第374話オーガ part2

374.オーガ part2






母さんは、とびきり凶悪な笑顔で現れたと同時に、マシマシのウィンドバレットを10個、主の周りへ配置していく。


「このクソオーガ、手子摺らせてくれたわね! 覚悟なさい! 受け取れ、ド腐れ野郎!!!」


配置が完成した瞬間、普段 流石にここまでは吐かない毒をまき散らしながら、一斉にウィンドバレットを撃ち込んだ。

うぉ、危ねぇ! 1発がオレの顔面スレスレを飛んで行った……あのー、それ当たったら、オレ、『汚ねぇ花火』になっちゃうんですけど……


やはり、主は以前ほど早く動けないらしく、マシマシのウィンドバレットを必死になって躱しつつ、どうしても躱せない物は左腕でガードしていた。


「アル、アシェラ、今よ。押し込むわよ!」

「は、はい……」「はい、お師匠!」


母さんのウィンドバレットによって、主の左腕は肘からおかしな方向へ曲がり、体中の皮膚はアチコチ剥がれて血が滴り落ちている。

これなら! オレは右の短剣をホルダーにしまい、収納からミスリルナイフを取り出すと、魔力武器(大剣)に超振動をかけていく。


1秒、2秒……くそっ、超振動が完成するまでの時間がもどかしい……この数秒をアシェラに全て任せる事になってしまう。

アシェラでさえ、今の弱体化した主と同程度の速さなのに……早く起動してくれ!


そんな焦れた時間も、オレの魔力武器が発動する事で終わりを告げる。

ヒィィィィィィンと羽虫の鳴くような音が響き渡り、準備が完了した瞬間、オレは大声で叫んだ。


「アシェラ! 下がれ! 超振動を使う!」


アシェラはオレの声を聞き、瞬時に反応して距離を取ってくれた。流石はアシェラだ、オレを良く分かっている。

当の主はと言うと、アシェラが不意に下がった事で、一瞬出来た不自然な空白に呆けた顔を晒していた。


「行く!」


この隙を放っておくほど、オレは甘くない。バーニアを全開で吹かして、主へと真っ直ぐに突っ込んでいく!

狙うは首! これで因縁に決着をつける!!


バーニアの軋むような加速の中、腰だめに構えた魔力武器を、すれ違いざま真っ直ぐに振り抜いた!


一閃


くそっ、浅い……狙っていた首では無く、主の左腕が宙を舞い、怒りと痛みを含んだ絶叫が響き渡る。

主の首にも浅い傷が出来ているが……それだけだ。


オレの渾身の一撃を、コイツは辛うじてではあるが避けてみせた。

しぶとい……


首の傷と、切り落とした腕の切断面も、見る見るうちに塞がっていき、出血も収まっていく。


「アル! ボサッとしないの! 1回でダメなら何度でも 攻撃すれば良い事よ。切り替えなさい!」

「は、はい!」


そうだ、母さんの言う通りだ。首は逃したが、腕は落とせたんだ。コイツを倒すまで何度でも試せば良い!

この一連のやり取りに、言葉は通じないものの主は、オレ達の精神的な柱を母さんだと判断したらしく、明らかに狙い始めた。


アシェラもオレも必死に攻めるが、逃げに回ったコイツに決定的な有効打は入らない。

その間にも、主は母さんへ礫を投げ、隙を見ては母さんが立っている木を倒そうと攻撃をしかけている。


「鬱陶しいわね! いきなり何よ!」

「母様、コイツは母様に狙いを定めたみたいです。距離を取って、絶対に近づかないで下さい」


オレの声は、間違い無く母さんに届いていたはずだ。

なのに当の母さんは少し思案した後、何を思ったのか悪い顔をして、焼け残った建物の屋根に降りてきた……


何をやってる?! そこだと主の攻撃が届いてしまうじゃないか!

焦ったオレとアシェラは、バーニアを吹かして母さんの下へと急いだが……マズイ、主の方が速い!


