第125話使徒 part1
125.使徒 part1
アシェラと話しているとオレの部屋の扉がノックされた。
こんな時間に誰だろう。と扉を開けるとハルヴァが青筋を浮かべて立っている。
「アルド様。年頃の淑女をこの時間に部屋へ招くのは少々マズイのでは?」
「す、スマン。ハルヴァ……アシェラ。話はまた今度しよう、な?」
アシェラは露骨に不機嫌な顔をハルヴァへ向け立ち上がった。
無言で部屋を出る時にハルヴァの脇腹を拳で軽く撫でる。
麻痺を撃ち込まれた様でハルヴァが痺れて仰け反っていた。
「おやすみ。アルド」
そう一言だけ呟いてアシェラは自室へと帰っていく。
オレはと言うとハルヴァを放置する訳にもいかず回復魔法をかけてやる。
学園で麻痺の状態異常を習っておいて良かった。しかし、アシェラはハルヴァに容赦が無くなって来たなぁ……
ハルヴァを治してから自室のベッドで横になる。
天井を見ながら思う事は使徒の事。
いきなり使徒と言われても正直な所、実感は無い。
しかし、これからのオレの人生は使徒として歩かざるを得ないのだろう。
アオに聞いてもアイツはきっと人の世の事は疎いと思われる。
ゴブリンの騒動が無事に終わったらアシェラ、エル、マールと話しをしようと思う。
きっとこの4人は同じ道を歩く事になるのだから。
次の日の朝--------------
顔を洗ってから朝食を摂っていると騎士が1人慌てた様子で入ってきた。
ローランドが騎士の無礼を叱責する。
「ここはご領主様のお屋敷です。その無礼は誰の許可があって働いているのですか!」
「も、申し訳ありません。しかしミロク団長から至急、伝える様に言われまして……」
「家の者に言伝れば済む事でしょう!」
「必ず直接、伝える様に。っと……」
「そんな無礼を認める訳にはいきません。すぐに下がりなさい」
「あ、アルド様、、、ゴブリンが現れました。至急、西門へお願いします!!」
「いい加減にしなさい!すぐに出ていきなさい」
ローランドが騎士へと怒鳴っている。
「待ってくれ」
オレはローランドを止め、騎士へと問うた。
「ゴブリン軍が攻めてきたのか?」
「はい。西側からです」
「西だけか?北や南は?」
「確認できているのは西だけです」
「そうか。すぐに行くと伝えてくれ」
「分かりました!」
騎士が嬉しそうに走って行く。
「ローランド。ワザとここまで来させておいて、こんな茶番が必要なのか?」
「物事には規律が必要です。緊急であってもあれぐらいの茶番が無いと示しが付きませんから」
オレは肩を竦めてローランドから皆の方へ向き直った。
「話は聞いた通りだ。オレとエルは西門へ向かう」
「はい。兄さま」
「ボクも行く」
「勿論、私も行くわよ」
「私はミロク団長と情報を共有してきます」
そう言ってそれぞれが着替える為に自室へと向かう。
ちなみにハルヴァは使徒の件は伝えていない。
ブルーリング騎士団副団長としてでは無くアシェラの父親として改めて伝えるつもりだ。
”アナタの孫は人族ではありません”って言わなくていけないかと思うと今から憂鬱になる。
自室へ戻ると素早くワイバーンレザーアーマーを装備した。
改めてこの鎧の使い易さを実感する。王都に戻ったら防具屋のオッサンに使い勝手の良さを話してやろう。っと心のメモに記入した。同時にそろそろオッサンじゃなくて名前を聞かないとな。
逸れた思考を修正する。
玄関には既にアシェラと母さんが待っていた。この2人は装備がローブなので着替えるのに時間はかからない。
オレが合流するとすぐにエルもやって来る。
「じゃあ、行くわよ」
母さんの少し緊張した声が響いた。
アオのお陰で魔力を気にしなくても良いので、西門までは母さんを抱いて空間蹴りで移動だ。
直に門が見えてくるが昨日の騒ぎの件もあり、城壁の上へと着地した。
報告の通りゴブリンの大群が街道を伝って向かって来るのが見える。
「魔力を気にしないで良いならここから撃ちまくりますか?」
オレは軽い気持ちで母さんに聞いてみた。
「そうね……いきなり新しいチカラをギリギリの状態で試したく無いわね。まずはいつもと同じコンデンスレイを撃ってみて。出力や時間を上げたりしないでいつも通りのヤツよ」
「「分かりました」」
オレはエルへと話しかける。
「オレは右を狙う。エルは左を狙ってくれ」
「分かりました。兄さま」
オレとエルがそれぞれ構えて魔力を凝縮していく。
