浅い階層で慣れるだけだ。夕方には帰ってくる」


色々な事が割り切れないのだろう…遠い昔、思春期と呼ばれる頃にオレもあった。

今のエルは大好きな家族と大好きなマールの間で板挟みになっているのだろう


「エル…」

「…」


「エル…」

「……」


「ハァ…」

「……」


「エルファス=フォン=ブルーリング!」

「…はい!」


「エル…お前の選択は正しい。マールだけが最後までお前と共に生きてくれる」

「兄さま…」


「そんな顔するな。何があってもお前とオレは兄弟だ。例え敵になってもその事実は変わらない」

「敵になっても…」


「例え話だ」

「…」


「たまに会ってお互いの無事を喜び合う。いつも横にいたのが、ほんの少し遠くなる。そんな関係になるだけだ」

「少し遠く…」


「そうだ。前の時には言わなかった事だが…エル、お前も1年半後には人生を選ばないといけない」

「え、選ぶ…」


「領主を目指すのか、違う道を選ぶのか…違う道を選ぶ時はクララにお鉢が回るがな」

「クララ…」


「マールとも相談すると良い。ただ、くどい様だがオレとお前は死んでも兄弟だ」

「……」


「……」

「はい…そうですね…兄さま」


エルは、ほんの少しだけ笑みを浮かべてくれた。エルならこれで大丈夫だろう。

オレなんかと違ってエルはしっかりと前を向いて歩いていけるはずだ。



自室で装備を再確認した。短剣に曲がりや欠けが無いか。リュックの中身は大丈夫か。

一通り確認して”良し”と独り言が出る。


そのまま居間へと向かうと母さんとアシェラがお茶を飲んでいた。

2人共ローブ姿と言う事で装備に時間はかからないのだろう。


「準備出来ました」


オレは気負ってはいないつもりだったが、自分で思った以上の声量が出る。

母さんはそんなオレを一瞥し、そこらを散歩するかの様に呟く。


「そう。じゃあ行きましょうか」

「はい、母様」

「はい、お師匠」


3人で待ち合わせ場所である冒険者ギルドへと向かう。

母さんもアシェラもいつも通りに見える。オレだけがワクワクを抑えきれていない。


(だって迷宮だぞ!ダンジョンだぞ!!日本で見たマンガや小説、アニメで数え切れない物語を生み出した冒険の舞台!これにワクワクしないヤツはきっと異世界転生なんて望まない)


オレは心の中で”踊るポンポコリン”を歌いながら母さんとアシェラの後ろを付いて行く。




ギルドに到着し扉を開けると母さんとアシェラを舐め回す様な視線に晒される。

氷結さんはどうでも良いがアシェラは見るな!


