第343話オクタールの街 part2

344.オクタールの街 part2






オクタールを目指している途中で、何とも言えない違和感を感じてしまう。

この空気が変わるような感覚。もう何度も味わった感覚だ。そう、これは領域に入った感覚である。


「ルイス、領域に入った……ここから先にマナスポットがある」

「マジか。オクタールまでは1時間くらいのはずだぜ」


「恐らくこうなると、オクタールはマナスポットに街を作ったって事なんだろうな」

「そう言う事か。考えてみれば魔物から守りさえすれば精霊様の祝福を受けた土地に住めるんだ。マナスポットの周りに人が生活の基盤を置くのは当たり前か」


「そうだな。ブルーリングでもマナスポットを中心に街が出来たわけだしな」

「その代わり魔物に狙われるリスクがあるってか? 早々 上手い話は無いって事か」


フォスターク王国は別にして、他の国は使徒が興した国である以上、マナスポットの価値を知っているのは当然の事だ。

過去にはその恩恵を受けるべく、意識的にマナスポットに街を作る事もあったのだろう。


「念のため、ここからは森に紛れて行こう」

「そうだな。こうなると街が無事かも自信が無くなってきたぜ」


ルイスの言う通り、マナスポットを狙って魔物がやってきたのであれば、オクタールの街はもう……

お互いにそれ以上の言葉を発する事は無く、空間蹴りで木に紛れながら先を急ぐのであった。






隠れながらも順調に移動して、予定通り夕方にはオクタールの街へ辿り着けたのは良いが、この光景は……

城壁は所々崩れており、門は完全に開け放たれて扉も申し訳ていどに残っているだけである。


「これは……」


ルイスの漏らした言葉はこの惨状を見事に表していた。

街からは人の営みの気配など微塵も感じる事は出来ない。あるのは廃墟と化した街と、数えきれないほどのオーガが我が物顔で闊歩している姿であった。


「……ルイス、一度 離れよう。見つかるとマズイ」

「あ、ああ……分かった」


ルイスと共に廃墟と化したオクタールから近くの森へと移動する。

足場に良さそうな大木の枝に降り立つと、直ぐにルイスも続いて降りてきた。


お互いに何を言葉にすれば良いのか、先ほどの廃墟の光景が頭にチラついて離れない。

あの様子では、既に街の人はもう……


「アルド……オクタールは見捨てて先へ進もう。あの街はもう死んでる」

「……」


「あれは無理だ。主を倒しても死んだ人は帰らない。だから、な? 先へ進もう。お前には可愛い嫁さん達が待ってるだろ」


ルイスの言う事は正しい。オレはこの街に何の愛着も責任も無い、偶然通りがかっただけの旅人である。

なのに言いようの無い怒りが湧いてくるのは、使徒だからなのか……街に人がいなのならマナスポットも纏めてコンデンスレイで焼き尽くしたくなってくる。


「ふぅ、スマン。少し落ち着いた。あの街はこれからどうなるんだろうな?」

「エルフもバカじゃない。直ぐに軍が派遣されて魔物を討伐するだろうな」


「あの様子だと主は、もうオクタールのマナスポットを奪った後だと思う。主の寿命が近くてオクタールのマナスポットを狙ったのなら……2つのマナスポットのチカラを得た主をエルフは倒せるのか?」

「……分からない。でもお前がやらないといけない事じゃないはずだ。先ずはブルーリングに帰ろう。それでもやっぱり必要だと思えば、エルファスやアシェラ、ラフィーナさんやナーガさんと一緒に準備をして戻ってこれば良いじゃないか。お前が今 全てを背負う必要なんて無いんだ」


「本当に、そう……なのか」

「ああ、そうだ。そのはずだ。カズイさんの下へ帰ろう。オーガ相手なら空を駆ければ逃げるぐらいは何とでもなる。お間はブルーリングに帰らないといけないんだ。頼む……」


「分かったよ……ただ範囲ソナーを1度だけ打たせてくれ。生き残りがいないかだけでも確認したいんだ。それと主の大まかな情報だけでも得られると助かる」


ルイスは何かを考えてから重そうな口を開いた。


「ダメだ。このままカズイさんの下へ向かう」

「何を言ってるんだ? 範囲ソナーを打つだけだぞ。生き残りがいたらどうする気だ」


「だからだ。お前は生存者がいたら絶対に助けに行く。生存者が1人なら良い。2人でもオレとお前で運んでやれる。でも3人いたら? お前は1人だけを見捨てる事が出来るのか?」

「それは……」


「ここではお前は何も見てない、それで良いんだ!それにゴブリンやウィンドウルフなら兎も角、相手はオーガだぞ? オーガジェネラルでもAランクの魔物なのに、キングや ましてエンペラーが出てきたら……そもそも白蛇の主を助けた時にオーガの主はお前の極大魔法に耐えたんだろ? あの魔法に耐える相手を、お前は本当に倒せるのか?」


