第344話終点
345.終点
オーガの主から逃げ出してからは、ひたすらフォスターク王国を目指して進んでいった。
途中の街でオクタールがどうなったか情報を手に入れようとしたが、情報伝達が人伝であるこの世界では、オレ達以上の情報を持っている者などいるはずも無かった。
主は基本的に自分の領域から出ようとはしないはずだ。領域から出れば加護を受ける事が出来ないのだから。
そう自分に言い訳をしながら進み続け、1か月が過ぎた頃、とうとうドライアディーネの国境へ辿り着くことが出来た。
実はドライアディーネとフォスタークは国境が接してはおらず、その間には山岳地帯が広がっている。
国を出る際には通行税はかからず入る時にだけかかる事から、騎士から特に呼び止められる事も無くスンナリ通してもらう事が出来た。
そこからも3人での移動だったが、やはり全員が空を駆ける事が出来るのは非常に大きい。
途中にあった川や谷なども、普通は迂回する必要があるのに気にせず進む事が出来るのだ。
そして全てを振り切るような強行軍の末、予定よりかなり早い2週間ほどでフォスタークの国境へ辿り着く事が出来たのである。
国境では幾つかのグループが並んでいるのが見えたが、検閲に大した時間がかかるわけでも無くオレ達は列の一番後ろに並んでいく。
「やっとだな。国境を越えればフォスタークだ。オレの身元確認に何日かはかかるだろうが、あと少しでブルーリングに帰れるぜ」
こう話すのはルイスだ。休憩も惜しんで最低限の路銀を稼ぐだけで進んできたのだ。当然ながらオレ達には通行税を払えるような金は無い事からの発言である。
「ああ。やっと、やっと帰れる。ルイス、カズイさんも無理をさせてすみませんでした。僕の勝手な都合で2人には無理をさせて……本当に申し訳ありません」
「止めてよ、アルド。アルドはオクタールに早く戻るためにも急いでたんだよね? 僕もそれは分かってるから。それに無理を言って付いてきたのは僕の方だよ? アルドが謝る必要なんて無いよ」
「そうだぜ。オレ達は仲間だろ。そんな事は口に出さなくても良いんだよ」
「ありがとう……2人共」
「さて、そろそろオレ達の番だ。ファスタークの国境って言っても実務はサンドラに委託されてるからな。ここはサンドラ家の嫡子であるオレが話を付けるぜ」
そう言って笑いながらルイスは騎士に話しかけていった。
ルイスが自分の身分を明かした事から、取り合えずの通行税はサンドラの騎士が払ってくれる事となった。
しかし、こんな辺境にルイスの顔を知っている者などいるはずも無く、オレ達は騎士宿舎で身分確認のため滞在を強制される事になってしまったのはしょうがない事なのだろう。
部屋を用意してもらったのは良いが、騎士達はオレ達を訝しげに見つめており、完全に信用されての滞在では無いようだ。
普通 貴族の身分を偽るなど、この世界では間違いなく死罪となる事からそんなバカな事をする者はいない。
しかし、騎士からすればサンドラ家の御曹司が歴戦の鎧を着込み、こんな剣呑な空気を出すのかと信じられないのだろう。
結果 オレ達は宿舎内での移動は許されはしたが、軽い軟禁状態になってしまったのである。
「ここからならサンドラまで早馬なら10日はかからない。怪しまれてはいてもサンドラの嫡子が大至急って言ったんだ。死に物狂いで向かってくれてるはずだぜ。それにサンドラからの返事はそれこそお前の名も出したからな。馬を乗り潰してでも急いでやって来るはずだ」
「オレは迷惑ばっかりかけてるな。本当にスマン」
「だから止めろって。それより同時にブルーリングにも早馬が出されるだろうからな。きっとアシェラ達がブルーリングでお前を待っててくれてるだろうぜ」
「アシェラ……オリビア……ライラ……やっと会える。もう直ぐ会えるんだ」
「ああ、そうだ。もう焦る必要なんて無い。嫌でも1ヶ月もしない内にお前はブルーリングにいるよ」
「良かったね、アルド。それと……ぼ、僕もその……アルドの精霊様に飛ばしてもらえるのかな?」
