第17話9歳 part1
17.9歳 part1
9歳の誕生日の前日の夜。
「父様、母様、おやすみなさい」
「父さま、母さま、おやすみなさい」
「おやすみ、2人共」
「おやすみ」
居間で両親におやすみの挨拶をして自室へ向かう。
エルの部屋の前でエルにも、おやすみの挨拶をする。
「エル、おやすみ」
「兄さま、おやすみ」
自室へ入り、ベッドに入り込むと色々な事が思い出されてきた。
(明日で9歳かぁ。こっちに来て色々あったなぁ)
異世界に転生して慌てた事、魔法を知った事、新しい家族ができた事、誘拐なんて事もあった。
(いろんな所にも行った……)
屋敷の中を歩き回った。屋敷の地下室も見せてもらった。屋敷の隣の演習場にも行った。屋敷の中のメイドの花園も覗いた……ん?
(ちょっと待てよ……オレ屋敷の中 以外どこ行った?)
(……)
(……)
(おぃぃぃぃ!屋敷から出たの誘拐された時だけじゃん!!どんだけ箱入り息子なんだよ!!オレ!)
驚愕の事実に気が付いた瞬間である。
(アシェラは毎日、家に帰ってるから街に行ってるじゃねえか!エルとオレだけが箱入りだよ!このままだと、引き籠りにジョブチェンジしそうだよ!)
人は気付かない方が幸せな事もある。
(明日の誕生日に直訴だ!城壁の外とは言わないでも街には行きたい!街でアバンチュールだ!)
明日の誕生日が別の意味で楽しみになってきた。
次の日の朝食--------------
「アル、エル、誕生日おめでとう。今日は夜に簡単なホームパーティを開いて、皆に9歳になったアルとエルを見て貰おう」
「ヨシュア、それは素敵ね。みんなに祝ってもらいましょう」
「ありがとうございます。父さま、母さま」
「……」
エルファスはお礼を返すが、アルドは下を向き返事を返す様子がない。
「アル?どうしたんだい?具合でも悪いのかい?」
「……」
「アル?本当にどこか悪いのか?」
「……」
「ローランド!医者を用意してくれ!なるべく早くだ!!」
「…たい」
「ん?アルなんだって?もう一回いえるかい?」
「…でたい」
「ごめん、よく聞こえないんだ。もいk……」
「外に出たい!」
「え?外?」
「屋敷から外に出たいんだ!」
全員の目が点になった瞬間だった。
アルドは昨日の夜に考えていた事を説明していく。
自分は生まれてから外に出たのは1回しかない。その1回も誘拐の時のみだ。
エルなんて誘拐の時も含めて、自分の足で街を歩いた事すらない。
これで、まともな人間が育つのか?
金銭感覚は?貴族だからと金の価値も判らなければ、いつかきっと酷い目に合うはずだ、と。
それに対人関係は?メイドや執事等の上下関係以外はアシェラしかいない。これは如何にもマズイ。
もっと視野を広く持つべきだ。城壁の外とは言わない。せめて街の中を歩く自由は必要だ。
こんな事をオレは、熱く熱く語ってみせた。
「うぐ……何か思惑がありそうだけど、言ってる事は尤もだ……」
「くぅ……アルのくせに……」
ヨシュアとラフィーナが、言い負かされそうになっている。
本気を出せば34歳+9歳の43歳である。理論で武装し自分の要望を通そうと、さらに追い打ちをかける。
「母さんは平民だったから当然としても、父さんも子供の頃は屋敷を抜け出して遊んでいたでしょう!」
「そ、そんな事はしていない……んじゃないかなぁ……たぶん……」
「ローランドから聞いています!子供の頃の父様は、屋敷を抜け出して色街に行っていたと!」
「おま!ラフィーナの前で言うか?それ……」
気温が下がった気がする……いや、実際に下がっている。氷結さんの仕業だ。
「あなたぁ……ちょっと寝室まできてくれるかしら……」
「いや、違うんだ。僕のラフィ、聞いてほしい……」
「大丈夫よ~、よ~く聞くから、行きましょ……」
ドナドナド~ナ、ド~ナ~♪
連れていかれるシーンはドナドナがよく似合う。
昼食------------
ツヤツヤの母さんと、やつれた父さんがオレ達の前に座っている。
「アルの言う事は分かった。街に行く事も認めようと思う」
「ありがとうございます。父様!」
「ただし、護衛は付けるよ。これだけは譲れない」
「分かりました……」
「当然、エルとアシェラも行きたいって言うよね?」
「はい、父さま」
「はい、ヨシュア様」
父さんはオレ達3人を見渡して話し出した。
「街に出る時はローランドに言って護衛を付けてもらう事。それと、1ヶ月に銀貨を1枚 小遣いとして渡すつもりだ。実際にお金を使って金銭感覚を養ってほしい」
「ありがとうございます。父様」
「分かりました。父さま」
「アシェラもだよ」
「ボクも?良いんですか?」
「勿論だよ」
「……ありがとうございます。ヨシュア様」
こうしてオレ達は、街への外出許可をゲットした。
しかし、平日の午前中は勉強、午後は魔法の修行だ。
必然的に街に行けるのは闇の日という事になる。
闇の日-------------
「「「行ってきます!」」」
「「行ってまいります」」
「3人共いってらっしゃい。ガル、ベレット、護衛を頼むわね」
「「了解しました」」
こうしてオレ達は街へと繰り出す事になった。
手にはそれぞれ銀貨1枚。実際、銀貨がどれほどの価値なのかまったく不明だ。
自分で言っておきながら、この“金銭感覚の無さはマズイ”と思わされた。
オレはこの世界の金にどんな種類があるのかすら知らないのだ。
銅貨はあるのか?銀貨はあった。金貨は?他の貨幣は?硬貨だけなのか?紙幣は?
