第293話シルバー試験 part1
293.シルバー試験 part1
何故かオレは冒険者ギルドの隣にある演習所で、サルの獣人族と木剣を片手に向き合っている所だ。
オレに冒険者を諦めさせようとしているのは、ファーファさんと呼ばれる熊の受付嬢の善意なのだろうが、正直言って迷惑でしか無い。
何故ギルドに冒険者登録をしに来て、サル野郎と模擬戦をしなくてはいけないのか、意味が分からない。
「人族のガキが! そんな短剣でオレの片手剣に勝てると、本気で思ってるのかよ?」
「……」
元々、やる気の無い模擬戦なのに、サル野郎は構えからして弱そうだ。お前、それで本当に普段、魔物を倒しているのかと問い詰めたいくらいだ。
「ルールは相手が『参った』と言うか『意識を失う』までだ。オズクはブロンズだが、隻腕のお前には丁度良いだろう。現実の厳しさを教えて貰え。開始だ」
ファーファさんは一方的にそう告げると、模擬戦を開始してしまった……しかし、ここまで話を聞かない人も珍しい。
「ガキ、ボーっとしてるんじゃねぇぞ!」
ファーファさんに恰好良い所を見せたいのだろう、オズクは叫んで片手剣を振り下ろしてくるが、遅い、遅すぎる。エルならこの5倍は早い。
もう、これ以上付き合っていられない。オレはオズクの背後を取ると、短剣を首筋を狙って軽く振り抜いてやった。
白目を剥き崩れるように倒れるオズクを抱き留め、回復魔法をかけて寝かしてやる。
「確か模擬戦の勝敗は『意識を失う』まででしたよね?」
驚いて目を見開いているファーファさんへ向かって、何でもない風に話しかけた。
「あ、ああ、お前の勝ちだ……」
未だ言葉を失っているギャラリーを尻目に、オレとカズイはギルドのカウンターへと戻って行くのだった。
「本当にすまなかった。お前みたいな隻腕の子供が凄腕だとは思わなかったんだ」
「僕の事を心配してくれたんですよね? 分かってますから大丈夫ですよ」
「重ねて済まなかった。この仕事をしていると人の死は日常茶飯事だ。流石に慣れた……ただな、子供が死ぬのだけはどれだけ経っても慣れんくてな」
そう話すファーファさんの顔には悲しみが満ちている。一体、何人の子供の死を見てきたのだろうか……
「すまない……冒険者の登録だったな。お前ならブロンズから初めても問題無いだろう。私の推薦で処理しておく」
「そんな飛び級みたいな制度があるんですね」
「ん?実力に応じて評価を変えるのは当たり前の事だろう。まぁ、そうは言っても最初から登録出来るのはシルバーまでだがな」
「実力を示せばシルバーで登録して貰えるんですか?」
「……調子に乗るなよ。本来ならブロンズでも過大なくらいだ。先程の詫びも含めての話だと言うのを勘違いするな」
「すみません。これは僕の勝手な都合ですが、一刻も早くお金を貯めないといけないんです。申し訳ありませんがシルバーでの登録をお願いします」
「訳があるのは皆、一緒だ。分かって無いようだから教えてやる。シルバーでの登録には模擬戦でシルバー以上を3人倒して、ギルド立ち合いの下、護衛依頼を成功させる必要があるんだ。お前が想像以上に強くて、シルバー3人を倒したとしても護衛はどうする?寝ずに護衛をするとでも言うのか?」
「普通はパーティで申請するって事ですか」
「ソロの冒険者など出来る事はたかがしれている。魔物を倒しても素材を満足に運ぶ事も出来ない。食事やトイレ、寝る時にも交代で見張りをしなければ直ぐに限界がくる。普通の冒険者は信じられる仲間とパーティを組むのが当り前だ。パーティを組んでいない者は、余程の変わり者かパーティから追い出された出来損ないのどちらかだ」
「……それでもシルバーでの登録をお願いします。護衛の仲間はそれまでに探します。最悪は僕が1人で何とかしますので」
ファーファさんはオレを睨みつけた後、大きな溜息を吐いた。それから手元の書類に何かを書き込むと、他の職員へ声をかけて何やら指示を出している。
「アルド、本当にシルバーでの登録を頼むのかい?」
「はい。シルバーの方が報酬は良いんですよね?」
「そりゃそうだけど……シルバーって冒険者の中でも一人前の人達だよ。戦闘能力だってブロンズとは比べ物にならない」
「僕はなるべく早くお金を稼ぎたいんです。フォスターク王国の場所が分かった時、直ぐに旅立てるように」
