第279話猛獣使い

279.猛獣使い






ヴェラの街を出てからも特に何の問題も無く進んでいき、予定通り昼前にはマナスポットに到着する事が出来た。


「じゃあ、アオ、魔の森にあるもう一つのマナスポットに飛ばしてくれ」

「了解だ」


早速、魔の森のもう一つのマナスポットに飛ばしてもらう。相変わらず長いのか短いのか分からない時間が過ぎると、もう一つのマナスポットの前に立っていた。


「これは何回体験しても凄いッスね」

「そうだな」


タメイと話しているが、何故かお互いに動き出そうとしない……


「タメイ、どうかしたのか?何で動き出さないんだ?」

「え?オレッチここに来たのは初めてで、ブルーリングへの道は知らないッスよ……」


「……」

「……」


「ここを解放したのは随分前だし、来た時はアオに誘導してもらってたしなぁ……」

「って事はアルド様も道が分からない?」


オレはタメイから視線を外して頷いた。

使徒が自分の領域で迷子とか……偉業の前に常識を身に付けるべきなのかもしれない……






最終的にはアオを呼び出してブルーリングの方向を教えてもらい、タメイに太陽の位置で方角を調べてもらう事で何とかブルーリングへ帰る算段がついたのだった。


「使徒様でも出来ない事があるんッスねぇ」

「出来ない事だらけだよ。サンドラといい、今回といい、タメイには助けてもらってばっかりだな」


「それならオレッチも助けてもらったッスよ」

「オレが?いつ?」


「オレッチだけじゃないッス。ブルーリングにいたヤツは全員、ブルーリングの英雄に命を助けてもらったッス。アルド様はブルーリングに住む者、全員の命の恩人ッス」


「あれはオレだけの働きじゃない。エルやアシェラ、母さんがいて何とかなったんだ」

「それでもアルド様がいなけりゃどうにもならなかったんでしょ?」


「それはそうだけど……」

「まぁ、オレッチが言いたいのは人は助けっあて生きてるって事ッスよ。生きてる以上、誰だって誰かの役に立ってるッス。そうじゃないヤツは世捨て人ぐらいッスね」


そう言ってタメイは笑いながら歩いていく。こうして3人で急ぎながらもノンビリと、ブルーリングへの道のりを行くのだった。






何とかブルーリングの街に到着した頃には、日は傾き街には長い影が映っていた。

恐らく先に帰った母さんから聞いているとは思うが、オレからもエルや父さんに色々と報告する事がある。先ずは領主館へと向かわせてもらった。


「ただいま」

「おかえりなさい」


領主館へ到着するとオリビアが嬉しそうな顔で出迎えてくれる。実はオレ達がいない間はオリビア1人になってしまうため、安全のため領主館で生活してもらっているのだ。


「報告する事もあるし、領主館で夕食を摂らせてもらおう」

「はい、分かりました。それとアシェラからの伝言ですが、今日は実家に泊るそうです」


「そうか……ハルヴァやルーシェさんと相談する事もあるだろうしな、しょうがない」

「アシェラから凡その話は聞きましたが、難しいですね」


「その件も含めて父さんとエルに話してくるよ」

「分かりました」


エルと父さんの居場所を調べるために100メードの範囲ソナーを打つ……執務室から父さんと母さんとエル、それと珍しい人の反応が返ってくる。

早速、執務室へ向かうべく歩いていると、何もしていないのにドラゴンアーマーから留め金の1つが落ちてしまった。


この程度、大した事は無いのだが、そろそろメンテナンスしないと本格的にヤバイ……明日にでも冒険者ギルドに行って、なるべく腕の良い防具屋がいないか聞いてこよう。


(ボーグ以上の防具屋がいるとは思えないけどな……応急処置だけでもしてもらわないと、安心して使えないからしょうがない)


また1つやる事が増えたと小さく溜息を吐きながら執務室へ到着した。


「アルドです。お話があるのですがよろしいですか?」

「どうぞ」


「失礼します。ただいま帰りました。それとお久しぶりです、ナーガさん」


そう、先程のソナーに反応があったのは、王都のサブギルドマスターで母さんの友人でもあるナーガさんである。


「お久しぶり、アルド君。アシェラさん、オリビアさん、ライラさんと結婚したそうですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


オレはこの人がブルーリングに来てくれるのを切実に待ち望んでいた。何故ならナーガさんがいないと母さんが自由過ぎるからだ。

オレはナーガさんに”猛獣使い”の称号をプレゼントしたいと思う。


「やっとブルーリングに来れたんですね」

「ええ、やっと引継ぎも終わったので大手を振ってやってきました。最後にギルドマスターが塩漬けの依頼を頼んできたので、依頼書を丸めて口の中に突っ込んでやりましたよ」


そう言ってウィンクしながら笑っている姿は、とてもアラフォーだとは思えない。エルフ、オソロシス。

そんなナーガさんとの会話中に父さんが話しかけてくる。


「アル、良いかな?」

「はい、大丈夫です」


「ラフィから大筋で話は聞いたよ。面倒かもしれないけど、アルの口からも最初から聞かせてほしい」

「はい、分かりました」


オレの返事を聞くと母さんはナーガさんとアイコンタクトを交わし、何も言わずに2人は執務室を後にした。


「ブルーリングの街を出てから…………」


ブルーリングを出てターセル、領境の関所、ヴェラの街への道中から、門番としてクリスさんと会った事、ヴェラの街の脅威はオレのコンデンスレイだった事、そしてスライムの事を説明していった。


