第278話想定外

278.想定外






ライラと一緒に歩いてヴェラの街についたのは、日が傾いた夕方になっての事である。

早速、街に入ろうと歩を進めると、門番であるラバスに止められてしまった。


「怪しいヤツだな。これは少し付き合って貰わないとな」


ラバスはニヤニヤと笑いながら、こんな事を口にしている。もしかしてまた拳で語らないといけないのだろうか……

オレがウンザリとした顔をしていると、ラバスはやってきた他の門番に何事かを話してからこっちにやってきた。


「おい、行くぞ」

「何処にいくんだよ……」


「あ?そんなの付いて来れば分かるだろ。直ぐそこだから文句言わずについて来いよ」

「ハァ……分かったよ」


オレはまた拳でのお話になる事を覚悟しながら付いていくと、ラバスは何やら酒場に入っていく。

もしかしてお話相手が増えるんだろうか……いっそ逃げようかとも考えた所でラバスの声が響いた。


「おーい、早く入ってこいよ」


オレは溜息を1つ吐いて酒場の門をくぐったのだった……






「ガハハハッ、そこでコイツが言ったんだ。それはタワシだって」

「うははは!お前は明日からラバスじゃ無くてタワシだな。これ決定な」

「そりゃ良い、おいタワシ、オレの靴でも磨いてもらおうか」

「お前等、いい加減にしろよ!」

「タワシが怒ったぞ。ガハハハハ」


これは一体、何の騒ぎかと言うと、酒場に入ると4~5人のグループにラバスが話しかけ、何故か彼らと一緒に酒を飲む事になってしまったのだ。

紹介も無く同じテーブルに着いたので憶測にはなるが、どうやら彼らはラバスの仕事仲間らしく、年齢はバラバラではあるもののお互いに気安く口を聞き合っている。


「兄ちゃん、飲んでるか?」

「あ、はい……まぁ……」


「ラバスが悪かったなぁ。コイツも本当は分かってるんだ」

「はぁ……」


先ほどから話をちょこちょこ振られるが、イマイチ噛み合わない状態が続いている。

正直、オレがこの場に同席している意味も分からない。思い切って一番年長者であろう男に聞いてみた。


「皆さんはラバスの仕事仲間なんですか?」


オレの言葉にラバス以外の全員が驚いた顔をしてから、ラバスに詰め寄った。


「おい、ラバス。お前ちゃんと説明したんだろうな?」

「えーと、どうだっけかなぁー」


ラバスはとぼけたフリで煙に巻こうとしている。


「マジか……本当に何も説明して無いのか。兄ちゃん、すまねぇ。オレ達は…………」


年長者から聞いた事を纏めると話はこうだ。

予想した通り彼らはラバスの門番仲間であり、一緒にヴェラの街に左遷されてきた者達。要はグラン家に連なる者だったのである。


先日、ラバスがオレとケンカをして返り討ちにあった際に、グラン家が受けた仕打ちを恨み言たっぷりでブルーリングの嫡男に聞かせたと噂になったそうだ。

一族の者は当然だとラバスに賛同する者が大半を占めていたらしいのだが、僅かにではあるものの反対の意見を訴える者達もいたのだ。


その少数がこのメンバーであり、いつもこの酒場で飲んでいる事を知っているラバスが、オレをこの場に連れてきたと言うわけだ。


「まぁ、オレ達も思う所はあるが、兄ちゃん達に決定的な非がある訳じゃ無いしなぁ」

「だな。あれは運が悪かったんだろうな。マッシュ様とブルーリングの嫡男が同時にグランの娘に惚れる。本当は物語でも書けそうな話だけどな」

「結局、ふたを開けてみれば、貴族家同士の争いに巻き込まれただけの話だよ。良くある事だ」


そう言って寂しそうに酒を飲む姿には、オレも感じる物が少なからずある。改めてブルーリングに帰ったらエルに話そうと心の中で決めたのだった。

もう少し話したい気持ちもあったのだが、宿屋にタメイを待たせている事を説明して、この場はお暇させてもらう事にした。


酒場を出て宿に向かおうとすると、ラバスが声をかけてくる。


「悪かったな、付き合わせて。グラン家もいろんなヤツがいる事を知ってもらいたかったんだ」

「ああ、心配するな。弟にはちゃんと伝える。でも前に言ったように期待はするなよ」


ラバスはオレの言葉を聞くと、ニヤリと笑って何も言わずに酒場に戻っていった。






宿屋に到着すると、早速タメイにマナスポット解放に関わる一連の流れを説明した。


「スライムッスか……確かに何でも食べて厄介な魔物ッスが、主になると精霊様でも倒せないんッスねぇ」

「ああ、スライムの主を倒したのは、オレ達が初めてだそうだ」


「そりゃすげぇッスね。流石はブルーリングの英雄ッス。オレッチも偉業を成す所を見たかったッスねぇ」


タメイはこう言うが、最後の泥仕合はお世辞にも格好の良いものではなかった。

オレは曖昧に誤魔化しながら、話題を変えていく。


「こっちは今話した通りだ。そっちはどうだった?」

「こっちッスか。ちゃんと調べておいたッスよ」


タメイにお願いしておいたのは2つ。1つ目は魔物が襲ってきた時の規模と種類の調査だ。

クリスさんの話では99%オレのせいだとは思うが、サンドラでの事もある。


同種の魔物ばかりだとすると、万が一を疑わないといけない。

念のため、聞き取り調査をお願いしておいた。


2つ目はグラン家の評判だ。エルに進言するにも素行が悪かったり、無いとは思うがスパイだったりしないとも限らない。


「先ずは魔物の種類と規模ッスが、決まった種類は無かったみたいッス。ゴブリン、ウィンドウルフ、オーク、ボア、サイレントパンサー、魔の森にいる魔物の品評会みたいだったらしいッス。規模はこの町の防壁で防げたくらいッスから、精々50から100って所ッスね」

