第345話帰還

345.帰還






アオにブルーリングへ飛ばしてもらい、1秒だか1時間だか分からない不思議な感覚を久しぶりに感じながらゆっくりと目を開けていく。


「アルド!!!」「アルド!!」「アルド君!!!」


3つの声が同時に耳へ響くと共に、記憶より少し成長したアシェラ、オリビア、ライラの3人がオレの胸の中へ飛び込んでくる。

ああ、帰ってきた……帰って来れたんだ、ここに……この場所に……やっと……


「ただいま…………会いたかった……ずっと会いたかったんだ……」


会えた時には色々な事を話そうと思っていた。しかし言葉は何も出て来ず、ただただ涙だけがとめどなく溢れてくる。

温かい……アシェラ、オリビア、ライラの温もり……今はそれが何より愛おしい。


どれほどそうしていたのか……ゆっくりと顔を上げ、改めて3人の顔を見つめる。

もう、ボンヤリとしか思い出せなかった3人の顔が、こんなにハッキリと……それがたまらなく嬉しい。


満たされていく……心からの幸せを噛みしめながら、3人へ優しく話しかけた。


「ただいま、アシェラ。ただいま、オリビア。ただいま、ライラ。オレは今 最高に幸せだ……」

「うんうん……おかえり、アルド……おかえり、ボクのアルド……」

「おかえりなさい、アルド。私は信じていましたよ。アルド……本当に良かった……うぅっ……」

「アルド君アルド君アルド君……私はアルド君がいないと生きていけない……もうどこにも行かないで、お願いします……」


そんな感極まった感動の再会に、いつの間にか頭の上にくっついていたアオの声が響く。


「アルド、悪いけど契約だけは、先にさせてほしい。そうじゃないと僕は心配で……」

「ああ、そうだな……アシェラ、オリビア、ライラ、後でゆっくり話そう。話したい事が沢山あるんだ……語り尽くせないくらいに」

「うん。ボクもアルドに聞いて欲しい事がいっぱいある」

「私も話したい事が沢山あるんです。もう我慢しません。後で絶対に聞いてもらいます」

「アルド君、私はアルド君のノートを見て、分数も少数も方程式もマスターした。それで次に……」


「ライラ、アルドと話すのは後。今はアオと契約するのが先。じゃないと……また何処かに……」

「嫌!それだけは絶対に嫌!」


「じゃあ、少しだけ待つ」

「分かった……」


構わず話し出そうとするライラをアシェラが止めてくれた。3人共 相変わらずであり、オレがいない間も仲良くしていたみたいで嬉しくなってくる。

このままずっと話していたい気持ちを押さえながらアオに向き直った。


「アオ、待たせたな。皆も見ててくれ。オレがもう一度 使徒になる所を。良いだろ? アオ」

「ここには危害を加える者はいなさそうだし……僕は構わないよ」


アオはチラッと初めて見るカズイを一瞥して答えた。


「じゃあ、行くよ」


それだけ言うとアオは徐々に輪郭が崩れ、青い光の玉になっていく。完全な青い光の玉になると、オレの右手の中指へと移動して徐々に小さくなっていった。

そうして全ての儀式が終わった後には、以前と全く変わらない、青い指輪がオレの中指に輝いていたのだった。


アオと契約をして安心したからか、少しだけ冷静になれた……考えてみると、何故3人がここにいるのだろう?

