第342話オクタールの街 part1

343.オクタールの街 part1






カズイの魔道具の修行のため、オレ達はオクタールの街まで1日ほどの場所で足を止める事にした。

これは街に近づき過ぎて何かあった場合に、カズイの安全が確保できないためである。


カズイの空間蹴りは、まだ腰の辺りの高さをフラフラと歩ける程度で戦闘になど耐えられるレベルでは無い。

せめて自分一人で木の上に逃げられる程度までは仕上げなければ、オレやルイスが絶えず意識を割く必要が出てきてしまう。


ハッキリ言うと足手纏いになってしまうのだ。

それはカズイも良く分かっているようで、今は細かな動きでは無く先ずは安定して空中を歩く事に注力している。


「そろそろ昼食にしましょうか」

「おっしゃ、飯だ、飯。今日は野ウサギか。美味そうだな」

「凄いや。良く捕まえられたね。罠?」


「いえ、足跡があったので追いかけて捕まえました」

「そっか、やっぱりアルドは凄いね。普通、野ウサギは素早くて捕まえるなんて出来ないのに」


オレは敢えて何も言わずにスープを取り分けて渡していく。


「はー、温まる。今日は少し寒いからね」

「そうですね。この辺りは冷え込むと雪が降るそうですし、今夜あたり降るかもしれませんね」

「アルド、少しの間、腰を据えるんだ。洞窟か落ち着ける場所を探した方が良いかもな」


「そうだな。昼食の後にでも辺りを探索してくるか。カズイさんは空間蹴りの修行をしててください」

「うん、分かったよ。任せっきりににしてごめんね」


「それぞれが出来る事をすれば良いんですから、気にしないで下さい」

「ありがとう。頑張って早く歩けるようになるよ」


こうして和やかに昼食を摂ったのであった。






昼食の後、話していたようにオレは辺りの探索に出かける事にした。ルイスも付いてきたがったので、カズイに断ってから一緒に空を駆けている所である。

どうもルイスは口には出さないが、オレを護衛するつもりらしく出かける時には必ず一緒に行動したがるのだ。


何とも過保護な事である。しかしルイスなりにグリムの贖罪と考えているようで、結果 こうして一緒に空から洞窟を探している。


「洞窟かぁ。ドライアディーネは山が多いからありそうなんだけどなぁ」

「そうだな。ん? あれは何だ?」


「あれ? あ、洞窟か? 行ってみよう」

「ああ、分かった」


ルイスが洞窟らしき物を見つけ、調べるために早速 降りていく。

洞窟は何かの巣だったのか、奥にはフンや骨などの残骸があり酷い悪臭を放っていた。


「これは……臭すぎる」

「どうするよ? 掃除をしてここを拠点にするか別を探すか」


「うーん、高さも邪魔にならないし、オレ達3人入っても十分な広さがある……これ以上の場所ってあると思うか?」

「だよなぁ。しょうがねぇ、掃除するか」


「だなぁ」


こうしてルイスとオレは洞窟の掃除をする事になってしまった。

フンや何かの食べカスを洞窟の外に穴を掘り、一切合切を放り込んでいく。


ここの家主にとって大事な物があったとしても、知った事か。全部捨ててやるのだー!

