第179話大蛇の森 part2

179.大蛇の森 part2




生理的に受け付けない主から証を奪い、今は掃討戦に移っている。

マンティスは正直に言って弱い。


母さまに聞いた話では、普通のマンティスでC~Dランクだそうだ。

主の呪縛から解放された今では、ここのマンティスも同じような強さなのだろう。


しかしSランクの地竜やAランクのミノタウロスを倒せる僕達から見ると、CもDもEもそんなに違いは無い。

”少し速いかな””少し固いかな””少しチカラが強いかな”と思う程度である。


蹂躙と言うのがピッタリくるほどに、僕達の戦闘は圧倒的で一方的だった。

風上に向かい易いと言うマンティスの中でも、エルフの郷とサンドラの街に移動しそうなマンティスだけを集中的に狙って倒していく。


先程から母さまは木の上から魔法を撃ち、アシェラ姉は空間蹴りとバーニアでマンティスを殴り殺していた。

僕はと言うと、相変わらず盾は母さまに任せて今は右手に片手剣、左手にナイフの二刀でマンティスを倒している。


戦闘自体は全く危なげなく進んでいるが、問題は持久力だ。

僕もアシェラ姉も1時間ぶっ通しで戦闘をしていれば、流石に休憩が必要になってくる。


母さまだって魔力の消費が厳しいはずだ。

今は母さまの指示で木の上に登り、安全な場所で3回目の休憩を取っていた。


「母さま、魔力はどれぐらい残ってますか?」

「そうね……残りは2割って所かしら……」


母さまは疲れた顔をして答えた。少し顔色も悪い気がする。


「アシェラ姉は?」

「魔力はまだ半分残ってる。ボクは全然いける。バッチコーーーイ!」


兄さまに教えて貰った言葉なのだろうが、意味が分からない。きっとアシェラ姉自身も、意味が分からず使ってるんだろうけど……


「魔力はあっても疲労はどうです?」

「……たぶん、大丈夫」


アシェラ姉はそう言うが休憩を挟んだとしても、合計3時間ぶっ通しでマンティスを狩っているのだ……


「僕も魔力は半分ぐらい残ってますが、正直、疲労がキツイです……」

「……」


そろそろマンティスを無視して空間蹴りでエルフの郷へ移動するか、限界まで戦い魔瘴石を使って撤退するかを決めなくてはいけない。

その判断をするのが今なのは、僕だけじゃなく母さま、アシェラ姉も感じているはずだ。


「エル、アシェラ、今から言う事は賭けよ……」


氷結の魔女たる母さまが真剣な顔で話し出す。

兄さまは陰で”氷結さん”と言って母さまをバカにするけれど、”真剣な時”の母さまは正に、Aランク冒険者”氷結の魔女”に相応しい能力を持っている。


”真剣な時”の母さまはスゴイのだ。”真剣な時”の母さまだけは……


提案された作戦は”熟練の冒険者”だからこその作戦だった。

僕はアシェラ姉と一緒に母さまの作戦に了承をした。そこからは作戦の通りに動いていく。




エルフの郷---------------------




夜が更けてだいぶ経つ……今は23:00になろうと言う時間だ。


「ガル、マンティスに異変は無いか?」

「ああ、変わらずだ」


「そうか……」


オレは動物園のクマのようにウロウロと部屋の中を歩き周っていた。


「あーー!鬱陶しい。ジッとしてろ!」

「ああ、スマン……」


しかし少し遅すぎるのでは無いだろうか。

エル、アシェラ、母さんなら危なくなれば空に逃げられる。大丈夫だとは思うが、危ない事になって無いと良いのだが……


オレがウロウロしていると、マンティスの様子が一変した。

一塊になって眠っていたはずだが急に暴れ出したり、中には同士討ちを始める個体すら現れだす。


「どうやら主の呪縛から解放されたみたいだ。ここからが踏ん張りどころだな」

「ああ。タメイ、ベレット、オレ達は予定通りの配置に移動だ」

「はい。救護班に回ります」

「オレっちは全体を見て弱い所の救援に入るッス」


「オレは遊撃で少しでもマンティスの数を減らす」


そう言い合いオレ達はそれぞれの持ち場へと移動して行く。

オレは空間蹴りで窓から駆け出すと、屋根の上へと移動した。マンティスの位置を確認するためだ。


群れになっている中でも一番大きな群れを目指して空を駆け抜ける。

マンティスを全て倒す必要はない。共食いを覚えさせる為に、寧ろ手負いで止めておいた方が良いほどだ。


群れの中に飛び込み魔力武器(大剣)二刀を振りマンティスの群れを蹂躙していく。

途中で”半殺しがベスト”なのを思い出し別の群れへと移動した。


マンティス自体はやはり雑魚だ。動きが遅い、チカラが弱い、頭が悪いの三拍子が揃っている。

本来なら雑魚でも連携されれば脅威になるが、それぞれ個別で動くだけ、酷いのになるとマンティス同士で戦っている。


さてと、オレの方は問題は無いがエルフの防衛線も、たまには見ておかないと……

気付いたら防衛線が崩壊してたでは笑えない。





エルフが立て籠もっている家の前に防衛線が敷かれている。今現在は十分に機能しているようだ。

どうやらガルが真ん中に立ち、盾を上手く使ってマンティスを防いでいる。


エルフにも盾持ちは何人かいるが、丸いバックラーと言われる盾が主流のようだ。しかし、バックラー程度の大きさの盾では壁役として正直、頼りない。

エルフ達はバックラーを両手に1つずつ持ち、攻撃を捨てて防御に徹する事で防衛線を維持していた。


マンティスを倒すのは専ら後列の仕事だ。槍や矢を使いマンティスを上手く倒している。

多少は怪我人も出ているようだが、救護班も問題無く機能していた。