「母様! 逃げて!」

「お師匠! 空へ!」


オレとアシェラの声も虚しく、主は母さんの目の前に立ち、嫌らしい笑みを貼り付けて大きく拳を振り上げた。

母さん! 何で……折角 拾った命なのに何でそんな場所に……


「止めろぉぉぉぉぉ!!!」


オレの叫びが響いた瞬間、昼だと言うのに目が眩みそうな強烈な閃光が迸った。


ガァァァァァァァァ!!


主は残った右手で目を押さえ、絶叫を上げている。

これは……まさかフラッシュ? このギリギリの状況で、母さんは自分が狙われた事を逆手に取って主を嵌めたのか? ……何て胆力と発想だ。


普通、考え付いたとしても、自分の命をエサにして、主をおびき寄せるなんて事、出来るわけが無い。

それを僅かな思案でやってみせるなんて……


「クククッ、ざまぁないわね! 今のはネロ君の分よ! それと、これがわたしの髪の分……受け取れ、クソオーガ!!!」


そう言って母さんは身体強化を最大でかけ、恐ろしい事に助走を付けて主の股間を蹴り上げた。


カハッ、アガガッ……コヒュー……コヒュー……


主は小さく絞るような叫びを上げた後、白目を剥いて倒れ、蚊の鳴くような呼吸音を漏らしている。

オレは一連の流れを見ながら、自分の股間が縮み上がるのを止める事ができなかった……この恐怖を、男子諸君なら理解できるに違いない!


「アル、トドメをお願い。ウィンドバレットだと頭毎 潰しちゃいそうだもの」


母さんの言葉を受け、オレは能面のような顔で返事をする事しか出来なかった。


「……はい」


ここまで散々 してやられてきた相手とは言え、白目を剥きながら股間を抑え、息も絶え絶えの姿を見ると……何とも言えない気持ちになってくる。

しかし、コイツは自己回復を持っている。放っておけば、ほんの数分で起き上がってくるのだろう。


思えば最初にオクタールから逃げ出して、どれほどの時間が過ぎたのか……コイツとの戦いで母さんは死の淵を彷徨い、ネロは足を奪われた。

アオが邪法と言って忌み嫌う方法まで使う事で、辛うじて勝利を拾えたのだ。


お前は間違い無く、過去最強の敵だったよ……願わくは、最後に見るお前の姿が、白目をむき股間を抑えている姿じゃなければ……

あまりの哀れな姿に、思わず目を逸らしてしまいそうになってしまう。


オレは頭を振って切り替える……〇〇が縮こまりながらも全てを断ち切るように、魔力武器(大剣)に超振動をかけ、主の首に真っ直ぐ振り下ろしたのだった。






主を倒した後、改めて思う。流石に今回の母さんはやりすぎだ。いくら主を倒すためとは言え、自分の命をエサにするなんて。

怒りを堪えながらも苦言を呈すため近寄ると、驚く事に母さんの右手が半分無くなっていた……


「母様! その手! まさか、さっきの主の攻撃で……」

「そうね。躱したつもりだったけど、掠っちゃったわ。でも、これだけで済んだのは、この鎧のお陰ね」


そう言って獰猛に笑う母さんの右手は、親指と人差し指が残るのみで、他の指と手の平の半分は既に無くなっている。


「母様!!! 何で、何であんな事を!! つい先日 死にかけたばかりじゃないですか! あ、アイツが、もう一歩 踏み込んでいたら、母様は……もう、無茶はしないで下さい……お願い……ですから……」


強い口調で始めた言葉も、悲しみと悔しさで言葉が詰まっていくのと同時に、徐々に小さくなっていく。

流石に悪いと思ったのか、母さんは目に見えて慌てながら、言い訳を始めた。


「あ、アル、ちょ、ちょっとやり過ぎちゃったわ。ごめんなさいね……でも、アナタは英雄で救世主て使徒なんでしょ。ほら、もぅ……悪かったわ。こんな事は二度としないから、ね? アシェラからも言って頂戴」