「そうか……アルドの気持ちは分かった。もしも模擬戦でシルバー3人に勝てたなら、護衛任務は僕も手伝うよ。メロウやラヴィ、リースは何て言うか分からないけどね」
「何から何まで……ありがとうございます、カズイさん。飛ばされて最初に会った人がアナタで本当に良かった」
それからカズイと護衛任務の注意点やコツを教えてもらった。護衛と言っても小さな袋に入る物から何台もの馬車に至る物まで沢山の種類があるそうだ。
その中でも物では無く人の護衛は更に難しいらしい。そもそも護衛を頼む人と言うのは雇うお金を持っており、狙われるに足る理由がある者となる。
当然ながら相手は知能が低い魔物では無く、周到な準備を終わらせた人が徒党を組んで襲って来る事になるのだ。
しかし、この瞬間にギルドへ重要人物の護衛依頼が舞い込んだとしても、そんな重要な任務を試験に使う筈は無い。
カズイと2人、実際はごく普通の依頼である、隣街や近くの村までの荷物の護衛だろうと予想を立てた。
「準備が出来たぞ。さっきの演習場でシルバー3人と模擬戦だ」
カズイと話していると、唐突にファーファさんが難しい顔でオレに話しかけてくる。
「分かりました。直ぐに向かいます」
「今更だが本当に良いんだな?お前は人族だ。シルバー3人の中には人族に恨みを持つ者がいる。私もどこまで助けられるか分からんぞ」
「僕は大丈夫です。本当にありがとうございます。ファーファさんは優しい人ですね」
「わ、私は、こ、子供が怪我をするのが嫌なだけた……」
ファーファさんの可愛らしい一面にホッコリしながら、先程の演習場へと向かった。
「お前か、いきなりシルバーで登録したいとか、ふざけた新人は」
「おいおい、人族かよ。オレは手加減してやるが……知らねぇぞ」
「木偶(人族の蔑称)が……」
演習場に到着すると2人の獣族の男と1人のエルフの男が立っており、犬の獣族の男は今にも飛び掛からんほどにオレを睨みつけている。
「この子がシルバーでの登録を希望している。お前達は順番に相手をしてやってくれ。因みにオズクは何もさせて貰えず倒されたぞ。腕は私が保証する。手加減はいらない」
「マジかよ?」「ほう、あの年でか……」「オズク程度とオレを一緒にするな。人族如きオレがぶっ殺してやる……」
何か1人だけテンションが違う人がいるんですけど……しかもぶっ殺すとか、これ模擬戦ですよね?
「アルド=ブルーリングです。得物は短剣、魔法も使います。今は隻腕ですがよろしくお願いします」
「自分で情報を言うかよ……」「舐めてるのか、ただのバカか」「隻腕だと? ふざけやがって。しかも人族が短剣だと舐めてるのか?」
オレは普通に挨拶したつもりなのだが、どうも舐めてかかって煽っていると取られてしまったようだ。
これ以上、口を開いて煽りと取られたく無い。ここは沈黙は金でいこうと思う。
「では模擬戦を始めるぞ。勝敗は『参った』と言うか、『意識を失う』までだ。私が終了を宣言したら直ぐに攻撃は止めろ。従わない場合は実力行使させてもらう」
「おいおい、『蹂躙のファーファ』が実力行使するってよ」「アイツ、手甲付けてるじゃねぇか。おっかねぇ」「最初はオレにやらせろ!」
「全く……うるさい男は嫌われるぞ。しょがない、望み通り1番手で行っていい。何度も言うが、終了の合図を聞き逃した場合は割って入らせてもらうぞ」
「分かったよ。オレもプラチナ手前まで行ったお前の拳は受けたくないからな……」
どうやらファーファさんはプラチナ手前までいった女傑らしい……言葉遣いも普通の受付嬢にしては粗野だと思ったが、そう言う事か。
マハルさんと言いファーファさんと言い、アルジャナのギルドは冒険者の引退後の受け皿にもなっているようだ。
オレがアルジャナのギルドの事を考えていると、先程から並々ならない殺気をぶつけてきていた犬の獣人族が進み出てくる。
「木偶が……泣き叫ぶまでいたぶってやる。覚悟しておけよ」
「……」
きっと何を言っても煽りになってしまうと思うので固く口を閉じていると、今度はそれに関して怒り出した。
「テメェ、さっきから無視しやがって!ぶっ殺すぞ!」
なに、なに、なんなの、コイツ……口を開いてもキレるし口を閉ざしてもキレる。切れやすい年頃ですか?!ガラスのハートなんですか?
