第38話ライラの大冒険 壱
38.ライラの大冒険 壱
ライラはリュート伯爵家の3女として生まれた。
リュート家は代々魔法使いを輩出する名家であり、ライラも英才教育を施されたのは当然の流れであったのだろう。
そして、両親の期待通り物心がつく頃には、魔法に並々ならぬ才能を見せ始め、周りを驚かせ始めたのだ。
特に魔力変化に適正が高かったのは、元来の物事の本質を見抜く“眼”が優れていたからだと思われる。
両親はライラを神童ともてはやし、本来は“10歳までは教えてはいけない”という禁を破り“特別な子”として育ててしまった。
多感な幼少期を他の子供より、明らかに優遇して育ててしまったのである。
しかもライラは魔法の才能だけではなかった。小さな頃から見目も麗しく、いつも人の眼を引いていたのだ。
唯一、髪の色だけが紫と暗い色合いだったが、それも欠点には成り得なかった。
当主たる伯爵自身がライラを特別扱いしている中、周りの大人がそれに異を唱える事はない。
半ば腫れ物のように扱い、面と向かって苦言を呈してくれる者は、ライラの周りにはいなかった。
結果、当然の如くライラは増長していく事となる。
他人を見下し、自分以上の者はいないと本気で思うような人間に成長してしまう。
しかし、人の世の常であるが如く、かつての神童も10年に1人の逸材、5年に1人逸材、と年の数だけ評価は下がっていく。
遂には自分以外にも優秀な人間がいる事を、嫌でも知る事になってしまう。
普通であれば“自分は特別では無い”と現実を認めるか、見ないフリをして逃げるか、のどちらかを選ぶはずなのだが、ライラが選んだのは“努力”であった。
幼少からの才能は本物であり、そこに努力を惜しまず勤勉、他人を思いやれる心さえあれば完璧な人間であっただろう。
しかし、両親の与えた歪な環境のお陰か、他者への配慮を著しく欠いた女性がそこにはいた。
結果、他人を見下しプライドは高く、非情に能力の高い人間が出来上がる事となる。
ライラは年頃になり結婚相手を探す段になると、自分より能力の低い男は嫌だと言い始めた。
ライラより能力の高い男など、数える程にしかいないのに……
当然だが、そういった男は既に相手がいたり、身分が低かったり、条件が合ってもライラを選ぼうとはしなかった。
そうしてライラは婚期を逃す事になる。
ライラ自身も能力の低い男と無理に結婚するくらいなら、独身で良いと思っていた。
しかし、このまま女として終わっていく寂しさも、同時に感じてしまっていたのだ。
そんな中、実家もライラを持て余すようになってくる。
能力が高いと言っても所詮は女、男子がいれば跡は当然のごとく男が継ぐ。
かつて見下していた兄弟姉妹からも煙たがられ、実家にもいられなくなってしまった。
そうして身の振り方を考えているとある時、夢を見る。可愛らしい子供と優し気な旦那に囲まれている幸せそうな自分の夢を。
しかし所詮は夢。何の意味も無いとは分かっていたが、何故か南へ行きたくなってきた。
このリュート領から南と言えば……サンドラ、カシュー、ブルーリング……
そうして少ないツテを使いブルーリング領へ流れてくる事となる。
ライラも高い能力から、同じ失敗は繰り返さない。
過去の失敗から人間関係もそれなりに構築し、魔法師団の小隊長になるまでにまでなった。
部下にも恵まれ徐々にではあるが慕う人間も現れはじめ、やっと人並の幸せを感じ始めた所である。
このままでも良いか、と思い始めた時に事件は起こった。
“運命の相手”の出現である。
最初は生意気そうなガキだと思った。
単身ゴブリンに突撃した時は頭がおかしいのかと驚いた。
ゴブリンを1人で殲滅した時は恐ろしいと恐怖した。
次の日に見た時は普通の子供だと安心した。
そしてゴブリンキングと戦っている姿を見て、物語の英雄のようだと憧れた……
あの日の第3部隊はキャンプから北西の担当だった。
斥候を放つと、すると直ぐにゴブリンの数が明らかに多すぎる。
巣がある可能性を考え、更に斥候を増やした。程なくして巣を発見する事に成功する。
巣の規模を調べるために、もう1度、斥候を放つ……
斥候からの報告では総数は200程、一番の強敵はゴブリンジェネラルが確認されたが、前日にゴブリンジェネラルを子供が1人で倒していたため、脅威とは考えたくなかった。
子供に倒せて自分達には無理だとは思いたくなかったからだ。
小隊長達と現場会議を開き相談をした結果、満場一致で巣を殲滅する事に決まった。
作戦は至ってシンプルな作戦だ。私の範囲魔法を全力で撃って、撃ち洩らしを殲滅する。
そこからは全員が配置に着き、私の魔法を待つ。
私は準備が整ったのを確認し、全力で範囲魔法を撃った。
魔法は予定通り巣の中心に命中し、予定の100匹以上は炎のに包まれていく。
残りの撃ち洩らしを殲滅しようと、突撃した時に“それ”は咆哮と共に現れた。
突然の咆哮に部隊員の1/3が恐慌状態となり、部隊としての機能は完全に破壊されてしまう。
動ける部隊員で対応しようと奮闘するが、常に“それ”が先陣を切りこちらの防衛線を悉く潰してくる。
私は何とか態勢を立て直そうと魔法を撃つが、効いている様子が無い。
魔法自体が効かない可能性を考えて、そこからは土魔法で地形を変え時間稼ぎに終始するしか出来なかった。
1人、また1人と櫛の歯が欠けるように減って行く……
“万事休す”心の中で泣き言が出始めた時に、隊の1人が洞窟を見つけたのだ。
