第178話大蛇の森 part1

178.大蛇の森 part1





母さまとアシェラ姉と僕の3人で大蛇の森に向かっていたけれど、到着したのは結局、マンティスが眠り始めてスムーズに移動できるようになってからだった。

今は木の上で休憩を取り、夕食の干し肉と黒パンを食べている所だ。


実は夕食の前に兄さまが作った保存食の”梅干し”を食べたのだが……思わず吐き出しそうになってしまった。

なぜなら今まで食べた事がないほど酸っぱかったのだ。


兄さま曰く、その酸っぱさが”疲れを取る”と言っていたが、僕の感覚だと酸味があると腐ってる気がしてしまう……

それについても兄さまは腐ってるのでは無く、くえんさん?だかの効果と言っていた。





昔から兄さまは時々、意味の分からない事を言う。

きっと、この梅干しも僕には理解できないが本当に疲れを取ってくれるのだろう。


それに、慣れてきたからか段々とこの酸っぱさも美味しく思えてきたのは……毒されているのだろうか?

僕は頭を振って余計な事を頭の中から追い出した。


「そろそろ、最大の範囲ソナーを打ちます」

「分かったわ。アシェラ、念の為に警戒を」

「はい。お師匠」


僕は最大1000メードの範囲ソナーを打って敵の配置から状態を調べて行く……

どうやら、ここから800メードほどの位置に大きな魔力の反応がある。恐らくは主なのだろう。


こちらのソナーに反応した様子は無いので、恐らくは魔法は使えないと思われる。

主の位置も知れて、これで何とか夜襲のめどは立った。


「母さま、ここから800メード先に大きな魔力が1つ。恐らく主がいると思われます」

「そう。じゃあ、ここで休憩しましょうか」


「分かりました」


夕食のついでに、ここで夜襲まで休憩を取る事に決まった。

ここなら程よく主から距離がある。万が一騒ぎがあっても主までは気が付かないはずだ。


休憩のついでに魔力を回復しておきたい。出来れば万全の状態で挑みたいと思う。


「母さま、魔力の残りは3/4ありますが2~3時間ほど眠って魔力を回復しようと思います」

「そうね。念の為にアシェラも眠っておいて」

「お師匠、一人で大丈夫?」


「アシェラ……誰に言ってるの?」

「速やかに寝かせて頂きます!」


「分かれば良いのよ。2人共、木にしっかり体を結んで寝るのよ」

「「はい」」


睡眠薬を飲んで僕が意識を手放す時に見た光景は、マンティスがいくつかの塊になって眠っている姿だった。




ゆっくりと覚醒していく……懐中時計を見ると、どうやら3時間ほど眠っていたようだ。

僕が起きて辺りを見回すと、母さまとアシェラ姉が軽く夜食を食べていた。


「エル、起きたのね。食べたく無くても、何か軽く食べておきなさい」

「はい」


母さまとアシェラ姉もお腹が空いた訳では無かったようだ。

普段の姿を見ると食事に貪欲で、どこまで本気なのか判断が付きにくい。


僕もリュックから干し肉を出して齧りながら、作戦の最終確認をする。


「先程の範囲ソナーから動いていなければ、主は800メード先にいます」

「そうね。まずはそこまで移動して主がいればそのまま奇襲をかけましょ。主がいない時は魔力が勿体ないけど範囲ソナーを使って頂戴」


「分かりました」

「アシェラと私はエルの戦闘が始まったら周りの雑魚の掃除よ。エルには絶対に近寄らせないわ」

「はい」


作戦に変更は無い。後は臨機応変に対応するだけだ。


「それとエル。アナタの判断で魔瘴石は使いなさい。アルも言ってたけど、この時の為に集めた物よ。出し惜しみは無しよ」

「はい。分かりました」


「最悪は証を奪ったら魔瘴石を使って離脱しましょう」

「……はい。その緊急離脱が出来るので、僕と兄さまが別れたのですしね」


「ええ。第一に全員の安全。その次に証の奪取。殲滅は3番目よ。間違えないで」

「はい」


「じゃあ先頭はエル。私達はエルの動きに合わせるわ。良いわね、アシェラ?」

「はい。お師匠」

「では僕の背中、預けます」


僕は暗くなった森を空間蹴りで走り出す。

今日の月は三日月だ。森の中では思ったよりずっと視界が悪い……想定外が1つ。


後ろを見ると母様も、遅れずにちゃんと付いて来ている。

但し、僕やアシェラ姉ほどの速度は出ないし、小回りも効かないみたいだ。


こればっかりは使って来た時間が違い過ぎる。しょうがない。

ほんの5分ほどで範囲ソナーで主がいたであろう場所に到着した。


そこでは無数のマンティスの幼体が這い回り、数え切れない卵がある……

その中心に主はいた。


辛うじて頭や腕からマンティスだと判断できるが、全体の形はイモ虫の先にカマキリの上半身が付いているような……

魔物とは言え生物としての歪さを感じ、生理的な嫌悪感が沸いて来る。


僕は主に気付かれないように、音を立てないよう気を付けて大きな木の枝に降りた。

すぐに母さまとアシェラ姉も降りて来る。


「母さま、主です」

「ええ。あの体じゃあ、歩く事も出来ないでしょうね」


