第180話大蛇の森 part3

184.大蛇の森 part3





大蛇の森でマンティスを倒し始めて3時間。

母さまの魔力は残り2割。僕とアシェラ姉の残りが半分となって、これからの方針を話していた時の事。


母さまが意外な作戦を話し出した。


「エル、アシェラ、今から言う事は賭けよ……」

「賭け?」


「ええ、この3時間の戦闘でマンティスの規模は想像以上だったわ。恐らく夜明けまで戦っても焼け石に水のはずよ」

「……僕もそう思います」


「恐らくは……エルフの郷も同じ状況だと思うわ」

「……そうでしょうね」


「そこで問題なのだけど……何だかんだ言っても、アルにエルフを見捨てる決断は出来ないと思う……あの子は何処か非情になりきれないから」

「……兄さまは……優しいですから」


「そうなると恐らくエルフの郷は放棄され、魔瘴石を使い、魔の森かブルーリングの街に避難する事になるはずよ」

「……」


「そして、そのままサンドラの街へ救援に向かう事になるわ。サンドラの街には城壁があるお陰で、エルフの郷やここよりも戦い易いとは思うけどね」

「……サンドラ」


「但し、サンドラの街の前にはマンティスの海が広がって、以前のブルーリングがゴブリンに襲われた時のような光景になってるでしょうね」

「……」


「アナタ達がどれだけ強くても、個のチカラである限り、必ず限界はあるわ」

「……」


「サンドラの防衛で必要な物は個の戦闘力では無く、薙ぎ払える広域の究極魔法……コンデンスレイよ」

「コンデンスレイなら兄さまと僕で2発は撃てます」


母さまが一度会話を切って考えだす。


「サンドラの地形……それが問題なの。ここがブル-リングの街なら2発で充分だわ。でもね、サンドラは起伏が多すぎる。恐らくコンデンスレイが4~5発は必要になるはずよ」

「……」


「そこで問題になってくるのが、こことエルフの郷で魔瘴石を使ってしまうと、魔瘴石の在庫が無くなってしまう事」

「……」


「アルが魔瘴石を使うのはしょうがないわ。そうしないとエルフを助けられないから。それなら私達が何とか魔瘴石を使わないで済むようにしないといけない」

「どうするんですか?今から空間蹴りでエルフの郷に向かうのですか?」


「賭けって言ったでしょ。今より悪くなる可能性があるものが賭けよ」

「今より悪く……」


「ええ、これからマナスポットに戻って解放するの。そうすればエルの魔力は回復して、私とアシェラもブルーリングに戻って休息が取れる。魔力の回復が出来るわ」

「そうか……マナスポットを開放すれば……」


「但し、相当なリスクがあるわ。恐らく近くの魔物が全部寄って来るはずよ。エルは100メードで良いので、範囲ソナーで完全に敵がいない事を確認してから解放を。アシェラと私は魔力の続く限り敵をエルに近づけさせない」

「「……」」


「恐らく成功しても失敗しても私は魔力枯渇で意識を失うわ。木にでも体を縛っておくから回収をお願い。後はアシェラ、アナタが頼りよ。マンティスならウィンドバレット1発で倒せるはず」