オレは殺気を出さない気を使いながら辺りを見渡すと酒場にナーガさんの姿が見えた。

母さんも気が付いた様で3人で酒場へと移動すると3人組が例によって絡んでくる…ハァ


「よぉ、見ねぇ顔だな。オレ達がここのギルドの流儀を教えてやるぜ」


嫌らしい顔を浮かべながら母さんの胸の辺りをチラチラ見ている。ドウデモイイデス。

後ろの男はアシェラの首筋を見て鼻の穴を大きくした…コンデンスレイの一点照射のじゅんb…


流石に殺気が出てしまったのだろう。男達はオレを見ると驚いた顔で言い訳を始める。


「ち、違うんだ。オレ達は親切で声をかけただけなんだ。なあ?」

「あ、ああ。そうだ」

「こ、困った事が無いかと思っただけなんだ」


オレは溜息を1つ吐き話し出した。


「オレの母様と婚約者だ。親切にしてくれてありがとう」


男達は青い顔をしながらしきりに頷いている。

オレからはこれ以上、話す事は無い。先にナーガさんの元へ行ってしまった母さんとアシェラのいる席へと向かう。


オレが踵を返して移動し始めると男達の話声がきこえる。


「バカが!もう少しで修羅に殺される所だったじゃねぇか!」

「お前も”良い女”だって乗り気だったじゃねぇか」


2人の男がお互いに責任を擦り付け合っていたが、もう1人がボソっと呟いた。


「アイツの婚約者ってアイツより強いって話だよな?」


3人が改めてアシェラを見つめる。

するとアシェラが視線に気付き3人へと振り向いた。


アシェラと眼が合った瞬間”肉食獣と草食獣””捕食者と被食者”己が生物として絶対に敵わない事を理解させられる。

当のアシェラと言えば恐怖に怯えアシェラから眼を離せない3人を興味無さそうに一瞥しただけでアルドの方へと向き直った。


3人は何も言葉を発せず冒険者ギルドから逃げ出す。

刺激しない様にゆっくりと確実に素早く…その様は中堅冒険者にふさわしい強敵に会った場合の正しい逃げ方であった。




オレ、アシェラ、母さん、ナーガさんの4人でお茶をしていると最後の1人、ジョーが慌ただしくギルドへ入ってくる。


「申し訳ない。寝過ごしました!」


もうすぐBランクと言われている熟練の冒険者が新人の様に頭を下げていた。

周りは何事かと訝しむがオレとナーガさんの顔を見て”触らぬ神に祟りなし”と知らん顔を決め込む。


遅刻したと言っても数分の事だ。母さん等”集合時間なんて決めてたっけ?”と訳の分からん事をほざいている。

ナーガさんがオレ達の顔を見渡して自分が声をかけるのが良いと判断した様で、ジョーにフォローの声をかける。


「ジョグナさん、まだ集まったばかりです。気にしないでください」

「いえ、無理を言って同行させて貰うのに遅刻なんて…」


オレはジョーに気になった事を聞いてみた。


「ジョー、なんで遅刻したんだ?」

「うっ、、、楽しみで昨日の夜、寝付けなかった…」


お前は小学生か!!と心の中で突っ込んでから周りを見ると、全員が生暖かい眼をジョーへと向けている。

当のジョーとしても恥ずかしいのだろう。大きな体を小さくしていた。


「ジョー。お前、今日荷物持ちな」


オレが冗談で弄ると皆がクスッと笑ってくれる。ジョーだけは苦笑いだったが。




さて、オレ達は迷宮に潜るわけだが決めなくてはいけない事が沢山ある。

まずはリーダーを決めたい。”船頭多くして船山に上る”とある様にトップを決める事は重要だ。


オレは皆に提案をしてみる。


「まずはリーダーを決めるのが良いと思います」


全員、異存は無いようで反対する者はいない。この時点で反対するヤツがいたら頭がおかしいだろうが。

オレの言葉に”氷結さん”が胸を逸らして自己主張をしている。アナタだけは絶対に相応しく無いと思います!


「誰がリーダーに相応しいと思いますか?」


誰もが”氷結さん”の態度に言葉を発する事ができずにいた。

しょうがない…オレが泥を被るか…


「オレは1番はナーガさん、次点でジョーが相応しいと思うがどうだろう?」


”氷結さん”はあからさまに不満顔になり頬っぺたが膨らんでいる。

ちょっとカワイイと思ってしまったのは不覚だった。


放っておくと何をしだすか分からないのでフォローをしておく。


「母様はリーダーより上の監督をお願いしたいと思います」


”氷結さん”が食いついてきた。


「監督?」

「はい。リーダーは敵の情報を調べたり、探索の日程を決めたり、雑事が非常に多いです」


「それで?」

「そんな細々とした事を母様にはさせられません!ここは監督として方針を決めて頂き、リーダーが母様の望む様に調整するのが最善かと」


氷結さんはオレの言葉に鼻の穴を膨らませ”むっふー”とご満悦である。

これで一番の障害は取り除かれた。


ナーガさんとジョーはオレを尊敬の眼差しで見てくる。


「ナーガさん。リーダーをお願いしても良いでしょうか?」

「これだけ纏められるならアルド君がやった方が良くない?」


オレはゆっくりと首を振る。


「オレは迷宮の事は本の知識でしか知りません。フォーメーションや咄嗟の判断。必要な準備。全てが中途半端なオレはリーダーに相応しくない」


ナーガさんが苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。


「どう?ナーガ。ウチの息子は」

「ラフィーナからどうしてアルド君が生まれたのか不思議でしょうがないわ」


「それは決まってるわ」

「どうして?」


「私の血は半分だからよ!」

「……」


「どう?分かった?」

「良~く、分かったわ。アナタの伴侶の優秀さがね」


何か2人の息がピッタリだ。やはり若い頃の友人は素を出し合えるのだろう。




リーダーはナーガさんに決まった。次はお互いの情報の共有だ。

どんな戦闘スタイルで何が得意で何が苦手なのか、それによって作戦やフォーメーションが変わってくる。


特にジョーの様に大剣使いはある程度の広さが必要だ。他にどんな武器が使えるかも教えて欲しい。

そこらを確認する為に、これから”爪牙の迷宮”の1階でお互いの自己紹介を始める。




さて迷宮探索では無いが迷宮に行こうじゃないですか!!ひゃっほーーーい。




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