オレが帰ってくるのはサンドラからの先触れがあったはずなので分かっていたとは思うが、こんなズバリのタイミングが何故分かったのか。


「アシェラ、どうしてオレが帰ってくるタイミングが分かったんだ?」


アシェラは目に零れそうなほど涙を貯めながら口を開いた。


「ぐすっ、ずっと待ってた……サンドラからの先触れが2日前に届いて……それからずっと待ってた」

「え? 2日間も? ずっとこんな所で待っててくれたのか?」


「うん。寝る時とご飯以外は3人で交代して待ってた……」


何てことだ。2日間ずっとこんな何も無い場所で、3人はオレを待っててくれたのか……

改めて3人の顔を見回すと、3年の月日で美しく成長した姿に嬉しさと、その過程が見れなかった悔しさが同時に襲ってきて胸が苦しくなってくる。


ヤバイ、また泣きそう……


「ぐすっ、3人共ありがとな。それに前より、もっともっと綺麗になった。そんな3人と結婚出来て、オレは世界一の幸せ者だ。愛してる、アシェラ、オリビア、ライラ」

「嬉しい。アルドも逞しくなった……愛してる」

「ありがとうございます、アルド……もうどこにも行かないでください……お願いします……」

「アルド君、私はもう絶対に離さない。アルド君が望むなら頑張ってもっともっと綺麗になるから……」


4人でお互いの温もりを確かめるように抱き合っていると、ルイスのわざとらしい咳が飛んでくる。


「ごほん……あー、一応、オレ達がいる事も忘れないでほしいんだけどなー(棒)」

「ぼ、僕は何も見てないからね。ただこの青い光は少し怖いかな……」


そうだ!ルイスとカズイさんを完全に忘れてた。もう少しで、ただいまのキスをムチューってする所だったぜ。


「す、スマン。いや、忘れてたわけじゃないんだ……」


ルイスがジト目でオレを見つめてくる……うっ、どうやら誤魔化されてはくれないらしい。


「すみません。忘れてました」


そんなオレ達を見て、少しお怒り気味のオリビアが口を開いた。


「ルイス、夫婦の再会を邪魔しないで下さい!折角、こうして会えたのに。アナタのせいで台無しです!」


言われた当のルイスは、オリビアの剣幕に肩を竦めてどこ吹く風の様子だ。

そんなルイスを見て、呆れたオリビアが肩を落としたと思ったら、ゆっくりと話し出した。


「でも……アルドを見つけてくれて本当にありがとう。私はアナタと兄妹で本当に良かった。今 心からそう思います」

「おま、恥ずかしいだろうが……あー、うん、なんだ……まぁ、良かったな。もう、離すんじゃ無ぇぞ」


オレとアシェラ達の夫婦だけじゃなく、3年ぶりの兄妹の再会もあり、この場には独特の空気が流れている。

そんな空気の中、カズイに気が付いたアシェラが聞いてきた。


「アルド、そっちの人は?」

「ん? ああ。こちらはカズイさん、オレが帰ってくるのに一番お世話になった恩人だ」


オレの『恩人』と言う言葉を聞き、3人は居住まいを正し、カズイに向き直って挨拶を始める。


「分かった。アルドの妻のアシェラ=ブルーリングです。夫を助けて頂いて本当にありがとうございました」

「オリビア=ブルーリングと申します。アルドを連れて帰って頂き誠にありがとうございます。アナタに最大の感謝を」

「ライラ=ブルーリングです。アルド君を助けてくれてありがとうございます」

「え? あ、ぼ、僕はしっかりした挨拶なんて出来なくて……アルドの友達のカズイです。よろしくお願いします」


カズイの慌てた姿を見て、改めてここが指輪の間である事に気が付いた。


「ここは狭い。指輪の光も怖いだろうから、上に行こう。エル達にも帰った事を報告しないといけないしな」


こうして全員がオレの言葉に頷いて、指輪の間を後にしていく。

その間にいつの間にかアオがオレの頭の上で丸まって、決して動こうとはしなかったのは特筆しておく。






オレを先頭にアシェラ達が寄り添い、その後ろをカズイとルイスが付いてくる。

カズイは貴族の屋敷が珍しいのか、キョロキョロと辺りを見回しながらではあったが。


既に夕食を終え父さん、母さん、エル、マールは思い思いに過ごしているはずだ。

無作法かとも思ったが、リビングに付くと同時に100メードの範囲ソナーを打たせてもらった。


