第375話鎮魂
375.鎮魂
母さんがアオに無理難題を言い、逃げられて少し経った頃。
「母様、僕とアシェラでマナスポットを解放してきます。万が一があるといけないので、主の体を見張っててもらえますか?」
「……分かったわ」
母さんは とても不服そうな顔をしているが、魔力が1/3しか残っていなく、更に主との戦闘で無茶をした件もあり、取り敢えずは文句を言わず見張りをしてくれるようだ。
「では行ってきます」「お師匠、いってきます」
「気を付けるのよ」
こうして、主の生首を持ちながら、母さんの下を離れて空へ駆け出していく。
何度も打った範囲ソナーで分かっているが、マナスポットは街の中心にある。しっかりとした石造りの建物が建っているので、そこにマナスポットはあるのだろう。
もう、大した脅威は無いはずだが、念のため警戒だけはして神殿のような建物へと向かって行った。
建物の前に降り立ち、そっと中を伺ってみる……人の気配は全く無く、照明の魔道具の類は全て壊されており、夕方の少し前ではあるものの中は真っ暗だ。
そう言えば、オレはスプラッターだけじゃなく、オバケの類も苦手だったのを思い出してしまった。
だって……オバケ切れないじゃん! 魔法も効くか分からないし!!
どうしよう……アシェラを先に行かせるなんて夫としても、男としても失格の気がする。
「アルド、どうしたの? 早く入ろう」
「あ、ああ……万が一があるといけないからな。一応 警戒だけはしようかなぁって……」
「むぅ……さっき範囲ソナーを打って、中にはオーガはいないって、言ってたのに?」
「お、おう。は、範囲ソナーも完璧じゃないかもしれないし……ほ、ほら、土の中とかに隠れてるかもしれないだろ?」
「……ファウルモールの時は、土の中も範囲ソナーで見つけてた。アルド……もしかして、怖いの?」
「ば、バカな事を言っちゃいけません! ワテクシ、怖い物なんて10個ぐらいしかありません事よ!」
アシェラはジト目でオレ見つめてくる。
きっと暗いからダメなんだ! オレは早速、ライトの魔法を最大の13個 発動し、5メード間隔で天井に設置していった。
ふぅ、これなら何とか……
ホッと一息ついて、アシェラを見ると、先ほどよりジト目のジト具合が上がっている……マズイ。完全に疑ってる目だ。
これでは、もう少しでオレが怖がっている事がバレてしまう!
「あ、アシェラさん? ぼ、僕が先に行くからね? な、何があっても愛しい妻のアシェラさんだけは絶対に守りますよ?」
「……分かった」
アシェラは首を傾げならも、オレの後ろを付いて来る。
もう覚悟を決めよう。何があってもアシェラだけは守り抜く! オバケの10匹でも20匹でもかかってこいや!!
すると、通路の暗くなっている場所に、ボンヤリと人影が見える……あ、嘘です。やっぱり、出て来ないと嬉しいです……
生まれたての小鹿のようにプルプルしながら近づくと、何かの銅像が置いてあっただけだった。
くそっ、こんな怪しい通路を生首なんて持って歩いてるから怖いんだ!
生首を見ると光の加減か、笑っているように見えてくる。
コイツは死んでからも、オレの邪魔をするのか!!
オレがオーガをだいっ嫌いになった瞬間である。
しかし、何時までもこうしててもしょうがないわけで……
勇気を振り絞って、ゆっくり奥へと向かっていくのだった。
随分 長く歩いたような気がするが、実際には数分なのだろう。
長い廊下の先で、唐突に広い部屋へと辿り着いた。
部屋には中央に祭壇が祀られており、奥にはドス黒い水を蓄えた泉がある。そして、その泉を覆うように枯れた大樹が横たわっていた。
どうやら、ここオクタールのマナスポットは泉だったようだ。
警戒しながら泉の様子を眺めていると、アシェラはオレの背中をつつきながら話し掛けてきた。
「アルド……あれ……」
「ん? どうした?」
アシェラの指差す方向には、夥しい人骨と何かの動物の骨が、山のように積んである。
「これは……」
「多分、コイツはここを根城にしてたんだと思う……」
くそっ、薄々 分かっていた事とは言え、実際に犠牲になった人達の痕跡を見ると、何とも言えない怒りが湧いてくる。
オレがもっと強かったら……更に言えば、あの時オクタールから逃げ出さなかったら……この人達の何人かは助かったのかもしれないのに。
主への怒りと同じ位、自分への怒りが込み上げてくるのは使徒だからなのか。
そんなオレの様子に気が付いたのかアシェラは、ポツリポツリと口を開いた。
「アルド……この人達は可哀想だと思う……でもボクはアルドが帰ってきてくれて、本当に嬉しかった。もし、帰って来なかったら……きっとボクだけじゃなくて、オリビアとライラも生きていられなかったかもしれない……」
「……分かったよ……ありがとうな、アシェラ」
「うん」
アシェラの言葉は酷く利己的だが、オレへの優しさに満ちていた。
そう……確かにオレは使徒ではあるが、その前に1人の人でしか無いのだ。
しかし、頭で理解しても感情は納得出来ないわけで……この惨劇を見て改めて思ってしまう。
本当に情けない使徒で申し訳ない。だいぶ遅くなってしまったけど、アナタ達の敵はキッチリ取りました。せめて安らかに眠って下さい……
アシェラと2人、山のように積まれた人骨の前に主の首を起き、無念に散った彼等を思って暫しの祈りを捧げたのだった。
祈りを終え、少し沈んだ空気の中、アシェラと一緒に泉の前に立ちアオを呼び出した。
「ふぅ、やっと、ここまで来たね。今回の主はかなり手こずったけど、マナスポットの休止までしたんだ。無事に倒せて良かったよ」
「そうだな。コイツは過去のどんな敵よりも強かった。最後はちょっとアレだったけどな……それでアオ、今からマナスポットを解放する。良いよな?」
「ああ、僕はいつでも良いよ」
アオの返事を聞いて、念のため100メードの範囲ソナーを打つが、この建物の中には生き物の反応は感じられない。
早速、主の証である首を泉に浸し、魔力を込めた短剣で突き刺すと、直ぐに灰になっていき泉の水は澄んだ透明になっていく。
「長かったな……後は指輪を触れさせれば全部 終わりか……」
「ああ、そうさ。アルド、サッサとやっちゃってよ」
「ああ」
長いオクタールでの因縁を思い出し、少しだけ感傷に浸ってしまった。
アオに促されるままゆっくりと右手を浸すと、泉は薄っすらと青く輝き出し、オレにとっては暖かな光を放ち始めた。
アオはいつものように、丸くなってマナスポットの上に浮かんでいる。
魔力が休息に回復していく……外の残りのオーガを殲滅に行くため立ち上がろうとした瞬間、マナスポットの上に緑のモヤが現れ、なんとドライアドが飛び出してきた。
「……」
ドライアドは普段の天真爛漫な様子とは違い、何も言葉は発さず、優しげな瞳で積み上がった骨の山を見つめている。
「アド……すまなかった。この人達を助けられn…………」
オレが話しかけると、それを見計らったように骨の山からドス黒い光の玉が無数に沸き上がって、ドライアドの周りを漂い始めた。
何だあれは……瘴気の塊?