「…………と言う事です。スライムの主を倒したのは僕達が初めてだったみたいです」


母さんから全て大筋は聞いていたらしいのだが、そこは氷結さんである。途中で面倒になったのか、偉業の件やマナスポットが壊れかけた事、ましてやアオが自殺を考えていた事など何も聞いていなかったらしいのだ。


父さんは全てを聞いて、今は青い顔で机を見つめて固まっている……NOWLOADING






父さんがフリーズしてる間にエルへ話したい事がある。ラバスと約束したグラン家の事だ。全ての決定権がエルにあるわけでは無いが、少なくとも国を背負う覚悟をしているエルには判断する権利があるはずである。


オレはなるべく感情を交えず公平になるように気を付けながら、グラン家の事を話した。


「お前に全てを背負わせるつもりは無いが、父さんとも相談して決めてほしいんだ」

「僕が……そ、そのグラン家は信用出来るんですよね?」


「少なくとも当主のクリスさん、その息子ラバス、後は酒場にいた5人は信用できると思う。後の人は会ってもいないし、元々ブルーリングに良い感情を持ってないらしい」

「そうですか……」


オレとエルの会話を黙って聞いていた父さんが口を開いた……いつのまに再起動していたんだろう。


「アル、エル、これはブルーリングとカシューのこれからに大きく影響する事になる。悪いけどこの件は僕に預けてくれないか?」

「父さんにですか?」


「ああ、元は僕の婚約破棄が発端だ。アルやエルに尻拭いしてもらうつもりは無いよ。それに次の領主としてもグラン家の回復魔法は非常に興味深い。以前のウチへの襲撃もカシューが一枚噛んでたみたいだし、ここらでカシューとの因縁も手打ちにしたいんだ……」


そう言って笑う父さんは、普段、オレやエルに見せる事の無い貴族の顔をしていた。






グラン家の事を父さんに任せる事になってから、オレはエルと一緒にリビングへと移動していく。

リビングには母さんとナーガさん、リーザスさんとルイス、オリビアとライラ、それにマールの7人がソファに座って今回の旅について話していた。


「今回は魔瘴石を2個とも使ってしまいました。すみません」

「アルド君、話を聞く限りスライムを倒すにもマナスポットを回復するにも魔瘴石が必要だったのですよね?であれば何も謝る事なんてありません」

「そうです。兄さまは何も悪い事なんてしていないですよ」

「そもそも、迷宮探索だってマナスポットを開放するための物なんだから、その為に使って何が悪いのよ。魔瘴石が要るならまた取りに行けば良いだけでしょ。アルは考え過ぎなのよ」


皆様から暖かい言葉をもらってしまった……しかし、魔瘴石か……


「ありがとうございます。ちょっとナーガさんに聞きたいんですが良いですか?」

「私に分かる事なら。何でしょうか?」


「過去にはオレ達の他にも迷宮を踏破する人はいたと思うんです。その人達が手に入れた魔瘴石はどうなったんでしょうか?」

「過去には確かに迷宮の踏破をした者はいました。但し魔瘴石をアルド君達のように浄化する術が無かったんです。しかし魔瘴石がある限り迷宮はその活動を止める事は無い。結果、過去の迷宮探索では魔瘴石を破壊して踏破されてきました」


「そうなんですか」

「ええ、お金で何とかなれば一番良いのでしょうけど……」


「上手くいかない物ですね」


ナーガさんに言われてみればその通りだ。魔瘴石を浄化するには精霊のチカラが必要なのだろう。

こうなると地道に迷宮を踏破していくのが一番良いような気がする。


「ナーガさん、踏破し易い迷宮はありますか?」


オレの質問にナーガさんは苦笑いを浮かべてから言い難そうに口を開いた。


「正直な話、今まで踏破した迷宮は難しい迷宮でした。何故だか分かりますか?」

「……踏破が楽な迷宮は既に踏破されている?」


「そうです。後は踏破し易くても踏破されていない迷宮……それは人にとって有益と判断された迷宮です」

「凄く良く分かりました。踏破が楽で有害な迷宮はすぐに踏破され、踏破が楽で有益と判断された迷宮は保護される……残るのは踏破が難しく有益な迷宮と踏破が難しく有害な迷宮ですか……」


「はい。有益な迷宮を踏破すれば余計な禍根を残します。魔瘴石を狙うのなら、どうしても有害な迷宮しかありません」


流石、王都のサブギルドマスターを務めていただけはある。非常に理路整然と説明される内容に思わず溜息すら出そうだ。


「私としても攻略が容易だと思われる迷宮から順番に探索してきたつもりです。この国で迷宮探索をするには人里から遠かったり、迷宮主が強かったりと何かしらの問題があるのはどうしようもありません」

「今の話でナーガさんが凄く苦労して潜る迷宮を探してくれていたのが良く分かりました。いつもありがとうございます」


「そ、そんな事はありません。私も皆さんとの迷宮探索は楽しいですから」


ナーガさんの話を聞いて思うのは、やはり小さなマナスポットを開放して移動の手段を確保してからであれば、攻略が楽で放置されている迷宮も沢山あるのでは無いだろうか。

そんな事を考えながらも時間は過ぎていき、夕食を摂ってからオリビア、ライラと一緒に自宅へと帰っていった。


因みにナーガさんはブルーリングに赴任するにあたりブルーリングのギルドマスターへ昇進したらしい。本人は更に男性が寄り付かなくなると断ったそうだが、現役のAランク冒険者であり、ブルーリング男爵家への太いパイプもある事から押し切られたそうだ。


ナーガさんの春はまだまだ遠そうである……





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