「分かった、お師匠」


「エル、どう?かなりリスクがある作戦よ。サンドラを見捨てるつもりなら、こんな事をする必要は無いわ」

「いえ、その作戦で行きましょう。僕はルイス、オリビアを始め、サンドラの人達が好きですから」


「ふふ、奇遇ね。私もよ」

「ボクも。それにオリビアは第3夫人。もうボクの身内」


「決まりね。じゃあ早い方が良いわ。早速、マナスポットに向かうわよ。エル、アオを呼び出して」

「はい」


僕は母さまに言われた通り、アオを呼び出した。


「どうしたんだ、エルファス」


僕がアオに答える前に母さまが話だす。


「アオ、予定変更よ。このまま、ここの領域の開放を目指すわ」

「敵だらけだよ……姐さん」


「それでもやらないといけないの。アオ手伝って」

「……分かった」


「ありがとう。じゃあ、マナスポットの場所を教えて頂戴」

「この方向に1本だけ高い木が見えるでしょ?」


「ええ、見えるわ」

「あの木の根元にマナスポットがある」


「そう、ありがとう。アオ」


母さまはアオにそう言うと、僕達の方を見た。


「2人共、聞いたわね。あの木を目指すわよ」

「「はい」」


「今回は魔力をあまり使わない、エルを先頭に進みましょ」


僕は今回、マナスポットの開放役なので魔力はあまり使わない。現場に到着するまでの露払いをさせて貰う。

僕を先頭に母さま、アシェラ姉の順番で進んで行く。


移動は空間蹴りで空を駆けるので実際にはたまに飛んでくるマンティスの掃除だけで、大した労力は必要無かった。

20分ほどで目標の木に到着できたのは、運も良かったのだろう。


アオが木の根元にマナスポットがあると言っていたが、あれがそうなのだろうか……

木の根元には小さな泉があるのだが真っ黒のヘドロ状になっており、たまに「ゴボッ」と気泡が沸いている。


僕は素直に”触りたくない”と思ったのだが、母さま達を見ると目を反らされてしまった。

開放は使徒しか出来ないのだろうか……出来ないんだろうなぁ、と何とか逃げ道を考えたが何も浮かばない。


今回の敵は主と言い、マナスポットと言い、本当に気持ち悪い!

僕がエルフの郷に行けば良かった、と心の底から思ってしまった。それは開放を”兄さまに押し付ける”と言う意味になるのに……


「ハァ……一度100メードでソナーを打ちます」


そう声をかけ範囲ソナーを打った。

周りは魔物だらけだ。気配を殺してマナスポットを窺っている。


殆どはマンティスだが、あの泉のヘドロの中に魔物が1匹だけ……恐らくはスライムだ。


「アシェラ姉、あのヘドロの中にスライムが1匹、いるのが見えますか?」


アシェラ姉が目を細めてヘドロの泉を見つめている。


「いた……」


アシェラ姉が一言、呟くとウィンドバレットがヘドロの中へと撃ち込まれた。

僕の顔をアシェラ姉が見て来たので局所ソナーをヘドロに打ってみる。


何もいない。アシェラ姉のウィンドバレットがスライムの核を撃ち抜いたのだろう。先程はあった反応が無くなっていた。


「反応なし。倒したみたいです」


アシェラ姉がドヤ顔で胸を反らしている。

目のやり場に困るので、僕は辺りの警戒をするフリをして周辺を見回した。


「母さま、強硬で開放しますか?」

「んー、出来れば壁を作れると良いわね……」


「壁ですか……」


僕も改めてマナスポットを見ると、泉は精々直径5メード程だ。

これなら母さまが言うように何かで囲んでしまえば間違いが無い。


魔の森の時と同じなら、開放には10秒もあれば充分なのだから。

しかし、そんなに都合良く壁になるような物は見当たらなかった。


見渡す限り木、木、木、正に森だ。


「エル、アシェラ、この木を倒すのに魔力はどれぐらい使う?」


いきなり母様に聞かれたアシェラ姉は少しだけ考えて口を開く。


「たぶん、弱い魔法拳で倒せると思う。魔力はウィンドバレット(魔物用)1発ぐらい……」

「僕は魔力武器を作って……ウィンドバレット(非殺傷)が1発分ぐらいでしょうか」

「そう、じゃあ…………」


母さまの作戦はマナスポットを完全に囲う囲いう物では無く、木を倒して2方向を塞ぐと言う物だった。

勿論、木を倒した2方向も完全な壁では無いので、魔物が来る可能性がある。


なので、壁が無い2方向をアシェラ姉が守り、壁がある2方向を母さまが木の上から魔物を狙い撃つ。

僕は念の為に範囲ソナーをこまめに打って母さまとアシェラ姉に伝える。


どうしても必要があれば、僕も戦う事を視野に入れておく。


「どう?エル、アシェラ?」

「僕は良いと思います」

「ボクも大丈夫!」


「但し、恐らく失敗してもアシェラの魔力は枯渇寸前、私は魔力枯渇で意識が無いと思うわ。失敗した場合でもエルはアオに領域を作って貰って頂戴。領域が出来次第ブルーリングに逃げるわよ」

