第292話ベージェの街 part3

292.ベージェの街 part3






ベージェの街でマハルさん宅に泊らせてもらった次の日。


「すみません。居候の身で申し訳ないのですが、今日はカズイさんと冒険者ギルドへ行ってこようと思います」

「そう畏まるな。アルド君はカズイ達も含めたラヴィの命の恩人だ。気楽にしてくれ」


「ありがとうございます」

「オレもギルドで働いているからな。どうせなら後で一緒に行こう」


「マハルさんは冒険者ギルドの職員だったんですか?」

「怪我をして冒険者を引退する事になってな。その時に馴染みの職員から、魔物の解体なら職員に空きがあると誘われたんだ」


「なるほど。しかし怪我ですか?何処も悪そうには見えませんが……」

「ハハ、これだよ」


マハルさんはそう言うと右手を胸の高さまで上げで手袋を取った。


「利き手の親指をやっちまったんだ。回復魔法使いに高い金で直してもらったが、ちっとも動きゃしない」

「……少し診せて貰っても良いですか?」


「ん?そう言えばリースに回復魔法をかけたって聞いたな。良いよ、好きに診てくれ」

「では、失礼します」


オレは早速マハルさんの右手にソナーをかける……神経が無い。骨や筋肉、血管はそれなりだが、神経の類が全く無い。

これでは感覚も無ければ、動かす事も不可能な筈だ。


どう伝えようか迷ったが、一宿一飯の恩がある。マハルさんには分かった事を正直に包み隠さず話す事にした。

但し細かい医術の知識に関しては幾つか嘘を吐かせてもらう。


「なるほど。その神経ってのが無いから、この指は動かないのか」

「はい。ただ神経の働きはまだフォスターク王国でも詳しくは分かっていません。これだけ綺麗に治した回復魔法使いの腕は確かだと思います」


「アルド君は回復魔法使いのせいじゃなくて、アルジャナの医術のレベルの問題だって言いたいのか」

「はい……」


「ハァ……ナーニャとも話したんだが、正直な話、オレ達はアルド君がフォスターク王国から飛ばされて来たなんて話を信じちゃいない。ナーニャもアルド君と同じ人族だ。ファーレーンでの暮らしの厳しさも聞いている。だから訳があって逃げ出してきたのだと思っていたが……昨日のラヴィとの模擬戦での動きや使う技……しかも医術まで……君は一体、何者なんだ?」

「信じてもらえないのは分かります。ただ僕は本当にフォスターク王国から飛ばされてきたんです。僕は……本当に家に帰りたいだけなんです」


マハルさんとナーニャさんはオレを見て、何度目かの溜息を吐いてから口を開いた。


「分かった。フォスターク王国の事を信じるのは難しいが、アルド君と言う個人の事は信じる事にしよう」

「ありがとうございます」


「そこで相談なんだが、この指は治るんだろうか?」

「神経が無いので一度切り落とさないといけませんが、新たに回復魔法をかければ可能なはずです」


「それをアルド君に頼めるか?」

「僕は回復魔法使いとしてはまだ未熟です。何度か失敗して、指を切り落とす覚悟をしてもらえるのなら……」


「そうか……報酬は払う。頼めないだろうか?」

「報酬はいりません。それより1つお願いがあります……マハルさんは冒険者ギルドの職員なんですよね?」


オレの言葉を受け、場の雰囲気が一気に変わった。


「何が言いたい?事と次第によっては直ぐにでも、ここを出て行ってもらうぞ……」

「……ギルドの中にフォスターク王国の場所を記した物が無いかを調べてほしいんです。恐らく僕ではギルドの書物を全て読む事は出来ないでしょう。職員であるマハルさんなら全ては無理にしても、僕では読めない書物も読めるはずです」


マハルさんはオレを真っ直ぐに見つめてから、苦々しそうに口を開いた。


「ハァ、本当なのか?君がフォスターク王国から飛ばされて来たと言うのは……」

「はい、信じてもらえないのはしょうがないと思います。でも僕の居場所はあそこなんです。僕は……結婚してまだ1年も経ってない……きっと皆、心配してる……なにより僕が帰りたいんです!お願いします。僕に出来る事なら何でもしますの手伝ってください。お願いします……」


そう言いながらオレは地面に跪いて土下座をすると、マハルさんへお願いと言う脅しをかけた。


「君は……分かった。但し約束してくれ。どんな結果になっても私の家族には手を出さないと」

「はい、僕の親と兄弟と妻に誓います。ありがとうございます……」


一時は張り詰めていた場が弛緩していく中、ラヴィ、ダローナ、ナーニャさんは難しい顔を崩さない。それぞれが何を考えているのかは分からないが、オレの覚悟だけは伝わったと思う。