オレがウンザリした顔をしていると、その空気を察知したファーファさんが口を開いた。
「準備は良いな? では開始!」
模擬戦は唐突に始まったが、犬の獣人は合図と共に上手くオレに向かって飛び出している。
なるほど。キャンキャン吠えてるだけじゃなく、シルバーランクと言うのは本当らしい。片手剣に体重を乗せ綺麗に振り下ろしてきた。
ただ奇襲は良いがやはり遅すぎる。オレは相手の盾で死角になった場所に身を隠すと、バーニアを吹かせて一気に後ろに回り込んだ。
きっと向こうからはオレが消えたように感じているだろう。必死に辺りを探しているが、隙だらけだ。
首筋に短剣を軽く当て犬獣人の意識を奪ってやると、いつものルーチンで崩れ落ちる所を抱き留めて回復魔法をかけてやった。
さてさて、オレは勝ちのりを待っているのだが、肝心のファーファさんは呆然とした顔で放心状態だ。
辺りを見回してもこの場にいるギャラリーは全員、今のオレの動きに驚いて静まり返っている。
「あのー、オレの勝ちで良いですよね?」
オレの言葉を皮切りに時が動き出した。
「何だ今の動きは?」「オカシイだろ、今の……」「人の動きじゃないぞ」「人があの速さで動けるのか?」「何だあれ、何なんだあれは」
ギャラリーがバーニアの動きに驚いて、軽いパニックになっている。
そんなギャラリーを尻目に、残りの獣族の男とエルフの男は両手を上げてファーファさんに口を開いた。
「ファーファ、あれは無理だわ。オレは棄権する。こんな事で怪我はしたく無い」
「オレも棄権だ。逃げたと思って貰って結構だ」
「ちょっと待て。ギルドの規定では3人の現役シルバーから勝たないと、新人でシルバーからの認定は出来ないんだぞ」
「だからオレの負けで良い。それで良いだろ?」
「そんなわけに行くか。そんな事を許したら、最悪はランクが金で買えてしまうだろうが」
「そんな事、知らねぇよ。オレにだって生活があるんだ。割の良いバイトだと思ったら、ドハマり依頼じゃねぇか。コイツと模擬戦をやるぐらいなら塩漬け依頼でもこなしてた方がマシだ」
結局、2人は逃げるように演習場を後にしてしまった。
そんな中、ファーファさんは申し訳なさそうに話しかけてくる。
「スマンな。今日は模擬戦を行うのは無理そうだ……と言うかシルバーでお前との模擬戦を受けてくれる者がいるかどうか……」
「3人に勝たないとどうなるんですか?」
「ギルド職員の推薦で繰り上げ出来るのはブロンズまでだ。その場合は申し訳無いが、ブロンズからと言う事になる」
「そんなぁ、そこを何とかなりませんか?」
「無理だな。これはギルドの規定だ。私の判断でどうにか出来る物じゃない」
「最悪はブロンズからって事ですか……」
「若しくは……模擬戦での勝利はシルバー以上だ。シルバーがいないのならゴールドやプラチナでも良いと言う事になる。お前が良いのならそちらで手配する事は出来ると思う……但し、ゴールドだからと言って負けても良いわけじゃないがな」
「それでお願いします」
「本気か?」
「はい、僕には目的があるんです。一刻も早く帰らないと……僕がこの世界を嫌いになってしまう前に……」
「良く分からんが、ゴールドかプラチナで手配しておこう。1人は当てがある。明日には何とかなるはずだ」
「分かりました。明日また来るようにします」
こうして冒険者ギルドでの最初の一歩である『登録』すらできずにギルドを後にしたのであった。
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