「洞窟、洞窟があります!」
「全員、洞窟に逃げ込め!魔法使いは直ぐに土魔法で入口を半分埋めろ。騎士は敵の侵入を絶対に許すな!」
私は思わず叫んでいた。
後になって考えれば洞窟の深さや危険の有無、運が良かっただけでとても良い判断だったとは言えない。
殆ど賭けに近かった。しかし、私達は賭けに勝ち、九死に一生を得たのだ。
取り敢えずの砦として土魔法で洞窟の入口の下半分を塞ぎ、槍衾で侵入を防ぐ。
落ち着いた所で、ここまで逃げ延びた人数を数えてみると、当初いた20人が半分の10人まで減っている事が分かった。
ここからは攻勢など考えない。どうやって逃げるかだけを考えた。私の任務は情報と共に、なるべく多くの部隊員を野営地に帰す事……
ゴブリン達は不思議と夜は襲ってこなかった。恐らくは眠っているのだろう。
このままではじり貧だ……話し合いの結果、私達は闇に乗じて野営地へ逃げる事を決めた。
ゆっくりと入口の土を魔法でどかしていく……辺りにゴブリンの気配はない。
洞窟から逃げ出そうとした時、斥候が笛を吹きゴブリンキングを呼びやがった。
直ぐに洞窟へ戻るが入口のバリケードを作る途中、間に合わなかった部隊員がまた1人死んだ……
明け方、夜目が利く者に斥候の位置を探してもらい、私ともう1人の魔法使いで、風魔法を使い音を立てずに倒すのに成功した。
暫く待つがゴブリンキングが来る気配はない……
私達は本能のまま、逃げ出した。
今、逃げなければ殺される、全員が確信を抱きながら、慎重に素早く逃げだして行く。
全員が洞窟から出て、100メードほど移動して希望を持った所で笛の音が鳴り響いた……
恐らく別の斥候が笛を吹いたのだろう。
少しでも距離を稼ぐために必死で走るがゴブリンキングに回り込まれてしまった。
間近で見るソイツは……笑った……確かに笑ったのだ。
コイツからすれば何時でも殺せる程度にしか思われていない。
その証拠にゴブリンキングが無造作に振った剣に騎士の一人が斬られた。
脇腹を斬られた様で1人で歩けない。今のタイミングなら真っ二つに出来たはずなのに……
コイツはワザと殺さずに手負いの者を作る事で、私達の足を奪ったのだ……
このままでは全滅する……私は部隊長としての責任を絞り出して囮を買って出た。
なるべく派手な魔法を相手の顔にぶち込んだ。
ゴブリンキングは鬱陶しそうにこちらを見てきた、私を次の獲物と認識させる事に成功したようだ。
(怖い、怖い、こわ……)
頭の中は恐怖に埋め尽くされるが、部隊長としての矜持で何とか一言だけ叫ぶ事に成功する。
「今の内に逃げなさい!私が引き付ける!」
この一言を叫んだ後には、勇気は欠片も残ってはいなかった。
そこからは正に無様……その一言だ。
かつての神童の姿など何処にも無い。
ただ圧倒的な暴力から逃げて、救いを求めるだけの女に成り下がる。
泣き叫びたいが、その時間さえも惜しい。
得意では無い身体強化を限界まで使い必死に逃げる。
そうして逃げていると精霊の加護なのか、開けた野営地の端に出る事が出来た。
(助かった!誰か助けて!)
そう思ったのは束の間……目の前には昔の部下であるラフィーナとその子供達……
流石の私もこれには参った……一言“逃げて”と叫ぶのが限界だった。
私の後ろにはゴブリンキングがいる。
どうすればいいか悩んだ一瞬の躊躇に、2度目の咆哮を至近距離で食らってしまう。
恐怖で体が動かない……眼の前のラフィーナも同様のようだ。
私は正直、諦めかけていた。
しかしゴブリンキングの前に1人の子供が立ち塞がる……
最初はすぐに殺されると思った。
しかし実際は全く違う……
騎士が、魔法使いが、あっけなく殺された相手に、子供が互角以上に渡り合っている。
『私は敗北した』
卓越した短剣の技術に。
想像を超えた動きに。
身体強化の練度に。
そして、何よりも……あの、ゴブリンキングに1人で立ち向かう勇気に……
最後は見た事も無い極大魔法で、ゴブリンキングの首を落としていた。
魔法を撃った後は辺りが火の海となり、多くの魔法使いが水魔法を使って消火に励む事になってしまったが……こうしてゴブリンキングは1人の子供に倒された。
かつて私より強い人はいた……高潔な人とも話した……見目麗しい紳士とも近づきになった事もある……しかし誰も彼には敵わない。
見た目は10歳かそこら、実際の年齢もそれぐらいだろう。
そんな子供に私は心からの恋慕の情を感じていた。
しかし、私はもうすぐ40歳だ……10歳の子供とは親子どころか孫にも当たる年だ。
実家の書庫で読んだ事がある。
若返りの霊薬。
エルフの秘薬の1つで1本で10歳程若返ると……
しかし寿命自体は変わらないそうで、権力者からはそれ程は重要視されていない。
欲しがるのは主に女性で、見た目を気にして使用する。
そして体質によっては副作用が出る場合がある、若返るどころか老化する事があるらしいのだ。
私は決めた。
アルドきゅん☆がいない人生など考えられない。
もし老化したら潔く自害しよう……
年齢の違いは石にかじりついてでも30年長く生きてやるわ!
私はライラ。かつては魔法師団 第2小隊長にまでなった傑物だ。
今はアルドきゅん☆を愛するただの女。
エルフの秘薬を手に入れるために、今日も世界のどこかを旅している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます