第281話エルの結婚式

281.エルの結婚式






ボーグにドラゴンアーマーを渡して2日後、今日はエルとマールの結婚式である。

朝から領主館には来客が押し寄せ、この人並はまるで10歳の誕生パーティを思い出すほどだ。


そして、この国の結婚式だが、日本とは違い神に誓ったりはしない。

では何に誓うのかと言うと、新郎と新婦が来賓に向けて結婚を誓うのだ。


日本で言うところの人前式と言うヤツに近いように思える。

精霊が実在する世界だからこそ、意味も無く精霊に誓ったりしないのだろう。


そして誓った後はそれぞれの席へ新郎と新婦が周り、一人一人に挨拶をして終了となる。

聞いた話では時間にして2~3時間ほどかかるそうだ。その間、来賓は食事を摂って周りの客と歓談するが、新郎と新婦はずっと挨拶をし続けるらしい。


オレは改めて貴族籍を抜けた事に心の底から安堵した瞬間だった。

2~3時間挨拶し続けるとか……後ろに執事が付いて来賓の名前は教えてくれるらしいが、それにしても何という苦行。


オレはエルの冥福を謹んで祈ろうと思う。後は任せておけエルよ、骨は拾ってやるぞ。


冗談は置いておいて、領主館の玄関ホールには丸テーブルがいくつも置かれ、それぞれが座る席は決まっている。

オレ達はと言うと貴族籍を抜けたため父さん達と同じテーブルでは無くタブやハルヴァと同じ席となった。


前列のテーブル群は貴族用なのだろう。ブルーリング家の他に、ターセルなどの他の街を任せている騎士爵家が数家、それに隣領の領主であるサンドラ家とカシュー家の席がある。

因みにサンドラ伯爵家の方々は先日からオレの家に泊っており、現代日本のような魔道具の数々を実際に使ってみてとても喜んでいた。


中でもエアコンを特に気に入ったらしく、爺さんにお願いすると鼻息を荒くしていたのは見なかった事にしよう。

そしてカシュー家だが、今はまだカシュー家の席に人はいない。父さんの婚約破棄の件、オレが追手を殲滅した件、以前、賊の襲撃があった際にカシューが嚙んでいるらしかった件。


これだけ拗れると来ないような気がするが、父さんは「間に合っていれば来る筈だよ」と笑っていた。

何の事か全く分からないし、貴族籍を抜けたオレが聞いて良い事かも分からない。


カシューの件はハルヴァやルーシェさんとも話し合っているようだし、そもそも父さんに任せた案件であるので、オレとしてはこちらから関わるつもりは無い。

ハルヴァ家、タブ家の皆さんとオレ、アシェラ、オリビア、ライラでテーブルを囲み、談笑しているとそろそろ式が始まる頃合いである。


司会役のセーリエが立ち上がり、進行を始めようとした所で玄関の扉が勢いよく開かれた。

そこには男が供を連れて立っており、一目で貴族なのだと分かる身なりをしている。


年の頃は爺さんと同じくらいだが、急いできたのだろう、額には汗が滲み息も荒い。

この不躾な来客者はどうやらカシュー子爵らしく、直ぐにメイドが手拭を用意してカシュー家の席へと案内していく。


カシュー……父さんの言葉を借りれば、どうやら”間に合った”のだろう。父さんの薄く浮かぶ笑顔とは対照的に、カシュー子爵は父さんと爺さんの顔を何度も見回し青い顔をしている。

