第376話悪の軍団
376.悪の軍団
ドライアドとアオの下を離れて、神殿の廊下を歩いて行く。
さっきはあんなに不気味で、何かが出て来そうな雰囲気だったのに……今は穏やかな空気が漂っており、ここが祈りの場だった事が実感できる。
「アシェラ、さっきと違って、今は空気が温かく感じるな」
「うーん……さっきと同じに感じる。違ってるのはアルドの態度ぐらい?」
「は? さっきは、もっと何て言うか、おどろおどろしい感じがしただろ?」
「ごめん、ボクには分からないかも……」
「マジか……」
アシェラには、先ほどの何とも言えない空気が感じ取れなかったようだ。あんなに何かが出そうな雰囲気だったのに!
あのように感じられたのは、オレが使徒だからなのか、ただの怖がりなのか……正直 判断が付かない。
色々と思う所はあるが、今はオーガの残党の殲滅が優先だ。切り替えねば!
「アシェラ、空気の件は、また暇な時にでも考えるよ。それより今はオーガの残党狩りだ。魔力は大丈夫か?」
「うん。徐々に回復してる。後10分もすれば満タンのはず!」
「そうか。魔力酔いの事もあるからな。ただでさえ最近のお前は食欲が無いだろう? 少しでも異変を感じたら、『石』は外してくれよ? 絶対だぞ」
「分かった。アルドは心配性」
アシェラはオレの心配をよそに、鼻息荒く両手の拳をぶつけて気力を漲らせている……本当に大丈夫なんだろうか、心配だ。
誰に似たのか分からないが、アシェラは間違い無く脳筋の部類だからなぁ……
一抹の不安を抱えながらも、オレ達はオーガの残党狩りへと向かっていった。
オーガの残党狩りは、非常に順調だった。ただ一つ問題があるとすれば、オーガの死体の扱いだ。
今回 オレ達の手でオクタールは解放され、そう遠くない先にエルフの手に返される事になっている。
幸か不幸か、オクタールの住人や領軍、国軍の犠牲者は、オーガが食料にしたため骨しか残ってはいない。
しかし、オーガは別だ。ここオクタールの街の中には、100以上の死体が所狭しと転がっているのだ……エルフからすればちょっとした悪夢である。
「どうするかなぁっと!」
魔力武器(大剣)でオーガの首を刎ねて、更に死体を1つ増やした事に何とも言えない罪悪感が湧いてくる。
「いっそ、オクタールの外で……いや、ダメだ。外だと撃ち漏らしが絶対に出る。これ以上、エルフに負担をかけれない」
日が暮れ始めるまでの間に、オーガの大まかな間引きを行い、やっと母さんの下へ戻ってきた。
「アル! 遅いわよ! 見張りが居ないから魔力を回復出来ないじゃない! それにお腹が減ってきちゃったわ!」
オレの顔を見て早々に文句の嵐である……コイツはオレを万能の神か何かと勘違いしていないだろうか?
