第280話再会

280.再会






ブルーリングに帰ってきて次の日。

まだ朝の早い時間、まどろみの中からゆっくりと目が覚めていく……ベッドの中ではオリビアがオレの腕にしがみつくように眠っていた。


戦えないオリビアはどうしてもオレと一緒の時間が少なくなってしまう。せめて自宅にいる間はなるべく一緒にいる時間をとるつもりだ。

オリビアの寝顔を見ながら、時計を見ると針は5時を差している……起きるにはまだ少し早い。どうしようかと考えていると、オリビアを起こしてしまった。眠そうに眼を擦りながら話しかけてくる。


「アルド?」

「起こしちゃったか、ごめんな」


「それは良いのですが、どうかしたのです?」

「なんとなく眼が覚めちゃったから、オリビアの寝顔を見てたんだ」


「もう、恥ずかしいからあまり見ないでください……」


そう言ってオリビアはベッドの中へと潜ってしまった。オレの中にイタズラ心が湧いてくる……そっと布団をめくろうとすると脇腹をくすぐられてしまった。


「うひっ、何を」

「アルドがイジワルをするから仕返しです」


ベッドの中でイチャイチャしてる間に、何時の間にか朝のプロレスに突入していたのは、きっと仕方がない事なのだろう。






プロレスを終え、3人で少し遅い朝食を食べていると、ライラからお願いがあるらしい。


「アルド君、お願いがあるの」

「どうした?」


「少数は分かったけど、分数の足し算と引き算が良く分からないの。もう少し詳しく教えてほしい……」

「あー、通分か。朝食を食べたら教えるよ」


「ありがとう」


ライラは本当に勤勉だ。直ぐに音を上げると思っていたが、少しでも時間が空くと反復練習をしている。

最初に教えた四則演算の筆算は、オレより早くて正確なほどだ。


1時間ほど通分を教えると、後は自分で出来ると言われたので邪魔をしないようライラの部屋をお暇させてもらった。


さて、暇になってしまった……ナーガさんもブルーリングにやって来た事だし今日は冒険者ギルドへ行って腕の良い防具屋を教えて貰おうと思う。

オレはオリビアに出かけてくる事を告げて、1人で冒険者ギルドへと向かった。


ギルドまでの道中、ドラゴンアーマーを見ると皮や鱗自体はそれほどでも無いが、それを結んでいる糸や金具がだいぶくたびれている。

考えてみれば鎧は頻繁に改造に出していたのでこんなに長い間、メンテナンスしなかったのは初めてかもしれない。


腕の良い職人が見つかる事を願ってギルドまでの道を歩いていった。






ギルドに到着して早速ナーガさんの所に向かう。ナーガさんはブルーリングのギルドマスターだと言うのに相変わらず受付嬢をしていた。


「おはようございます、ナーガさん」

「おはようございます、アルド君。今日は1人でどうしました?」


「今日は教えてほしい事があってきました。鎧をメンテナンスしたいのですが腕の良い防具屋を知りませんか?」

「防具屋ですか……私もブルーリングには来たばかりで、逆にアルド君の方が詳しいんじゃないかと思います」


「防具は全て王都のボーグに任せきりだったので……ギルドなら誰か知ってるかとも思ったんですが……」


ナーガさんと話していると、いきなり後ろから脇をくすぐられた。


「うわっ、誰だ!」

「オレだぞ!アルド!」


「ネロか!久しぶりだな。元気してたか?」

「オレはいつも元気だぞ!ついでにジョーもいるぞ」


ネロの後ろには苦笑いを浮かべたジョーが立っている。


「ジョーも久しぶりだ。ノエルとはうまくやってるのか?」

「久しぶりに会ったってのにこれかよ。余計なお世話だっての」


それからは横にある酒場へ移動し、冒険者3人とギルドマスター1人でテーブルを囲んだ。


「そういえば2人はどこに住んでるんだ?今度、結婚の案内を出したいんだ」