そうして、そろそろカズイを呼びに行こうかと思った所で、南の空にワイバーンが近づいてくるのが見えた。


あー、やっぱりお前だったか。奥に脱皮した皮があった時点でお前じゃないかと思ってたんだよ、実は。


「ルイス、この巣の主はワイバーンだったみたいだな。こっちに向かってくる」

「ワイバーンかぁ。初めて見たのはお前と一緒にスカーレッドの森で、依頼を受けた時だったよな。正直に答えてくれ……今のオレで倒せると思うか?」


どうやらルイスはワイバーンと戦ってみたいらしい。

同じ空と言う土俵に立てるのであれば、ワイバーンはそこまで強い相手では無い。ルイスの実力であれば問題無く倒せるように思うが。


「魔法にだけ気を付ければな。ワイバーンの動きには、お前なら付いていけるはずだ」

「そうか……お前は手を出すなよ。あれはオレが狩る!」


「分かったよ」


殺気を漲らせたルイスは、大剣を肩に担ぐように構え、迎え撃つつもりのようだ。

既にワイバーンとの距離は300メードほどで、ヤツはオレ達が巣を荒らしたのを知り怒りの声を上げている。


「行く!」


そんな中 ルイスは一言だけ呟くと、不適な笑みを浮かべてワイバーンに向かい渾身の速さで駆け出していった。

ワイバーンはけん制の魔法を撃ってくるが、ルイスは空を器用に駆けて全て紙一重で躱していく。


流石にワイバーンもこのまま近づくのはマズイと悟ったのだろう。身を翻そうと羽ばたいた所で、狙っていたようにルイスの大剣が振り下ろされた。


「ギィィィィィィィィ」


ワイバーンの口から絶叫が響き渡る。右の翼の1/3ほどが切り落とされ、真っ直ぐに飛ぶのも難しいようだ。今は何とか翼を羽ばたかせ、必死になって浮いている。

尤もルイスの方も大剣を振り切った後をワイバーンに狙われたらしく、尻尾の攻撃で毒をもらい青い顔で解毒薬を飲んでいるのだが。


「大丈夫か?」

「ああ。掠っただけだ。あの野郎、最後に毒の尻尾で攻撃してきやがった」


「命のやり取りをしてるんだからな。向こうも必死だよ」

「分かってる。よし、解毒は出来た。最後の仕上げに行ってくる!」


「気を付けろよ」

「分かってるって」


ワイバーンは何とか逃げ出そうと必死に翼を羽ばたかせているが、右の翼の1/3は既に無く羽音だけが響いている。

当の体の方は遅々として進まず、無防備な背中を隠そうともしていない。


ルイスはそんなワイバーンの背中へ大剣を突き入れるべく、大剣を構えたままどんどん加速していく。


ワイバーンがルイスに気付いた時には全てが遅かった。大剣は背中から正確にワイバーンの心臓を貫いて、胸から剣先を覗かせていたのだから。

瞳から光が消え崩れるように落ちていくワイバーンを見ながら、ルイスは喜びの声を上げた。


「よっしゃ!オレが倒したんだ!やっと13歳の頃のアルドとエルファスに追いついたぜ!」


『ワイバーンスレイヤー』最弱とは言え、竜種を倒す偉業を成した者への称号である。この瞬間 ルイスは、13歳の頃から憧れ続けてきたその称号を、たった1人で手に入れたのであった。






ワイバーンを倒して直ぐにカズイと合流する事にした。洞窟の中も綺麗に掃除をして、匂いも随分減った気がする。

これなら何とか生活する事が出来そうだ。


「良くこんな洞窟があったね。少し匂うけど何かの巣だったの?」

「はい。ワイバーンの巣だったみたいです。襲い掛かってきましたから」


「襲い掛かってきたんだ。じゃあ、外に転がってるワイバーンはアルドが返り討ちにしたんだね」

「あれはルイスが倒しました。僕は見ていただけで一切 手を出して無いです」


「え? ルイス君1人で? ワイバーンを……本当に?」

「はい。でも毒を貰ってしまいましたけどね。中々アルドみたいに余裕ってわけにはいきませんでした」


「そりゃ、そうだよ。アルド以外でもワイバーンを1人で倒せる人がいるなんて……ルイス君も使徒だったなんてオチじゃないよね?」

「オレは普通の魔族ですよ。空を飛べればワイバーンはそこまで強い魔物じゃないですから」


「ワイバーンを強くないって言うルイス君が凄いと思うよ」


オレが横からカズイの言葉を肯定しても否定しても、呆れられる未来しか見えない。ここは『沈黙は金』が正解のはずだ。

改めてワイバーンを見て、カズイが口を開いた。


「あのワイバーンはどうするの?」

「流石に解体しないと運べないので、オクタールの街のギルドで解体と運搬の依頼を出せると良いんですが」


洞窟と言う拠点も手に入った事でもあるし、最低限の安全は確保できた気がする。であれば一度 オクタールの街を見に行った方が良いのかもしれない。

例え素通りする事になるとしても、情報があって困る事は無いのだから。


「カズイさん、一度 オクタールの街を見て来ようと思うんです。申し訳ないですが、この洞窟で待っててもらっても良いですか?」

「僕の事は気にしないで。昔と違って僕も成長してるんだよ。オークやゴブリンぐらいならウィンドバレッドで倒せるし、最悪は近くの木に登るぐらいは出来る……と思うよ」


「ハハ、分かりました。ルイスはどうする?」

「オレは勿論 一緒に行くぜ。オクタールの街が無事ならワイバーンの採取依頼も出したいしな」


「じゃあ、明日の朝から出発しよう。移動は往復に2日、街で1日か……3日後の夕方には一度 戻ってきますね」

「分かったよ」


朝になりオクタールに向かう段になって、念のためではあるが洞窟の入口を人が1人通れる程度まで塞ぐ事にした。


「これで良し。カズイさん、洞窟の中では絶対に火を使わないでくださいね。それと1日に数回で良いので、風魔法を使って中と外の空気を入れ替えて下さい」

「分かったよ。火は少量の毒が出るんだよね?」


「そうです。それと火は使わなくても人の息でも少量の毒が出るので」

「え? 人って毒を吐いてるの? 僕も?」


「あー、まぁ、そう……ですね?」

「そうなんだ……だから息を止めると苦しくなるのかぁ。なるほど」


カズイがとんでもなく間違った事を覚えてしまった気がするが、呼吸と酸素についてどうやって説明するべきなのか。

悩んだ結果 そのまま放置する事を決めた。


実際に動物が吐く二酸化炭素は数%の濃度で死ぬ事もあるし、3割を越すと直ぐに意識を失う猛毒だったはずだ。

全くもって嘘は言ってないので、オレは悪く無い……と思う事にした。


「カズイさん、じゃあ、3日後に帰ってきますね」

「行ってらっしゃい。怪我しないようにね。僕はここで魔道具の練習をしてるから」


「はい、分かりました。行ってきます」


そう言ってオレはルイスと2人でオクタールの街へと歩きだしたのだった。






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