しかし、1つ言えば3倍になって返ってくるのは火を見るよりも明らかだ。
結果、猛獣使いのナーガさんの帰りを願いつつも、氷結さんを刺激しないよう低姿勢で話しかけた。
「すみません、母様。少し遅くなってしまいました。コイツを収納に入れて、ネロを迎えに行ってから、ブルーリングへ帰りましょう」
「分かったわ……でもアンタ、このデカブツ 本当に収納に入るの?」
「以前 迷宮で収納を試した時には、ミノタウロス1匹で僕の全魔力の1/4を使いました。この大きさなら、半分ぐらいで入るんじゃないかと思います」
「そう……あの時は確か、エルと協力して地竜の素材も運んでたものね。分かったわ。エル達には悪いけど、今夜はブルーリングへ帰りましょう。ネロ君も首を長くしてるでしょうしね」
「はい。じゃあ、早速……」
オレは収納を広げて、首の無い主の体を収めていく。やはり想定通り、全魔力の半分ほどを使ってしまった。
もう、殆ど脅威が無いとは言え、魔力が半分しか使え無いのは些か不安がある。
失敗したか? ネロを先に迎えに行ってから、コイツを入れた方が良かったかもしれない……
でもなぁ……氷結さんに、これ以上 ここで留守番してろって言うと、ウィンドバレットを撃ち込まれそうだしなぁ。
母さんをチラッと覗き見ると、鼻息荒くオーガの残党を探している。
あー、やっぱり……きっとこの人はバトルジャンキーなんだ。戦ってないと死ぬ病気なんだ……
こうしてオレの酷く失礼な思いを肯定するかのように、氷結さんはネロを迎えに行く途中 少ない魔力でありながらも、オーガを七面鳥撃ちしていたのであった。
「ネロ、遅くなってスマン。殆ど終わらせてきた」
「アルド! 良かったぞ! これで皆が安心できるんだぞ」
「ああ、少し時間がかかり過ぎたけどな……取り敢えずブルーリングへ帰ろう。道中で何があったか説明するよ」
「分かったぞ」
オレはネロを抱き合上げ、空間蹴りでオクタールのマナスポットを目指していく……両足の膝から下を無くしたネロの体は、随分と軽かった。
何とも言えない悲しみと憤りが、心の奥底から湧きだしてくる。
「アルド、そんなに悲しそうな顔をしなくても大丈夫だぞ。オレは元気なんだぞ!」
「そうか……絶対に足は治してやるからな。もう少しだけ辛抱してくれ」
そんなオレとネロの会話を、母さんが何かを考えながら見つめているのに、オレは気が付かなかった。
寄り道もせずブルーリングに飛んだのだが、やはり少し遅い時間になってしまった。今から自宅に帰って、オリビアに夕食を用意してもらうのは流石に申し訳ない。
アシェラとも相談して、夕飯は領主館で頂く事に決めた。
夕食の席には父さん、母さん、ネロの他に、オレ達が帰った事を聞いたオリビアとライラ、マールが座っている。
「アル、ラフィ、アシェラ……それとネロ君も、大変な旅だったみたいだね。食べながらで良いので、報告をお願いするよ」
父さんはネロの足を見ながらも、勤めて冷静に振る舞おうとしている。
「分かったわ。でも、その前に……マール、オリビア。エルやルイス君達とは別行動になっただけよ。ちゃんと皆 無事だから、安心して」
母さんが旅の報告の前に、エル達の無事を話したのには訳がある。
マールはエルがいない事に青い顔をしており、オリビアも自然を装っているが、ルイスの姿を目で捜していたからだ。
2人共ネロが足を無くした事から、万が一を想像してしまったのだろう。
マールとオリビアは目に見えて安堵して、肩の力を抜いていた。
「じゃあ、最初から説明していくわね。エルフの国、ドライアディーネについてから…………」
母さんはオクタール奪還に向かってからの旅を、最初から順番に説明していった。
別行動をしていた部分や、細かな補足をオレとアシェラで行い、非常に分かり易く説明出来たと思う。
「…………って事よ。主を倒した以上、オクタールの奪還はほぼ終わったような物ね。後はエルがもう1つのマナスポットを解放して、オクタールのオーガ残党を殲滅すれば完全に終了よ」
母さんの説明が終わると、父さんは狼狽しながら口を開いた……普段は呆れた顔をするだけで、口を挟んだりしないのだが……
「ちょ、ちょっと待ってほしい……まさか……ネロ君の足だけじゃ無く……ラフィ、君が死にかけてたなんて……」
父さんは青い顔で母さんを見つめるが、まだ右手の怪我には気が付いていない。母さん、もしかして言わないつもりなのか?