「当たり前ですよ。一緒にブルーリングへ飛びましょう。アドも……あー、ドライアドはアドって呼ばれてまして。アドもブルーリングにいるはずですから直ぐに会えますよ」
「アド……ドライアド様はそんな可愛らしい愛称で呼ばれてるんだね。凄く楽しみだよ」
オクタールを発ってからは先へ先へと強行軍で進んできた。不本意ではあるものの、ファスタークの国境でオレ達は久しぶりにゆっくりとした時間を過ごす事が出来たのだった。
国境で軟禁状態になってから既に2週間が経っている。流石に旅の疲れはとうに取れ、オレはサンドラからの伝令が戻るのを今か今かと待ち続けていた。
「そろそろ到着するだろうから、もう少し落ち着けって」
「そうは言うけど、もう2週間だぞ。到着してないとおかしく無いか?」
「ま・だ・2週間だ。普通に急いでも、もう3~4日はかかる。よっぽどの事が無い限りは直きに到着するはずだ」
ルイスはこう言うが、伝令が事故にあってるかも……もしかしてマンティスの生き残りに襲われてるとか。
「マンティスの生き残りに襲われるとか無いよな?」
「あれから何年経ってると思ってるんだ。今のサンドラでマンティスなんて見ねぇよ!」
オレとルイスのやり取りを見て、カズイが楽しそうに話しかけてくる。
「アルドでもそんな風になるんだね。僕は少し安心したかな」
「安心ですか?」
「うん。アルドは初めて会った時から冷静で、信じられないような事ばかりやってきたからね。そんな姿を見ると僕達と変わらないんだって思えて少し安心したんだ」
「僕なんて至らない所ばっかりですよ」
「そうですよ。コイツと色街に行こうとした時なんて、酷い物でしたよ」
「おま、今ここで言うか? そう言うお前だってこの世の終わりみたいな顔してたじゃ無ぇか!」
「オレは次の日があったからな。お前とエルファスの顔は今 思い出しても笑いが止まら無ぇよ」
そんなルイスとのかけ合いの中、不意に扉がノックされ扉越しに声が響いてくる。
「伝令が戻りました。よろしければ直ぐにでも客間へご案内致します!」
思いがけない言葉に驚きながらも、3人でお互いの顔を見合わせ、一度だけ頷き合う。
ルイスは素早く扉を開け放ち、直立不動の騎士へ言葉を返した。
「直ぐに会わせて欲しい」
「こちらです。どうぞ」
騎士の後ろに付いて行くと、宿舎の入口の近くにある豪華な客間へと通された。
客間にはマンティス事件の時に会ったファギル騎士団長が、騎士を2人 後ろに立たせ座っている。
ルイスの姿を見つけると、その場で立ち上がり敬礼でオレ達を迎え入れてくれた。
「ルイスベル様、良くご無事で。御当主様もこの3年とても心配していました」
「ファギル団長、今回は無理を言ってすまない。サンドラを出た身でありながら、都合良くサンドラを頼った事に謝罪する。申し訳無かった」
「頭を上げてください。サンドラを出てもアナタはルイスベル様です。私にとっては何も変わらない」
「そう言ってもらえて感謝する」
一通りの挨拶を終え、お互いに席に付いて今までの事を簡単に説明していった。
勿論 使徒の件、アルジャナの件、話せない事は全て伏せて、出奔したブルーリングの嫡男を見つけて帰ってきたと嘘の説明である。
「そうですか。ティリシアで再会できたのですか」
「ああ。それも偶然にだ」
ファギル団長はオレを見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「アナタがブルーリングのアルド様ですか。お噂は聞き及んでいます」
「噂ですか?」
「ええ。類まれな武を持ちながらも、礼節を失わない傑物だと。それに我らの大切な姫であるオリビア様をかすめ取った泥棒とも」
「かすめ取った。あ、あれは……」
「フフフ。素のアナタとこうして話せて良かった。私はアナタ方にしっかりと礼も出来ていなかったのですから」
「……」
この隊長さん、もしかして以前 オレが王家の影として、サンドラを救った事に気が付いてる?
