第282話精霊の宴 弐
282.精霊の宴 弐
僕はアオ、この世界に存在する数少ない上位精霊の1人だ。
先日の事だが、アルドにスライム討伐の偉業を精霊王様へ報告に行く事を伝えたら、エルファスの結婚式が終わるまで待ってほしいと言われてしまった。
理由を聞くとなんでも王都とブルーリングの間を飛ばすのに僕のチカラが必要だとか……
アルドは僕を何だと思っているのだろう。上位精霊はこの世界のバランスを取るためにいると言うのに。
しかし優しい僕は多少の苦言を呈するだけで、アルドの言うようにエルファスの結婚式が終わるまで待ってやる事にした。
アルドには言って無いが、実はマナスポットの修復にチカラを使い果たしており、少し休息が欲しかった所なのだ。
マナの精霊である僕なら問題は無いだろうが、マナストリームの深層に至るには少し不安があったのは事実である。
これも精霊王様のお導きと考えて、3日間を休息に当てる事にした。
「じゃあ、精霊王様に報告へ行って来る。1週間ぐらい僕は出て来られないからね」
「分かった。たっぷりと他の精霊に自慢してこいよ」
「それは楽しそうだね。アイツ等の驚く顔が眼に浮かぶ」
指輪の間でアルドと話してから精霊王様がおられるマナストリームの深層へと向かっていく。そこからは2日の間、ひたすらに深層を目指して進んでいった。
「精霊王様!」
深層に辿り着いた僕は早速、精霊王様に呼びかけてみるが、僕程度の存在の呼びかけでは直ぐに精霊王様へ届くはずが無い。
僕はそれから一昼夜、精霊王様へ呼びかけ続けた……
深層のマナストリームの奔流に耐えながら、ひたすらに精霊王様へ呼びかけ続けていると声が聞こえてくる。
「------------」
僕の声がやっと精霊王様へと届いたのだ。精霊王様との邂逅は踊り出したくなるほど嬉しいが、今はスライムの主の討伐を報告しなければ……
「精霊王様、今代の使徒と共にスライムの主を討伐する事に成功しました」
「------------------------------------」
「今代の使徒がコンデンスレイと言う極大魔法を使い、5キロメードにも育ったスライムを2つに割っていったのです」
「---------------------」
「それともう1つ報告です。スライムに壊されそうになったマナスポットを、魔瘴石のマナで修復する事にも成功しました。これも今代の使徒の提案です」
「------------------」
「僕は今まで通り2人の使徒を見守って行こうと思います。精霊王様、それでよろしいですか?」
「----------------------【良く--や--った--】------------------【--見--守--れ】------」
「ありがとうございます、精霊王様。今まで以上に使徒と協力してマナスポットを開放します」
精霊王様のお言葉を僕は殆ど聞く事が出来ない。それでも精霊王様の慈悲で「良くやった」と「見守れ」の2つの言葉を聞く事が出来た。
僕がその言葉に返すと、精霊王様の纏う雰囲気が柔らかくなっていき、直に薄れていく……
きっとマナストリームに乗って世界を見回る役目に戻られたのだ。
精霊王様の気配が完全に消えてから先程の言葉を思い出してみる。
【良くやった】【見守れ】初めて精霊王様に褒めてもらえた……それに、引き続きアルド達と一緒にいられる。
小躍りしたいほどの嬉しさを噛み締めていると、赤い炎、銀色の狼、黒い蝶が何も無い空間から湧き出すように現れた。
「アオよ、首尾はどうだ?出来損ないのお前の事だ。精霊王様へ心労をおかけしてるのでは無いだろうな」
陰気臭い漆黒の蝶であるグリムは魔族の精霊だ。相変わらずナチュラルに毒を吐いてくるが、今日の僕は一味違う。
アルドに言われたように、コイツ等全員に今回の偉業を自慢してやる。
「今回は精霊王様へ僕達が成し遂げた偉業の報告に来たんだよ」
「偉業だと?アオよ、嘘は感心せんぞ。お前とお前の使徒程度の存在に、偉業など達成できるわけがあるまい」
牽制し合う僕達の会話を、獣族の精霊フェンリルが眉をへの字にして見守っている。
ドワーフの精霊であるアグニは相変わらず鍛冶の思念を垂れ流しているだけだ……オリハルコンとミルリルの合金の割合なんて聞きたくない!って言うかお前、この前もその思念を垂れ流してただろ。一体いつまでその割合を考えてるんだよ……