「そうか、こうなると原因はやっぱりオレか……」


「そうッスね」

「分かった……じゃあ、もう一つ、グラン家の評判はどうだった?」


「そっちは微妙だったッス。グラン家の人柄は温厚な者達が多いらしく、概ね受け入れられてたッス。ただ元々このヴェラの街にはジェカ家って騎士爵家があったらしいッス。グラン家が来た事で門番の仕事を奪われた形になって、水面下ではだいぶ鬱屈が溜まってるみたいッスね」


「スパイの可能性は無いんだよな?」

「無いと思うッスね。そんな腹芸が出来るなら、そもそもこんな僻地に飛ばされて無いッスよ」


「オレもそう思うけど一応な」

「アルド様は弟思いッスからね」


おれはタメイの言葉には答えず、肩を竦めておいた。

タメイの話から、グラン家をブルーリングに迎えるよう、進言するのは問題が無さそうである。


これで安心してエルと父さんに進言できると言うものだ。


「じゃあ、明日に備えて今日は寝るか」

「そうッスね。オレッチはこの部屋で寝るので、アルド様は奥様と隣の部屋を使って下さいッス」

「わ、私は1人で寝る!」


新婚のオレ達にタメイが気を利かしてくれたのだが、ライラは顔を真っ赤にして拒絶の意思を示した。


「え?オレ、何かした?」

「お、お風呂に入って無いから!今日は1人で寝る!」


そう言うとライラは部屋を飛び出し、隣の部屋に逃げ込んでしまった。


「……」

「あー、アルド様、もしかして、オレッチ余計な事言いました?」


「いや、タメイは何もしてないと思うぞ。ライラがオレの想像より乙女だっただけかな……」


タメイとの間には微妙な空気が流れるのだつた。




次の日




目が覚めると既にタメイは着替えを済ませており、部屋にはいなかった。

昨日の晩に、朝から馬や馬車の準備をすると言っていたので、馬小屋で準備をしているのだろう。


先ずは顔を洗うため、1階の井戸まで降りていくと先客がいた。


「おはよう、ライラ」


オレが来るとは思っていなかったらしく、ライラは濡れた顔のままで挨拶を返してくる。


「お、おはよう、アルド君」


オレ達は結婚してやる事はやっているのだが、ライラは未だに恥ずかしそうな態度を崩さない。

オレとしては開けっぴろげより、恥ずかしそうにされる方が燃えるので問題は無いが疲れないのだろうか?


「ライラ、もっと楽にチカラを抜いても良いんたぞ。オレを意識し過ぎると疲れるだろう?」

「だ、だってアルド君には、奇麗にしてる私だけを見て欲しいから……じゃないと、アシェラやオリビアに追いつけない……」


タイプは違うが、ライラだってアシェラやオリビアに負けないぐらいの美少女だと思う。


「そんな事は無い。ライラもアシェラやオリビアに負けないぐらいにカワイイよ」

「ぼ、本当に?」


「ああ、本当だ」


どちらからともなく近寄っていき、お互いの顔が近づいていく……

そんな甘い空気をぶち壊すように、大きな咳払いが聞こえてくる。


「ゴホン、あー、そう言うのは部屋でやってくれないかね?」


宿の主人が扉にもたれながら、呆れた顔で声をかけてきた。


「すみません……」


オレが小さくなって謝る中、ライラは顔を真っ赤にして、ボサボサの髪の毛のまま自室へと走り去っていくのだった。






朝食を摂り終わると、既にタメイは馬の準備を終わらせており玄関で待っていた。


「準備を全部任せてすまなかった」

「いいッスよ。オレッチが好きでやってる事ッスから」


そう言うと、タメイは3頭の内の1頭の馬に乗った。


「タメイ、馬車はどうしたんだ?」

「道の無い森で馬車は無理ッスよ。勿体ないッスけど売ってきたッス。だいふ足下を見られたッスけど、捨ててくよりは良いッスからね」


「それもそうだな。マナスポットまで行くのに馬車じゃ流石に無理か」

「じゃあ、あまり時間が無いッスから早速いくッスよ」


「時間?馬なら昼前にはマナスポットに着く筈だ」

「……アルド様、お屋敷の中で馬を歩かせる訳にはいかないッス。飛ぶのは魔の森にある、もう一つのマナスポットッスよ」


タメイに言われて、雷が落ちたような衝撃を受けてしまった。

そりゃそうだ。領主館の地下からいきなり馬が3頭も出てきたら、怪しいなんてものじゃない。


「そうか……これは急がないと野営する事になるのか……」


タメイは苦笑いを浮かべながら、小さく頷いたのだった。




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