ルイスの顔を見ると同じように驚いているので、ルイスやサンドラ伯爵が話したのでは無さそうだ。
「声は仮面があっても変えられないと言う事ですよ」
「……」
「元々ルイスベル様とは縁があったように感じますが、これ以上の詮索は致しません。アナタほどの方が何の理由も無く出奔するなどあり得るはずも無い。何か理由があるのでしょう。何か私共に出来る事がありましたら何でも言ってください。サンドラの英雄に対して最大の便宜を図ります」
「……ありがとうございます」
ルイスを見ると小さく頷いている。
「であれば1つだけお願いがあります」
これはルイスとも話し合っていた事でもあるが、大蛇の森の入口まで馬を貸してほしいと頼んでみた。
「大蛇の森ですか? あそこには森があるだけで道もブルーリングには続いていませんが?」
「はい、分かっています。少しだけあの森に用事があるんです」
ファギル団長は少し考えてから口を開いた。
「分かりました。詮索はしない約束です。私と後ろの2人で森の入口までお送りしましょう」
「ありがとうございます」
こうしてファギル団長の協力を得て、大蛇の森までの足を確保する事に成功したのだった。
オレ達は2週間も軟禁状態で元気100%だが、ファギル団長は休憩も満足に取らずに急いで来てくれたのだとか。
本当はもう少し休んでもらいたいのだが、急いでいる事を話すと、明日の朝にはここを発ってくれると言う。
「本当にすみません。無理ばかり言って……」
「止めてください。本来であれば私だけで無く、サンドラの者 全てがここに立ってはいなかったのですから。これぐらいの事 何でもありませんよ」
「ありがとうございます」
そうして多めに保存食を分けてもらい、次の日の朝にはファギル団長達3人の馬の後ろに乗せてもらえる事になった。
「では行きますよ。しっかり捕まってて下さい」
「はい」
馬を走らせたり歩かせたりしながら、大蛇の森を目指していく。
途中 ウィンドウルフの群れと遭遇した際には、オレ、ルイス、カズイの3人が馬から空間蹴りで飛び出し瞬殺させてもらった。
ファギル団長はルイスが空を駆ける姿を見て、目が落ちそうなほど驚いていたが今更である。
見た物 全てを秘密にしてもらうよう釘を刺し、最速で大蛇の森を目指してもらった。
そして国境を出て5日目の昼過ぎ、とうとう目的地である大蛇の森の入口に辿り着いたのである。
「ありがとうございました」
「いえ。この5日間 驚きの連続でした。今回見た事は誰にも言いませんが、この3人で酒を飲む際には肴にさせてもらいますよ」
ファギル団長は人好きのする笑顔でそう言うと、ルイスの前に向き直った。
「ルイスベル様……短かったですが、今回 一緒に旅をして痛感しました。私はアナタが何故 魔族なのか心の底から悔しくてなりません。人族であれば……出来る事ならアナタにサンドラを導いてほしかった」
「買い被りだ、それは。オコヤを支えてやってくれ。これはオレの本心だ」
「分かりました……」
「ファギル団長、後ろの2人も。オレがサンドラに戻ったら一緒に酒でも飲みに行こう」
「「「はい、お供します」」」
「おいおい、オレがサンドラの店なんか知ってるわけ無いだろう。オレが連れてってもらう方だよ」
こうして笑顔のままファギル隊長と別れたのだった。
ファギル隊長達と別れ、オレ達はまっ直ぐにマナスポットを目指し走っている。
魔法使いのカズイは汗を流し必死に付いてきているが、かなり苦しそうで今にも倒れそうなほどだ。
「休憩しましょう」
流石に限界だと感じ休憩を提案するも、当のカズイは首を振って足を止めようとはしない。
「ダメ……ハァハァ……だよ。ハァハァ……前に……ハァハァ……進む……ハァハァ……んだ」
カズイの気持ちは嬉しいが、これ以上は無理だ。オレが足を止めようとした所で、何とルイスがカズイをお姫様抱っこして走り出した。
「行くぞ、アルド。カズイさんはオレが運ぶ」
「お前、それならオレが……」
「バカか、お前は。ブルーリングへ着いて、主役がヘロヘロになってちゃ感動の再会が台無しだろうがよ!」
そう言うルイスは流石に人を1人抱いて走るのはキツイらしく、汗が吹き出し始めている。
「ごめん、2人共……本当にありがとう……」
オレには小さくそう呟く事しか出来なかった。
日も暮れてしまい月明りが照らし始める中、そんな無茶な道程も終わりがやってくる。
マナスポットだ。
大木の根本に、薄っすらと青い光を放っている小さな泉があった。
「着いた……」
ルイスとカズイの2人は、荒い息を吐きながらも青い光に畏れを感じるらしく、少し遠巻きに泉を見つめている。
オレは懐かしい感じのする泉へ、ゆっくりと近づき声をかけた。
「アオ、聞こえるか? アルドだ。聞こえるなら出てきてくれ」
その瞬間 泉の上に青いモヤが現れてキツネモドキが飛び出してくる。
「アルド!!!アルドアルドアルド!遅いよ!どれだけ待ったと思ってるんだよ!!」
そう言いながらアオはオレの頭にしがみ付いて頭に齧りついてくる。
「いたっ!痛い、本当に痛いぞ、アオ。止めろ、バカ」
「こんなに待たせた罰だ!僕をグリムから守ろうとなんてするから……ぐすっ、アルド、良かった……本当に良かった……うぅ、うわぁぁぁぁ」
そう言いながらアオは、オレの頭を齧りながらも子供のように泣き出してしまった。
数分ほどして落ちついたアオが嬉しそうに口を開く。
「ぐすっ、アシェラ達が待ってる。ブルーリングに飛ぶよ」
「待ってくれ。ルイスとカズイさん、あの2人も一緒に頼む」
「了解だ。行くよ!」
こうしてオレは3年弱ぶりにブルーリングへと帰還するのであった。
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