準備が完了すると城壁から2本の光の線がゴブリンへと真っ直ぐに伸びた。
ゴブリン軍の真ん中に2本の光が伸びたかと思うと光はお互いに反対側へと伸びて行く。
数舜の後には光が当たった場所が爆発して辺りが火の海へと変わる。
オレの魔力は回復している途中だ。エルもそうなんだろう。
母さんの言った様に時間を延ばしたり出力を上げたりすれば魔力が完全に0になる瞬間が出来たはずだ。
魔力0だと人はどうなるのだろうか……最悪は死?興味はあるが自分で試したくは無い。
コンデンスレイの照射時間が伸びれば良いとは思うがそっちは魔力変化の修行で地道にやるしか無さそうだ。
ゴブリン軍の最前線にコンデンスレイを撃ちこんだ為にゴブリンの足は止まって見える。
しかし良く見ると後ろから押され炎の中へと死の行軍をしているのが分かった。
どうやら今日は物量で押してくるらしい。昨日の内に”使徒”になっていなかったらどうなっていたか。
「母様。2射目いきますか?」
「そうね……ただ雑魚ばかりと言うのも気に入らないわね」
「縦に撃ち込みますか?それなら何時、自分が撃たれるか分からなくなります」
「それでいきましょうか。それとアルの後にエルが撃ちましょう」
「「分かりました」」
オレはまた魔力を凝縮していく……
母さんには縦と言ったがオレはジグザグに撃ってやるつもりだ。
「いきます!」
オレの右手から白い一条の光が伸びる。
いつもならどちらかに動かすだけだが今回はジグザグだかなり神経を使った。
コンデンスレイを撃ち終わり魔力が回復されていく。
少し頭がフワフワした感じがするがゴブリン軍の被害を確認した。
ジグザグの効果は凄まじかった水平射撃に近い効果があるのでは無いだろうか。
3発のコンデンスレイで城壁から見えるゴブリンの3/4は倒したはずだ。
流石のゴブリン軍も進めないのだろう。足が止まっている。
勝ち戦を確信し弛緩した空気が流れた時、それは聞こえた。
遠吠えとは違う。咆哮。声には怒りの感情のみが載せられ兵の中には腰を抜かす者までいる。
ずっと以前に似た物を聞いた事があった。それは10歳の遠征軍での事。
しかし、これはゴブリンキングが使っていた咆哮を何倍も強力にした物だ。
反射的に咆哮を放った存在を凝視した。
身の丈はゴブリンキングより1回りは大きく3メードに届きそうな大きさだ。
恐らくはエンペラーと呼ばれるお伽話の存在である。
オレがエンペラーと思われる敵を観察しているとすぐ隣のエルがコンデンスレイをエンペラーに向かって撃ち込んでいた。
オレは驚いて”エルさん思い切り良すぎませんかね?”と心の中で突っ込んでいると、照射時間の2秒をエンペラーは持ち前の身体能力で躱しきった。
オレの隣でエルは悔しそうに一言だけ呟いている。
「奇襲で倒せれば一番だったのですが……」
突然、オレとエルの指輪が光出しアオが現れた。
「お、おま、バカ。見つかるだろ!すぐに指輪に戻れ」
オレはアオへ必死に呼びかけるが当のアオはゴブリンエンペラーを睨みつけて微動だにしない。
「アルド。エルファス。どうやら”主”の登場みたいだね」
オレはアオの言う事の意味が分からなかった。
「”主”ってマナスポットの”主”か?」
「それ以外に”主”がいるのかい?アルドはもう少し考えて話した方が良い」
相変わらずナチュラルに煽って来るヤツだ。しかしオレは聞かなくてはならない。
「あのゴブリンエンペラーが”主”って事なんだな?」
「ああ。その通りだよ」
「あいつも魔力が無限に使えるって訳か……」
「は?何言ってるんだ?ここは僕の領域だ。アイツに加護がある訳ないだろ」
「あ、1万メードはお前の領域だったか……」
「自分の領域を出てる今がチャンスなんだ。アイツを倒してマナスポットを開放して欲しい」
「放っておくと未来で世界が終わる。どっちにしろ倒さないと、しょうが無い訳か……」
「その通り。今、倒さないといけないんだ」
オレは同じ物を背負ったエルに聞いてみた。
「エル、行くか」
「それしか無さそうですね」
「最初から全力で行くぞ!」
「はい。兄さま!」
オレとエルが城壁から飛び出そうとする所で母さんに止められる。
「ちょっと待って!」
「なんですか?」
「魔力が無制限ならここから2人でコンデンスレイを撃てばいつか当たるんじゃない?」
「あ……」
母さんの言葉にオレとエルは納得してここからコンデンスレイを撃つことにした。
「アルドはもう少し物事をしっかり考えて行動するべきだね」