「私はギルドの裏に職員の寮があるので、当面はそこに。誰か一緒に住んでくれる人がいると良いんですが……」


何故かナーガさんが食い気味に話し出した……返事に困るので遠慮してもらえると嬉しいです。


「ね、ネロは何処に住んでるんだ?」

「オレは教会に住まわせてもらってるぞ」


「教会ってスラムにある教会か?」

「そこだぞ。皆、アルドの事を知ってたぞ」


「そうか……また意外な場所に潜り込んだな……」

「たまに護衛を連れてクララとサラが遊びに来るぞ。後はアドってヤツも」


「クララとサラは良いとしてアド……お前、何やってるんだよ……自由過ぎるだろ」


意外な所から意外な事を聞いて驚いていると、ジョーが話だした。


「アルド、ノエルの件助かった。ブルーリングに着いて直ぐに聞いたが、妊婦が馬に乗るとか……」

「あの件か……」


「ああ、オレの子でもあるんだぞ……勘弁してくれってな」

「色々と大変そうだな」


「家でもジッとしてなくてな。正直、困ってる」

「ハハッ、ノエルらしい。きっと元気な子を産んでくれるよ」


ジョーは苦笑いを浮かべると手元のグラスを一息に飲み干した……中身はオレに合わせてミルクではあるが。


「さっきチラっと聞こえてきたが防具をメンテナンスしたいのか?」

「ああ、このドラゴンアーマーを見てくれよ」


「だいぶくたびれてるな。でもメンテナンスぐらいボーグのオヤッサンに頼めば良いじゃねぇか」

「ジョーは知らないのか……ボーグのヤツ、王都の店を残して夜逃げしやがったんだ。だからいつも金を払うって言ってたのに、受け取らないからこうなるんだ……」


ジョーは驚いて暫く呆けてから、ニチャっと悪い顔をして話だした。


「そうか、ボーグのオヤッサン夜逃げしたのか。じゃあ、オレがブルーリングにある腕の良い防具屋を紹介してやろうか?」

「マジか!頼む、ジョー!流石にこのドラゴンアーマーだと不安だったんだ」


「任せろ。ただその防具屋のオヤジはちょっと気難しくてな、最初は鎧を見せないで顔も隠さないといけないんだ」

「鎧を見せないのは100歩譲るとして、顔を隠すってどう言う事だ?」


「あー、そのオッサンは極度の人見知りなんだ。だからマントを被ってほしい。なぁに、ほんの数秒の事だ、良いだろ?」

「ジョーの言う事なら信じようと思うけど……」


オレが不安そうにしているとネロが口を開いた。


「ボウグのオッサンは信用出来るぞ。オレはジョーが何を言ってるのか良く分からないけど大丈夫だぞ!」


オレは、この世の中で一番嘘を吐けないのがネロだと思っている。そのネロが言うならオレは黙って従おうと思う。


「分かった。ネロが言うなら信じる。覆面でも何でも被ってやるよ!」


こうしてニチャっとした顔のジョーと、ネロも一緒に街へと繰り出していくのだった。






ジョーに付いて暫く歩いていると、大通りから外れて路地へと入って行く。この景色、何故か見覚えがある気がする……

オレが首を傾げているとジョーは一軒の建物の前でとまった。


しかし、この建物には展示品はおろか看板すら出ていない……


「着いたぜ。早速、このマントで鎧と顔を隠してくれ」

「本当に大丈夫か?ここ看板も無いぞ……」


「オレを信用しろって最高の職人を紹介してやるから」

「まぁ、ジョーやネロは信用してるけど……」


「お前に危害が加わって子や孫の世代で世界が終わっても困るからな。お前の安全だけはオレの命に代えても守ってやるよ」

「分かったよ……」


納得出来ない所はあるが、これ以上言い合っても意味が無い。本当に人見知りの職人なら嫌われると困るのも事実だ。

オレはマントを頭から被り顔と体を隠した。


ネロに手を引いて貰いながら店の中へ入って行く……ジョーは店主らしき人と話しているがマントのせいで良く聞こえない。

暫くすると2人分の足音が近づいてきて、おもむろにマントを剥ぎ取られた。


……

…………へっ?