オレは今日、初めて父さんが怖いと感じた。あれは普段、オレ達に見せる顔では無く、笑って無慈悲な決断を下せる為政者の顔だ。


背中に冷たい物を感じつつもセーリエの進行により、エルの結婚式が始まったのだった。


「新郎、新婦の入場です」


階段の上にエルとマールが現れ、後ろにはローランドが付いている。

エルは白の貴族服を着ていた。若干、着られている感はあるが、エルの落ち着いた雰囲気と合い、どこかの王子様のようだ。


マールも純白のドレス姿なのを見ると、どうやら新郎と新婦は白が基本らしい。

反対に来賓は色付きのドレスや貴族服を着ており、アクセサリなども白を身に着けている者はいなかった。


「マール、幸せそう」「マール、ここまで来ましたね」「綺麗……」


嫁達の言葉通りマールは恥ずかしそうにはしているが、薄っすら笑みを浮かべてとても幸せそうだ。


「本日はお忙しい中、私達の結婚式に………………」


長々とした挨拶をエルは優雅に、そして力強く口にしていた。その姿には若くはあるが”為政者”としての確かな貫禄が備わっている。

オレはエルを見ながらこの世界に転生して来た時を思い出していた。


最初に母さんを見て”巨人”と驚いてから自分が転生した事に気が付いたんだ。

それからは同じベッドに寝ていたエルとずっと一緒だった……オレの人生は正に、エルと一緒に歩んで来たと言っても過言では無い。


そのエルが結婚の挨拶を来賓に向かって堂々と話している……オレはまるで父親のような気持ちでエルの挨拶を聞いていたのだった。






結婚式は順調に進んでいき、エルはテーブルを回って挨拶をしていく。

順番は他領の貴族からであるらしく、サンドラ伯爵が最初であった。


サンドラ家とは家ぐるみで親交を深めていることもあり、エルとサンドラ伯爵は終始にこやかに挨拶をしている。

マールも交えた楽しげな会話も、最後にオリビアの事を頼まれて滞りなく終了した。


そして次は当然ながらカシュー子爵のテーブルとなるのだが、カシュー子爵はエルを見ると青い顔をして俯いてしまい小さく震えている……


傍から見ると、まるでエルがカシュー子爵を脅しているかのようだ。

先ほどのサンドラ家とは正反対の雰囲気に、周りは興味深そうに眺める中、困った顔のエルがカシュー子爵に礼をして次のテーブルへと移動していった。


微妙な空気を含みながらも式は続いて行く。次はブルーリング領内の騎士爵家の者達のテーブルである。各家の当主は全員が出席しているが、それとは別にエルが領主になった時に当主となるだろう次々代の者の姿も沢山見受けられた。


年も父さんより少し若い程度の者からクララと同じぐらいの年の子供まで様々だ。

ただ現当主も未来の当主も全員がエルを”ブルーリングの英雄”と称え、ブルーリング家に忠誠を誓っていた。






エルとマールは貴族家を全て回り終えると、マールの実家とオレ達がいる、このテーブルへとやってきた。


「兄さま、遅くなってしまい申し訳ありません」

「気にするな。エル、マール、おめでとう」


「ありがとうございます」

「ありがとう、アルド」


オレ達のテーブルでは一人一人個人に話しかけるのでは無く、テーブル全体で話しかけエルとマールを祝福している。

来賓からはオレがブルーリング家から廃嫡されて、エルとは不仲だとの噂があるらしいので興味深そうにオレ達を見ている者が多くあった。


「エル、マール、何も食ってないだろ。ここに座って少し何か胃に入れておけ。飲み物はトイレが近くなるから程々にな」


そう言ってオレとアシェラの席にエルとマールを座らせ、暫しの休憩を取らせていると、感極まったのだろうタブが泣き出してしまった。

直ぐに大泣きのタブを、奥さんが会場の外へ連れ出していく……その後姿をマールは苦笑いでエルとオレは笑みを浮かべて見守っていたのだった。






タブが泣き出して直ぐに、エルとマールは次のテーブルへと挨拶に向かって行った。

疲れていた顔に少しだけ元気が出ていたので後は気合で乗り切ってほしい。


それからは特にやる事も無く、気を抜いてタブ家やハルヴァ家も交えて談笑していると、オレ達のテーブルに騎士爵家の者がやってきた。


「アルド様、お初にお目にかかります。私はターセルの街を任せて頂いております、ブラウ騎士爵家のサージと申します。こちらは孫のナフタです。以後お見知りおきを」

「アルド=ブルーリングだ。いや、アルド=ブルーリングです。こちらこそよろしく願いします」


「いえ、最初の言葉でお願いします。アルド様は貴族籍を抜けられたとしても、ブルーリングのもう1人の英雄なのですから」

「あの戦いはエルもオレも2人だけで戦った訳じゃありません。色々な人に助けてもらってこその勝利でした。であれば戦った全員がブルーリングの英雄です」


「アルド様はヨシュア様の言う通りのお人柄のようだ。何故、同じ時代に2人の英傑が生まれたのかと悔しくなります……双子故、同じように高い能力を受け継いだのでしょうが」

「買い被りです、オレには領主は無理ですよ。あのエルを見て下さい、何時間もあの表情を保って挨拶を続けている。オレならきっと途中にトイレに立ってそのまま逃げ出してます」


そう言って肩を竦めるとサージは楽しそうに笑った。


「そうですか。アルド様には領主の才能は無くとも将の才能はありそうですな。アナタは不思議と人を惹き付ける」

「それこそ買い被りです。ただのブルーリング家から廃嫡された長男坊ですよ」


「ではそう言う事にしておきましょう。アルド様は冒険者で生計を立てると聞いております。ターセルに来た際には是非、ブラウ家に寄ってください。冒険者への依頼も多数ありますので」

「是非、寄らせてもらいます。ありがとうございます」


サージとナフタは礼をして自分の席へと戻っていった。それからも幾つかの騎士爵家が同じような事を言ってきたが、恐らくはオレの事をエルに何かあった場合のスペアだと考えているのだろう。

こちらの懐が寒くなった時には”割の良い依頼”とやらを期待させて貰うのも面白そうだ。


実際は爺さんに言えばポンと出してくれると思うので、頼る事は無さそうではあるが。






こうしてエルの結婚式は、問題が起こる事も無く無事に終わった。後は次の闇の日に、街の広場で領民に対してマールの顔見せを終えれば全て終了となる。

しかし結婚式を終えた事から、今日この瞬間よりマールはマール=フォン=ブルーリングとなった。


こうして今日、ブルーリング家に新しい家族が1人増えたのだった。






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