「……」
母さんはアオへ向き直り叱責した。
「アオはむやみに煽らないの!」
「スミマセン。姐さん」
この2人?はいったいどこへ向かってるのか……謎だ。
気を取り直してエンペラーと思われる個体を凝視する。
アイツはどこかオレ達を見下している様で、コンデンスレイを見た後でもその姿を晒していた。
「エル、兎に角、当てるぞ」
「はい」
同時で狙った方が躱しにくいはずだ。エルとタイミングを合わせて撃つ。
今日3発目のコンデンスレイだ。少し魔力を凝縮するのに手こずる。
それはエルも同じ様でいつもなら撃てるはずだが魔力の凝縮に手間どってしまう。
それでも何とか凝縮に成功した。
「「いきます!」」
2人同時にコンデンスレイを撃つ。2秒の間で何とかエンペラーを倒したい。
焦りからだろうか。コンデンスレイの”光の剣”はエンペラーに当たる事は無かった。
すぐに魔力が回復されて行く……先程からの違和感が大きくなって立っていられなくなる。
それはエルも同じ様で四つん這いにになって荒い息を吐いていた。
「どうしたの?!」
母さんが声をかけてくる後ろでアオが当り前の様に話し出す。
「あー、魔力酔いだね。短い時間で自分の魔力量の3回分も魔力を使い切ればそうなってもしょうがないか」
「ま、魔力酔い?」
「うん。魔力を使っては回復。を短い期間に行うと起こる現象さ」
「すぐに治るのか?」
「うーん。使った魔力の量と体質によるからねぇ。早ければ1時間。遅くても明日には回復すると思うよ」
「明日……」
オレはそんな大事な事は早く言え。とばかりにアオを睨み、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫です。なんとか後、1発ぐらいは撃って見せます」
「止めておいた方が良い。魔力酔いは最悪、死ぬ事もある。体がマナを魔力に変換できなくて悲鳴を上げてるんだ」
「マナを魔力に?」
「そう。この世界にはマナが満ちているけどアルドはマナに干渉出来ないでしょ?」
「ああ……」
「人はマナをゆっくりと取り込んで自分の魔力へ変換しているんだ」
「……」
「今のアルドとエルファスはそのマナを魔力に変換する機能がキャパオーバした状態だね。無理に魔法を使うと最悪はその機能が完全に壊れて永遠に魔力へ変換できなくなる。そうなると残った魔力を使い切った時に魔力枯渇で死ぬよ」
オレはゴブリンエンペラーへと振り返った。
笑った。
アイツは確かに笑っていた。
アイツはこうなる事を分かってワザとオレ達にコンデンスレイを撃たせたんだ……
嵌められた。
「母様。こうなる事を見越してワザとコンデンスレイを撃たされました様です」
「ワザと……」
「恐らくコンデンスレイの余波が終わると同時に総攻撃が始まると思います……」
「私の責任ね……私がコンデンスレイを撃たせたから……」
「使徒になったのは昨日です。こんな事は誰にも分からなかった。これは事故です」
「事故……」
「それより今はどうやって切り抜けるかろ考えましょう」
「……そうね」
母さんはアオの方へ向き直り話し出す。
「アオ。魔力酔いを緩和したり回復させる方法は無いの?」
「無い事も無いけど」
「教えて頂戴!」
「エルフの秘薬。昔、精霊が使徒に教えた薬のレシピをエルフに伝えたんだ」
「直ぐに作れるの?」
「1ヶ月もあれば出来るんじゃないかな」
「遅すぎる!他には無いの?」
「他かぁ。それだと寝るしか無いかな?」
「寝ると回復するの?」
「そりゃそうだよ。魔力は寝ると回復するでしょ?その機能も寝ると一緒に回復するんだ」
アオとは本当に嚙み合わない。イラつきながらオレはエルに提案した。
「エル。すぐに安全な場所に移動して睡眠薬を飲め」
「兄さまは?」
「オレは母様とアシェラと戦う」
「まともに身体強化も出来ないのにどうやって?!」
「気合で何とかする……」
「……兄さま」
オレがエルと話していると、不意にアシェラがオレとエルの手を掴んでくる。
一瞬の眩暈の後に”睡眠”の状態異常を撃ち込まれたのに気が付いたが、オレの意識は闇にゆっくりと沈んでいった。
オレはどれほど眠っていたのか……ゆっくりと覚醒した時、眼に入ってきたのはボロボロになった母さんと左腕の無いアシェラがオレとエルを守る様に立ちはだかっている姿だった。
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