「……分かりました」


「じゃあ。エル、アシェラ、壁を1つずつ作って頂戴。エルに2つの壁を作って貰っても良いのだけど万が一、魔力枯渇になると八方塞がりになっちゃうから……」

「分かりました。アシェラ姉、僕は右に壁を作ります」

「分かった。じゃあ、ボクは正面に作る」


僕はアシェラ姉とマナスポットを囲う壁を作っていく。

30分ほどして、それなりの壁が出来たと思ったら魔物もこちらの意図に気づいたのだろう。


今まで遠目に見ていただけだったのが、殺意を漲らせ向かってきた。


「やっぱりね……エル、アシェラ、少し間引きして、このまま開放するわよ」

「「はい」」


僕は右手に片手剣、左手に短剣を持ちマンティスを倒していく。

壁を作った事もあり残りの魔力は1/3ほどだ。


10分ほど間引きをしているとマンティスの攻撃の波が少し落ち着いた。

遠くにはこちらに向かっているマンティスがいるので丁度、波が途切れたタイミングなのだろう。


「エル、今よ!」

「はい」


母さまの声に僕はアオを呼び出したと同時に、証を収納から素早く取り出す。


「エルファス、僕の方はいつでも良い!」


アオの言葉を聞き、泉のほとりで黒いブヨブヨの肉塊に魔力を込めた短剣を突き刺した。

短剣が刺さった場所から、肉塊は見る間に灰へと変わって行く。


僕は泉に右手を突っ込もうとした瞬間、マンティスの幼体が壁として使っている木の隙間から現れた。


幼体は真っ直ぐにマナスポットへ向かっている。

喜んでいるのだろうか、歓喜の声を上げて走って行く……


”間に合わない”そう思った瞬間にウィンドバレットが幼体の頭を吹き飛ばす。


母さまだ……木の上から荒い息でマンティスを狙撃してくれたのだ。

目の下にクマを作り体を木に結んでいる……


最後に僕と眼が合い、そのまま意識を失った。


「エルファス!早く!」


アオの声に僕はハッとして自分のやるべきことを思い出す。

直ぐに右手を泉に突っ込むと、ヘドロの池が綺麗な青い泉へと変わっていく。


直ぐにアオが泉の上で丸くなり、動かなくなる。

”そうだった”開放するとアオが暫く動けなくなるんだった……


そこから魔力が残り少ないアシェラ姉に母さまの護衛を頼んだ。

僕はと言うと領域が開放されたことで魔力の心配は無くなった。


盾をアシェラ姉に投げて貰い、本来の戦闘スタイルである盾と片手剣に持ち替える。

リアクティブアーマーを盾+魔力盾3枚に仕込みマンティスを蹂躙していく。


威力は勿論マシマシだ。

この戦法はいつだったか、兄さまと領域での戦い方を考えた時に開発した。


僕の通る先には爆発音が響き渡り、マンティスが粉々になって行く。

ついでに爆風でわざと飛ばされ反対のマンティスにもリアクティブアーマーを食らわしてやる。


そうやって今までのストレスを発散するように、マンティスを蹂躙しているとアオが起き出した。


「エルファス、いつでもブルーリングに飛ばせる」

「まずはアシェラ姉と母さまを!僕は最後に飛ぶ」


「分かった。アシェラ、姐さんをこっちに」


直ぐにアシェラ姉が降りて来てアオに飛ばされていく。


「エルファス、飛ばすけど、向こうに何があるか分からない。その物騒な盾はしまっておく方が良い」

「そうだね、頼むよ。アオ」


すぐにブルーリングへ飛ばして貰うと、アシェラ姉が母さんを抱いて部屋を出る所だった。

アシェラ姉と一緒に母さまを寝室へと運ぶ。


父さんが寝ていたが起こしてしまった。

母さまを寝かせるとアシェラ姉の顔にもクマがあり魔力枯渇の兆候が出ている。


「アシェラ姉、眠ってください。後の報告や手配は僕がします」

「ごめん、エルファス。そうさせて貰う」


そう言ってアシェラ姉は自室へと帰って行った。

僕は報告を聞きたそうにしている父さまに、サンドラでの報告と恐らくはエルフが相当数やってくる事を説明する。


「エル、その飛んでくるエルフの数は分かるかい?」

「総数で2000と聞いています。後はどれだけ減っているか……母さまは500以上だと魔の森に飛ばす。500以下だと恐らく大人が少なくて魔の森では生きていけない。と言ってました」


「そうか……取り敢えずは食料の用意か……調理は流石に自分でやってもらう」

「そうですね」


「じゃあエルも寝なさい。後の事は私がやっておくよ」

「僕は領域では、魔力は減らないので大丈夫です」


「魔力は減らなくても体力は減るし睡眠は必要だ。眠るのも戦士の仕事の内だよ」

「……はい、分かりました」


僕は風呂に入りたかったが、このタイミングで入る勇気は無い。

朝起きて時間があるようなら入らせて貰おう……そう心のメモに書き込んで眠りについた。





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