第112話探索準備 part2

112.探索準備 part2



オレ達は今、爪牙の迷宮へと向かっている途中だ。


王都から街道を2時間程、歩くと”賢狼の森”が見えてくる。さらに”賢狼の森を1時間程、踏み入ると崖に行きつく。”爪牙の迷宮”はその崖にある洞窟が迷宮へと変化した物だ。


今回は日帰りと言う事でジョーの知り合いの冒険者を2人雇っている。”賢狼の森”までは馬に乗って移動する為にその馬の護衛役だ。

ジョー、ナーガさん、母さん、冒険者2人がそれぞれ馬に乗り、オレはアシェラと2人乗りである。


正直に言おう。色々とヤバイ……何かいい匂いがするし、オレは鎧越しだがアシェラはローブ越しだ。馬に乗っているとどうしても色々と当たって……柔らかい……固いのはオレのオレだけ。

オレを信用しているのだろうか…体重をかけてくるのもヤバイ。


そんな幸せな状態も30分もすると終わりが訪れる。見晴らしの良く水場の近くに馬を繋いで2人の冒険者に任せた。




ここからは森を進む。今回はお試しと言う事で前衛にオレとジョー、中衛に母さんとナーガさん、シンガリがアシェラだ。


アシェラがシンガリなのはアシェラの視界に全員が入る様にと言うのが大きい。このメンバーの中で最高戦力で回復も探索も出来る。

ジョーは前衛なのは当然だろう。母さんとナーガさんは魔法で補助と回復、攻撃をして貰う為にオレ達の中心に配置する。


ナーガさんからオレは遊撃に近い感じで動いて欲しいと言われた。オレの動きを聞いただけでこの判断だ。ナーガさんをリーダーに押したのは英断だったと思う。

それと森に入る時に付与魔法をかけて貰った。初めて付与魔法を体験したのだがナーガさんの実力が高いのか思ったよりも効果が高い。


今回、かけて貰った付与は物理ガードと魔法ガード、身体能力アップの3つ。

ガード2つは魔力を纏って防御を上げた状態に近く、身体能力アップは身体強化をしている様に魔力が作用する。


付与の効果は自前の身体強化の5%程だが常時これだけの効果が続くのはとても有り難い。

これに回復魔法も使えると聞いている。ナーガさんはオレが思っていたよりずっと有能な冒険者だった。


そして前衛のオレとジョーだが、ジョーが右でオレが左側の配置になっている。

これはジョーが右利きで大剣を振るうからだ。右にオレがいるとジョーは絶えずオレに意識の一部を振り分ける必要性が出てきてしまう。


なのでオレが左でジョーが右だ。オレは短剣なのでどうとでもなる。

位置取りは前衛だが動きは遊撃になる関係上、ジョーの邪魔にならない動きを心掛けたい。




この”賢狼の森”は狼だけじゃなく獣型の魔物が多く生息している。これは”爪牙の迷宮”から漏れ出た魔物の影響の可能性が高い。

実際に各地の迷宮の周りには、その迷宮に生息している魔物が独自の生態系を維持している。


これは迷宮のもう1つの特性に起因する様だ。オーバーフロー。迷宮の中で魔物が増え続け最終的にあふれ出る現象の事である。

このオーバーフローが起こると迷宮の周りの生態系が一変してしまう。


真偽不明の話ではあるが北にある村の近くにあった緑溢れる草原が、1ヶ月の短い期間で湿地帯になったと言われている。

原因は迷宮からリザードマンを始め水棲の魔物がオーバーフローした為……


かつては、その村の産業は小麦を細々と作っていただけだったが、今では川魚の名産地として発展していると聞くと人の逞しさを感じる。

しかし…そこは稀有な例、オーバーフローが起こると殆どの村は立ち行かなくなる……酷い物だと1夜にして村人の全てが骨になっていた等、枚挙いとまがない。


こうして領地に迷宮が見つかった領主は冒険者を招致するか自らの騎士団を差し向けるかの決断を迫られる。

多くの領主は過去の経緯から冒険者の招致へと傾くのだが……


これが冒険者と言うヤクザな稼業が一般人にも受け入れられている理由の1つである。

どこかの国では国を揺るがす魔物を倒した冒険者が民衆に”王へ”と望まれ、そのまま王女と結婚させられたと言う逸話もある程だ。




そろそろ森に入って1時間程だろうか事前の調査ではそろそろ崖が見えてきても良い頃だ。

前方と左側の警戒をしながら歩いているとジョーが話し出す。


「お前の探索魔法を使えば簡単に分かるんじゃないのか?」


ハァ、だからお前はジョーなんだ……オレは疲れた顔を向けジョーに説明をする。


「オレの範囲ソナーは魔力の反射を利用しているんだよ。地形は大雑把にしか分からん」

「そうなのか?」


「そうなんだ」

「……思ったより使えねぇな」


この野郎!お前は言っちゃいけない言葉を吐いたぞ!