知らない土地に放り出されたら生きていけないかもしれない。
オレはさっそくガルに聞いてみた。
「ガル。貨幣の種類と大体の物価を教えてくれ」
「貨幣……物価……アル坊は難しい言葉を知ってるなぁ」
「オレは頭が良いんだよ。教えてくれ」
「自分で言うかよ……分かった。貨幣の種類だな」
「そうだ」
「まず鉄貨、鉄貨が10枚で銅貨、銅貨が10枚で銀貨、銀貨が10枚で金貨だ。普段は金貨までしか使わないな」
「普段は?それ以上があるのか?」
「金貨が10枚で白金貨、白金貨が10枚で神銀貨、更に神赤貨、神金貨ってのもあるらしい。オレは神銀貨より先は見たこと無いけどな」
それからガルには大まかな物価を教えてもらった。
ベレットも時々、口を挟んで教えてくれる。
オレなりの感覚でいくと、どうやら銅貨1枚が100円ぐらいの価値だと思う。
鉄貨が10円、銅貨が100円、銀貨が1,000円、金貨が10,000円、白金貨が100,000円、神銀貨が1,000,000円……ひゃくまんえん!!
ちなみに神銀って言うのはミスリルの事らしい……あるんだミスリル……アダマンタイトやオリハルコンもあるのかな?神赤や神金ってのがそれか?
銀貨が1000円か、子供の小遣いだな。まさに子供の小遣いなわけだが。
1ヶ月に銀貨1枚、1ヶ月は5週間……ちょっと少なくないか?
でも毎週、街にくるつもりは無い。
1~2ヶ月に1回、1000~2000円の小遣い……ちょうどの金額か。良く考えられてるな。
(ただし、今日はこの世界で最初に街での買い物。ここは使い切るべきだろ!)
オレは今日で銀貨1枚を、全て使い切る事に決めた。
そうなると、まずは定番の屋台だ。
「ガル、何が一番ウマイと思う?」
「一番かぁ、オレはやっぱり串焼きだな」
「串焼きか、いいけど朝食、食べたばっかなんだよなぁ」
「それなら、そこにある八百屋で果物でも買ったらどうだ?」
「屋台じゃないけど果物ねぇ。それにするか」
「じゃあ八百屋だな」
早速、ガルに連れられて八百屋へと移動する。
「兄さま、何が良いんでしょう?」
「自分で、お店のおっちゃんに聞いてみろよ」
「分かりました」
エルは、店の店主だろう おっちゃんに話しかけた。
「果物が欲しいんですが、どれが一番おいしいでしょう?」
「そうだねぇ……この時期だと このストロの実がおいしいねぇ」
「ストロの実ですか。たまに夕食に出てきますね」
「今が旬だから甘いよー」
「じゃあ、ストロの実をください」
「まいどあり」
早速、エルはストロの実を買ったようだ。
「アシェラは何も買わないのか?」
「ボクは今はいいかな」
「そっか。欲しい物でもあるのか?」
「うーん。小物の露店でもあれば見てみたいかも」
「小物か。あったら見てみようぜ」
「うん」
アシェラは小物を見てみたいようだ。やっぱり女の子なんだと感じる。
「おっちゃん。この赤い実は美味いのか?」
「アポの実か。ストロの実程じゃないが美味いぞ」
「じゃあアポの実1個」
「まいどあり。銅貨1枚だ」
「じゃあ銀貨を」
「おつりだ」
「おっちゃん、ありがと」
「また来てくれよー」
オレはアポの実に齧りつこうとした瞬間、後ろから人にぶつかられた。
「おっと」
転びそうになるが、なんとか耐えきってみるとアポの実が無い。
落としたと思い、辺りを探すが……無い……
まさか、アシェラに盗られた?アシェラを見るもアポの実は無い。
「アポの実が無い!」
オレの言葉にガルとベレットは苦笑いを浮かべる……何故だ……解せぬ。
「兄さま。さっきの人に盗られたと思います」
エルの言葉を聞き、オレはすぐさま身体強化を使いアポの実ドロボウを追いかける。
身体強化したオレは、9歳児とは思えない速さで街路を進む。
(見えた!遅い。飛び越して前に回り込む)
オレはドロボウを飛び越え目の前に着地した。
ドロボウは驚いて、思わず立ち止まる。
こちらを睨みつけながら、逃げるために辺りを見回している……
「おい。オレのアポの実 返せよ」
こちらもドロボウを睨みつけた。
(ん?きったねぇローブ着てたから分からなかったが、こいつ……子供か?)