直ぐにドタバタと足音が聞こえ始め、一番最初にリビングに入ってきたのは母さんである。

驚いた顔を隠す事もせず、オレの顔を見た瞬間 全力で走り寄って抱きしめられてしまった。


「アル……良かった……生きててくれて、本当に良かった……」


普段は適当な母さんだが、涙を流しながらオレの帰りを喜んでくれている。

その後ろには何時の間にか父さん、エル、マールが立っており、目に涙を貯めてオレと母さんを見つめていた。


「母様……アルド、ただいま帰りました」


その言葉にやっと母さんは抱きしめていた腕を緩めて、オレをマジマジと見てから口を開く。


「アル……大きくなったわね。おかえり……」


1つだけ母さんに大きく頷いて、父さんやエルの方に向き直る。


「父様、エル、マール、アルド=ブルーリング、たった今 無事に帰りました」

「おかえり、アル。良かった……本当に良かったよ」

「兄さま!」

「……おかえり……アルド」


父さんは目に涙を浮かべ喜び、同じようにマールも泣いている。

しかし意外な事に、エルはオレに飛び付くかのように抱き締めてきた。


「おい、エル。苦しいよ……」

「兄さま……本当に良かった……この3年色々あったんです……本当に色々……」


「全部任せっきりにして悪かった……これからはオレも手伝うから。だから、な? もう、泣くな」

「はい……」


抱きついていたエルが離れ、改めてエルを見ると、3年前より逞しくなってもう幼さは面影を残すのみとなっていた。

そんなエルにゆっくりと話しかけていく。


「エル、魔力共鳴をしておこう。この3年でオレも少しは強くなったんだ」


エルは涙を拭うと、必死に笑みを浮かべて頷いた。


「はい……」


エルの肩に手を乗せ、魔力共鳴を行っていく……驚いた事に空間蹴、壁走り、魔力武器、魔力盾、果ては超振動まで魔力の流れが格段に綺麗になっており、魔力の消費が1割ほど少なく発動できるようになっていた。

驚いたのはエルも同様で、最近ずっと修行をしていた単一分子の魔力武器を始め、ギフトを失っていた間のオレの魔力操作は、まるで負荷訓練をしていたかのように一段レベルが上がっていたようだ。


「エル……お前……こんなにも綺麗に……凄いな」

「兄さま……この魔力武器……それに何でこんな魔力操作が……あ、ギフトが無かったから……」


オレとエルにしか分からない感覚の中、お互いがお互いに呆れたような顔で見つめ合う。


「お前はやっぱり天才だよ。オレなんかじゃこんな効率的な魔力操作は絶対に無理だ」

「それは兄さまですよ。何ですか、この魔力武器は……それにこの魔力操作の力強さ……やっぱり腕を落とされてギフトが無かったから?」


「ああ。右腕だけは自分で治す時に、魔力操作が一段上がるように作り変えたけどな」

「え?……じゃあ、兄さまは右腕なら今より一段上の魔力操作が出来るって事ですか?」


「まあな。一種のズルだから自慢出きないけどな。ただアシェラと同じになれたから……少しだけ嬉しいんだ」

「アシェラ姉の左腕と同じ……」


エルはオレの右腕とアシェラの左腕を何度も見比べている。

そんな空気の中 父さんがオレに話しかけてきた。


「アル、食事は摂ったのかい?」

「いえ、急いで戻ったので、僕もルイスもカズイさんも摂ってません」


オレ達がまだ食事を摂ってないことで食堂に移動して、全員にこれまでの旅を説明していく事になった。


「最初に飛ばされたのは何も無い荒野で、砂嵐が絶えず吹いて…………」


夜が更けていく中 全員がオレの話に耳を傾けている。まるで物語のような不思議な話は、聞くだけであれば楽しいのかもしれない。

自分で体験するのは、2度とごめんこうむりたい所ではあるが。


途中マールが何度も退席していたのは体調が良くないのか……しかし、直ぐに戻ってきては話を聞いていた。


「…………と言う事です。かなり端折って細かな事は話していませんが、こちらのカズイさんは今話したフォスターク、ドライアディーネ、ゲヘナフレア、グレートフェンリル、ティリシア以外の国であるアルジャナの民です。僕の恩人でもありますので、どうかブルーリングの客人として扱って頂けるとありがたいです」