何も言葉を発する事が出来ないオレに、ルイスは辛そうに口を開いた。


「可哀そうだとはオレも思う。恐らくはこれからの被害も相当な物になるんだろう。でも堪えてくれ。頼むよ、アルド……」


ルイスは土下座でもしそうなほどに頭を下げている。ルイスが頭を下げる必要など無いのに……


「分かったよ……もう頭を上げてくれ、ルイス。このままカズイさんの所に帰ろう」

「スマン。ありがとう、アルド」


こうしてオレは主とマナスポットの存在を知りながら、初めて尻尾を巻いて逃げ出したのであった。






行きとは違い会話も無く進んだためか、次の日の昼過ぎにはカズイの下へと帰る事が出来た。

カズイは空間蹴りの練習をしながらも、オレ達の姿を見つけ大きく手を振っている。


「早かったね。オクタールの街はどうだったの?」


カズイは何気なく聞いた言葉だったのだろうが、オレとルイスが険しい顔をした事で何かを察知したらしい。

真剣な顔でもう一度 同じ質問を投げかけてきた。


「オクタールはどうだった? その顔を見ると、あんまり良い話じゃ無いだろうけど……」


オーガから逃げ出した手前 話したくは無かったが、黙っているわけにもいかないわけで。

オレはルイスに補足を入れてもらいながら、見たままのオクタールの街の状況を細かく話していった。


「そうなんだ。オクタールの街はもう……」

「すみません。何も出来ずに逃げてきてしまいました」

「アルド、今のこの状況じゃあ、しょうがない。昨日も言ったがお前が全部背負う必要は無いんだ。カズイさん、相手はオーガの主で、更にマナスポットを2個も手に入れた存在なんです。多分、オレやカズイさんでは手助けどころか足手纏いにしかなりません。そんな相手にコイツを挑ませて、何かあったら……」


「そうだね。アルドとルイス君の判断は正しいと思うよ。残念だけどオクタールの街は空を駆けて迂回しよう」

「……」

「正直 カズイさんが納得してくれて助かりました。もしかして同族のエルフの街の事なので、もっと感情的になるかと心配してたんです」


ルイスの言葉にカズイは苦笑いを浮かべながら口を開く。


「何も思わないわけじゃ無いけど、アルドに全部任せるのは僕も違うと思うから。それに、こう言って良いのか分からないけど、僕はアルジャナの人間だからね。未だにこのドライアディーネにも実感が沸いて無いのかもしれない」

「そうですか……確かに将来は分りませんが、オレもフォスタークとティリシアどっちに帰属意識があるかって聞かれたらフォスタークって答えますし、そんな物なのかもしれませんね」


そう言って2人は会話を終え、それぞれが何かを考えていたのだった。






それからも洞窟での生活を続け、日々の食料はなるべく狩りをして保存食を節約しながら生活していった。

オクタールの話を聞いてからのカズイは、以前にも増して精力的に空間蹴りを修行をするようになり、驚くほどの早さで魔道具を自分の物にしていった。それと同時に生傷も増えていったのではあるが。


そのお陰か10日も経つと、辛うじてではあるものの空を駆ける事が出来るようになっていた。


「アルド、ルイス君、だいぶ待たせちゃったけど、何とか空を歩ける程度にはなったよ。これで先へ進めるね」

「本当に大丈夫ですか? もう少し修行しても良いんですよ?」


「リーザスさんも言ってたでしょ。アルドの時間を無駄には出来ないって。ずっと空を駆け続けるのは難しいかもしれないけど、木から木へ移動するぐらいなら大丈夫。僕を信じてよ」

「分かりました。じゃあ、明日の朝 ここを発ちましょう」


「うん」


こうして4週間弱の短時間で、カズイは辛うじてではあるものの空間蹴りをマスターしたのである。

次の日の朝 3人で洞窟を発ち、当面の目標であるオクタールの街への街道を進んでいく事を決めた。


先日の偵察で街に近づくまでは空を駆ける必要など無い事は分かっている。2人はどうやらギリギリまで道中も修行をしながら移動する事にしたようだ。

カズイは以前と同じように、地上から5センドほどの高さを歩いているが、その歩みはオレ達に遅れる事は無い。


ルイスはルイスで最近の日課となりつつあった、ストップ&ゴーを繰り返しながら忙しなく(せわしなく)動き回っている。

そう言うオレも魔力をさほど使わない単一分子の刃を作るため、魔力武器(片手剣)を出しての移動なわけだが。


傍から見たらかなり異様な集団に見えただろうが、幸か不幸かオクタールへの街道ではただの1人もすれ違う者はいなかった。






オクタールまで1日の距離まで近づいた所で、オーガが3匹 群れを作ってオレ達の前に立ち塞がった。

以前 偵察した時には廃墟になった街の中を徘徊していたのに……


恐らくは食料が無くなったために、活動の範囲が広がっているのだろう。その食料とは、街で生活していた人達であるのは、語るまでも無いのだろう……オレは全てを振り切るように頭を振った。


「ルイス、カズイさん……コイツ等はオレがやります……いえ、やらせて下さい」


オレからは特大の殺気が溢れ出ていたのだろう。2人は直ぐに頷いてオレを止めるような事は無かった。

オーガは雑魚も雑魚。オレの動きに付いて来れるはずも無く、腕を落とされ次は足。四肢を徐々に切り落とされ最後には這って逃げ出そうとしている。


「お前達もオクタールで同じ事をしたんだろうが!楽に死ねると思うな!」


言葉も通じない相手に罵声を浴びせ、最後は頭の上から真っ二つにしてとどめを刺してやった。


「アルド……」


ルイスはそんなオレの背中を撫で、「スマン」と一言だけ呟いている。

これは八つ当たりだ。オクタールから尻尾を巻いて逃げ出す、自分の弱さをオーガに当たっているだけなのだ。


オーガを虐殺した後、2人へ謝罪をしてから空間蹴りを使ってオクタールを通り過ぎていった。

準備を整えて必ずもう一度この街に帰ってくる……そう誓うオレの心を、言いよう無い闇が蝕んでいく。


結局 今のオレでは倒せないであろうオーガの主から、全てを無視して逃げ出したのだった。




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