第340話鮮血 part1

341.鮮血 part1






カズイ達にオレの秘密を打ち明けて、早 4ヶ月の月日が経っていた。後 半年もすればオレが飛ばされて3年もの時間が過ぎてしまう事になる。

あれだけしっかりと思い出せたアシェラ達の顔も、ボンヤリとしか思い出せなくなっている事が一番辛い。


しかし、この4ヶ月もノンビリ遊んでいたわけでは無い。途中にあった小さなマナスポットで主を2匹も倒しているのだ。

このマナスポットはそれぞれゴブリンとウィンドウルフが主だった。


ゴブリンの主は懐かしのゴブリンエンペラーであったが、バーニアと超振動がある今のオレにはさしたる脅威も無く倒す事が出来た。

ウィンドウルフは大きな群れを率いていており、こちらもベージェの時のファングウルフのように空へ誘き出す事で討伐に成功している。


しかし、やはり主の討伐ともなれば 舐めプなど出来るわけもない。マナスポットを見つけてからは入念な準備を行い、かなりの時間を使ってしまった事が今のオレには一番キツかった。

因みに、この2つのマナスポットはグレートフェンリルに入って直ぐの場所とドライアディーネに近い場所であり、後日 解放した暁には移動でかなり重宝すると思われる。


使徒としての使命は順調なのかもしれない。ただそんな事よりも、今のオレにはフォスタークへの郷愁の念が何よりも強いのだ。

あと少し、あと少しと心が急く中でオレの様子に気が付いたルイスが話しかけてくる。


「後はエルフの国を越えるだけだ、焦るなよ、アルド。サンドラに入れば大蛇の森のマナスポットからブルーリングへ飛べるんだ。もう少しだけ落ち着いて行こうぜ」

「分かってる……分かってるんだ。オレは大丈夫。ありがとな、ルイス」


こうしてオレ達はファスタークまでの旅で最後の国に当たる、エルフの国ドライアディーネへと入国したのであった。






ドライアディーネに入ると通訳の仕事を得るためなのだろう、大声で獣人語とエルフ語の両方の声が響いている。

これはどこの国でも同じで、国境を挟んだグレートフェンリル側でも同じような声が沢山あった。


ルイス達もグレートフェンリルに入ってそうやって通訳を得たのだとか。


「今のオレ達には関係ないけどな」


こう話すのはルイスである。

オレは全種族、カズイ達は人族語以外を話せるマルチリンガルであるために出た言葉だ。


当のルイスもリーザス師匠より小さい頃から魔族語を習っていたので、魔族語と人族語のバイリンガルである。

因みにフォスタークに向かっている以上 数か月前からカズイ達にも人族語を教えているので、到着する頃には一般会話程度なら問題無くなっている事だろう。


「じゃあ、フォスタークに向かって出発しよう」

「路銀だけは稼がないといけないけどな」


ルイスの言葉にオレは肩を竦めた。そう、カナリス伯爵はそれなりの金額を持たせてはくれたが、やはり6人での旅は色々と出費がかさんでしまうのだ。

国境での通行税も含めると、どうしても街で旅の路銀を稼ぐ必要が出てきてしまう。


ドライアディーネからフォスタークへの国境では、サンドラ領に入る事からルイスとリーザス師匠がいれば何とかならないかと話してみたが、身元確認で数日は足止めされるだろうとの事だ。