「今回はお師匠が悪い……ボクもお師匠の身に何かあったら……もう、絶対にあんな無茶はしないで……」


アシェラの目に涙が溜まっていくのを見て、とうとう母さんは白旗を上げたのだった。






母さんにこんこんとお説教をして暫く経った後、アシェラが辺りを見回しながら口を開いた。


「アルド、まだオーガの残りが沢山いる。放っておくと散らばって、エルフに被害が出る」

「そうだな。ただ先にマナスポットを解放しよう。実は魔力がもう半分しか残って無いんだ」


「うん。ボクも半分を少し切るぐらい。ここがアオの領域になれば、ボクの魔力も回復出来る!」

「そうか……『石』があったんだな。じゃあ、マナスポットを解放しに行くか」


「うん!」


オレとアシェラの会話をジッと見つめる目がある。先ほどオレ達から こんこんと説教をされ、今は正座中である氷結さんの目だ。

ヤツはマシマシのウィンドバレットを撃ちまくっていたので、きっとオレ達の中で一番魔力が減っている。


それ故、魔力を回復できるオレ達に、何とも言えない視線を送っているのだ。


「母様、ハウス! まだ正座を崩しちゃいけません! それに、そんな目をしないで下さい。僕達が魔力を回復できるのはしょうがないじゃないですか」

「……ズルイ。ズルイ、ズルイ! アルは使徒だからしょうがないとしても、アシェラもなんて! 私にも魔力を回復できる物を用意しなさいよ! 使徒なんだから出来るでしょ!」


コイツは何を言っているんだろうか……お前はジャイ〇ンか? ジャ〇アンなのか?

尚も正座中でありながら、氷結さんは駄々っ子のように文句を言ってくる。


「そんな事を言っても……僕じゃ無くてアオに言って下さいよ……」

「じゃあ、アオに直接 言うから、呼んで頂戴!」


無理難題を言われるだろうアオに、少しだけ同情しつつ指輪に魔力を込めて呼び出した。


「どうしたんだい? お、主を倒したのか。証は……やっぱりアルドの言った通り、向こう側の証は分からないか……」

「ああ、ソナーを打っても額からしかおかしな魔力を感じられなかったんだ」


「そうか……じゃあ、やっぱり、残りの体全部を、持って行くしかないね」

「マジか……これを全部 持って行くとか……」


「しょうがないだろ。解放しないと僕が干渉出来ないんだから。ただでさえ休止なんて無茶をさせてマナスポットに負担をかけてるのに、このままにして万が一の事があったらどうするんだよ。全くアルドは……」

「しょうがない……オーガの掃除が終わったら、収納に入れてエルに送るか。またエルに無理をさせるけど、これを持って運ぶとか……流石にキツイ……」


「そうだよ、収納があるじゃないか。エルファスは魔力枯渇で寝てたから、手紙を入れておくと良い。ルイス達が交代で見張りをしてるはずだ。起きたら収納を見るように伝えておくよ」

「分かったよ、アオ。それとこれから、ここのマナスポットを解放するつもりなんだ。そっちの件も頼む」


「ああ、任せてよ。それは僕の本来の仕事だからね。じゃあ、直ぐにルイス達に伝えてくるよ」


そう言ってアオが消えようとした所で、母さんの声が響いた。


「ちょっと待った! アオ、私もアナタに用があるの」


正座中の母さんを、アオが何とも言えない顔で見つめている。


「あ、姐さん……何でそんな座り方をしてるの? 痛く無い?」

「もう、足の感覚が無くなってるわよ! しょうがないでしょ! アルとアシェラがやれって言うんだから……」


しょうがないので、アオに主との戦いで何があったかを説明してやると、呆れた顔で話し始めた。


「アルドやアシェラが怒るのはしょうがないよ……オーガの主を嵌めるためとは言え、そんな無茶な事をするなんて……」

「それはもう良いの! 散々 怒られたんだから……そんな事より、私にもアシェラみたいな、魔力を回復出来る道具か何かを用意して頂戴! 上位精霊なら出来るでしょ!」


頭に?を浮かべるアオに、またもや事の成り行きを説明していく……


「そんなの、無理に決まってるじゃないか。『石』だって、僕は聞いた事すら無かったのに……」


結局、母さんの無理難題は、アオが逃げ出すまで続いたのであった。




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