第341話鮮血 part2

342.鮮血 part2






リーザス師匠から思いがけない言葉を聞いた後、ラヴィとメロウは猛抗議をしたが、リーザス師匠の本気の殺気を浴び口を閉ざしてしまう。


「アルド、空間蹴りの魔道具があれば、空を駆けて通り過ぎるぐらいは出来るだろう。お前達は先に行け。この2人は私の命に代えてもブルーリングに送り届ける」


この言葉へ最初に声を上げたのはカズイだった。


「ぼ、僕ですか? 僕では足手纏いになります。リーザスさんが行った方が確実だと思います」

「お前はエルフだ。今までの周りからの対応を見て、お前が付いて行くべきだ。本来エルフはもっと排他的な種族であり、私が昔 この国に来た時には宿を取るだけでも難儀した。この国にいる間は、お前がアルドの隣にいるだけで十分役に立つ。私なんかよりな」


「そ、そうだとしても、あの魔道具はそんなに簡単に使える物じゃないですよね? ぼ、僕には無理ですよ……」

「アルドは使徒だ。この世界の行く末そのものだ。創世神話にもあるだろう、『使徒を助けよ』と。これはこの世界に生きる、全ての者への言葉だ。お前だけが逃げるなど出来るわけが無い。甘えるな。空間蹴りの魔道具は死ぬ気で覚えろ」


「……」


リーザス師匠の言葉に全員が静まり返る。

オレが迂回を選べば、こんな事で揉めなくて済むのだ。オレが我慢すれば……


「リーザス師匠……みんなで迂回しましょう。僕のワガママで仲違いしたくありません……」


リーザス師匠はオレに過去最大級の殺気をぶつけてくる……え? 本気で怖いんですが。


「アルド、お前にそんな時間はあるのか? この世界を救うために、後どれだけのマナスポットを解放する必要がある? それはお前の生きている内に成さないと、世界が終わる事を分かっての発言か? 本気で考えての発言なのか? 答えろ、アルド」

「そ、それは……」


言い淀むオレを見て、呆れた顔をしながら少し声のトーンを落として再び口を開く


「お前に任せっきりになる事については申し訳ないと思っている。ただ今回の事は違うだろう。方法があるのに無駄な時間を費やすのか? それで本当に間に合うのか?」

「……」


静まり返る中、カズイが決意を秘めた目で口を開いた。


「や、やっぱり、僕が行こうと思います。アルドの時間を無駄にしちゃいけないですよね。すみません。僕が行きます。僕に行かせてください!」

「分かった。すまんな、少し強く言い過ぎた。カズイ、少し男の顔になったな」


そう言ってリーザス師匠は薄く笑みを浮かべながら、魔道具を外してカズイへと渡していく。


「だ、大事にします。絶対に壊しません」

「ん? 何を言ってる。その魔道具はアルドが作った物だ。壊れてもアルドが直せば問題は無い」


「え? そうなの?」

「あー、まぁ、材料さえあれば作れますね……」


何とも言えない空気が流れる。ここで締まらないのが、オレ達らしいのではあるが。

しかし、これで方針は決まった。であれば全力で取り組まねば!