何故かオレの目の前には、口をへの字に曲げたボーグが立っている……どーゆー事?

オレがフリーズしていると、横で大笑いしているジョーが口を開いた。


「ひひ、は、腹が痛い…………アルド、そのリアクション最高だぜ……ひひ……」


この野郎……だんだん話が見えてきた……ボーグがいる事を知ってて、こんな茶番をしかけやがったのか……ジョー、その腹の痛みは意識があるうちだけだって分かってるんだろうな?


「じょ、冗談だろ。本気で怒るなって。最高の防具職人を紹介するってのは嘘じゃないだろ?」


コイツはいつか〆る……そんな事よりボーグだ。


「ボーグ、心配したんだぞ。王都から夜逃げなんかして……金ならオレに言えば何とかしてやったのに」


オレの言葉を聞いて、ジョーとボーグがお互いの顔を見ながら苦笑いを交わしている。


「あー、アルド、ボーグのオヤッサンは金が無いわけじゃないぞ。王都でも一番の腕だったからな。客は選びたい放題だった筈だ」

「じゃあ、なんで夜逃げなんか?」


「金があるんなら夜逃げじゃないって事だろ?」

「え?夜逃げじゃないのに、何でブルーリングにいるんだよ?」


「あー、もう、察してやれよ。お前達が学園を卒業するから、一緒にブルーリングへ店を移したんだろ」

「オレ達のため……マジで?本当に?」


ボーグを見ると相変わらず口はヘの字だが、真っ赤になって顔を背けている……マジか。


「あー、ボーグ、凄くありがたいんだが、オレはノーマルで嫁も3人いるんだ。そっちはちょっと無理っぽい……」

「ば、バカ野郎。オレだって嫁もいるしドノーマルだ!変な勘違いをするんじゃねぇ!」


「じゃあ、どうしてここまでしてくれるんだ?」

「あ?オレがそうしたかったからだよ。悪いか……」


こうしていても話が一向に進まない。とうとうジョーが口を挟んできた。


「ボーグのオヤッサンはお前達のファンなんだよ。12歳でワイバーンを倒し、次は地竜だ。更には15歳では風竜まで倒しちまう。そんなヤツから素材の扱いを一任され、更には考えた事も無い技術で鎧の性能を引き出していく……オレがもし職人ならボーグのオヤッサンと同じ事をするだろうぜ。まぁ、オレならもう少しスマートにやるだろうがな」


ジョーに言われた事を考えて呆けていると、おもむろにボーグが口を開いた。


「さっさと鎧を脱げ。あーあ、関節がボロボロじゃねぇか……どうやったらここまでになるんだよ」


オレが鎧を渡すとボーグは早速、ドラゴンアーマーの状態を調べている。


「風竜にやられたんだ。この鎧じゃなかったらきっと助からなかった」

「そうかよ……地竜の皮は少しだが、修理用に取ってある。3日後以降に取りに来い」


「待ってくれ。メンテナンスとは別に、風竜の素材で嫁の1人にドラゴンアーマーを作って欲しいんだ」

「3日後、ウチのカミさんに居るように言っとく。その時に採寸してやるから、風竜の素材を持って嫁も連れて来い」


「助かる。ありがとう、ボーグ」

「けっ、オレが好きでやってる事だ。礼なんていらねぇよ」


「それでもだ。ありがとう」


オレの言葉を聞くと更に顔を赤くしたボーグは、ドラゴンアーマーを持って奥に引っ込んでしまった。

呆れた顔のジョーが話しかけてくる。


「じゃあ、帰るか」


オレとネロはジョーの言葉に頷いた。

ボーグの事は本当に驚いたが、将来、独立した暁には人族の国の王都で鎧を作ってもらうなんて事は出来なかったはずだ。


いつまでボーグがブルーリングに居てくれるかは分からないが、この縁は大切にしていきたい。素直にそう思えた。






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