第16話スタイリッシュ

16.スタイリッシュ





アシェラの誕生日から数日後。


すでに魔力変化の修行は5日目に入っていた。


(壁走りと空間蹴りに必要な魔力変化は……やっぱり磁力か?壁を走る時は引力を、何も無い空間を足場に蹴る時は斥力……おし、やってみるか)





何がここまでアルドを熱くさせるのか。

壁走りと空間蹴りを習得するために、魔力を磁力に変化させるつもりのようだ。





瞑想に入る。


磁力……

電気……

電子……

もう少し科学を勉強しておけば良かった……いやいや。

陽子と電子……

原子核……


一念岩をも通す、水の一滴 岩をも砕く、犬も歩けば棒に当たる。





磁力の科学的な知識も曖昧な状態で、何となく引力と斥力の魔力変化ができつつあった。

魔力の万能性なのか完全な知識が無くても、確固たるイメージがあれば大丈夫なのだろう。


そうでなければ、この世界の人間に“火”が起こせるとは思えない。

魔力は人の思念を読み取る働きがあるようだ。


アルドの曖昧な知識であっても、ゆっくりと望む魔力変化が起きつつあった。





(もうちょっと……)


心を集中し、求めるチカラを想像する。


(魔力同士が引き合ってる……これは出来たんじゃないか……)


やっと自分の想うチカラが発現し出した。


(次は斥力……)


引力と斥力。裏と表なのだろう。引力が出来てからは思ったより早く、発動出来そうである。


(おー、魔力が反発しあってる……磁力なのか?まあ、磁力だろうが何だろうが引力と斥力が出来れば問題ない)


厳密には磁力ではなかったのかもしれない。

しかしアルドの中では結果があれば過程はどうでも良かった。


瞑想を解いて、次は瞑想に入らずに引力を作り出してみるつもりだ。

ゆっくりと右手の親指と人差し指に引力を起こしてみる。


(おー、くっつく。引力を強くしてっと……おー、磁石っぽい)


次は斥力を試していく。


(おー、本当に磁石っぽいなぁ。これでやっとスタートラインに立った)


やっと求めたチカラを手に入れた事に、ニチャと笑いながら悪い顔を浮かべていた。




次の日の昼食後-----------




「母様、今日の魔力変化の修行は演習場でやってきます」

「魔力操作じゃなくて魔力変化?しかも演習場?アル、アンタ何やってるの……」


「スタイリッシュです」

「す、すたい……何?」


「スタイリッシュです」

「その、すたいりしゅって何?」


「カッコイイ戦闘です」

「……」


「では演習場に行ってきます」

(こいつ最近、遠慮なくなってきたなぁ……)





オレは演習場に移動して、覚えたばかりの引力と斥力を使って修行に初めていく。


「よし、まずはゆっくりと壁を歩いてみるか」


魔力を足の裏に集め、魔力変化で引力を作ってみる。


「お、、、、歩けない」


壁に足を付けた時だけ引力を出さないと、くっついて歩けない……当たり前だ。


「じゃ、じゃあ空間蹴りを……」


助走を付けてジャンプし、さらにジャンプしようと空間に斥力を発生させる。

ジャンプは出来なかったが、柔らかい物を踏んだような感触があった。


「空間蹴りは手応えありだ」


思ったより好感触だったが、やっとスタートラインに立ったばかりだ。


暫くの間は短剣の修行も魔力操作の修行も中止して、壁歩きと空間蹴りに専念したい。

申し訳ないが2人の師匠に、修行の中断をお願いをしなければ……


「ベレット、暫くの間、短剣の修行を休ませてほしい」

「それは大丈夫ですが、どうかしたのですか?」


「ちょっと特殊な歩法を修行したくて……勝手を言ってすまない」

「いえ、こちらこそ詮索してしまい、申し訳ありません」


「歩法が納得できるまで仕上がったら、また短剣の修行を付けてほしい」

「分かりました」


いつも勝手ばかり言ってベレットには感謝しかない。

次は母さんだ。こっちは何を言われるか……


「母様、しばらくの間、魔力操作の修行を休ませてください」

「理由を聞かせて頂戴。返事はそれからよ」


「特殊な歩法を修行したいからです。そして、仕上げるまで専念したいからです」

「なるほど……」


「ダメでしょうか?」

「ダメじゃないわ。但し、その歩法を見せて頂戴」


「まだ、見せられるような物では無いのですが……」

「それでも良いわ、見せて頂戴」


「分かりました」

「じゃあ、今から演習場へ向かいましょうか」


母さんの言葉に演習場に向かうと、エルとアシェラも当然のように付いてきた。

演習場の端の物置の前に移動する。


「では、まず壁走りを」


オレは壁と並行に走りだす。徐々に壁に近づく、壁に足をかける。今だ!引力を発生させた。

1歩、2歩目を踏み出そうとした所で1歩目の足が離れない……


オレは派手に転んでしまった。


「か、母様。失敗です」

「何がしたいかは、だいたい分かったわ」


「そうですか」

「それだけ?空間蹴りとか何とかは?」


「それもです……」

「じゃあ見せて」


今度こそは、と気合を入れる。


「行きます」


助走を付けてジャンプし、ジャンプした所で足の裏に斥力を発生させて さらにジャンプ!


足の裏に薄い板ぐらいの感覚。

実際には落下の速度が、少しだけ落ちる程度だった。


「母様、分かりました?」

「分かったわ」


「暫く、この修行に専念したいのですが……」

「分かったわ。エル、悪いけど修行が終わったら、毎日アルと魔力共鳴をして」

「分かりました。母さま」


「何かアドバイスとかあったりしますか?」

「そうねぇ、やりたい事は判るけど、その魔力をどうやって変化させたのか正直な所、見当もつかないわ……」


「そうですか……」

「それはアルが自分で修行するしか無いわね。誰かに教えて貰おうにも教える人がいないと思う」


「分かりました……」


魔力で引力や斥力を作った人はいないらしい。

こうしてオレは壁走りと空間蹴りの修行に専念する事になった。





その日の深夜。


ラフィーナはいつもの様に頭を抱えていた。


(アルの昼間の2つの歩法。あれは非常に有用だわ……壁走りをマスターすれば城壁も何も関係無くなる。高さの優位性が無くなるに等しい。空間蹴りもそう。あれは飛行魔法、空の歩行魔法だわ……)


特大の溜息を1つ吐く。


(止めるべきなのかしら……でも魔法が大きく発展するのは確か……アルやエルの地力も上がる)


また溜息を吐いた。


(結局、いつもの様に様子見か……私のいる意味って……)


ハア……



ラフィーナの溜息はいつまでも夜の闇に聞こえていた……




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