光の玉から感じられる物は、魔晶石よりだいぶ弱いが質は同じ物だと断言できる。
咄嗟にドライアドを庇おうとするも、当のアドは優しげな眼差しで光の玉へ話しかけていく。
「子供達……痛かったね、怖かったね……もう、大丈夫だよ。あそこにいるアルドちゃんが全部やっつけてくれたから……うんうん、そうだよ、ジェイルと同じなの……」
ドライアドは光の玉と会話をしているのか? って事は、まさか……この瘴気に塗れた光の玉は、犠牲になった人達の魂? そんな事が……
オレは、呆然とドライアドと光の玉を眺める事しか出来なかった。
そんな異様な光景の中、一回り小さな光の玉がオレに近寄って来る……光の玉は小さく点滅をして、何かを話しかけてるかのように見える。
「ごめん……オレには何を言ってるのか分からないんだ……本当にごめん……」
すると何時の間にか隣にいたドライアドが、優しく話しかけてきた。
「この子はね、この神殿で働いていた男の子だよ。主を倒してくれてありがとうって言ってる。他の子達も皆、アルドちゃんに感謝してるよ。「御使い様、ありがとう」って……」
「オレは……一度 ここから逃げ出したんだ……主に勝てないと思って……いや、違う。本当はブルーリングに早く帰りたくて、見て見ぬふりをしたんだ……お礼を言われるような立場じゃない……」
「……アルドちゃん、皆 知ってるって、見てたって……それでも、御使い様は戻ってきてくれて……主を倒してくれたじゃないかって……」
思わぬ言葉に、俯いていた顔を上げて無数の光の玉を見つめると、徐々にではあるもののドス黒かった色が薄れ、無色の綺麗な光の玉へと変わっていく……
「アルドちゃんがマナスポットを解放してくれたお陰で、主の瘴気の呪縛から解放されたんだよ。皆 とっても喜んでるのー」
「瘴気の呪縛……まさか、主に殺された者はマナスポットに還れないのか?」
「それは、瘴気の濃さによるんだよ。でも、強い主の濃い瘴気に塗れちゃうと、普通はマナスポットに還るのが遅くなっちゃうの。アオちゃんに聞いて無いの?」
「悪い、知らないんだ。アオは聞かないと教えてくれないから……でも、この人達にとって、マナスポットを解放した事に意味があったのなら……本当に良かった……」
「うん。皆、喜んでるよ。ほら、アルドちゃん、そろそろ皆がマナスポットへ還っていくよ。お見送りしよう」
「ああ……」
ドライアドと並んで光の玉を見つめていると、瘴気の穢れが落ち綺麗な光の玉になった者から徐々に消えていく。
まるで光る雪が地上から天へ降っていくような……とても幻想的で美しい光景だった。
全ての光の玉か消えて暫く経った後、丸まっていたアオが起き上がり渋い顔で話し掛けてくる。
「ドライアド、眷属に被害が出て心配だろうと思ったから教えたのに……マナスポットが安定するまで、領域には来るなって言ったよね? お陰でマナを安定させるのに手間取っちゃったじゃないか」
「だって子供達を見送りたかったんだもん! アオちゃん、意地悪なんだーー!」
「ハァ……もう、良いよ、お前に話した僕がバカだった……その代わり、次からは気を付けてくれよ」
「分かった……」
アオとドライアドの話を聞いて分かる事は、恐らくアオがドライアドにオクタールで起こった一連を話したのだろう。
ただ、ドライアドが来てくれたお陰で、あの人達が還る瞬間に立ち会えたのなら……
「アオ、ドライアドが来てくれたから、あの人達と出会えたんだ。オレからも頼む。アドを叱らないでやってくれ」
「だから、僕はこれ以上 言うつもりは無いって言ってるだろ。僕だって、眷族の子供達を見送りたいって気持ちは良く分かるんだから」
「そうなのか、ありがとな、アオ」
オクタールの人達は無事にマナの奔流へと還れた。であれば、後はオーガの残党を始末するだけだ。
オレはアシェラと共に、来たときと違い安らぎに満ちた通路を通って神殿を後にするのだった。
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