素直に通行税を払うか足止めを食らうか……そこはその時の懐との相談になるだろう。


先ずは近くの街に移動して冒険者登録をしなければ。

逸る気持ちを押さえつつ、オレ達はドライアディーネ クラーネル領にある、リンドの街へと向かったのであった。






リンドの街は国境から1時間ほどの距離であり、直ぐに到着する事が出来た。

街についてからも既に皆 慣れた物で、先ずは宿を取り次に冒険者ギルドへと向かっていく。


フォスタークの時とは違いオレも既に18歳。もう数か月もすれば19歳だ。

昔のようにあからさまに絡まれる事も無く、冒険者ギルドでは余所者のオレ達に気を向けられつつも、表立って何かをされるような事は無かった。


「冒険者登録をお願いします」


オレの言葉に受付嬢は記入用の紙を出し、リーザス師匠以外の者はそれぞれ書き込んでいく。

実はリーザス師匠は遠い過去の話ではあるが、ティリシアからフォスタークまで流れて来るまでに各国で冒険者登録をしていたそうだ。


フォスタークでは一番長く活動していた事からB、ティリシアではD、グレートフェンリルではE、そしてここドライアディーネでもEランクの冒険者なのである。

たかがE? と思うかもしれないが依頼は1段階上の物も受けられるため、実際はDランクの依頼も受けられる。


それでもオレ達の実力からすれば低いとは思うが、文句を言ってもしょうがないわけで。

今はリーザス師匠のEランクは非常にありがたい。オレ達だけであればFかGの依頼しか受けられないのだから。


当面は少しでもギルドの心象を良くし、ランクを上げる事を意識して、Dランクの依頼と常時討伐依頼で路銀を稼いでいく予定である。


「じゃあ、いつものように2チームに分かれましょうか」

「そうだね。今回はどう分ける?」


「そうですね……どう分けましょうか」

「私はDランクが良い!リーザス師匠と同じチームに行くぞ!」

「私もだ。今更FやGの依頼なんてやってられん」


ラヴィもメロウも実際はC上位かB下位ていどの実力はある。2人の言う事は良く分かるのだが、それを言えばカズイもC、ルイスに至ってはB中位か上位の実力だ。

オレの実力に関しては、ミルドのSランクであったヤルゴを舐めプしていたので語るまでも無いだろう。


「分かりました。じゃあ、いつもと同じで女性チームと男性チームに分かれましょうか」

「「分かった」」


ラヴィとメロウが元気に返事を返す中、リーザス師匠は軽く溜息を吐いていた。

あのリーザス師匠を呆れさせるとは……ラヴィ、メロウ、恐ろしい子。


ただパーティを分けるのに少しだけ問題がある。女性陣には脳筋が集まり、魔法使いがいない。当然ながら回復魔法の使い手がいないわけで。

結果 多めに回復薬を持たせて送り出したのである。


「さあ、僕達も依頼を受けましょうか」

「そうだな」

「そうだね」


こうして気楽な男組はFランクの依頼である『薬草採取』を受けた。やはりどこの国でも薬草採取は基本のようだ。

しいて言えば秘薬が発展しているからだろうか、他の国では使わないような薬草も採取の対象となってはいたが。


薬草採取に向かう途中での事、カズイがルイスの魔道具を見ながら口を開いた。


「その魔道具があれば僕も空を歩けるんだよね?」

「すみません、カズイさん。これはブルーリングの秘術なんです。当主であるお爺様の許可が無いと貸す事は出来ません」


「そっか。残念だけどしょうがないね。確かに空を歩けるなんて破格の性能だし、そんな大層な物なら壊すと大変そうだ」

「ブルーリングに帰ったらお爺様に聞いてみます。了承がもらえれば貸すだけにはなりますがカズイさんの分も用意しますよ」


「それは……嬉しいような、恐れ多いような微妙な感覚だよ。やっぱりちょっと使わせてもらうだけで良いかな、僕は」


そう言って笑いながら受付嬢に聞いた薬草の採取場所を目指していった。






それから1ヶ月が過ぎた頃、路銀もそれなりに貯まり、そろそろ次の街へ移動しようかと話が出だす。

一番の理由は常時依頼の報酬目当てで魔物を狩り過ぎて、獲物の数が激減した事が原因ではあるのだが。


この頃には尋常では無い数の魔物を倒す事から、低ランクではあるもののギルド内では一定の評価をもらっていた。


「ドライアディーネでは、冒険者の移動に報告の義務はあるんですか?」


こう聞くのはカズイである。ティリシアでは冒険者の移動に一定の報告義務があったので念のため受付嬢に聞いているのだ。

実際に暮らしてみると分かるが、エルフはやはり排他的な一面があった。どうしてもルイスやオレでは一歩距離を取られてしまう事から、何かを聞いたりする場合にはエルフのカズイに話してもらう事が多くなっている。


勿論 オレやルイスでもカズイが後ろにいれば、普通の対応はしてもらえるのだが気分的によろしく無い。


「いえ、そういった規則はありませんが……どこかに行かれるんですか?」

「そうですね。常時依頼の魔物が減ってきたので、隣領に移動しようと思ってるんです」


「なるほど。確かに皆さん、尋常じゃない数の魔物を倒していますからしょうがないですね」


受付嬢は少し呆れた様子でカズイに返した。


「分かりました。ありがとうございました」


そうカズイが踵を返した所で受付嬢がカズイを引き留める。


「あ、ちょっと待ってください」

「何ですか?」


「これはあまり言いふらさないでもらいたいのですが……」


受付嬢が話し出したのは、隣のグリドル領の事であった。グリドル領では今 魔物の氾濫が起き、緊急事態宣言が発令されているのだとか。

このグラーネル領からもCランク以上のパーティには、一部 強制依頼が出され数パーティが救援に向かっているそうだ。


「ですのでグリドルには向かわれない方がよろしいかと」

「そうなんですか。貴重な情報ありがとうございました」


その夜、宿屋で女性組が帰ってから皆で話し合った。


「今日、カズイさんが受付嬢から聞いた話なんですが…………」


オレは横で聞いていた情報を全て包み隠さず話していく。


「…………と言うわけで、隣領のグリドル領では魔物の氾濫が起きて危険なのだそうです」


リーザス師匠は黙り込み、珍しく真剣に考えてる。その横でラヴィとメロウは鼻の穴を大きくしバカな事を言い出した。


「これは使徒であるアルドが向かって対処するべきだろ。それでこそ創世神話にもある『世の安定を司る』存在だ」

「うんうん、そうだ。これは私達が行って魔物を倒すべきだ」


この2人は……オレが頭を抱えそうな所でルイスが口を開く。


「2人の意見は無視しろよ、アルド。ただな、ブルーリングへの道はグリドル領が最短だ。迂回するなら旅程はもう数か月……長くて半年は覚悟する必要がある」


もう数か月 増える……このまま順調に行けば、ブルーリングへ辿り着くのに半年かかるかどうかだったのに。

嫌だ。これ以上 待たされるなんてオレは耐えられない。


でも、ここで無理をして怪我をしたりすれば、最悪はもっと長引く可能性だってあるのだ。

そんな誰も言葉を発しない中、リーザス師匠が口を開く。


「私の魔道具をカズイに渡す。アルド、ルイスベル、カズイ、お前達3人で強硬突破しろ。私達は馬を連れて迂回する」


そんな誰も想像すらしていない言葉が、リーザス師匠の口から飛び出したのだった。





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