こうなると、やはり問題は数……

オレもかなりの数を倒したはずだが、どれだけ倒してもマンティスの勢いは衰える気配が無い。


これが何時まで続くのか……朝まで持ったとしても本当に朝になったら敵は引いてくれるのだろうか……

サンドラの街への救援も向かわなければいけない。


本来なら、ここエルフの郷のマンティスを殲滅し、サンドラの街でサンドラ軍と挟撃でマンティスを殲滅するのが理想的だ。

エルとアシェラがいてくれれば何とかなるはずなのに……


エルとアシェラも今頃は大蛇の森でマンティスの殲滅を頑張っているはずだ。詮無いことを考えてしまった。

頭を振って気持ちを切り替える。





そこからはひたすら消耗戦だった。


ガル達前衛が休む間、オレが一人で防衛線を支えたり……逆にオレが休む間の護衛を任せたり、お互いを支え合って何とか防衛線を維持している。

エルフ達共、数時間前に会ったばかりだが一緒に戦う事で友情が確かに芽生えていた。


「秘薬を使う!爆発するから気を付けろ!!」


エルフの1人が2階の窓からマンティスの群れへ秘薬を投げると、大きな爆発が起きマンティスの死骸が散乱している。

直ぐに元気なマンティスが仲間だった物に齧りついて行く。


秘薬を投げたエルフは自分の戦果に喜び大声を出して笑っていた。

その窓の上に少し小型のマンティスがいる事に気が付かずに……


エルフは、もう少しで首を刈り取られる所を突き飛ばされる事で、ギリギリ一命をとりとめた。


「危ないッスよ。ヘタくそだけどコイツラは飛ぶッスからねぇ……」


タメイは窓から中に入って来たマンティスの顔に、何かの袋を投げつける。

破れる様に調整してあったのだろう。マンティスの顔に袋が当たった瞬間、布が破れ中身がマンティスの顔にかかった。


マンティスは口からガラスを引っ搔いたような音を出しながら床を転げ回っている。

そのまま2分ほどすると徐々に動きが小さくなり、最後には動かなくなった。


「窓から捨てましょ。手伝ってくださいッス」


声をかけられたエルフは最初、タメイの人族語が通じない風を装っていたが……


「早くしてほしいッス。大根役者さん」


とタメイが声をかけると、苦笑いを浮かべて手伝ってくれる。


「じゃあ、オレっちは他を見回るッス」

「ああ、助かった。ありがとう」


タメイの行く先々では、こんな光景が繰り広げられていた。





エルフにとって秘薬は、死んでも守る必要がある秘密である。

他種族に知られれば、エルフと言う種全体に危険が迫る可能性があるからだ。エルフのチカラそのものと言っても良いだろう。


オレが何度目かの休憩をしていると村長がやってきた。

お互いの腹を探り合って奥の手を残したまま死にたくはない。


村長もそれは感じているのだろう。どちらともなく話し出した。


「王家の影殿……どうでしょうか……」

「正直な所、厳しいです」


「そうですか……」

「はい」


「……こうなった以上、しょうがありません」


村長は小瓶を5本、懐から出して見せる。


「これは?」

「想像通りの物ですよ」


「エルフの秘薬……」

「はい、度重なる戦闘で、残りはこの5つになってしまいました」


「秘薬の効果は?」

「この3つが炎の霊薬、魔力を込めると5秒後に爆発します」


「威力はどの程度なんですか?」

「一般的な魔法使いがファイアを使った程度です」


「そうですか……」


噂で聞くエルフの秘薬なので、もっとすごい効果なのかと思ってしまった。


「王家の影殿からすると大した威力では無いですが、これも使いどころです」

「いえ、そんな事は……」


しまった顔に出ていたか……


「そして、こちらの2つが本命です……」

「……」


「1つは狂体薬……これを使えば半日ほど疲れを感じずに戦い続けられます……」

「それは……」


「その後は3日ほど寝込む事になりますが……」

「……」


「そして最後の1つが狂魔薬、これを使えば1度だけ魔力を完全に回復してくれます」

「……なにか副作用があるのですよね?」


村長はゆっくりと頷いた。


「魔力が回復してから眠るまでの間、ずっと魔力枯渇の眠気とダルさが続きます」

「……」


「そして1度眠ると丸1日は起きません……」

「……そうですか」


エルフの秘薬、どれも微妙じゃねぇか!ナーガさんが使ってた、回復薬や攻撃の秘薬は普通に優秀だったのに。

まあ、それだけ体に作用する薬は難しいのだろうが……


考えてみると半日、疲れを”感じない”って……それ麻〇じゃねぇの?

オレは渡された5つの秘薬を眺めていると村長が話し出した。


「その秘薬は”王家の影”殿に差し上げます。何卒、郷をよろしくお願いします」


薬漬けになれば、この窮地を何とか出来るんだろうか……

気が付けば村長は退出し、オレだけが残されていた。


この秘薬はエルフにとっての切り札なのだろう。他にも秘薬はあるはずだが、戦闘用は本当にこの5つしか残っていないと思われる。


「エルフは腹を割って話したか……」


オレは自分の切り札”魔瘴石”の件を秘密にしている事に少しだけ罪悪感を感じてしまう。

立ち上げるとエルフの秘薬を水筒の小物入れに放り込んで、一言だけ呟いた。


「まずは出来る事をやろう……」


オレは休憩を終えてマンティスの群れへと向かっていく。







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