オレの話を聞き、ルイスとカズイ以外の全員が、他に国があった事実に呆けた顔でカズイを見つめている。


「か、カズイです。アルジャナのベージェから来ました。アルドはこう言ってますが、僕が無理を言って付いてきちゃったんです。それと人族語はまだあまり上手く話せないのでごめんなさい」


少しの間が空いたものの、再起動した父さんが、代表でカズイに話しかけた。


「私はヨシュア=フォン=ブルーリング。アルの……アルドの父親です。歓迎しますよ、新たな国アルジャナからの異邦人殿」


父さんの言葉でカズイはブルーリングの客人として扱われる事が決まった。

次に父さんはルイスへ向き直って口を開く。


「ルイス君、アルを探し出して、ここまで連れてきてくれて本当に感謝するよ。君はブルーリング家の恩人だ。本当にありがとう」

「いえ、私は付き添っただけです。アルドなら私など居なくともここに辿り着いていたはずです。ただ……もし、私に恩義を感じて頂けるなら……グリム様。魔族の精霊であるグリム様に許しを与えて頂きたいです」


ルイスの言葉にお祝いムードだった全員が、一変 苦い顔を隠そうとはしない。

皆の顔から推測すると、未だにグリムへのわだかまりが全員にあるのが分かる。


そんな一種 困惑した空気の中 母さんが厳しい顔で口を開いた。


「ルイス君、アナタには感謝してるわ。それは嘘じゃない。でもグリムに割り切れない思いがあるのも事実なの。例え飛ばされた本人のアルが許しても、私は「はいそうですか」とは言えないのは分かって頂戴」

「はい。それは重々承知しています。ただ将来、新しい種族と魔族に、種としての禍根を残したくは無いんです。このような祝いの場で、不躾なお願いをした無作法をお許しください」


「アナタの気持ちは十分に分かったわ。そうね、将来に禍根が残れば、魔族であるアナタと新しい種族の母となるオリビアの子孫達が争う事になるものね。それは悲しい事だわ。今は簡単に許すとは言えないけれど、許すように努力してみる。それで良い?」

「はい。勝手を言っている自覚はあります。過分な配慮ありがとうございます」


こうして何とも言えない雰囲気の中、ルイスの言葉を最後に報告は終わりを告げた。


「もう夜も遅い。そろそろ解散しよう。アル、詳しい話はまた明日聞かせてくれるかい?」

「はい、父様」


「明日はゆっくりで良いからね。3年分の話もあるだろうから、アシェラ、オリビア、ライラ、アルに沢山 甘えると良いよ」

「はい、お義父様」「ありがとうございます、お義父様」「はい、沢山甘えます」


アシェラ達が父さんへ三者三様の言葉を返し、この場はお開きとなった。

3人と一緒に自宅へと帰る途中、どれだけ言っても頭の上から離れないアオを引き剝がして、その辺りに放り投げるとアオは文句を言いながら消えていった。


だってねぇ? ここからは大人の時間ですよ? 頭の上にしゃべるキツネモドキがいたんじゃ、雰囲気も何も無いじゃないですかー。

オレはほぼ3年ぶりの我が家へワクワクしながら帰っていくのだった。






アルドがブルーリングに帰った丁度その頃、オクタールの街の近郊では遅れていたエルフの国軍が到着していた。

既にグリドル領の領軍はオーガに敗退し、国に救援の要請を出していた事からこのように時間がかかってしまっている。


「何としてもオクタールを解放するぞ!全員 配置に付け!」

「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉ」」」」」」」」」


幸せを噛みしめるアルドとは反対に、エルフの国軍とオーガの戦いが始まろうとしていた。




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