「親父、本当に良いのか……」

「ああ、頼む」


何をやっているのかと言うと、オレの言う事の真偽を確かめる為にも、マハルさんの指の回復をする事になったのだ。

恐らく先ほどオレが土下座をした際に、覚悟の深さとオレの危うさを見て不安になったのだろう。


万が一、ギルドにオレが望む情報が無く暴走した場合、自分でも武器が振るえるようにと……


「息子に親の指を切らせるとか……くそっ行くぞ!」


そう言ってダローナは片手剣を振り下ろし、マハルさんの親指を切り落とした。


「ぐっ……」

「見せてください!」


真っ赤な血が流れ出る傷跡に、先ずは血止めの回復魔法をかけると、みるみる内に傷が塞がっていく。


「じゃあ、これから準備をします。マハルさん左手を貸してください」


オレはマハルさんの左手にソナーを打ってから、ダローナやオレの右手にもソナーを何度も打ちイメージを固めていった。


「……いけます」

「頼む」


オレは全ての準備を終え、マハルさんの右手を両手で包み込むように持ちあげて一言だけ呟いた。


「ヒール」


魔力が指の形を作り、徐々に本物の指へと変わって行く。

ほんの数秒の後マハルさんの右手には、何事も無かったかのように親指が存在していた。


「動く……何も感じ無かったのに、ちゃんと感覚もある……」


オレ以外の全員が驚きの目でマハルさんを見つめる中、マハルさんが苦々しそうに口を開く。


「信じがたい事だが……これではアルド君、君の言う事を信じるしか無くなったようだ……」






あれからカズイが迎えにきて、マハルさんと3人で冒険者ギルドへと向かっている所だ。


「アルド、アルジャナとフォスタークの冒険者ギルドのシステムって同じなのかな?」

「どうなんでしょう、フォスタークはS級から始まってABCDEFGまで分かれてます。因みに僕はE級でした」


「フォスタークは記号なんだね。アルジャナでは最高位がミスリルで、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアンと別れてるんだ。特別なランクとしてオリハルコンってのもあるみたいだけど、過去に伝説の人が貰った称号らしいから僕達には関係無いかな」

「なるほど。因みに昇級はギルドの査定ですか?」


「そうだね。塩漬け依頼の達成やギルドに協力的だったりすると昇級は早くなる。当り前だけどね」

「確かに。どんなに強くても、言う事を聞かない駒はいらないですもんね」


「違いない」


マハルさんを最後尾にオレ達は歩いていくと、20分ほどで平屋の役場のような建物へ到着した。


「ここがベージェの冒険者ギルドだよ」

「何か普通の建物ですね」


「フォスタークでは違うのかい?」

「そんな事は無いんですが、もうちょっと軽い感じの建物が多い気がします」


カズイと話しているとマハルさんが建物の裏へと歩いて行く。


「オレは裏の解体場だからな。行って来る」

「「行ってらっしゃい」」


早速、カズイと一緒に冒険者ギルドの門をくぐると、中は酒場が併設されフォスタークで見た雰囲気そのままであった。


「中は見慣れたギルドですね。やる事は一緒だから似てくるんでしょうか」

「そうかもしれないね。じゃあ、サッサと冒険者登録をしちゃおうか」


「はい」


オレはカズイに促されて受付嬢の前まで歩いて行くと何故だろう……ガラの悪いサルの獣人族の男がオレの前に足を出してきた……

何故オレはいつも絡まれるんだろう……もしかしてオレの体から何か出ているんだろうか……本気で心配になってくるレベルだ。


オレは溜息を吐くと、男の足を躱して歩いていく。


「チッ、つまらねぇ。腰抜けが」


今回は無事に回避できたようだ。こんな事、毎回やりたく無いんだけど……

最初から嫌な気持ちを味わいながらカウンターの前まで移動すると、受付嬢は熊の獣人族で頭には可愛らしい丸い耳が生えている。


(ネコ耳も良いけど、クマ耳も良い!これは癒される)


オレが耳をガン見して何も言い出さないのに焦れたのか、受付嬢が少し不快そうに声をかけてきた。


「耳がそんなに珍しいのか?用事が無いならどいて欲しいんだがな」

「あ、すみません。冒険者登録をしにきました」


クマの受付嬢、通称クマ嬢はオレを上から下まで見回すと、切り落とされた右手を見つめてくる。


「その腕で冒険者が出来るのか?悪い事は言わない、諦めて普通に働きな」


クマ嬢の言葉はぶっきらぼうだが、見ず知らずの人族であるオレを心配してくれるとは……どうやらクマ嬢は優しい人のようだ。


「大丈夫ですよ。アルドは片手でも、僕達全員を合わせたより強かったですから」

「カズイ、しょうもない嘘は止めろ。隻腕の子供1人が4人パーティより強いわけが無いだろうが」


「本当なんです。コボルトの群れもアルドが1人で倒してしまって。僕達は見ていただけなんです」


クマ嬢はオレとカズイを見比べると、机に座っているガラの悪そうな冒険者に声をかけた。


「誰かこの子と模擬戦をしてやってくれ?勝てたら今度夕飯に付き合ってやるよ」


冒険者達が色めき立つ中、先ほど足を出してきたサルの獣人族の男が立ち上がると、周りの男達に啖呵をきって黙らせている。


「おい、ファーファ、このガキをぶちのめせば良いんだよな?」

「ああ、オズク。お前みたいな半端者でもこれぐらいは簡単だろ?」


「へっ、飯の後も楽しみにしておけよ。ヒイヒイ言わしてやるぜ」

「お前程度じゃそんな気にはならんだろうがな。精々、恰好良い所を見せてみな」


話が進んでいる所 申し訳ないのですが、オレ、戦うなんて一言も言って無いんですが……どうしていつもこうなるんだ、と肩を落として受付嬢に付いて行くのだった。





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