オレから言おうか迷っていると、マールが気付いて小さな悲鳴を上げた。
「ひっ、お、お義母様……その手……」
全員が一斉に母さんの手に注目し、とうとう父さんは悲壮な顔で立ち上がった。
「あー、これ? クソオーガを嵌めてやった時にちょつとね。アルに治してもらうから、大丈夫よ」
母さんは何てこと無いように軽く笑うが、父さんは黙っていられないらしく、普段見せた事が無い顔で怒りをあらわにする。
「ラフィーナ! 死にかけただけて無く、そんな怪我まで……僕はずっと思ってたんだ……マナスポットの解放はアルやエルに任せて、君は家にいて欲しい。このままじゃ、いつか本当に命を落とす事になる……」
「嫌よ、私は絶対に辞めないわよ。アナタがどうしてもって言うなら、家を出てでもアル達に付いて行くわ」
「な、どうして……そこまで……」
「私はもう後悔したく無いの。全てをアルとエルだけに押し付けて、自分だけ安全な場所にいるなんて……また、あんな思いをするくらいなら、潔く散った方がマシよ」
「……僕のラフィ……それは魔の森のゴブリンの事を言っているのかい?」
「ええ、そうよ。あの時 私は誓ったの。この子達だけに全てを押し付けたりしないって。私も一緒に歩いて行くって」
「……アルとエルは使徒だ……僕達とは違うんだ……」
「いいえ、何も違わないわ。ヨシュア、良く聞いて頂戴。アル達が使徒になったのなんて、ほんの6,7年前の話よ。そんなポッと出の話なんて私にはどうでも良い……そんな事より、2人が生を受けた時から、私は母親なの。アルとエル、クララが死地へ赴くと言うのなら、私も一緒に向かう。これは私が私である限り、絶対に覆す事は無いと断言するわ」
母さんの啖呵に、この場の全員が口を開けないでいた。
そんな異様な空気の中で、母さんは更に爆弾を口にする。
「アル、ヨシュアが心配するのは私が弱いからよ。だから、この手を修復する時に、アシェラと同じにして頂戴」
は? コイツは何を言っているのか……アシェラの左腕と同じって……神経を太くして、魔力操作が1段上がるように作り変えろって事だろ?
アシェラの左腕を修復して、もうすぐ7年になる……アシェラにおかしな様子は無いが、どんな副作用があるかも分からないのに……
悪いとは思いなからも嘘を吐かせてもらった。
「母様、アシェラの腕は偶然そうなっただけです。そんな事、意図的に出来ませんよ……」
「アル、アンタのその右腕……旅から帰って来た時、エルへアシェラと同じ腕にしたって話してたわよね? そんな嘘が私に通ると思ってるのかしら?」
この野郎! 何て目聡いんだ! ポロッと言った事をしっかり覚えてるなんて!
「か、母様? ぼ、僕は嘘なんて吐いてないですよ? 本当に分からないんです」
「はいはい。アナタが確立してない技術を不安に思う気持ちは分かるわ。でもね、間違えないで。今の私達には時間もチカラも足りないの。多少のリスクは、呑み込まないとしょうがないでしょ……アル、アナタ 旅から帰って、少し臆病になったんじゃない? 空間蹴りや魔力武器を開発してた頃なら、嬉々として、その技術を使っていたはずよ」
確かに母さんの言う通り、グリムに飛ばれて、オレの中でブルーリングがどれだけ大切な存在かを嫌というほど思い知らされた。
『石』の事と言い改造人間の事と言い、少しナーバスになっているのだろうか……
改造人間の有用性と、これからも続いていく戦いのリスク……その2つを天秤にかければ答えは自ずと決まってしまうわけで……
心の中で小さく溜息を吐いてから、母さんへ口を開いた。
「……分かりました。母様の手……アシェラやオレの腕と同じように治します。ただし! 方法だけは何があっても絶対に言いません。これもマナスポットの休止と同じで、僕が墓場まで持って行きます!」
「そこは好きにすれば良いわ。それとネロ君の足も同じように治して頂戴」
「は? ネロの足も……ですか?」
「理由はさっき言ったわよね? これからもネロ君達が付いて来るのだとしたら、今は少しでも戦力の底上げが必要なの。アナタなら分かるでしょ?」
マジか……ネロもとか……これからも、今回のメンバーでマナスポットの解放を進めるのなら、オレ、アシェラ、母さん、ネロが改造人間となる。
これじゃあ、メンバーの半分以上が改造人間なんですが!! まるで悪の軍団の、ショッ⚪ーみたいじゃないですかー
これからオレ達の会話は「イーー」になるかもしれない……
バカな事を考えながらも、オレはこの技術に副作用が無い事を祈るのだった。
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