エル達が直ぐに追いついてきた。
ドロボウは走り出し、路地へと逃げていく。
また追い掛けるために、魔力を纏った所でガルが話し出す。
「アル坊、見逃してやれよ」
「どういう事だ?」
「あれはスラムの子供だよ」
「な、スラム……」
「食うもん欲しさに、やった事だ……」
「……」
「何ならオレが新しいのを買ってやるぜ」
「アポの実はもういい。見つからない様に後を追ってくる。この辺りで待っててくれ」
オレは本気の魔力を纏って、子供を追いかける。
知らなかったとは言え、食うに困る子供を怯えさせた自分に、何故だか無性に腹が立った。
壁を走り屋根に出る。
見つからないように、子供を見守りながら後をつけた。
しばらく後をつけていると、後ろに気配がある。エルだ。エルはオレと同じく壁走り、空間蹴りを使う事が出来る。
本人は何故できるか分かってないようだが、魔力共鳴でオレが覚えた技術はエルも使う事ができるのだ。
エルが話しかけてきた。
「兄さま、どうするつもりなんですか?」
「分からん……」
「分からんって……」
「じゃあ聞くが食うに困る子供がいて、オマエは気にならないのか?」
「それは……でも、どうしたら良いか……」
「……」
「……」
「スマン、エル。八つ当たりだ……忘れてくれ」
今世の自分の家族が治める街。そこに食うに困る子供がいる。
それを知らなかった自分。それを知っていて放置してた家族。それを許容する社会。それら全てに無性に腹が立った。
オレはきっと今の家族が好きで、勝手に理想を押し付けているんだろう。
全ての人間を幸せにできる統治者なんて、いる訳が無いのに……
暫く走ると、子供は息を切らせて立ち止まった。
周りを見渡しながら、アポの実を服の中に隠す。
そこから10分ほど歩くと、今にも崩れそうな教会へと入っていった。
オレとエルは教会の裏手に降り、気配を殺し教会の中を窺う。
「シスター、アポの実だよ。食べて」
「このアポの実は……どうしたの?」
「親切な人に貰ったんだ。だからシスターに食べてほしいんだ」
「……」
「本当に貰ったんだ。嘘じゃない」
「ヤマト。精霊様は見ていますよ……」
「……」
「ハァ……たまには精霊様も、見ていない日があるかもしれないわね」
「シスター!」
「だから皆で食べなさい。親切な人への感謝も忘れずにね」
「シスター……」
あのシスターは病気なのだろうか……それで子供の面倒を見れなくなったのかもしれない?
それなら子供だけでも何とかしたい、と思いながらその場を離れた。
何とか助ける方法はないんだろうか、と考えてみる。
父さんに頼めば、何とかしてくれるんだろうか……
でも、助けてくれるとしても、あの様子では長い間は持たないだろう。
急場を凌ぐ食料と衣類、住環境……やっぱり金か……
何とか助ける方法を考えると、1つだけ思いつく物があった。
1年半前、きまぐれにした行動だ。上手くいく保証は無いが、オレには他に出来る事がなかった。
“行きがけの駄賃”とばかりに、教会にアポの実のおつりを投げ込んでガル達の元へと帰る。
「エル、スマン。どうしても行きたい場所ができた。付き合ってくれ」
「兄さま、急にどうしたんですか?」
「子供を助けたいんだ」
「分かりました……兄さまに任せます」
オレ達は来た道を全力で戻った。
ガル達と合流し目的の場所に移動しようとしたが、ガルは本気で怒っていた。
「屋敷に帰ってもらう。そしてオレは金輪際、アル坊の護衛はしない!」
「すまない、ガル。どうしても行きたい場所があるんだ」
「ダメだ!絶対に帰ってもらう。必要ならチカラずくでもだ!」
「頼む!今じゃないとダメなんだ」
「護衛を撒くヤツの言う事なんか聞けねぇ!」
「お願いだ!子供を助けたいんだ!」
ガルは護衛を振り切った事がどうしても許せないようだ。
オレは最後の手段に出る……
街路の端で土下座。
「おまえ!何をっ!」
「どうしても、助けたいんだ!」
「おい!やめろ!自分のやってる事がわかってるのか!」
「頼むガル……」
「分かった、分かったから止めろ!頼むから止めてくれ!」
「すまない、ありがとう。ガル」
オレは立ち上がり、先程のスラムの子供の話をガルとベレットに話して聞かせる。
ガルとベレットは全く正反対の意見を述べた。
ガルは教会の子供達を助けられれば助けたい、と……
ベレットは全部の子供を助ける事は不可能だし、アルドがする事ではない、と……
2人の意見はどちらが正しいという物では無い。
教会の子供を助けても、他にもどこかで子供は飢えているのだろう。
今回の事は、オレの自己満足なのは分かっている。
それでも、オレは見てしまったからには子供を助けたかったのだ。
そんな事を話し合いながら、目的の場所に到着した。
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