「今日の僕は何を言われても気にしないよ。だって5キロメードにまで育ったスライムの主を使徒と一緒に討伐したんだ。それに崩壊する寸前のマナスポットも僕と使徒で修復したんだ。どうだ凄いだろ!僕達は最高のチームさ」
フェンリルは驚きながらも思念を飛ばして僕達の偉業を称えてくれる。
アグニも流石に驚いたのだろう。オリハルコンとミスリルの合金の割合を思念で飛ばして教えてくれた……今現在で最高の組み合わせらしい……僕にどうしろと。
グリムはと言うと、漆黒だった羽に徐々にではあるが色が混ざっていく。
コイツは自分の使徒に深すぎる愛情を持っている。何百年も前の魂の欠片を今もマナストリームで探し続けるほどに……見つかる筈も無いのは本人も分かっているのだろうが、それでも探さずにはいられないのだろう。
「嘘だ!ティリスより優秀な使徒などいない!いや、存在してはいけないのだ!アオよ、精霊王様へ嘘の報告など許される事では無いぞ!」
「グリム、僕達、上位精霊が精霊王様へ嘘なんて吐けないのは、お前も良く分かってるだろう。僕達は本当に偉業を達成したんだ」
グリムの羽はみるみるうちに色が濃くなって行き、仕舞いには極採色に染まってしまった。
「う、う、嘘だ!いや、嘘など……くそ、ティリス、お前が最高の使徒だ!そうじゃなきゃダメだろ!くそが!どこのくそ野郎だ!ぶっ殺すぞ!!ティリス、ティリス!ティリスゥゥゥゥゥ!!お前がぁぁぁぁぁ!!!!」
グリムは極彩色を放ち絶叫しながら消えていく……今までもグリムの発作は何度も見たが、今回のは格別だ。
少し自慢に配慮が足りなかったかもしれない。次に会ったらフォローしておかねば。
グリムに続きアグニも興味を失ったのか、合金の割合の思念を垂れ流しながら消えていく。
そしていつもの通りフェンリルと僕だけが残された。
「大丈夫だよ。僕達は他の使徒に危害なんて加えられないのは知ってるだろ?」
フェンリルはグリムの様子から、アルドやエルファスに何かしないか気にしているのだ。
そもそも僕達上位精霊は、簡単に地上へなど出て来られない。僕が地上へ出られるのは使徒との契約でアルド達の魔力を少しだけ使えるからだ。
ドライアドは仮とは言え、そんな僕の眷属となる事で自由に歩き回る事が出来ている。
しかも僕達は精霊王様の分体であるが故、精霊王様の意志に背く事は自分の死を意味する事となるのだ。
もし万が一にもグリムがアルド達に何か危害を加えたとしたら、その瞬間、存在自体が壊れてしまうだろう。
まぁ、その時には新しいグリムが新たに生まれるのだろうが……
いくらグリムでもそんな愚かな事をする筈が無い。使徒と一緒に残した自分の眷属である魔族を放って……
「ありがとう、フェンリル。そう言えば君の眷属にネロと言う子がいてね、僕の使徒の友人なんだ。とても仲が良いんだよ」
フェンリルは思念でとても喜んでいる。僕は長い事フェンリルを見てきたが、尻尾が立った姿を見たのはこの時が初めてだったかもしれない。
「じゃあ、僕は行くよ。ネロには君の伝言をしっかりと伝えておくから安心してくれ」
僕はそう言うとマナストリームの奔流に身を投じた。
行きと同じように2日もかかるのにはウンザリするが、アルドとエルファスの顔を思い出して歩を進めていく。
(エルファスは兎も角、アルドは僕がいないと何をするか分からないからなぁ)
そんな事を考えて進む僕は、きっととても楽しそうに見えた事だろう。
アオがフェンリルの下から地上を目指す姿を、ジッと見つめる者の姿があった。グリムである。先ほどのアオの言葉がどうしても納得出来ずに戻ってきたのだ。
普段なら発作が出た後は、マナストリームの中からかつての使徒の魂の欠片を必死で探すのに……
このネットリと渦巻くような感情は、人であれば誰もが持つものだ。妬みから端を発した憎しみの感情が徐々にグリムを染めていく。
今のグリムの目には、アオとその使徒に対する妬みと憎しみがハッキリと見て取れる。
驚くべき事に、この時のグリムの体からは人からしか発しないと言われている瘴気が、僅かにだが滲み出していた。
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