「……ジョーよりは使えるがな」


オレ達はお互い眉間に青筋を浮かべて笑いあった。

後ろでナーガさんと母さんがオレ達を見て呆れている。


和気あいあい?とした雰囲気で歩いているとアシェラが空間蹴りで空を駆け登って行く。

木の高さを越えた辺りで周りをグルリと見渡した。


何かを見つけた様で自由落下で落ちてくる。毎度の事だがナーガさんは青い顔で受け止めようと走り出す……無理ですから。

その姿が見えていたのだろう。アシェラは空間蹴りを使ってゆっくりと降りて来た。


「この方向におかしな魔力が見えた」

「おかしな魔力?」


アシェラが真っ直ぐに指を差して”おかしな魔力”が見えた方向を教えてくる。


「うん。魔力の穴が開いてるみたいだった」

「魔力の穴…話を聞くと迷宮の入口っぽいけど。どうしましょうか。ナーガさん」


まだ落下の恐怖が残っていたのか顔を強張らせて話し出す。


「そ、そうですね。アシェラさん。そこは崖でしたか?」

「うん。崖におかしな魔力が見えた」


「間違い無さそうですね。アシェラさんが差した方向に向かいましょう」


オレ達は全員で頷いて移動を再開する。

思ったよりも近かったようで5分程で崖に到着した。


改めて見るとまるで壁だ。垂直に切り立った崖を見上げると高さは50メードはあると思われる。

その崖の一番下に”爪牙の迷宮”があった。


何というのか…ただの洞窟では無い。雰囲気があるのだ。アシェラの様に魔力が見えると一目で分かるのだろうが。


「じゃあ、ここで少し休憩と打ち合わせをして潜りましょうか」


ナーガさんの言葉に全員が頷いて”同意”の意思を示す。

好きな場所に座りくつろいでいると女性3人が何も言わずに草むらへと消えて行く。


ここで余計な事を口走れば何をされるか分からない。

オレはジョーへ話しかけようとすると……コイツは何を思ったのか女性陣に声をかけやがった。


「どうしたんです?蛇や毒虫がいるかも知れません。危ないですよ」


オレは眼を見開きコイツのバカさ加減に心の底から戦慄した。

女性陣から冷たい視線を向けられ”氷結さん”にはウィンドバレット(非殺傷型)を撃ち込まれている。


非殺傷型でも骨折程度はする……腹に直撃したせいで1人藻掻いているが、どう考えても自業自得だろう。

回復魔法が頭を過ったが仲間と思われてはオレまで何をされるか……許せジョー骨は拾ってやる。



のたうち回っているジョーの水筒に水を入れてやった。

ジョーはこのメンバーの中で唯一魔法を使えない。万が一の為に水筒は3個持たせている。


水があれば3日は生きられるはずだ。それだけあれば何とか助けられるだろう。

ジョーが何とか起き上がりオレに聞いて来る。


「これはどう言う事なんだ…」


コイツは自分の愚かさを理解出来ていない。オレにまで飛び火しない様にコンコンと説明してやった。


「そうか。女は大変なんだな……」


お前、絶対に本人達に言うなよ。コイツと同じ”男枠”なのが怖い、、、飛び火しそうで本当に怖い!

ドキドキしながら女性陣を待つ。直に話声が聞こえたと思うと地響きが響き渡る。


何事かと思ったら毒蛇がいたらしくアシェラの拳が炸裂した様だ。

拳を振るった場所には1メード程のクレータが出来ており蛇と思われる残骸が転がっていた。


ジョーはアシェラの実力を見るのは初めてだ。聞かされてはいたが眼のあたりにすると違うのだろう。

今だにオレでも思うのだ。あの細腕のどこにこれだけの膂力があるのか。


当のアシェラは全く意に介さず自然体で歩いているのだが……




休憩が終わりいよいよ迷宮探索が始まるっと言う時にジョーが小声で話しかけて来る。


「お前からアシェラの戦闘力を聞いていたが正直な所、信じて無かった」

「ほう…」


「でも今は思うぜ…お前、過小評価してるぞ。どれだけ強いのか見当もつかん…」


休憩時間に今の話をしなかったのは多少なりとも空気を読めて来たのだろうか。

少しでも早く成長してくれる事を願う…今のオレは迷宮の魔物よりジョーの口から出る爆弾が一番怖い。




オレは切り替える為に軽く自分の頬を叩く。オレの纏う空気が瞬時に変わるのを見て他のメンバーも真似をしていた。

オレとジョーを先頭に迷宮へと入って行く。


迷宮に入った瞬間、何か違う場所に飛ばされた様な感覚を覚えた。

これが迷宮は別の次元と言われる理由の1つなのだろう。


気合も十分、体力もマンタン、迷宮攻略の始まりである!





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