「恐らくは、繁殖に加護を全て使ったのかと」

「それで体も変化して、歩く事もできなくなった……」


「はい」

「主を倒す事自体は簡単に済みそうだけど……後始末は想定よりだいぶ大変な感じね」


「そうですね。思ったより、だいぶマンティスの数が多いです」

「しかも、早く倒さないと増え続けて、さらに後始末が大変になる、と……」


「はい……」

「ハァ、ここは土地の形も悪いわね。ブルーリングみたいに平野が多かったら、コンデンスレイも使いようがあるのに。サンドラは山が多すぎるわ」


改めて主を観察してみた。

今は眠っているのだろうか……上半身は動かないがイモムシの部分は ぜん動運動を繰り返している。


主の周りにはマンティスの幼体が蠢いているが、僕の膝程度の大きさだ。脅威にはならない。


「エル、予定通り。作戦に変更は無いわ。アナタのタイミングで突っ込んで頂戴」

「分かりました。行きます!」


母さんの言葉に答えると、僕は主へと吶喊した。

まずはソナーを打って証の位置を調べなければ……


あの体に触るのか……上半身は兎も角、下半身は白くブヨブヨしている。

見た目も最悪だが、動きも気持ち悪い。


僕は今では使い道が無いだろう。申し訳程度に付いている後ろ足にソナーをかけた。

主は近づいても足に触っても起きる様子が無かったが、流石にソナーを打った瞬間には目が覚めたようだ。


僕を確認しようと身をよじるが、この腹では満足に動く事はできない。

僕は構わず何度もソナーを打ち込んでいく。


5回目にソナーを打った時に腹の中から”おかしな魔力”が流れているのに気が付いた。


「腹の中……」


正直、触るのも嫌なのに腹を裂いて中身を取り出すとか……

僕は思わず今だに木の上にいる、母さまとアシェラ姉へ叫んでしまった。


「母さま、”証”は腹の中です!」


母さまとアシェラ姉は露骨に嫌そうな顔をして……僕からそっと視線を外す……

2人に眼で訴えるが、頑なにこちらを見ようとしない……


僕は今だに体をよじって藻掻いている主が、無性に腹立たしく思えてきた。


「お前のせいだ……」


先程から幼体が僕の足に纏わり付いているが、ドラゴンレザーアーマーには傷一つない

片手剣が汚れるのが嫌だったので予備のナイフを出し魔力武器(大剣)を出す。これでナイフ二刀。


魔力を纏って返り血も直接 体に触れない様にする。

僕は準備が完了すると魔力武器(大剣)を振りかぶり証があると思われる腹を切り裂いた。


まただ……僕は眩暈を感じてしまう……なんと主の腹を切り裂くと”細長いハリガネ”のような魔物が出てきたのだ。

どうやら寄生虫がお腹にいる状態で主になったのだろう。


こいつは……どれだけ気持ち悪いんだ……


主は腹を切り裂かれた事で、ガラスを引っ搔いたような絶叫を上げている。

寄生虫は僕を敵だと認識したのか、体をムチのようにしならせて攻撃してきた。


ムチの攻撃をバーニアを吹かして躱してやると、幼体が数匹 真っ二つにされている。

主より、この寄生虫がやっかいだ……


先に寄生虫を倒そうと右手に魔力武器(大剣)と左手にナイフを持ち空間蹴りで突っ込んでいく。

対する寄生虫は僕にカウンターを当てるべく、一度ハリガネのような体を縮め一気に突進してきた。


それはまるで剣術の”突き”のようで、喰らえばドラゴンレザーアーマーと言えダメージを貰う事になるだろう。

僕はバーニアを吹かし寄生虫の攻撃を躱すと、その伸びきった体に魔力武器(大剣)を振り降ろした。


見事、寄生虫は真っ二つになり、それぞれが暴れ藻掻いている……うへぁ……コイツもキモイ!


さっさと証を奪うべく、腹の中身を晒している主にソナーを打つと、反応は目の前にある黒ずんだ肉塊からだった。

僕は涙目になって”黒い肉塊”を抉り出す。


主は断末魔を上げて動かなくなると、徐々に元のマンティスへと戻っていった。

ザワッ……辺りの雰囲気が一変する……


先程までウロウロと僕の足元に纏わり付いていた幼体ですら、殺気を放ちこちらに襲い掛かかる準備をしていた。

要領の良い幼体は、寄生虫や主だったマンティスを食べ始めている。


主が死んだ事により呪縛から解放されたのだ。


「エル、戻って!」


母さんの声に”証である肉塊”を収納に押し込み、木の上へと駆けあがった。


「母さま、証を手に入れました」

「ええ、見てたわ」


何故か母さまは僕と目を合わせようとはしない。


「さて、ここからは適度にマンティスを間引きしながら共食いの味を覚えさせるわよ。主から解放された今なら上手く行けば同士討ちを狙えるかも」

「分かりました」


「まずはアルと合流しましょう。エルフの郷の方向へ向かうわ。道中はマンティスの間引きもするわよ」

「「はい」」



マンティスを上手く間引きして共食いを覚えさせて自滅を狙う。ここからが本番だ。

アオには悪いけどマナスポットの開放は後日にさせて貰おう。






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