それからは具体的な話をしてどんなルートで進むかなど、分かる範囲ではあるが話し合っていく。

ラヴィとメロウも先ほどのリーザス師匠の言葉が重くのしかかっているらしく、いつものような文句を言う事は無かった。






次の日の朝 全員がギルドの前に集まって、数か月の別れの挨拶をしている所だ。

カズイとラヴィ達は普段とは違い、本気でお互いを心配しあいながら言葉を交わしている。


「こんなに持っていったら、リーザス師匠達はどうやって生活するんですか。貰えませんよ」

「いい。私達はもう少しここで路銀を貯めて行く。金は今のお前には必要な物だ。持っていけ」


「すみません……ありがとうございます」


リーザス師匠はオレから視線を外し、次はルイスへと向ける。


「ルイスベル、後は任せた」

「それだけかよ。いつもはもっと口ウルサイ事を言うだろうが」


「男の顔をする者に女が何を言えと言うんだ。今のお前には私が何か言う必要など無い」

「そうかよ……アルドは絶対にブルーリングに連れていく。オレの命に代えても、絶対にだ」


その言葉には何も返さず、リーザス師匠は息子の成長を喜ぶように笑顔で答えたのであった。






リーザス師匠達と別れて今はルイス、カズイと3人で移動中である。


「お、おっと、こうか……」


カズイは地面から5センドほどの高さを、空間蹴りの魔道具で歩こうと、必死にバランスをとっている。

リーザス師匠と別れてから少しでも早く魔道具を使いこなすため、グリドル領への道中でも練習をしているのだ。


「少し慣れてきましたね、カズイさん」

「まだまだだよ。うわっ。まだ1歩しか踏み出せないや。この魔道具やっぱり凄く難しいね」


「そうですね。でもカズイさんは純粋な魔法使いだけあって、魔力の使い方は凄く上手いですよ。なぁ、ルイス」

「ああ。オレは最初の1歩にもっと時間がかかった。この調子なら、今日中に1歩は歩けるようになるんじゃないか?」


オレとルイスの言葉を聞き、カズイは嬉しそうに空へ1歩を踏み出していく。

この調子なら、1週間もあれば辛うじて空中を歩けるようになりそうだ。勿論 危ないので地上スレスレを、ではあるのだが。


実際 この魔道具を使っている者は最初の1週間でヨチヨチと歩けるようになり、1ヶ月ほどで空をそれなりに歩けるようになる。

この調子で毎日 付きっ切りで教えれば、もう少し早く使えるようになるだろう。


オレ達が今 向かっているグリドル領のオクタールの街までは10日ほどの距離なので、カズイの進捗によってはどこか途中で逗留するつもりだ。

高所での空間蹴りは一歩 間違えれば本当に死ぬ可能性がある以上、大丈夫と言えるようになるまでは無理だけはしないようにしなければ。


そうしてカズイの歩みに合わせて、ゆっくりと進んでいくのだった。






リーザス師匠と別れて4日が過ぎた。

そろそろカズイの空間蹴りも2歩、3歩と歩けるようになってきており、概ね順調と言えるだろう。


「オクタールまでは、あと半分って所か。魔物の被害はどれぐらいなんだろうな」


こう話すのはルイスである。オクタールが魔物の被害合っているとは聞いているが、実際の被害がどれほどかは分らない。

リンドの街からも救援に向かうほどなので、そう軽い物では無いと予想される。


「正直 想像も出来ないな。軽ければもう終わってるだろうけど、ブルーリングやサンドラみたいな事になってれば……」

「最悪は陥落してるってか? 流石にそこまでは無いだろうぜ。そもそもブルーリングはマナスポットがあったから攻められたんだろ? サンドラはたまたま風上にあったからだ。そんな偶然 そうある物じゃない」


ルイスはこう言うが、オレはなんとなく嫌な予感がするのだ。これが使徒の感覚なのか只の勘なのかは分からないが、警戒だけはしておきたい。


「一応 警戒だけはしておこう。飛行種以外なら空へ逃げれるとしても、カズイさんにはもうちょっと時間が要るしな」

「まぁ、そうだな」


オレ達の会話を聞いてカズイが申し訳なさそうに入ってきた。


「ごめんね。僕がもっと魔道具を上手く使えれば良いんだけど」

「すみません。そう言う意味じゃ無かったんです。そろそろ警戒して進もうって意味で。カズイさんは頑張ってますよ。僕なんかよりもずっと早く上手くなってます」


「アルドは空間蹴りを開発しながら覚えていったんでしょ? そりゃ、僕より時間がかかるのは当たり前だよ。僕も頑張れば木の上に登るぐらい……はまだ難しいかな」

「焦らず確実に行きましょう。たぶん、それが一番の近道です」

「そうですよ。そもそも母さんが無理を言ったのが原因ですから。カズイさんは十分 頑張ってますよ」


「ありがとうね。じゃあ、2人に置いてかれないように、もう少し頑張ろうかな」


そう言ってカズイは再び空間蹴りの練習に戻っていく。

カズイが空間蹴りの練習に励んでいる中で、オレもルイスもボンヤリと遊んでいるわけでは無い。


ルイスはカズイの歩幅に合わせて歩きながらも、更に身体強化を磨くために小さくストップ&ゴーで俊敏さを鍛えている。

これはカナリスでのオレとの模擬戦の後から行っている事であり、どうやらオレのスピードに対応するための修行だそうだ。


元々 魔族であるルイスは素の身体能力ではオレよりも高い。このまま敏捷を鍛えるのであれば、いつかはオレと互角の速さを手に入れそうな気がする。

その時を想像すると、怖くもあり楽しみでもあるような不思議な感覚を感じてしまう。


そしてオレは何を修行しているのかと言うと、オレの戦闘の基本にある魔力武器の強化だ。

魔力武器を最初に使いだしたのは、魔法を覚える前だった。子供の頃から使っている能力ではあるのだが、もう少し性能を上げられないかと思っているのだ。


具体的には切れ味。アシェラの魔力拳は強弱の調整が容易であり、最弱のゴブリンからオレには切れなかったミノタウロス、更には地竜にまで臨機応変に対応させていた。

オレがミノタウロスを切ろうとすれば超振動が必要だったが、ぶっちゃけオーバーキルで魔力の無駄になってしまう。


リーザス師匠に言われたように、これからも迷宮主や主との戦闘は続いていくはずだ。そうであればやはり素の攻撃力の底上げが急務である。

更に言えば、ハクさんを襲ってきたオーガキング。アイツは直撃では無いものの、コンデンスレイに耐えてみせた。


コンデンスレイと双璧を成すオレの最強の技 超振動の性能の向上も含め、色々な条件を加味すると『切れ味の向上』が最適だと思えたのだ。

実は以前から考えていた事なのだが、魔力武器であれば究極の切れ味である単一分子の刃を作る事が出来るのでは無いだろうか?


勿論 今の魔力操作の練度では無理なのは分かっている。しかし、完全な単一分子でなくとも、切れ味を増す事は出来るはずだ。

こうしてオレは魔力武器(片手剣)を出して、今 出来る最高の切れ味の刃を出すべく修行をするのであった。




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